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分析家の独り言 60 (知ること)

五十代の女性A子さんの症例。
母のお腹に入っているときから、よその家にもらわれて行くことが決まっていたA子さん。
A子さんは三人兄弟の三番目。
家が貧しく、母はA子さんに三度のご飯を食べさせられないと思った。
ならば、農家で子どもが欲しいという家の養女になったほうが、A子さんのためにもいいだろうと考えた。
この母も、身ごもりながら、いろいろ考えたのだろう。
「A子にご飯が食べさせられるか・・・ それでも手元において自分が育てようか・・・」と。
産まれて、おっぱいをあげるうち、母親はA子さんを手放せなくなり、A子さんを預けて三食、食べさせるか、A子さんのそばにいて二食でしのぐかと考えた。
結局母は、保育園に預けて、A子さんに三食、食べさせる方をとった。
生後1年未満から保育園に預けられたA子さん。
A子さんは朝は早くから、夜はもうみんなが帰り、園長夫妻が晩御飯を食べる横で、母の迎えを待っていたという。
A子さんは言う、産まれた後、ご飯が食べられなくてひもじい思いをした記憶はない。
買って欲しいものもそれなりに買ってもらった。なぜなら、母が一生懸命働いたから。
それなのにA子さんには自分でも不思議と思うある行動があった。
結婚して所帯を持った後も、冷蔵庫が食べ物でいっぱいになっていないと気がすまない。
野菜を見ると家にまだあるのに、買いたくなって買う。
結果、過剰にストックされた野菜は腐って、捨てることになる。
それでもまた見たら買ってしまう。
一般の女性のように、宝石やアクセサリーを見るより、A子さんは野菜やお米を見るときが最高にうれしいという。
A子さんは分析や母親教室、理論講座等で学ぶうち、頭の中のレコードが回りだしたと表現した。

『自我論』のなかで 『胎児の世界』という題で理論を話すが、その中で、胎児は母親のお腹のなかで、じょじょに記憶することができるようになり、母親から様々な感情、メッセージを受け取っている。
だからこそ、胎児だから何もわからないだろうではなく、お腹の子に対する思いやりや、愛しむ気持ちが大事。
どういう気持ちで、どういう環境(穏やかで心安らかに母が過ごしたか、家族内・夫婦の間にトラブルがあるなどにより、不安や怒りの中)で、母親が妊娠中を過ごしたかで、その後の子どもの人生が決まるといっても過言ではない。
妊娠出産するつもりもなく妊娠してしまい、夫が産んでくれというので、仕方なしに嫌々産んでしまった赤ちゃんが、出世後、母のおっぱいを拒否し飲まないことさえある。
それは、母親がお腹の中でまず子どもを拒否したからだ。
もっとひどい時には、赤ちゃんの方が、妊娠を維持するホルモンを止めてしまい、自然流産してしまうことさえある。

A子さんは以上のような理論を聞いて、自分の行動の理由がわかったという。
おそらく母のお腹の中で、母の食べ物に対する不安、願望を読み取り、受け取ったのだろう。
食べ物がないことの不安、だからこの不安を払拭するかのように、食べ物を自分の周りにあふれるほど置いておきたい。
その不安の防衛といて、腐らし捨てるにもかかわらず野菜を買わなければいられなかった。
A子さんの中でそれが自覚されてから、買い物に行って野菜を買いたくなると、内なる声(内的言語という)が聞こえるようになった。
「あんた、ほんとにそれ今いるの」
「まだ家にあるやん。2~3日して、なくなってから買えば、新鮮なまま食べられるやろ」と。
そうして、今はあふれるほど、腐らして捨てるほどの食料を買わずにすむようになったという。

無意識とはこういうもの。その無意識をあつかうのが精神分析。
自分を知らず、理論も知らずにいたら、A子さんは今も無意識に操られ、自分でも説明がつかない行動を繰り返していただろう。
人の行動には必ずそれを支える動機・意味、そして過去がある。
それは我々の記憶がない胎児にまで遡ることさえある。
知るということの意義、知的享楽が精神分析にはある。

こういうことに触れたとき、私の心は感動で打ち震える。
そしてこれは世に知らせたいと。

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2008年01月09日 11:36に投稿されたエントリーのページです。

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