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第2回インテグレーター養成講座で

第2回は自我論Ⅱ 幼児期の自我と対象関係
 理論構成
 分離と個体化(マーラーの分離個体化)
  A.分離個体化の前駆段階
  B.分離個体化の過程
 内的対象関係の発達
  取り入れと内在化
  分裂的態勢
  抑うつ的態勢

について解説した。
「まなざし」という対象関係を母と結べなかった人は、内在化のイメージが薄い。人は自分にまなざしを向けられ、見られるところに、自己の存在が明らかになる。
子どもは人形を相手に、母が自分に語りかけるように語りかけ遊ぶ。それは人形がスクリーンとなって、内在化したイメージを人形に投影している姿である。
という話をしたところ・・・クライアントから、自分の子どももそのようにして遊ぶが、周りの子どもの友だちはごっこ遊びをしても、お母さん役になる子が居なくて、赤ちゃん役やお姉さん役しか居ないという。
こういう遊びを私たちも子どものころした、その名前は「お母さんごっこ」だったと思う。ところがこれでは「お母さんごっこ」ではない。あえて私が名付けるなら「お母さん不在ごっこ」
家庭でお母さんは子どもに適切な関心やまなざしを向けているのだろうか。適切に子どもを世話し関心や愛情を向ければ、子どもの中に良い母イメージが内在化される。
ところが、仮に母親が子どもに命令・指示し、自分の思い通りに子どもを動かそうとしたりしたなら、子どもの中には悪い母イメージが内在化される。また、世話をしなかったり、あまり関わらなかったり、まなざしを向けなかったとしたら、先程いったように内在化のイメージが薄い。
こういう人は自分を印象付けたい。自己存在の内的対象関係があいまいであると、自己存在を確実なものにしたいから、自分を相手に押し付けたくなる。相手の中に自分を打ち込みたくなる、殴るほどに打ち込みたくなる。
しかし自分の存在がしっかりしていれば、相手に自分を印象付けたいとは思わない。自分を売り込みたいとか、好かれたいとも思わない。相手の好きなように受けとればいいと思う。
クライアントは、人から自分がどう見られるかに腐心している。無能だと思われないか。容姿がおかしいとか、気持ち悪いと思われないか。悪口をいわれているのではなどと。
それは彼らの心の中に描かれたイメージをみているのであって、現実など見えていない。
分析はこの内在化された悪しきイメージを書き換えることに、時間を費やすことになる。

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2007年07月23日 23:26に投稿されたエントリーのページです。

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