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分析家の独り言 16 (超自我について)

インテグレーター養成講座をするおかげで、理論を説明できるように勉強しなおすことになる。
今回は0~3歳までの「超自我の発達」について解説した。

超自我は、もともと生まれながらに人間に備わっているものでも、自然発生的に出てくるものでもない。最初は、外界の存在である母から取り入れて学んだもの。後に父を取り入れる。つまり親の価値観が超自我となり、親の禁止を普通超自我と言っている。
しかし超自我も発達していき、自我理想に向かう。この段階になると超自我は禁止や抑圧するだけではなく、自分の理想のために、今何をしなければならないか、そのためには何を我慢しなければならないかを考え、その辛さに打ち勝ちながら突き進んでいく。これは自我理想に向かう超自我の働きである。
全ての人が精神内界に超自我の機能が入ったなら、警察も裁判所も要らない。人間の内側にないから、外側に作った。みんながルールや規則を守れるなら必要なかったが、守れないので代理機能として外側に警察や裁判所を置かざるを得なかった。
それだけ人間は超自我を内在化していない。我々はまだエスに近いところにいる。社会はエスに色取られ、エスのままに動いている。そのために犯罪や汚職が横行する。
社保庁職員による年金横領、ずさんな年金記録。政治と金の問題による相次ぐ農水相の交代等もその一つ。自我理想に基づいた超自我など、どこにも見当たらない。
また、国民から預かった年金を個人が着服するということは、自他未分化以外の何者でもない。自分と他人の分化が成されず、自分のものと他人のものの区別がついていないということ。精神の発達から言えば、生後数ヶ月の自我状態である。なんともお粗末というか、未熟。
しっかりしましょうよと、つい言いたくなる。
肉体の年齢と精神の年齢は必ずしも一致しないことがよくわかる。

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2007年09月07日 23:21に投稿されたエントリーのページです。

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