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分析家の独り言 62 (アダルトチルドレン)

アダルトチルドレン(AC)という言葉をちまたでもよく聞くようになった。

もともとの定義は「Adult Children of Alcoholics(アルコール依存症の親のもとで育ち、成人した人々)」という意味であった。この言葉は、1970年代、アメリカの社会福祉援助などケースワークの現場の人たちが、自分たちの経験から得た知識により命名したものであり、学術的な言葉ではない
その後、単にアルコール依存症の親のもとで育った子供だけでなく、機能不全家庭で育つ子供が特徴的な行動や考えを持つと指摘された。この考えは、「Adult Children of Dysfunctional Family(子供の成育に悪影響を与える親のもとで育ち、成長してもなお精神的影響を受けつづける人々)」という考えであり、現在広く支持されているアダルトチルドレンの定義となっている。
また近年では、「幼少時代から親から正当な愛情を受けられず、身体的・精神・心理的虐待を受け続けて成人し、社会生活に対する違和感があったり子供時代の心的ダメージに悩み、苦しみをもつ人々」を総称して、メンタルケア(心理療法)が必要な人をアダルトチルドレンと呼ぶこともある。(ウィキペディア フリー百科事典より)

こういう意味ではほとんどの人がACである。
なぜなら、残念ながら日本の家庭の大半がなんらかの機能不全に陥っている。
いや、ACならまだいい、わたしはアダルトベイビ(AB)ーと呼びたい。
時間の流れによって肉体はそれなりの成長をし、年齢は重ねるが、精神は赤ちゃんのままとどまる。
適切な世話、愛情をかけられず、精神の発達が止まり、固着してしまう。
身体的虐待に限らず、精神的・心理的虐待を受けて育った人がいかに多いかをまざまざと知らされる。
それは毎日起こる事件や、クライアントの叫びによって。
赤ちゃん時代でいえば、母親が子どものそばにいて、いつも配慮し、抱っこしないことが精神発達論からいえば虐待と言わざるを得ない。
いつも私は言う、人間には二つの時があると。
一つは肉体的年齢の時と、もう一つは精神の時。
20歳でも、40歳でも、60歳でも、精神的年齢が0歳ということはありうる。
一般的に早く自立するように子どもに手をかけず、なんでも自分でさせるという誤った考えのもと、子育てをすることがある。
子どもが「抱っこして」「これして」といっても、「だめ」「自分でやりなさい」と母親はいう。
突き放すことで、子どもは依存することをあきらめ、自分でやらざるを得なくなり、自然自立心がつくなど、とんでもない。
単なる手抜きと、母親自身のコンプレックスのあらわれである。
十分に依存し甘え、満足することで子どもは依存や甘えから脱却し、自分でできることの喜びや楽しさを知っていく。
依存と甘えを味わえず、得られず、それを大人になっても子どものいや、赤ちゃんの精神のまま求める心が、依存症となる。
それがないといられない、それなしには生きられない。
欲しい欲しいと与えられることを求め、人に与えることを知らない。
その姿は、母のおっぱいを、世話を、愛情を欲しかる赤ちゃんそのものではないか。
とまった精神の時を、その時点まで遡ってもう一度動かすことが、分析の仕事となる。

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2008年01月14日 11:26に投稿されたエントリーのページです。

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