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子育て相談室便り(非行 不登校 引きこもり)
   
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子育て相談室便りの詳しい説明サイトはこちらです。

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1、登張豊実からのご挨拶(YouTube)

こんにちは。ラカン精神科学研究所の登張豊実です。 当研究所では、薬物や催眠、暗示を使わず対話による精神分析を行います。カウセリングとの違いは、精神分析は「無意識」を扱う事です。多くの方々は自分の無意識の存在に気付かず、日々を過ごし、様々な悩みを抱えておられます。 自分の無意識に気付き、書き換えて行けば自己実現への道が開かれます。 それは自己の尊厳に気付き、自分らしく幸せへの道を歩く事です。 自分自身、子どもさん、家族、親の事等に悩んでおられる方、ご相談ください連絡先はこちらです。

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2、スケジュール (Googleカレンダー)

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3、所在地/連絡先/振込口座/営業時間/キャンセル・変更

  • 所在地/支所

    • ラカン精神科学研究所 唐崎セラピールーム
      〒520-0001
      滋賀県大津市蓮池町13-6
      コーポ唐崎103号室
      *駐車場有り
      最寄り駅から、唐崎セラピールームへは地図Google mapをご覧ください。
      京都支所
      〒606-8234
      京都府京都市左京区田中春菜町2-6
      福岡支所
      〒812-0053
      福岡県福岡市東区箱崎5-11-3
      交通費を負担していただければ全国どこへでも参ります。
      ひきこもり等により、外出が困難な場合はクライアントの御自宅へ。その他、最寄の駅周辺の施設(ホテルのロビー、ファミレス)等へ出張が可能です

  • 連絡先/金融機関口座

    • 携帯
      090-7357-4540
      電話
      077-558-8766
      面談中で電話に出られないことがあります。留守電に連絡先の伝言を残してもらえば後ほど連絡を入れます。
      注意
      番号非表示の着信には出ませんのでご承知おき下さい。

      メルアド
      lacan.msl☆gmail.com
      ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)

      口座
      別途問い合わせ下さい。
      ◯ゆうちょ銀行からゆうちょ銀行へ振り込みの場合
      郵便振替口座 記号:000000 番号:0000000 氏名:吉川雅子

      ◯他銀行からゆうちょ銀行へ振り込みの場合
      店名:□□□ 店番:000 普通貯金 口座番号:0000000 氏名:吉川雅子

      ◯新生銀行口座 店番号:000 支店名:本店 口座番号:0000000 氏名:吉川雅子

  • 営業時間/定休日/キャンセル

    • 時間
      9:00~22:00
      ご事情によっては、上記以降の時間に応じられる場合があります。ご相談ください。

      定休
      休業日を設けていません。日祝日も可。

      キャンセルについて: キャンセルの申し出につきましては、一週間前迄とし、前々日は料金の50%を、前日は70%を、当日は100%を負担していただきます。

      日時変更について: やむを得ない事情で日時の変更をする時は、本来の予約日より1週間以内に再度分析の予約をいれてください。但し、変更は1回までとし、変更日は、月をまたがない事とします(注意:月末に予約を入れた場合、変更は出来ません)。2回目の変更は認めません。分析を受けられなくても100%負担して頂きます。


      出張について: 交通費機関の予約、交通費が発生しますので、出張を伴なう分析依頼のキャンセル、日時の変更につきましては個別に対応されて頂きます。

  • ラカン精神科学研究所パンフレット

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4、地図(Google map)

ラカン精神科学研究所への道程を動画でナビするサイトはこちらです。別窓でナビサイトが開きます。

唐崎駅唐崎駅2唐崎駅セラピールーム2ラカン精神科学研究所インテグレーター養成講座風景

滋賀県大津市蓮池町13-6 コーポ唐崎103号室 Google map の矢印を操作して確認して下さい。


ラカン精神科学研究所は、JR唐崎駅(湖西線)より歩いて5分です。
より大きな地図で ラカン精神科学研究所2 を表示
より大きな地図で ラカン精神科学研究所 を表示。JR京都駅からJR唐崎駅は約15分で着きます。

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5、相談内容

ラカン精神科学研究所 インテグレーター養成講座風景
当研究所は、薬物や催眠、暗示を使わず対話療法、主に精神分析という心理療法による悩みの相談・治療を行っています。

相談内容は、
登校拒否、引きこもり、ニート、非行、家庭内暴力
神経症(強迫神経症・不安神経症・抑うつ神経症など)、恐怖症(対人恐怖症・広場恐怖症など)、うつ病、統合失調症、
パニック障害、摂食障害(過食症・拒食症)、自殺念慮、
依存症、PTSD、不眠、自律神経失調症、
性に関する悩み(インポテンツ・ED、早漏、不感症、男性・女性への自信喪失・恐怖、性同一性障害、夫婦・パートナー間の性の悩み)
家族問題(子育ての悩み・親子関係・夫婦関係・嫁姑関係)、
生きる意味・目的、アイデンティティ障害など、
とにかく話を聴いて欲しい方もおられます。

また「人間の精神の基礎作りは子育てと密な関係が有る」という観点から「子育て相談室(母親教室)」を開催しています。他に、分析理論を学びたいという方のために「分析理論講座」。私どものようにインテグレーター(精神分析家)を目指される方の為の「インテグレーター養成講座」。企業でのメンタルケァ、メンタルヘルスの為の相談、セラピーも行っております。

研究所の所在地は滋賀県大津市。支所が京都府京都市にございます。

遠地の方々につきましては、電話セラピーをはじめ、インターネットを活用し遠距離セラピーや、出張セラピーも行っています。また、短時間電話セラピーでの対応もしています。どうぞお気軽にご連絡下さい。

