月刊 精神分析

1、ご挨拶

編集部A 月刊精神分析をご覧のみなさま、こんにちは。今回は、読者の方から寄せられた質問をもとに構成していきます。質問者は東京都にお住まいのSさん(31歳 男性 会社員)で「なぜ、精神分析(対話療法)で心の病が治るのか?」との問いです。

聞き手は、ラカン精神科学研究所の宣照真理さんです。

惟能先生と宣照さんと私(編集部A)のプロフィールは下記の通りです。

惟能創理(いのうそうり)
日本初のインテグレーター(精神分析家)
宣照真理のスーパーバイザー

編集部A(へんしゅうぶえー)(略称)
月刊精神分析(げっかんせいしんぶんせき)編集部員A
1963(S.38)年3月12日生まれ
出身:福岡県福岡市。
コンピューター会社のシステムエンジニア。食品工場の生産管理業務に従事。
飲食店の経営を経た後、月刊精神分析編集部。
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宣照真理(せんしょうまり)
精神分析家。ラカン精神科学研究所(滋賀県大津市)主宰。
1958(S.33)年4月22日生まれ
出身:滋賀県大津市。二女の母。
親和女子大学児童教育学科(兵庫県神戸市)卒業。
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宣照真理 こんにちは宣照真理です。宜しく御願いします。

編集部A 今回のテーマは「なぜ精神分析(対話療法)で病が治るのか?」です。私が精神分析の世界を知ってから3年になりますが、私自身、最初は「対話療法」で「病気」が治るときいた時に、当然ながらそのメカニズム&理屈が理解できずに、直感的に宗教的な「信じれば救われる」的なものかな?と推測してしまいました(笑)。そもそも「精神分析」と「精神鑑定」を混同していたくらいなので・・今考えると大変お恥ずかしい限りです。

宣照真理 「精神鑑定」は裁判所が訴訟当事者などの精神状態・責任能力を判断するために精神科医などに命じる鑑定の一つで「精神分析」とは全くの別物です。一般の人は精神分析=カウンセリングと思われている様ですね・・話をして聞いて心を軽くする・・ストレスを和らげる様なイメージがあるようです。私も最初は、娘との関係に悩んで精神分析を受け始めたので「あぁこうやって精神分析をしていくんだな」という理解はしていたのですが、その後「分析理論講座」を学んでやっと「精神分析」はこういうものだと理解できました。

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2、無意識とコンプレックス

編集部A まぁ普通に考えても、心や精神状態が肉体に及ぼす影響は誰でも体験的にわかっている事が多いと思います。悩み事があって気持ちがブルーだと体調が優れないし本来の能力が発揮できません。健康管理の指標も「心身供に健康である事」と謳われています。日本のことわざにも「病は気から」とあります。仏教にも肉体と精神の関係をあらわした「色心不二(しきしんふに)」という言葉があります。

 私の場合、30歳頃から軽いパニック障害を経験しました。閉所や自由に動けない環境で急に息苦しくなったり不安な気持ちが込み上げて来るのです。精神分析の知識を得て、自己分析をし、それは詰まるところ自分のコンプレックス(観念複合体)だと分かりました。

宣照真理 世間で言うところの○○コンプレックスと呼ばれる症状は「○○に対して無意識のうちに出てくる感情的な反応」のことで、劣等感もそのうちの1つだと言われています。コンプレックスとは、無意識に沈む自分が認めたくない思い、嫌な思い、心の傷や他人に知られたくない欲求の事です。○○コンプレックも社会生活を営む上で障害にならない程度ならいいのですが、発作が起きた時に救急車をよんだりする様な事態が発生すると困ります。精神分析による治療は「無意識」に着目します。精神分析とカウンセリングの違いは「無意識」の扱いにあると言えます。
編集部A 実生活でも「無意識」という言葉は頻繁に使っています。意識していない意識が無意識なのですが・・日頃の人間の行為や行動も無意識に支配されています。例えば私の実体験ですが、私はバイクで会社に通勤していました。毎日毎日、同じ道を通って通勤していました。ある日の事、いつもの様に、軽快にバイクを走らせていました。・・途中、私はひとりで笑っていました。なぜかと言うと当時勤務していた会社が駅近辺から湾岸部へ引っ越していたのに、なぜか私は引越し元の駅近辺へバイクを走らせていたのでした。途中で気がついて湾岸部へ向かいました。これも無意識の成せる技です。つまり人は通い慣れた道は無意識で運転しているのです。
宣照真理 確かに無意識で通勤する方が楽ですよね。いちいち意識していたら通勤だけでかなり疲れてしまうかも・・。ただ、心の病で着目する無意識はちょっと奥が深い方の無意識です。Aさんの無意識は本当は新しい会社に行きたく無かったのだと思います。行動の結果から見ると、実際に新しい会社に向かっていなかったので。無意識とはそういうものです。
編集部A そう言われるとそうかもしれません。湾岸部の会社は通勤に不便な所に移転しまいましたので(苦笑)。
宣照真理 精神分析の世界でよく出てくる例え話にこういうのがあります。精神分析学の創始者フロイトが取り上げた例ですが、ある会合で議長が「開会します」と言うところを「閉会」しますと言ってしまったとの事。議長は本当は会議をしたくなかったから・・・(笑)

