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分析家の独り言 69 ( 甘えの抑圧)

娘が母である私に、寸分のくるいもなく、鏡のように同じであることを要求したことがあった。

子どもの発達上、鏡のようにうち従う時代というのが必要ではあるが、私自身、育ってくる過程で母親との間で体験したことがなかったので、なぜそんなにも同じであることを求めるのかがわからなかった。

もちろんそれを求められることは苦痛で、少しでもずれると怒りをぶつけられる。

「なぜ?そんなに・・・ そこまで・・・」と、腑に落ちなかった。


嫌だと思うこと、引っかかること、それら全て自分という。

自分のコンプレックスを他者に投影して、いやだ、きらいだといっている。

例えば、甘えを抑圧している人は、子どもが甘えてくると腹が立つ。

母に甘えたいと思っているのはその人自身である。

しかし、その甘えを受け入れられず、あきらめるしかなかった。

結果甘えられないのに、甘えたい欲望を抱えているのは辛いからと、自分には甘えたい気持ちなどないとして抑圧した。

あきらめ抑圧したことを、相手がしてくると腹が立つ。

甘えを抑圧している母親は、子どもの甘えを受け入れられず、「今忙しいから」「あっちへ行ってなさい」「後で」などといい、まとわりついてくる子どもを排除してしまう。

この甘えられずに育った子どもが、また母親となったとき、同じように子どもの甘えを受け入れない。

こうして甘えたいが甘えられない構造が世代連鎖していく。

この連鎖を断ち切るには、母親自身が甘えを抑圧していることこに気付くことである。

私も、なぜこんなにも娘が自分と同じ考えをしないと怒るのか、それが私には理解できず、不快なのかを考えた。

母が私と同じであることを最も望んでいたのは、いや今も子どもの自我のまま望んでいるのは私自身だった。

そのことに真に気付いてからは、娘のそれを理解し受け止めることができた。



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2008年02月03日 22:41に投稿されたエントリーのページです。

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