精神分析家のセラピー日記にて、ラカン精神科学研究所の日々の活動内容をお知らせしています。こちらも、併せてご覧下さい。


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6、登張豊実のプロフィール&研究所の変遷

安情共恵近影登張豊実(とばりとよみ)
精神分析家。ラカン精神科学研究所(滋賀県大津市)主宰。
1958(S.33)年4月22日生まれ。出身:滋賀県大津市。二女の母。
神戸親和女子大学児童教育学科(兵庫県神戸市)卒業。
会社勤務の後、結婚し専業主婦になる。
二女の子育てに悩み惟能創理先生の精神分析治療を受ける。
インテグレーター(精神分析家)養成講座を受講の後、独立開業。
現在、新進気鋭の分析家として、引きこもり不登校の子供を持つ母親を全力で支援している。
同研究所は「京都府ひきこもり支援情報ポータルサイト」の支援団体として登録。

1958(S.33)年 滋賀県大津市に生まれる。
1983(S.58)年 結婚とともに京都市伏見区に住む 後に二女の母親になる。
1994(H.06)年 精神分析を受け始める。

 二人の娘をのびのびと心豊かに、優しく育てたいと願いながら、全く逆に口うるさく命令指示し、手さえ上げてしまう自分に愕然とし、これは治療の範囲であることを自覚し、分析治療に入る。

1996(H.08)年 大沢精神科学研究所のインテグレーター養成講座で、3年間精神分析理論を学ぶ。
1999(H.11)年 吉川精神科学研究所を開設する。
1999(H.11)年 「母親教室」開始。
2001(H.13)年 吉川精神科学研究所ホームページ開設。
2004(H.16)年 ラカン精神科学研究所に名称を改め、インテグレーター名を「天海有輝」とする。
2004(H.16)年 滋賀県大津市にセラピールーム開設。
2004(H.16)年 リゾートソリューション(旧ミサワリゾート)ライフサポート倶楽部協賛。
2005(H.17)年 京都府青少年の社会的ひきこもり支援ネットワーク協力参加。
2007(H.19)年 ラカン精神科学研究所(サイト)開設。
2007(H.19)年 「天海有輝のセラピー日記(ブログ)」開設。
2007(H.19)年 福岡県福岡市に支所を開設。
2007(H.19)年 ㈱ラボックスの「京都良店」に「京都良店的深層心理テスト」掲載開始。
2007(H.19)年 「分析理論講座」・「インテグレーター養成講座」開始。
2008(H.20)年 インターネットメールによる相談(メール相談)受付開始。
2008(H.20)年 滋賀県大津市に移転。支所を京都府京都市に設ける。
2008(H.20)年 インテグレーター名を「宣照真理」に改める。
2008(H.20)年 精神分析理論による「オールOK!子育て法」(ホームページ)開設。
2008(H.20)年 「母親教室」の名称を「子育て相談室」に改める。
2008(H.20)年 携帯サイトLMSLラカン精神科学研究所mobile開設。
2008(H.20)年 「心のマタニティ講座」開始。
2008(H.20)年 不登校・引きこもりに悩む方々へ (特別サイト)開設。
2008(H.20)年 月刊 精神分析 0811号(特別サイト:私と分析)開設。
2009(H.21)年 福岡支所(サイト)開設。
2009(H.21)年 「宣照真理のセラピー日記」開設。
2010(H.22)年 「子育て相談ネットワーク」にセラピストとして参加。
2010(H.22)年 スカイプでセラピー(サイト)開設。
2010(H.22)年 メールマガジン発行開始。
2011(H.23)年 ラカン精神科学研究所forスマートフォン(サイト)開設。
2011(H.23)年 インテグレーター名を「安情共恵」に改める。
2011(H.23)年 「精神分析家のセラピー日記(新ブログ)」開設。
2012(H.24)年 インテグレーター名を「安朋一実」に改める。3月1日より。
2013(H.25)年 フェイスブック利用開始。4月7日より。
2013(H.25)年 ツイッター利用開始。4月7日より。
2014(H.26)年 インテグレーター名を「登張豊実」に改める。1月1日より。

「ラカン精神科学研究所」の名称と、インテグレーター名は、精神分析的考えのもと、他者の願望や欲望によって付けられた、子ども時代の名前を改め、自らの意思と主体性をもって、自らが名づけました。
「ラカン精神科学研究所」は、フランスの精神分析家ジャック・ラカンを目指す、そういう意味を込めました。

インテグレーター名「宣照真理」は、真理を広め伝え、この世を照らす人となるの意味。

安情共恵」は、安らぎ・安心を持って情緒豊かに人と共に生き、あたたかく慈しむ心、相手をあたたかく包む思いやりを持った人になる、という意味を込めた名前です。

登張豊実」は、心豊かにプラス思考で上に登り、留まらず豊かさをいっぱいに押し広げ実らせていくとう意味で名づけました。

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7、 < 精神分析療法(含:遠地)のご案内 >

  • 精神分析治療(セラピー・カウンセリング)


