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分析家の独り言 21 (人生を楽しむ)

私事だが、中学から学校のクラブ活動でバスケットボールをしてきた。高校、大学、社会人まで約12年間に及んだ。
振り返ると、練習はきつかった。特に高校時代。時々何のためにやっているのか、わからなくなることがあった。よく捻挫をし、一度はひびが入り、1ヶ月間松葉杖で過ごした。
分析を受けてわかったことは、家に居たくなかったから。クラブ活動をして、帰宅時間を少しでも遅らせようとしていた。土曜の午後、日曜、祭日も、クラブ活動という大義名分のもと、堂々と出かけられた。
家が私にとって安住の場であったなら、あれほど身体を酷使してバスケをすることはなかっただろう。
父が恐かったため、非行に走る勇気もなかった。自分なりのギリギリの選択の中で、かろうじて自分を保っていた。
分析を受け始めた頃、スーパーバイザーに言われた、「よく生きていましたね」と。「病理(発症)と正常の境目を45度に傾きながら、どちらにも振れずによく来た」と。
バスケに救われたことが多々あったのだろう。攻撃性を練習や試合にぶつけ、勝った、負けたと一喜一憂していた。
一つ違えば、ひきこもりにもなっていた。親から「お前はダメだ、ダメだ」といわれ、自分に自信がなく、それほど積極的でもなかった。
身体は心のバロメーターという。捻挫など足の怪我は、自律性の無さを現していた。(足の機能を考えると分かる。足はまさに立って歩くため)
私は苦しくても、しんどくてもバスケが好きだからしてきたと思っていたが、そうではなかった。
二年前の2005年から、またバスケを始めた。身体を動かしたい、何かスポーツをしたいと思うようになった。どうせするなら、昔とった杵柄、やはりバスケがしたくなった。そんな頃、中学の同窓会に出て、たまたま7つ上の先輩の同窓会と会場・時間が重なり、中学を卒業して以来会ったその先輩に、滋賀県のチームを紹介してもらった。
“思考は物質化する”という理論がある。だから偶然はない。全ては必然。いいことも悪いことも、自分の無意識が呼び起こしたこと。ならば、自分の中にプラスの思考を持つこと。病んでいた頃の私は、マイナス思考だった。
お蔭様で今は、家に居たくないからするのではなく、楽しんでバスケをしている。やめようと思えばいつでもやめられる。もう決して若くは無いため、身体はしんどいこともある。だから昔のように無理はしない。
楽しめる自分になれたのだなと思う。同じことをしていても嫌々するのか、仕方なしにするのか、喜んでするのか、楽しめるのか、意味が違ってくる。

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2007年09月25日 00:03に投稿されたエントリーのページです。

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