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12月分析理論講座日程のお知らせ

12月15日(土) PM1:30~4:00
場所は、京都市伏見区深草にあるラカン精神科学研究所です。
参加費は3000円(テキスト代を含む)
講座内容は、分離・個体化の過程の続きをします。
興味・関心のある方は下記へお問い合わせください。
℡  050-1035-4401 または 075-644-8126  

今日も、分離・個体化の話、「母から独立していく過程が一生のドラマのように思える。分離・個体化の歴史そこ人の一生であり、ドラマではないか。」ということから、つい話しが発展し、症例や、参加している方の話になり、テキスト自体はほとんど進めませんでした。
ホームページで紹介いている、非行の息子さんに対応されたお母さん。
分析を受け理論を知るまで、自分は人が嫌いだったので、避けてきた。ところが息子に対応するとともに、今は人への関心が湧いてきて、人への見方が変わったと。
それが、二人の息子さんやそのお嫁さんへの接し方に生かされ、自分で「自分ほどいい姑はいない」と、冗談半分しかし本気で言われる。
また、人間は親子が分離することが真理である。だから先ほどの文章のように、一生かけても分離・個体化しいていくことが大事。それは子どもの立場では親との分離を、親の立場では子どもとの分離を成し遂げなければならない。
ところが、分離どころか、親が子どもを思い通りに動かそうとし、呑み込んでしまっている例が多い。
呑み込まれた子どもは、自分を持たないため、自分が好きなこと、やりたいことがわからなくなる。
そして、どこまでが自分で、どこまでが他者(母)なのかもわからない。
それら、0歳からの母の関わり方による。
笑い話のようだが、寒いと母親は一枚多く着ていきなさいという。ところが子どもは動き回るため、いらないと言う。それでも無理やり着せられる。
子どもはもうお腹いっぱいなのに、母親はまだ足りないからもっと食べなさいという。子どもは仕方なく食べる・・・
子どもがこけて膝をすりむいたとする。子どもは痛いと言って泣く。母はそんなの痛くないと言う・・・(それは痛いねと言うと、手当てをしたり、病院に連れていくなど手間がかかるため)
そして、その子は最終的にこう言う。「ねえ、お母さん、今日僕(私)寒い?」 暑いか寒いかさえも自分で感じられず、それさえも母にきかなければわからなくなる。
こういう状態を完全に呑み込まれたと表現する。
自分は自分、他者(母)は他者(母)という認識を持つことは、案外難しい。

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2007年11月12日 23:16に投稿されたエントリーのページです。

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