    • 相談風景精神分析治療による「転移」「抵抗」「逆転移」という精神のダイナミズムと、精神分析家の「理解」と「共感」による心の交流が貴方に変容をもたらします。 精神分析とは対話療法(カウンセリング・セラピー)であり、精神分析者と被分析者(クライアント)が1対1の対話によって無意識を意識化し、コンプレックスを解消する療法です。このため「言葉のみによる洞察的気付き療法」ともいいます。いわゆる、犯罪容疑者に関して行う「精神鑑定」とは全く別物です。 オーストリアの精神家医フロイトは、「人間の行動を決定するのは、その人すら知らない無意識である」と言いました。無意識を知る手立てとして夢分析を行います。夢は無意識によって形成されるものだからです。 クライアントは精神分析を通して自分の様々な側面に気付き、それを意識化し、内面化し再組織化して、自己を統合していきます。その結果、クライアントは自己を肯定し、自己決定能力が高まり、物事の判断に迷いや葛藤がなくなります。これは、クライアントから「生きるのが楽になった」という言葉がよく聞かれる事からも証明されています。 精神分析は契約治療であり、最低月1回、理想的には週1回の面談を維持し「時間」「場所」「料金」が設定されその枠内で行います。直接面談を原則としますが、遠方であるとかクライアントが出かけられないなど特別な理由がある場合は電話や、パソコンの通話機能を使った精神分析も行っています。また交通費を負担していただければ、出張セラピーも行います。 精神分析家は、クライアントとの信頼関係を大切にし、精神分析治療が継続して行われることを約束します。しかし、クライアントがやめたいと言われた時には治療を中止します。こちらから無理強いする事はありませんので安心して下さい。精神分析治療による「転移」「抵抗」「逆転移」という精神のダイナミズムと、精神分析家の「理解」と「共感」による心の交流がクライアントの変容をもたらします。 多く一般の方は、精神科、心療内科で病名をつけられ、薬による治療が主であろうと思います。心の病は、何らかの心の傷つきや、固着・こだわり、心の歪みが生じています。これは薬によって脳内のホルモンを調整すること等では、根本的に治すことは難しいと思われます。「言える」ことは「癒える」ことであるため、精神分析者は対話により、自己を開放し、気付きを与え、クライアント自身が自分の歪み等を修正し、自分を再構成、再統合していけるよう支えていきます。 精神分析は自己探求の旅であり、自己発見のドラマであり、自己完成への道程です。「運命」とは「無意識」の別名であり、自分の運命・人生は自分で切り開いていくものです。あなたがこの分析の道を選ばれたことにより、きっと自らの尊厳に気付かれ、有意義な人生を送られることでしょう。 自分の人生をあきらめている方、どうしていいかわからない方、是非ご連絡ください。
      料金
      初回は75分、15,000円  2回目以降は1回50分、10,000円
      時間
      2回目以降1回1名の分析時間は50分(親子または夫婦面談で1回は可)
          
      希望により、1回50分以上の分析も可能です。
      日時は完全予約制です。電話等で予約してください。
      引きこもり等により、外出が困難な場合は、お宅へ伺うことも可能です。
      遠地の方に電話やパソコンの通話機能を使った分析を行っています。
      ※電話セラピーについて。
      電話セラピーは、直接面談によるセラピー(精神分析)同様、事前に予約をとってください。
      電話による通常のセラピーを予約の場合は、1回50分、料金は10,000円です。
      電話料金はクライアントの負担となります。(クライアントから電話をかけてください)
      分析料金は先払いで、指定口座に振込みしてください。

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8、 < 子育て相談室(母親教室)のご案内 >

  • 子育て相談室(母親教室)


    • 子育て相談室風景 子育てに関する疑問・悩みを話し合い、症例や理論を話しながら具体的にアドバイスする子育て相談室(母親教室)を開いています。 不登校やひきこもり・非行などの子どもさんへの理解と対応法、また今は特に問題はなくても日々お子さんと接する中で迷うこと、わからない事にQ&A方式で答えていきます。安心して子育てが出来、かつ楽しめるといいですね。またお子さんのことに限らず、話しながらご自身のことを考えるきっかけになればと思います。詳しい開催日程はこちらです。また、電話・メールにてお問い合わせ先はこちらです。

      料金
      2,000円/参加1名
      時間
      50分
      完全予約制。2名以上でのグループでの参加をお願いします。
      お子さんの年齢に制限はありません。もちろんお父さんの参加も歓迎です。

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9、 < 分析理論講座のご案内 >

  • 分析理論講座


    • テキストをもとに症例などを入れながら、精神分析の理論をわかりやすく解説します。人間の精神とはどのように発達するのか、心の構造はどのようになっているのかなど、ご自身や子どもさん・人を理解したり、振り返ったり、子育てする上で役立つ理論です。 講座内容 1巻:自己を知る。2巻:心の発達。3巻:家族。4巻:心と体。5巻:性格を変える。6巻:愛と攻撃。詳しい開催日程はこちらです。また、電話・メールにてお問い合わせ先はこちらです。

      料金
      5,000円/参加1名
      時間
      1時間 50分
      個人受講の場合は1回55分で行います。
      完全予約制。全単元のテキストは6分冊で、1冊1,000円です。
      分析理論講座テキスト(見本)PDF形式
      分析理論講座のご案内(精神分析家のセラピー日記)

  • 心のマタニティー講座


    • これから妊娠する可能性のある方、または妊婦さんとそのパートナー、並びに家族の方の為の心の講座を開催します。子育ては胎教からすでに始まっています。日頃気をつけて欲しいこと、心のあり様、過ごし方、また胎児の心身の成長、パートナー・家族の協力等についてお話します。 電話・メールにてお問い合わせ先はこちらです。

