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分析家の独り言 40 (ひきこもり)

ここでもお知らせした、文京大学での斉藤環氏の講演会とひきこもりの相談会に行った。
相談会の方には京都府青少年の社会的ひきこもり支援ネットワークに加入している民間支援団体の名前があった。
斉藤氏の講演自体を私は聞くことができなったが、この催しをコーディネイトしたというフリースクール・寺子屋 みらいの会の野田氏の話によると、斉藤氏を招いてもひきこもりに悩む親たちは集まらないという。
実際講演に集まったのは、ひきこもりの問題に関心のある若い人たちであったようだ。
その後の相談会にも、当事者である親の姿はあまりみられなかった。
去年も同じような会が催されたが、去年はまだ相談会の方にこられる親御さんも多かった。これはどういうことか。
ひきこもりは、日本の社会の中で大きな問題の一つととらえる。
国としても、放っておけない問題として国家予算をあてて各自治体に対策するよう指示しているのだろう。
一口にひきこもりといって、精神疾患を伴うものと伴わないもの、その状態は様々である。
支援する側にも、共同作業所であったり、フリースクールであったり、その中でも寝食を共にして共同生活を送るものもある。
私のような相談やカウンセリング等の機関、病院などなど。
いずれにしても、親が手におえず、ひきこもる本人をまる投げしてよくなることはない。
親の心労、さきの見えない不安や心配それはわかるが、親が関わり、最後まで子どもを見捨てないこと、あきらめないこと。
もう二十歳を越えただから、せめて自分ことは自分でとか、自立して欲しいと願う親の気持ちはあっても、そうしたくても出来なくてイライラしているのは本人も同じであろう。
ひきこもるという結果は、小さいときからの積み重ねた経験の結果である。
もっと言えば、親がその子にどう接したか、その中で当人が自分に自信を持って、健康な自己愛を育てられたかである。
結果が出てからあわてるのではなく、赤ちゃんのころ、いや胎児の頃からのどう子どもに接すればいいかを学んでもらいたいといつも思う。
予防医学があるように、予防子育て法を何らかの方法で教えていかなければ、この国はいずれ衰退していくと私は危惧している。

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2007年12月02日 00:09に投稿されたエントリーのページです。

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