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3、無意識の形成

編集部A 大変分かり易い例ですね。そもそも、人間の無意識とはどうやって形成されるのでしょうか?
宣照真理 意識に上らせておいてはまずいもの・・・例えば 見捨てられた自分、親に支配され抵抗できなかった自分を意識にあげておくことはつらいでしょう?そういう感情が無意識になります。精神分析の世界では「抑圧された意識が無意識になる」と言います。
編集部A では、例えば、信心深い家庭に育った私が朝晩お経を唱える事を強制されて、渋々仏壇に向かった事は、自分の意識にあげておく事はつらいので・・そういう感情は無意識になったと解釈していいのでしょうか?
宣照真理 その感情には親に刃向かえなかった無力な自分、拘束される事を諦めた自分、自由への渇望等が含まれると思います。そういった自分や欲求を意識にあげていては辛い、できれば無かった事にしたい・・それを人は無意識下に押し込めているのです。無意識下に押し込めていれば、それは無かったかの様に生きられますから。
編集部A 無意識下に押し込めた感情・・ひいて言えば観念(プラトンに由来する語「イデア」の近世哲学以降の用法に対する訳語で、何かあるものに関するひとまとまりの意識内容のこと。元来は仏教用語)が、コンプレックスになるという事ですね。

実は私は、先日、夜中に『余命1ヶ月の花嫁』と言うドキュメントTVをみていました。と言うか、たまたま付けっぱなしのテレビ画面を寝ぼけたままみていたのですが、癌と闘病する女性、そして女性の花嫁姿とすすり泣く父の姿が画面に映りました。・・するとなぜが妙に圧迫感を感じました。呼吸が苦しくなります。ふつふつと湧いてくる不安感。誰かに助けを求めたくても深夜のビジネスホテルの一室。どうする事もできない・・・と言うようなパニック障害の発作が起きてしまいました。これは、自己分析するに、父との関係をコンプレックスに持つ自分の無意識が刺激された結果、起こった発作だと思われます。

宣照真理 私は、娘達を養育していた時は、常にイライラしていました。意識上は「娘達を明るく伸び伸びと育てたい」と思っているのに、娘が甘えて来るのがいや、一緒にいるのはいや、べたべたされるのが困る・・と感じていました。NHKの教育番組のタイトルではありませんが、娘にしてみれば「おかあさんと一緒」は当たり前なのですが、私には耐えられませんでした。今にしてみれば、それは明らかに私の無意識の中にある「コンプレックス」が原因でした。

私は子どもの時、母に構ってもらえず母と切り離された生活を送っていました。当時、母は小学校の先生をしており常に家にいませんでした。結果、私は独りで何でもやる子どもになっていました。

精神分析を受けてわかった自分の幼年時代の心のあり方は次のようでした。

私は母と一緒にいたかった。母に甘えたかった。でも、母はいつも居なくて寂しかった。求めても得られなかったら諦めるしかない。その途轍もない寂しさを自分で受け留めきれずに、母と一緒にいたかった自分さえも無かった事にしました。私は母を諦めて、更に母を諦めた自分さえも無かった事にして無意識に隠蔽したのです。

この瞬間「私は独りの方がいい。私は独りで何でもできる」・・。私は自分をそう思うことにしました。

自分が諦めた事を他者(特に子ども)から求められると、その要求には応えられません。私の無意識の中のコンプレックスが刺激されます。娘達が私に甘えてくると腹がたつしイライラします。娘達が一緒に何かをしたがっても突き放したくなる「自分一人でやればいいでしょ」と言ってしまいます。