      料金
      5,000円/参加1名
      時間
      1時間 50分
      完全予約制。個人受講の場合は1回55分で行います。

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10、 < インテグレーター養成講座のご案内 >

  • インテグレーター(精神分析家)養成講座


    • 精神分析家サミット2009精神分析家を養成する理論をテキストをもとに講義する講座です。分析家を目指す方はもちろん、分析理論を本格的に学びたいという方のための講座です。詳しい開催日程はこちらです。また、電話・メールにてお問い合わせ先はこちらです。(写真は、2009年夏に開催された第4回「精神分析家サミット」於:栃木県那須塩原市での1コマです。)

      料金
      10,000円/参加1名
      時間
      1回1単元:1時間30分
      個人受講の場合は1回1時間で行います。
       
      *他の講座と時間等の条件が異なります。詳細はお問い合わせください。
       
      *全単元のテキストは4分冊で、一冊5,000円です。
       
      インテグレーター養成講座テキスト(見本)PDF形式

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11、 < 短時間電話セラピー>

  • 短時間電話セラピー
    • 短時間電話セラピーは、1回の時間は10分単位で何分でも可能です。
      事前に予約をとってください。
      料金は10分2,000円です。 例)30分の場合は6,000円になります。
      電話料金はクライアントの負担となります。(クライアントから電話をかけてください) 分析料金は先払いで、指定口座に振込みしてください。

        ※分析を始める前に聴いてみたい時、分析と分析の間で話したいことが出てきた場合などへの対応として設けています。

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12、クライアントの症例紹介

<30歳代前半の男性 鬱>

鬱で仕事を休職中だが、もうすぐ子どもが生まれるという。そのためある地方都市より実家のある関西に戻っていた。医者で薬は処方され飲んでいるが、それだけではどうにもならないということで、私のところへ来られた。鬱特有のゆっくりとしたしゃべり方、「もうすぐ子どもも生まれるのに、いつから働き出すの」と言われると死にたくなるという。実際マンション10階のベランダから飛び降りようとして、妻の親に見つかり怒られたとのこと。延べ6時間くらい分析をし、その間にお子さんも生まれ、結果、「子どものためにも頑張る、もう死にたいとは思わなくなりました」と言われ、職場に復帰するため戻っていかれた。なぜか子どもの出産祝いにもらったというデジカメで私の写真を撮って...。「よかったですね」と私。そして「向こうへ帰られても、できれば分析家を探して分析を受けてください。放っておかないほうがいいと思います」と言って別れた。

<20歳代の男性 性倒錯>

いわゆるオカマの男性。電話があり、海外で性転換手術をするという。「そう決めたのならいいじゃないですか」と私は答えた。ところが心の整理を付けたいと来所された。ロングヘアーのカツラにミニスカート。化粧はされているが、薄っすらひげがはえている。オカマバーで働いていて、シンガポールへ行って手術をする、コーディネーターがいて話は付いている、後は航空券を取るだけだと。もう仲間にも手術のお祝いをしてもらって手術をするという話を聞いたが、私には彼の「手術をする」という言葉が「したくない」に聞こえた。そこで最後に「あなたは私に手術を止めて欲しくて来たんじゃないですか」と言った。ドンピシャだった。顔色がサッと変り、目が充血し、一言「そうかもしれない」と。やはりそうか。迷うならやめること。帰ってすぐにコーディネーターに電話をして、手術のキャンセルをするように言った。その日電話があり、キャンセルしたということだった。
彼は自分が女性と見られ、扱われたい。そのため頑固な便秘になり、産婦人科へ行く。尾篭な話になってしまうが、分娩台に乗って、大きな浣腸をしてもらう。そうして便を出すことは出産と似ていて、女性になったようでうれしいと言う。糞便愛好者、スカトロジーという世界をご存知だろうか。彼はそういう雑誌や切抜きをスクラップブックにしたものを持ってきて、説明しながら私に見せた。そしていきなりパンツを脱ぎ、「お尻の穴を見て欲しい」という。生理用ショーツをはき、ナプキンをあて、肛門にはタンポンを入れていた。それによって彼は自分が女性であることの承認を私にして欲しかったのだろう。
その後昼間に介護の仕事を始めた。もちろん女性の格好で仕事に行き、世話をするおじいちゃんに女性と見られ、お尻を触られることがうれしいと言った。彼の欲望を満たすにはピッタリの仕事に付いた。

<40歳代後半の女性 子供の非行>

当時40歳代後半の女性。中学から荒れだした息子さんの非行に悩んでいた。子育て相談「母親教室」に来られ、自身も分析を受けられた。とにかくお金がいるといって親からお金を取っていく。その額が尋常ではない。多い月には100万を超えた。出さないと暴れる。彼女の口癖は、「このままでは自分たちはホームレスになる」だった。
母親教室で、非行であれ何であれ子どもへの対応法「オールOK!」を話し、だまされたと思って3年間やってくださいと言った。同時に分析により自分を見つめていった。結果みごとに3年がたったあたりから息子さんは変り、仲間と自分から離れ、今では結婚し一児の父親となり、父のもとで家業にいそしんでいる。彼女いわく、「こんな日が来るとは思わなかった」と、彼女に笑顔と穏やかな日々が戻った。

<30歳代女性 子育て相談>

当時1歳女児の母親で、特に心身ともに何が問題あるというのではなかったが、子育て相談「母親教室」で分析理論をわかりやすくして話すうち、分析を受けられた。母が彼女の妊娠に気付かなかったためにこの世に生をうけたが、本来ならおろされていた子だと聞かされていたため、自分はいらない子だと思ってきたと言う。幼稚園から二十歳くらいまでの記憶がほぼなく、今の記憶もやがて消えていくのだろうと言われた。
 後に第二子を出産。途中一時的に声が出なくなったり、肩こり首・背中が痛くなるなどの身体症状が出ることがあり、そのたびその意味を分析し、無意識に気付いて解消していった。葛藤しながらも、自分を見つめよく取り組まれた。結果生きることが楽になったといわれる。成長・変容の後が見える。彼女は自分と同じような子にはしたくないと、「オールOK!」して子育てに励んでいる。

