分析家の独り言 31 (自己の尊厳に気付く)
我々は、育てってくるなかで様々な言葉のシャワーを浴びてきている。
プラスのことばもあれば、マイナスの言葉もある。
承認と賞賛が人を育てる、とここでもいってきた。
逆に、マイナスの言葉、例えば「あんたは何をやってもっ駄目ね」というような言葉をいわれてきたクライアントは多い。
自分ではそれほど駄目だとは思っていなくても、他者特に親からそういわれたなら、「ああそうか、自分は駄目なんだ」と子どもは思う。自我は他者のもとで構成される。
それを口癖のようにいわれたなら、その言葉は刻印される。もちろん一度言われた言葉が、強烈にその人に響くこともある。
親はその人の一面をみて、駄目というレッテルを貼り、その人はそのシナリオをもってその後の人生を歩むことになる。
いいところもいっぱいあるはずなのに、そこには目を向けられずに。
結果、自分は駄目だという自己規定をしてしまったために、それを証明するかのように、「自分は駄目」を現象化することになる。
本当にクライアントは駄目な人間なのか。いや違う。
多くは、親の価値観にあわなかったために、失敗を許されなかったために、駄目と見なされただけ。失敗は誰にでもある。親も全てが出来るわけではない。
すると当然、自分に自信がない、自分が好きになれない。生きにくさを感じる。
分析は、「自分は駄目」という言葉を消去し、書き換える。
そしてクライアントは、自己の尊厳に気付いていく。