当時の私を娘は「アホみたいに怒っとたな」と言います(笑)。

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4、無意識の意識化

編集部A なるほど、理由のわからないイライラのメカニズムはそうなっているんですね。私達にはパニック障害など重度のものから、日々の生活でのイライラ感まで、多種多様な無意識(コンプレックス)の作用が存在しますが、どうやって対応したらいいのでしょうか?
宣照真理 フロイトは心理療法の目的を「無意識の意識化」としました。無意識に抑圧された感情を意識化することにより、心の病が治ると考えたのです。
編集部A では、どうしたら無意識の意識化ができるのでしょう?普通に考えてもこれは難問奇問ですよね。意識してないから無意識です。その無意識をどうやって意識化するのでしょう?僕の場合は、自己分析して無意識を意識しても軽い発作は相変わらず起きます。

ネットで「無意識の意識化」を検索するとその方法として「夢分析」や「自由連想法」が出てきます。
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夢分析:精神分析学の理論では、夢の世界は無意識が意識に混入してくるため、意識の側から無意識を理解するのに適している。

自由連想法:精神分析の中心技法。被分析者は頭に思い浮かぶ言葉をそのまま口にする。しかし、抵抗が生じてなかなか自由に連想を語ることは難しい。分析家はこの抵抗を足がかりに解釈を行う。
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・・という説明文がでてきますが・・

宣照真理 私は主に「夢分析」で自分の無意識を知る事ができました。私を精神分析したのは惟能創理先生です。私がみた夢を先生に報告し、先生はその夢の中のある事柄につい着目し私に質問をします。私が思っている以外の意外なところについて「どう思いますか?連想して下さい」といわれます。夢は無意識をあるものに置き換えた産物なので、その夢から連想して無意識にたどり着くという作業を、分析家とクライアントの間でする事になるのです。夢分析について語ると一冊の本が編集できる程奥が深いです。
編集部A 宣照さんは、実際に「夢分析」で自分の無意識を意識化できた!と感じる瞬間ってありましたか?
宣照真理 分析中に先生から言われる事・・私の無意識についてなんですが、当然「無意識に抑圧した意識」ですから・・自分からすれば自分に都合が悪い覆い隠したい事を指摘されるわけで・・それはショックな事が多いです。分析から帰る道すがら、心ここにあらず状態で「本当にそうなんだろうか?」と色々考えます。自分の中で狼狽、葛藤、抵抗、様々な感情が交錯します。でも、自分の中のイライラ感、イライラする原因、因果関係、過去の自分、今の自分、自分で冷静に検証すれば納得がいきます。その瞬間「あぁそうだったんだ」と納得しますね。無意識が意識化された瞬間だと思います。それがあまりにも衝撃的に来た時は、その分析でいわれたことが、かなり「ガーン」と心の響いたのでしょう。その帰りに本屋に寄ったのですが、本の背表紙が読めず、どうやって自宅まで帰ったのかわからないような時がありました。
編集部A 悟りを開くっていう感じですか?
宣照真理 宗教的な悟りとは次元が違う話だと思いますが・・・自分を知るという事は大切な事だと思います。私の場合は「夢分析」と「対話」によって「無意識を意識化」できました。まず自分を語る事がポイントです。語りは言葉によって構成されます。そして、言葉には意味があります。ただし、言葉に対する「意味の付け方」は人間一人一人違っているのです。我々インテグレーターは「一人一人辞書が違う」という表現します。この意味の付け方を分析していくと、その人の無意識にたどり着きます。

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5、無意識の書き換え

編集部A 「無意識の意識化」については大体わかったのですが、「無意識の書き換え」は簡単に出来ないというお話も伺います。これはどう言うことなのでしょうか?
宣照真理 説明します。無意識の意識化がまず最初のプロセスです。無意識を書き換えようと思っても無意識を意識しない事には書き換えようがありません。よって、正確に言うと「無意識を意識化」して、更に「書き換える」という順番になります。

私自身を例にすれば、私の無意識は私の意識を「独りが楽」と言う意識にしていました。その私の無意識は「母を求められなかった幼年時代の私の意識を抑圧した無意識」でした。「母を求められなかった私は母を諦め、更に母以外の人間関係も諦めた」という事がわかりました。この時点で無意識は意識化されました。この次が「書き換え」です。