<20歳代女性 強迫神経症>

私のHPを見てメールを送って来られた。主訴は強迫神経症。ひとたびある強迫観念にとらわれると、それを振り払おうとしても出来ず苦しい、生きている実感がしない。精神科で薬を処方され飲んでいるがあまり変らない。治るだろうかということであった。
関東方面の方なので、電話での分析となった。強迫神経症の症状自体は、1年でほとんど消えた。そこで分析を終わるかどうかの確認をとったところ、彼女はまだ自分に自信がないので分析を続けると言った。分析開始より現在5年以上がたっている。分析の中で結婚とは何かを問いかけている彼女。配偶者背選択まで見届けらたら私としてはうれしい。もちろん彼女が望むなら。

<40歳代女性 子育て相談>

小学校低学年のお子さんのお母さん。子どもさんは3年間保育園にほぼ行かなかった。お母さんが分析を受け、母親教室に通われ子どもへの対応法など話しながら来て、小学1年生からは時々休むことはあるが、普通に登校している。私は登校することを目的とはしなかった。ただ子どもさんが子どもらしく生きられるように「オールOK!」の対応法を話し、出来る限り実行してもらった結果だと思っている。

<20歳代男性 引きこもり>

いわゆるひきこもりの青年。初回面談の時には、「はい」と「いいえ」の返事さえ聞き取れないくらいの会話だったのが、今では自分のことを語り、習い事を始め外にも少し出るようになった。分析者である私がしたことは、彼に関心を持ち、わからないことを聴いていった。その答えに耳を傾け彼のことを理解しようと努めたこと。そうして信頼関係を築いていった。
精神科医のところへ行きたがらなかった彼が自ら行くと言い、質問をしてきたという。精神科医は「とてもよくなっている、びっくりした」との事。
まだ時間はかかるだろうが、彼が主体性を持ち、自らの意思で行動できるように、そして本人の希望である会話がうまくなるように、クライアントをサポートして行こうと思う。

<20歳代後半女性 離婚問題>

夫との離婚を考えながら、迷っていた。分析の中で話しながら、自分の気持ちを固めていった。彼女が一番避けたかったのは、泥沼状態になることだった。できるだけ当事者同士も、そしてお互いの両親たちも、離婚することに賛成とまではいかなくても、渋々ながらも納得してもらうこと。途中それは難しいようにも思えた。ところが、彼女自身が驚くくらいすんなりと話し合いが進み、離婚に至った。分析者は離婚しなさいとか、離婚してはいけないとは言わない。ただクライアントの話に耳を傾け続け、クライアントが自分で自分の進む道を決められるようにする。分析が目指すのは、クライアントが自己決定能力をつけることである。

<家庭内暴力のY子(24歳)>

Y子は、17歳のときに母に暴力をふるい始めた。そのため母親は家にいられない時期があった。
それは、子ども時代の虐待された事の報復だった。両親揃って、山に捨て放置、閉めだし、叩くなどの厳しい躾をしてしまった。セラピーは、Y子と母に施し、両者の和解をコミュニケーションを通して、1年、2年と根気よく行った。3年後には共に住めるようになった。

<出社拒否の公務員H氏(36歳)>

H氏は、有名大学を卒業し市役所に入るまで挫折を知らなかったが、仕事で行き詰まり、初めて無力感を味わいうつになる。「気力が出ない」と言い続けた。彼は無力感を認知セラピーによって、自らに限界を受け容れさせ、新しい価値観に生まれ変わり職場復帰を成し遂げた。それは2年3ヶ月のセラピーの後だった。

<定年退職後にうつ病になったA氏(63歳)>

A氏は、定年退職後生きる意味を失い、うつ病になり精神科を受診していた。
薬物療法だけで改善がみられず来訪した。セラピーは「生きる意味」の再発見だった。うつ病は必ず治る。それは幸せだったころに戻ることがセラピーだからである。心の在り方こそ、生きる意味の再構成により寛解する。そうしてそれを発見したA氏は、毎日晴れ々と生活している。

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13、自分のことを振り返って

<私にとっての精神分析>

漠然と生きにくさを感じつつ、子育てに悩む中、精神分析に出会った。子どもへの対応法「オールOK!」を知ったが、それが出来なくて落ち込みながらも、なぜそれが出来ないかなど、分析を通して自分と向き合う自分探しの旅に出た。その途中娘たちは反発して荒れたり、不登校になったりした。当然の結果であり、分析のおかげでよくあの程度で納まり、乗り越えられたと思う。結果、娘のためと思い始めた精神分析であったが、結局は自分自身の問題であった。娘との関係は、自分が望んだ良好なものとなりつつある。

生きにくいと感じていたものがどういうものであったかがわかり、ものの見方・考え方が広がり、人への恐さがとれ、生きることを楽しむことができるようになった。分析を受ける13年前に私が見ていた世界と今の世界は違うものになった。正確には世界が変わったではなく、私が変わった。

