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分析家の独り言 61 (心の発達 外在化から内在化へ)

内在化とは外にある対象を心の中にイメージとして定着させることである。
最初、対象は外にある(外在化されている)。
人のものを盗んではいけない、万引きはしてはいけないと教わる。
例えば、父がいるときには父の言いつけを守るが、父がいなければ守らない。
監視員やお店の人が見ているとところでは盗らないが、見ていなければ盗ってしまう。
これが外在化の段階。
百万円の札束が置いてあるの見つけて、周りに誰も見ている人がいないと、黙って持って行ってしまう。
しかし、それでも我々が盗らないのは、それは犯罪であり、してはいけないことだという法律や良心が自分の心の中に内在化されているからである。
誰が見ている、いないではなく、自分が自分を見ている。
この内在化には長い時間と体験、訓練が必要となる。

これを親子関係に置き換えると、憎らしい父または母が内在化されてしまったなら、現実の父・母が死んでしまっても憎しみ続ける。
憎らしい母がいたが、その母が死んでせいせいした。これは外在化のレベル。
内在化されたものは、現実の母が死んでも殺しても、心の中にいき続け、消えない。
分析はこの内在化された悪しきイメージをいかに消去するかである。
その前にそもそも何がどのようにイメージされて内在化されているかが問題となる。
対象関係でいうと、憎しみの母(悪い母)に対する自分とは、母を憎む悪い自分。
この母を憎んでいる自分を抱えていることは、非常に不快。
この不快感に耐えらなくて、現実の憎しみの母を殺せば、自分は憎しみから解放されて楽になると思っているから、殺人にいたる。
これはとんでもない錯覚である。
この錯覚に陥ったのが殺人者であり、精神の発達レベルでいえば、外在化のレベルでとまっていて、内在化の能力が未発達なのである。
我々が人を憎んでいても、それは内在化されたイメージであり、実際の人を殺しても憎しみは消えない、殺人は無意味であると知っているから殺さない。
これが殺人者と正常者を分ける境界である。
この内在化の能力は人間にとって大切である。
我々が最初に内在化を学んだことを証明するのは、母の不在を補う移行対象物であった。
完全ではないが、母を移行対象物に置き換え、これを通して次第に内在化と確立して行く。
この移行期にしっかり学習して完全に内在化までの精神の発達を成し遂げていないと、犯罪者になってしまう。
その時期がわずか二歳。
そんなことも知らず、平気で保育園に預けてしまったのでは、子どもの心は育たない。

※移行対象物:母の特質、例えば柔らかい肌触りの縫いぐるみや、毛布、シーツ、タオルなどを、母の代わりとして子どもが肌身離さず持つ時期かある。これによって子どもは母の不在の寂しさを埋め合わせている。

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2008年01月11日 21:48に投稿されたエントリーのページです。

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