分析とは、死んでいる人を生き返らせること。
分析によって、死んでいたその時代にさかのぼり、共感して生き返らせる。
そして人は再生する。
再生=ルネサンス。
佐世保の散弾銃乱射事件のあったスポーツクラブの名前である。
馬込政義容疑者は人を殺すことによって蘇り、再生したかった。
彼は主体を、自分の欲望を抹殺し続けられた人だった。
だから欲望を持って生きている人間を抹殺した。
生殺上の鍵を握るのは神である。その神に彼はなった。
そして神としてこの世に蘇った。
というラカン理論でいう再生の道をとった。
人間とは主体を抹殺して新しい自分が生まれる。
彼は親に歯向かえば生きられなくて、いつも親の言うとおり自分の欲望を抹殺して服従して生きてきた。
だから散弾銃乱射し人を殺すという形で歯向かって自分の主体を再生した。
しかしまた彼を裁く法がある。それによって彼は裁かれる。
ならばと、自分で自分の死刑執行人となった。
だから、彼が再生の場として選んだのは、スポーツクラブ「ルネサンス」。
この名前に意味があった。
このようないたましい事件を防ぐ方法を世間や一般の人は知らない。
分析によって言語化する。
つまり、いかに自分が自分の主体性を抹殺されて生きてきたかを語ること。
銃を乱射するのではなく、一番安全な言語によって放出する。
そうすれば、犯罪(行動化)も病気(身体化)もなくなる。
精神分析という道を、理論を知ろうとしないし、親も学校も社会も教えない。
ただ無知なのである。
それゆえに人は安易な行動化、身体化に走るしかないのだ。