<分析を受けて変った私>

ずっと自分は一人が好きだと思っていた。友達なんて面倒だ、一人の方が楽だと。でも分析を受けていくうちに、本当はこんなにも人を求めていた寂しい自分がいたことを知った。その元には、自分とは人に受けいれられない存在だとか、理解されないとか、人への恐さがあった。それら育ってくる過程で心の中に作られたマイナスの自己メージだった。なぜそのようにマイナスイメージを持ってしまったのかをみていくうちに、自己肯定感をもてるようになった。自分が悪かったわけではない。全ては無知であるため、また親もどう子どもに接すればいいのかを知らなかった結果である。分析を受けている中で、実際親に文句を言いに行った。「私の人生を返して!」と。そんなことをしながら、両親と話をしていくうち、私は親を諦めていった。この人たちに過去のことを言っても無駄だ。分析でも受けて自分を振り返らない限り、私の言うことを理解することは不可能だとわかった。

そして今に立ったとき、過去はどうあがいても取り返すことは出来ない、でも今から未来は自分が望むようにできる、真っ白なキャンパスに自分で好きな自分の人生図を描けばいい。そこにたどり着くまで、私は10年の歳月を要した。今更ながら自分の欠損の大きさを思う。

今はいろんな人とのつながりができ、人の温かさを感じ、人と関わることが楽しいと感じられる。それらを自分が求めれば手に入るとわかった。そいうことが人生の楽しみの一つであろう。人の中にいて、人と共感してつながる、それが自分の人間であることの証明にもなる。私は随分長い間、人間という枠の外にいた。

<分析との出会い>

子どもの頃から、自分自身や家庭・家族に対して違和感があった。自分を認められたり誉められたりすることはなく、怒られること、小言を言われることが多かった。自分に自信がなく人が恐かった。漠然と自分の育ち方はどこかおかしいと感じていた。

自分自身のことについていえば、「お前はだめだ。」といわれて育ったために、自分でもだめだと思っていた。ところがまわりから「良くやっている。」とか「しっかりしている。」といわれることもある。自分ではだめだと思っているのに、誉められるとどっちが本当の自分なのかわからなくなり、気持ちが悪かった。あまり誉められると、本当の私を知らないくせにと腹がたった。

私が分析に入っていったのは、私のスーパーバイザー大沢秀行氏との出会いだった。自分とは違う育て方をしよう、自分の母のようにはなりたくないと思いながら、二人の娘を育てていたが、あるとき気が付いたら結局自分は母と同じことを娘達にしていることに気が付いて愕然とした。優しくのびのびと育てたいと思いながら、ああしなさい、こうしなさいと命令指示し、それに子どもも私も疲れ果てていた。自分は子どものためと一日中口やかましく言っているが、子どもの表情はけして明るくはない。どうしたらいいのだろう...悩みながらいた。

そんなとき大沢氏と出会った。「子どもが何をするにも遅くて困ります。」といった私に、「それは、あなたが後でね、という言葉で育てたからです。」といわれた。事実その通りだった。家は店をしていて、「お客さん。」と呼ばれれば、子どものことは放っておいて店に出る。子どものことはいつも後回し。なんで見てもいないのにわかるのだろうと思った。大沢氏は子どもへの対応法として「オールOK! 」といわれた。しかも「敏速かつ的確」。子どものいうことに全てOKし、待ったなしに言われた通りに動くこと。もし私が子どもなら、そうされれば嬉しいことはわかる。でも私には到底出来ない。なぜなら、それとはまるで反対の育ち方をしたから、やりたくても自分にはやれないと思い、大沢氏との関係を断った。

それから半年間、悩みながら本を読みあさった。結局本にも大沢氏が言ったようなことしか書いていない。やはりそれしかないのか...。意識でどんなに優しくしようとしても、口が出る、手が出る。これはもう治療の範囲であろうと、意を決して大沢氏(羅漢氏)の元を尋ね、精神分析がどういうものかまだよくわからなかったが、分析を受けることにした。

それから12年がたつ。途中、上の娘は2年弱私と口をきかないことがあった、下の娘は中学の半分を不登校した。それも分析があったおかげで乗り越えられた。娘達との関係は、私が目指したように私と母との関係とは違うものになった。

<上の娘の話>

上の娘H子は、高2の秋頃私と喧嘩をしてから口をきかなくなった。振り返れば私と母も、喧嘩をするとしばらく口をきかなかった。それでも子どもの立場は弱く、どうしても母に頼まなければならにことが出てきて、自然と口をきくようになる、そういう繰り返しだった。

私と娘も同じようなことをしていた、そのときも私は、今は口をきかなくてもそのうち話かけてくる、そう軽く思っていた。ところがこのときばかりはそうではなかった。いつまでたっても口をきかない。その上常に怒っている。まず帰ってきてドアの鍵がかかっていると、開けるまでドアをけりまくる。家に入ってくると物の扱い、ドアの開け閉めが荒く、それに私は脅えていた。お金がいるときだけは、怒った口調で要求してくる。それでも「オールOK!」と自分に言いきかせ、文句を言わずに言われるままにお金を渡した。正直屈辱的であり、腹も立った。本当は「もうこれ以上は出せない。家計がたちいかない。いい加減にして」と、飛び出しそうなその言葉を呑み込むのがやっとだった。