「私は本当は母を求めていたし、本当は、人間関係も求めていたんだ。人間関係の第一歩である母との関係でつまずいたために、それ以後の人間関係までも結ぼうとしなかったんだ。ならば、今からもう一度、人との関係をみなおし、結んでいこう。人って案外おもしろいかもしれない。」・・この時点で無意識→意識化→書き換え・・ができました。私の意識の変化は、現実の生活も変化させ、私は人間関係を求め始めました。学生時代に打ち込んでいたバスケットボール競技への再開もその一つだったんだと思います。・・・所謂、「思考は現実化する」という事ですね。

そして、私自身の子育てに纏わるイライラ感ですが、娘は私から見ると「母を諦める以前の母を求めていた私じゃないの・・・」と気付きました。母を求めていたが、それをあきらめた私をしっかり意識化することで、イライラ感は解消していきました。私と一緒にいて喜んでいる娘の顔をみて喜べる私になりました。喜んでいる娘は、私が子どもの頃に本当は味わいたかったこと。こうして自分自身をも救い上げたのです。

編集部A 無意識の意識化とは、言い換えれば「自分を知る」という事ですね。惟能創理先生は著書「運命は名前で決まる 」の中で次の様に語られています。

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今の私を知らなければ、未来に向かって投企するすることも努力することもない。何故ならば、自己理想をもつことができないからである。自己実現すべき自己の理想的姿は、今の私との差異によって生み出されるものだから。今の私を知らずして自己理想を語るのは、絵に描いた餅である。具現化するための具体的努力をすることはできない。それは、今を理想像と比較参照したときに、今何が足りないかが判るからである。その欠如に気づかない限り人は努力をしない。
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宣照真理 まさにその通りですね。余談ですが、女性にとって、子どもを産み育てる意味は2つあります。

①育児を通して自分を振り返るため。我が子を世話し、育てながら、きっと自分の母もこうして自分を世話し育てたのだろうと、自分の育てられた過程を想像し、自分を知る手がかりとなる。

②自分を理想的に育てなおす為。母は100%良い母ではないため、不適切であったり、人によっては子どもを叩いたりした。子どもとして傷ついたり、不満・欠如を持って生きてきた子ども時代の自分がいる。それを今度、自分の子どもを理想的に育てる。そうすることで、自分を理想的に育てなおすことにもなる。

詳しくは「オールOK!子育て法」のサイトを参照して下さい。

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6、養育史

編集部A 無意識の意識化、そして書き換えについては「精神分析」の中核をなす部分ですので、大変奥が深くなかなか難しいです(苦笑)。精神分析を進めていく上で必ず行うのが「クライアントの養育史をきく」というのがあります。やはり心の病を治すという点で「養育史」は、大きなポイントなのでしょうか?
宣照真理 そうです。精神分析の世界でよく聞く言葉に「子供時代は、もう無い」と言うのがあります。

京都大学教授で精神医学者の新宮一成さんが書かれた『ラカンの精神分析』(講談社現代新書、1995年)には以下の様に書かれています。
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フロイトの『夢判断』の中に、「子供時代は、そのものとしては、もう無い」という一句がある。それに続けてフロイトは、「それは夢や転移によって、代理されている」と付け加えている。何気なく書かれたこの一句に、重大な発想の転換が刻み込まれている。

我々の記憶をさかのぼってゆくと、どこかでそれは切れてしまう。自己の誕生を記憶している人はいない。にもかかわらず我々は、誕生以来の同一性を信じている。最早期のことを思い出せないのは、たまたま忘れているだけだといった風に生きている。しかし、私の今の身体が、私の父と母の手の中で赤ん坊であった一つの存在とつながっているということを、私自身はもはや経験することができないのである。

この不可能性を、現実のものとして受け止めること、そこから精神分析は出発する。フロイトが、「子供時代は、もう無い」と宣言するのはそのためである。無くなった子供時代は、象徴によって我々の無意識を形成している。夢や転移は、まさにそういった象徴の系である。そして、私が私の根拠を、あくまでも内的に求めようとする限り、私は、この象徴の系の内側にとどまりながら、探求を進める他はない。
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0歳から4歳くらいまでの間に、人間の精神の基礎ができてしまうといっても過言ではありません。しかしまた、この時期の記憶が我々にほとんどないということが、人間の精神、意識・無意識をより厄介なものにしていると思います。この時期がそんな大事な時期とも知らず、結構なおざりにされているのではないでしょうか。
子ども時代に形成した無意識が、今の私達のあり様に大きな影響を与えています。無意識に気付かなければ、現実も夢も境がなく、夢遊病者のようなものです。無意識のままに夢遊病者のように生きて、それで本当に生きたといえるでしょうか。真に目覚め、自らの意思で自分の人生を有意義なものにしたいものです。

