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分析家の独り言 37 (幸せに生きる)

女の子二人のお母さんである、クライアント。
下の子への対応と、上の子への対応が違うと言う。
下の子は、言いたいことを言い、自分を通す。それに応えないと後が大変ということもあり、応える。
ところが上の子には共感しにくい、関心が向けにくく、対応できない。
上の子は下の子ほど自己主張しない。我慢させていることが多いと思うと。
あまり自分を出さない、我慢しているその上の子こそ、子ども時代のクライアントそのものである。
かつての自分をそこに見てしまい、排除し、拒絶したくなる。
自分の良い部分を見るのならいいが、嫌な部分を見るのは誰しも避けたい。
それは自分で自分を拒否している、自分のキャラクターの一部分。それは当然拒絶したくなる。
結果、対応が上の子と下の子では違ってしまう。
嫌い、嫌だ、ひっかかるもの全て自分。
自分の一部を他者に投影して、嫌だ、嫌いだと言っている。
例えば、大人でも甘えたい、頼りたい気持ちはある。
しかし、その甘えを否定し、拒絶し、抑圧している人がいる。
すると甘えの反対で、人に頼らない、甘えない、しっかりしなければならない。
甘えたい気持ちは無意識下に追いやられる。そしてその人は、自分に甘えたい気持ちなどないと思っている。
そういう人は、甘えている人をみると腹が立つ。例えばそれは、人前でいちゃいちゃしているカップルを見たときに。
もっとダイレクトなのは、子どもが「お母さん」と甘えてきたいときに。
自分が抑圧し、諦めたことを、他人がしているのを見ると腹が立つ、嫌う。
こういう母親に育てられた子どもは、その母と同じように、甘えたいのに甘えられず、しっかりした子どもになって、結局かなえられない甘えを抑圧し、自分には甘える気持ちなどないと思って生きていくことになる。
しかし、相変わらず甘えたい気持ちは無意識下にあり、それは無意識であるがゆえに、本人には自覚されず、ただ漠然とした不満や不安として感じられたり、生きにくさと感じられるだろう。
こうして甘えを許されないで、甘えられない構造が親から子、子から孫へと世代連鎖されていく。
この甘えを抑圧している無意識に気付き、甘えられるようになること。
そうすれば、子どもの甘えも受け入れられるようになる。
分析の目指すところは、単に心の病を治す、症状をとるというだけではなく、人間解放。心と体の解放であり、自分らしく幸せに生きることである。

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2007年11月21日 00:24に投稿されたエントリーのページです。

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