あるとき下の娘Y恵と歯医者に行った。そのことをH子には朝告げていなかった。二人で自転車に乗って行こうといっていたが、たまたまその日、地域で強盗事件があり、街のあちこちに警官が立った。そんな中恐いのでY恵は歯医者に二人で歩いて行きたいという。H子の帰宅に間に合うかと思いつつ、歩いて行くことにした。案の定歩いた分帰りが遅くなり、H子を5分ほど家の外で待たせることになった。当然怒っている。言い訳をして謝り、家に入った。以前分析でH子のことについて話したとき、羅漢氏に「あなたには、にもかかわらず、がない。」といわれた。その言葉が頭の片隅に残っていた。このまま怒らせていたのではいけない、閉ざされた心のドアは、ノックし続けなければ開かれないのではないかと思った。こちらには事情があるにしろ、もう一度謝るしかない。しかし怒っている娘は、私の話など聞かないで、ウォークマンを聞いている。それでもかまわず私は語り続けた。事情を話しわざと締め出したわけではない、悪かったと。そうするうち少しずつ言葉が返って来た。「お前が私を生んだことが間違いだ。」「お前なんか分析家になれない。」「私が小さい頃は無茶苦茶したくせに、大きくなったらびびりやがって。」えっ、びびりやがって?もしかすると、荒れる娘に脅えている私に怒っているのか、本当はもっと関わって欲しいということなのかと思った。

H子は高校を卒業し、OLになった。そのときも社会人としてスーツやバック、通勤のための服、時計、新しい携帯電話、その他もろもろでかなりのお金が出て行った。それも言われるままに出し、時には一緒に買い物にも行った。しかし態度は相変わらずだった。

そうこうするうち、2回目の給料日の次の日の朝、H子が私に紙袋を差し出した。何か分からず受け取って中を見た。ピンクのバーバリーのブラウス。私は「これくれるの」と聞いた。娘はうなずいて「これを着て分析をしたら、少しは分析家らしく見える」といった。「ありがとう、着させてもらうわ」と私。

要求されるお金、今から思うと私が出せるギリギリの額だった。子どもは親の反応を見ている、試している。「もういい加減にして」と一度も言わなくて良かったと思った。後からH子が妹のY恵に話したことを聞くと、自分がお金を要求することで、私が好きな服を買えなかっただろうと思い、ブラウスを買ってくれたらしい。激しい口調や怒りの態度とは反対に、私への申し訳なさを感じていたのか。表に現れたものと、内面とは違うのだということを知った。そして「オールOK!」の意味と力を。

<下の娘の話>

下の子Y恵は、赤ちゃんの頃からよく寝てくれた。それをいいことに私はこの子を一人で寝させておくことが多かった。そのため歩いたのは1歳10ヶ月、3歳になってもしゃべれるのは単語が4~5個。この頃になって私は焦りだした。もしかしたら小学校は普通学級にいけないかもしれない。そんな不安にかられ、児童相談所や福祉事務所を回った。発達検査では、ぎりぎり持っているものはあるが、経験不足だからよく関わるようにと言われた。放っておいたつけが回ってきた。

小学校では普通学級でなんとかこなしてはいったが、5、6年生は学校を休みがちで、ついに中学1年生の2学期途中から中学2年生いっぱいを不登校ですごした。対応法は知っている、オールOK!しかない。まず学校、勉強のことは一切言わないと決めた。娘が私と一緒にいることを望んだので、仕事以外のときは出来るだけ娘といるようにした。一緒にお風呂に入り娘を洗い、一緒に寝て、一緒にテレビ・ビデオを見た。膝の上にのり、トイレへはおんぶをして行った。この状態がいつまで続くかそれはわからない。ただ娘がいいというまでやるしかないと覚悟を決めた。

私の予想より早く、中3になる頃、「高校には行きたい。3年から学校に行く」と言い出した。「ただし1週間のうち3日しか行かないがそれでいいか」と言う。私はもちろん「いいよ」と答えた。1年半行けなかった子が、週3回いけたらたいしたものだと思った。結果、中3は風邪で数日休んだ以外は全部行ってしまった。

学校に行きだして、帰り道が一人でさびしいと言い、携帯電話で下校時に電話をしてきて、私が迎えに行き途中で会うという方法をとった。運動会の前ころだった、いつものように迎えに行って途中であった娘がいきなり泣き出した。どうしたのか聞いても答えない。ただ「後で話す。」というだけ。正直不安がよぎる、また行けなくなるのではないないか。以前の私なら、根掘り葉掘り聞いて、こうしたらいいと対策法まで押し付けていた。でもそれはやめよう、後で話すというのならそれまで待とうと思い、泣いている娘の肩を抱いて家まで黙って歩いた。1~2日後、運動会のムカデ競争の練習で、自分のせいでうまくいかないと年下の子に言われたということだった。

また、娘が「今こうして自分が動けるのは、じっと家にこもって充電していたからだ」と言い、手足を前に出し、コンセントの格好をして見せた。その充電の仕方が大事なのだと思う。ただ家に居るのではなく、親が適切に世話をし、子どもを受けいれること、つまりALL OK。決して完璧に出来たとは思わないが、外へ出て行こうと思える分は1年半の間に充電できていたのだろう。

中3で学校に復帰したため行ける学校があり、私立の美術系の高校に進学した。入学前に2泊3日の研修があり、娘は私と離れ知らない人たちと過ごすことが不安で、行きたくないといったが、これに参加しないと入学を取り消すということで、しぶしぶ参加した。研修の帰り駅から電話があり、「迎えに来て、途中で会おう」と。迎えに行って会った瞬間娘が泣き出した。聞くと、「思ったように友達が出来なった」そして「あんた(私のこと)に会いたかった」と。1日目夕飯を食べているとき、真っ暗なガラス窓の向こうで、私が笑って手を振っているように見え、思わず泣いてしまったという。横にいた先生がどうしたのかと聞いてきたが、何も答えられなかった。次の日はお風呂でシャワーを浴びているときに泣いた。そうすれば泣いていることが他の人に知られなくてすむからということだった。それを聞いたとき、この子は愛着ということを知っていると思った。私は言葉で愛着ということは知っているが、自分の母とそれをまともに体験できなかった。このとき娘を通して愛着ということを逆に教えられた思いだった。普通は親にないものは子どもに伝えられないが、ちゃんと対応すれば無から有を生み出せるとわかった。

