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分析家の独り言 57 (死にたいから自我の統合へ)

「死にたい」
「もう終わりにしたい」というクライアント。
それでも分析に通ってくる。
「僕、大丈夫ですかね」という。
「もちろん大丈夫」と私は言う。
逃げないこと、立ち向かう勇気。
クライアントの意識上では、母親は自分の言うことを聞いてくれた、よい母とイメージされている。
しかし、語りを聞くと、とてもそうとは思えない。
対象関係論でいえば、良い母に対して良い自我ができる。
本当に良い母なら、クライアントが死にたいとか、孤立感を感じることは無いはず。
この記憶違いこそがコンプレックス。
本当はどうだったのかを分析を通してみていく。
それはある意味残酷なことかもしれない。
しかし、思い違いのままではいけない。
いやもう行きづまってっている。
愛情の裏には憎しみが隠れている。
「母を尊敬しています、愛されました」という人の裏には、母への憎しみがある。
なぜなら、憎しみ・恨みを持っていることを認めるのは辛いから、愛された自分と思いたい。
ならば、「母が嫌いです」という人には、母への愛着が隠されている。
母へ愛着を認めれば、母を憎みきれなくなるから。
優しいだけの母ならいいが、母にはいろんな面がある。
自分を受け入れ愛してくれた母。
自分を認めず怒った母。
どちらも母という一人の人物である。
様々な面を見せた母を同一人物であると認め、その人の中で統合すること。
と同時に、バラバラにされ、自分ではないと排除されたり、抑圧した自我も統合すること。
防衛の破綻が症状となる。

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2008年01月04日 23:07に投稿されたエントリーのページです。

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