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分析家の独り言 50 (母の愛)

お友達が男の子と女の子の双子を出産し、赤ちゃんの顔を見せてもらいに行った。
2時間ほどおじゃましていた間、ほとんど静かに寝ていた。
帰りがけに赤ちゃんを抱っこさせてもらった。
なんともいえない赤ちゃんのかわいらしさ。
わが子のことを思い出す、と同時に私にもこんなときがあったはず・・・と。
一日の大半を寝ているように見えても、赤ちゃんは大人のような睡眠ではなく、感覚器官を完全には遮断できず学習している。
自我も形成されていく。
何もわからないだろうなどと思っていたらとんでもない。
寝ているからといって、放っておいてはいけない。
同じ空間にいて、声をかける、まなざしを向ける。抱っこする。
初めは赤ちゃんの微笑みも、私たちが思うような笑いではなく、入ってくる刺激を自分の中で処理しきれず、顔の筋肉の痙攣となる。
それが我々には微笑みに見えるだけ。
赤ちゃんにユーモアや愛想笑いが理解されているはずはない。
最初は微笑ではない赤ちゃんの笑顔を、世話する母親が、自分の育児に対する報酬であると錯覚できることが大切である。
母が子どもに愛着を感じそれを世話することで伝えるから、それに応えるように子どもは母に愛着する。
この子どもからの愛着をひきだすような、母の愛着がなければ、子どもはそれを学習できない。
わが子を愛おしいと思い、抱き続ける母の愛。
それがあれば、人は幸福に生きられる。
それが欠けるため、それを補おうと人は後に苦しむ。

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2007年12月18日 22:48に投稿されたエントリーのページです。

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