私には人として大事なもの、たぶんその一つには情緒的なものが、ごっそり欠け落ちていた。それを、子育てを通してもう一度学び直させてもらっている。

<無知だった私>

女性が子どもを産む意味、それは二つある。

一つには自分を振り返るため。自分の子どもを育てながら、きっと母はこうして自分を育て、世話したのだろうと思う。自分と子どもの関係は、そのまま母と自分の関係に移行する。

二つ目は、そうして自分を知って、今度は理想的に育てなおすため。

してもらったことと、してもらえなかったこと。そこで満足できたことと、出来なかったことがある。自分が正しい母性で子どもに対応し、そうして育てられた子どもは、かつて理想的母にそうされたかった他ならない自分である。与える欲望と与えられる欲望が出会い、一致する。こうしてどちらもが生きられる。

ところが、本来世話する母親が、子ども時代のまま与えられたい欲望しか持たないでいたらどうだろう。母親は子どもを世話するどころか、自分が世話されたいのだから、まともな世話行動など出来ないだろう。そして子どもが甘えてくると腹がたち「後で。」「今忙しいから。」「あっちへいっていなさい。」そう言うことになる。こうして子どもは甘えたいのに甘えられず、排除され、それが繰り返されるうち甘えを断念し、無理を言わない大人にとって扱いやすい、都合のいい子いなっていく。こいう子を世間では"いい子"と呼ぶ。

私自身子ども時代に、こういう"いい子"だったし、また自分の娘達もこの"いい子"にしようとしていた。それに反発した娘達であって、結果良かった、とやっと今いえる。あの時分析の門を叩かないでいたら、娘も自分もどうなっていたかと思う。おそらく娘二人をつぶし、自分も今生きてはいなかっただろう。

分析前の私の辞書に、まず学校に行かない、不登校という文字はなかった。36歳の夏、あの時が私の人生の分岐点だった。

<正しい母性とは>

子どもに対応するとき、子どもの記号としての言葉を正確に聞き取るようにすることを、大沢(惟能創理)先生に言われた。それを私は、子どもの要求に応えるとき、自分のコンプレックスをそこに乗せないことと翻訳した。子どもに何かを頼まれたり要求されたりすると、私はまず邪魔くさい、したくないが出てくる。そこには私はそんなことを親にはたのめなかった、言えなかったのにあなた達はいいわね、がいつも付きまとう。それを持ち込まないで、子どもが何をして欲しいといっているのかだけを正確に聞くこと。そんなことでさえ出来るようになるには何年もかかってしまった。頭ではわかっていても、いざ子どもを前にすると出来ない自分、このことに自分自身嫌気が差し、落ち込む毎日。だからクライアントの出来ないという思いもわかる。すぐに完璧に出来なくても、少しずつ根気よく頑張って欲しいと願いながら話している。

分析によって自分を見つめ、本当は、自分はどうだったかを知っていけば、自然と出来るようになる。子どもを産んだから母親ではなく、正しい母性を知り母親になっていけることを私は知った。子どもとの良好な関係をもてることは、親としての喜びであろう。子どもは親に理解されたい、受けいれられたい、愛されたいと願う。ところがそれがずれたり、拒否されたり、否定され子どもたちは悲鳴を上げている、そんなふうに思 う。 (記:2007年4月)

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14、終わりに

「運命」とは無意識の別名であり、その人が歩んだ軌跡を見て、人はそれをその人の「運命」といいます。人の行動を決めるのは、その人の心であり、人は心のままに行動します。ですから心にプラスのイメージや思考を持つことができれば、プラスの現象が現われ、マイナスのイメージ・思考しか持てなければ、マイナスの事象が現象化することになります。「思考は物質化する」といえ、全ては我が心です。ではなぜマイナスのイメージ・思考を心の内に持ってしまうのか、その原因を探りつつ、コンプレックスを解消し、様々な防衛機制を駆使しバラバラに分割したり、排除したりした自我を統合し、それらがうまく機能するようにしていくのが、分析の仕事です。

こういった人間の精神を科学として研究し、精神分析理論として残した、フロイトをはじめとする先人達の努力は如何ほどであったと思うと、頭が下がる思いです。この理論をもとに、一人でも多くの人々が、自分の良さに気付き、自分らしく活き活きと生きていかれることを願いつつ、クライアントの治療にあたっています。

「運命」は決められたものではなく、自分で切り開くものです。しかし、ほとんどの人がその方法を知らず、悩み苦しみ、あきらめてしまっているのではないでしょうか。自分と向き合う勇気と、強い意思をもって取り組めば、必ず道は開かれる。幸せへの道はそこにある。

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15、心理学を学ぶ上での推薦書籍

「心的遺伝子論 精神分析的生み分け法」と「運命は名前で決まる 精神分析的観点による姓名判断」につきましては、店頭販売しておりません。下記要領で注文を受付ています。

↑「心的遺伝子論 精神分析的生み分け法」は完売しました。

*詳しくはメールで問い合わせ下さい。

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16、関連サイトの紹介

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17、Webマガジン月刊精神分析&分析家ネットワーク



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 精神分析(セラピー)を受け、インテグレーター(精神分析家)を目指し理論を学んだ人たちが、東北・関東・関西を中心に実際にインテグレーターとして活動しています。  夏には、那須で恒例の「分析サミット」が開かれ、症例報告・研究などの研修会も行っています。  私たちインテグレーターを紹介します。(敬称略)  メールに関して、☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)

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