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分析家の独り言 38 (自分で自分を意味づける)

父に呼ばれ、実家に足を運んだ。
父との用事を済ませ、午後の時間を久しぶりに母と話した。
実家は解脱会という宗教の支部をしている。
子どものころは、無理やり会に参加させられたが、私は今は脱会している。
母との話の中、母の苦労が垣間見られた。
子どものころは、何もわからず、ただ生きにくさを感じ家が嫌いだった。
すぐ切れる父に脅えていた。
その父と今、対等に話している。
母は長男である父と結婚して、大家族の嫁となった。
小学校の教師をしつつ、私たち二人の子どもを産んだ。
当然私たちは、昼間は祖母の手で育てられた。
私と兄の上にもう一人身ごもったが、おろしているとは聞いていた。
その理由が、結婚して環境が変わり、忙しさの中は母ずいぶんやせたらしい。
そんな中で身ごもり、とてもまともには産めないだろうと母の母が心配し、おろすように言い、母はその言葉に従ったという。
思わず私は聞いた。「その時夫婦では話さなかったの」と。
母はどうだったか覚えていないと言う。
おろした後、父の父に、後摂りとなったかもしれない子をおろして、と怒られたとか。
そんな大事なことをまず夫婦で話さなかったのか・・・
父は男ばかり5人兄弟の長男、当然母が嫁いだときには、4人の弟達がいた。
その中で、ご飯も食べたいだけ食べられなったという。
ご飯をおかわりしたくても出来なかったと。
子どもである私にはあれこれ指示してきたが、この母も自分をしっかり持たなかった人だった。
そんな中で、母はきっと自分のことで精一杯だっただろう。
娘である私に、関心を向け、世話をし、愛情を向けることは難しいことだったろう。
ALL OK などできるはずもない。
その母の対応の悪さに、私は自分を歓迎されない子、受け入れられない子、母に嫌われた、邪魔な子と、どんどんマイナスの意味と価値を付けていった。
それも当然のこと。どこをどう見ても、そうとしか思いようがない。
そういう自分であることも甘んじて受けとめ、自分で生まれたきた意味をつけ、何のために生きていくのかも自分で決める。
これが分析でいう、自己規定。
親の対応により、歓迎されなかった子としか思いようがないが、それを知った上で、今度は自分で自分の生き方と、その意味と価値を決める。
昔分析を受ける途中で、親に「私の人生を返して」と文句を言ったことがあった。
そのときは、その親への抗議も必要だった。
今となれば、もういい、自分で取り返している。
自分を磨き、成長していくと決めたのだから。

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2007年11月22日 00:35に投稿されたエントリーのページです。

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