編集部A まさに「三つ子の魂百まで」ですね。日本のことわざには精神分析の考えに近いものが多くて興味をそそります(笑)。 私は以前コンピューター関係の仕事をしていたので「書き換え」という言葉に反応してしまいます。所謂「プログラムの書き換え」です。今では、Windowsパソコンとインターネットの普及によってネット環境が社会資本になって、小中学生でも携帯電話でメールをする時代ですから、一般の人に、心の病は、コンピューターのプログラムのバグ(誤り)の様なもので、心の病を治すのは、心的プログラム(無意識)の誤り部分(バグ)の修正をする必要があります。・・なんていう説明ができるのかなぁ等と思っています。

人間とコンピューターを対比させるとこんな感じです。図参照。


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編集部A 対比させてみると、人の「意識」と「無意識」はコンピューターで言えばWordやExcelの「アプリケーションソフトウェアと」「OS」「オペレーティングシステム」「基本ソフトウェア」と呼ばれる部分に相当する様な感じです。
WordやExcelを使って作業をする時は深くOSの存在は意識していませんが、WordやExcelはWindowsというOSの上で動いています。こんな関係性も「意識」と「無意識」の関係に似ている様な気がします。

興味深いので仏教用語もあわせて掲載してみます。無意識は「阿頼耶識」と表現されているようです。Wikipediaの説明を引用すると、
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阿頼耶識(あらやしき)は、大乗仏教の用語。唯識思想により立てられた心の深層部分の名称であり、大乗仏教を支える根本思想である。眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識・末那識(まなしき)・阿頼耶識の8つの識のうち第8番目で、人間存在の根本にある識であると考えられている。
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と記載されており、五感+意識+末那識+阿頼耶識=「八識」という心の機能という事です。覚えておいても損はないでしょう。

人間は言葉によって意識付けして意識や無意識を構成しています。

当然、日本人は日本語によって意識を構成します。これって、日本人が使うパソコンのOSはWindowsXP(日本語版)を使うのと一緒ですよね。笑。日本人も欧米人も生物学生理学的には同じ脳を有している筈なのですが、精神(意識や無意識)は、各々の言語で構成されるのです。この事実を垣間見ても、心の病を治すのには必然的に言葉を使う(対話する)のは当たり前に様な気になってきます。

因みに人はいつから言葉を理解しているのでしょうか?実は、人は既に胎児の時に腹の中で母親の環境音を聴いているというレポートがあります。

最近私が読んだ書籍を紹介しますと、池谷裕二さん(海馬の研究を通じて、脳の健康や老化について探究している)が書かれた「怖いくらい通じるカタカナ英語の法則」(講談社:2008年)という本の理論辺には以下の記述があります。
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脳波測定器で生後2~5日の赤ちゃんの脳を調べたところ、この時期すでに正しい母国語と誤った母国語を聞いた時で左脳の反応が違っていたのです。(中略)この実験データを説明する仮説の1つとして「生まれる前にお母さんのお腹の中で言葉をきいていた」という可能性が考えられます。
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と明記してあります。人は生まれる以前から言葉を聴いている可能性があります^^。


宣照真理 精神分析家としての推薦本は、「胎児は見ている―最新医学が証した神秘の胎内生活 」(ノン・ブック) T. バーニー (著), 小林 登 (翻訳) をあげておきます。

編集部A 養育史の話から胎児まで話が走ってしまいました。本当に精神分析は奥が深いです。

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7、統合・構成・・インテグレート

編集部A ところで、惟能創理先生は精神分析家をインテグレーターと命名されました。インテグレートは統合・構成と言う意味ですが、インテグレーター(精神分析家)は精神を統合する人と言う意味なのでしょうか?
宣照真理 意識に挙げておくことを拒んで、無意識下に追いやった、自分にとって都合の悪い、認めたくない、排除したい自我を知り受け入れ、それも自分だと統合することです。 例えば、甘えをあきらめ、甘えたい自分を無意識下に抑圧し、甘えたい気持ちなど自分にはないと思って生きていたが、本当は人に甘えたい自分がいる。それを認めて、自己に統合する。そうすると、現実に適応するかたちで、甘えを満たそうとします。甘えを無意識のままにしておくと、自分では意識しないうちに甘えたい欲求が出てしまい、意識でコントロールのきかない甘え方をしてしまい、自分勝手でわがままな満たし方となる。そうすると、反社会的行為であったり、周りを振り回すこになることもあるでしょう。自分は特別な存在だから、何をしても許されると思い込み、傍若無人に振る舞うなどです。

また例えは、日本では精神疾患の病名の1つに「統合失調症」と言うのがあります。

Wikipediaによると
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医学が進歩した今日でもなお治療が困難な病である。もともと明治時代にドイツ語の(Schizophrenie)を翻訳して「精神分裂病」としていた。ところが、「精神分裂病」という名称が日本では「精神が分裂する病気」→「理性が崩壊する病気」と誤って解釈されてしまうケース(統合失調症患者であっても、理性が崩壊するとは限らない)が見られた。患者・家族団体等から病名に対する偏見が著しく強いという苦情が多かった。そこで、2002年に日本精神神経学会総会によって英語のschizophreniaに対する訳語を「統合失調症」にするという変更がなされた。
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という説明がしてあります。

インテグレーター養成講座の無意識論には次の記述がありますので紹介します。
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個性化の目的は、人間が本来もっている自発的な全体性への志向を補償によって無意識を意識化して、自己自身に内在する意味と意識を自己の全体性のかなに布置し、最終的に自己を統合することである。これが自己になる、すなわち「自己実現」と呼ばれる内容である。世界で宇宙で唯一、一人の自己になることに向かっての自己との闘いこそ、人間の人生の目的であろう。それが自己を知るということでもある。個性化の過程に対話の相手として現れ、自己実現へと導くのが、インテグレーターの仕事である。心の全体性へと統合していく分析こそ、インテグレーターのもつ人間観である。
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インテグレーターとは、バラバラに解体された自我を一人の人の自己として統合する人ということです。
統合された人は、バランスよく人生を楽しめると思います。

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8、終わりに

編集部A なぜ精神分析(対話療法)で病を治す事ができるのか?をテーマに「無意識の意識化」など、精神分析のキーワードを織り交ぜながら構成してみました。
宣照真理 ここまで読まれた読者の皆さんは、「精神分析による無意識の書き換え」は、ただ単に病を治す・・という範疇を越えたものであると感じていただいたかと思います。ラカン精神科学研究所のキャッチフレーズは「無意識を変える!運命が変わる!」です。月刊精神分析2009年01月号 特集 運命は名前で決まる で惟能創理 先生の著書を紹介していますが、精神分析により人はその運命を変えていくことができます。その力は宗教的なものではなく、一人一人の人間の中に内在する無意識を意識化する事により発揮されるのです。 ラカン精神科学研究所のサイトの<終わりに>の文章をここにあえて再掲します。

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「運命」とは無意識の別名であり、その人が歩んだ軌跡を見て、人はそれをその人の「運命」といいます。人の行動を決めるのは、その人の心であり、人は心のままに行動します。ですから心にプラスのイメージや思考を持つことができれば、プラスの現象が現われ、マイナスのイメージ・思考しか持てなければ、マイナスの事象が現象化することになります。「思考は物質化する」といえ、全ては我が心です。ではなぜマイナスのイメージ・思考を心の内に持ってしまうのか、その原因を探りつつ、コンプレックスを解消し、様々な防衛機制を駆使しバラバラに分割したり、排除したりした自我を統合し、それらがうまく機能するようにしていくのが、分析の仕事です。

「運命」は決められたものではなく、自分で切り開くものです。しかし、ほとんどの人がその方法を知らず、悩み苦しみ、あきらめてしまっているのではないでしょうか。自分と向き合う勇気と、強い意思をもって取り組めば、必ず道は開かれる。幸せへの道はそこにある。
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編集部A 宣照さん今日は大変ありがとうございました。また宜しく御願いします。
宣照真理 こちらこそ、ありがとうございます。
編集部A ご意見ご感想は、月刊精神分析編集部までお寄せくださいませ。参考にさせて頂きます。lacan_msl☆yahoo.co.jp(☆を@に変換願います)

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 精神分析(セラピー)を受け、インテグレーター(精神分析家)を目指し理論を学んだ人たちが、東北・関東・関西を中心に実際にインテグレーターとして活動しています。  夏には、那須で恒例の「分析サミット」が開かれ、症例報告・研究などの研修会も行っています。  私たちインテグレーターを紹介します。(敬称略)  メールに関して、☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)

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