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分析家の独り言 73 (ひきこもりについて思うこと)

昨日2月10日、京都府(青少年課)主催、『社会的ひきこもり・不登校を共に学ぶシンポジュウム』が、奈良にある文化パルク城陽で午後12時30分~4時30分まで開催された。

私はギリギリまで仕事が入っており、会場に駆けつけたのは民間支援団体の紹介(民間支援団体合同説明会)が始まる4時だった。

ひきこもり・不登校の子どもに悩む親御さんたちで会場はほぼ満席。

壇上で一団体ずつ、簡単な自己紹介をし、準備した紹介パンフレットを会場に来られた方がもって帰られた。

ひきこもりの子どもを持つ親御さんの悩みは深い。

私のところにも、ひきこもりの方が来れている。

外に出られないためお家に私が行く方や、最初は行っていたが、車に乗れるようになったので自分で運転して来られ方、本人は来られないがそのお母さんが分析を受け、自分をふりかえりつつ子どもへの対応を学ばれる方など様々。

抱えているものもそれそれ様々で、それを丁寧に聞きながら解き明かしていく。

分析の中では転移というのがおき、特に異性のクライアントの場合、転移性恋愛を向けられることもある。

親子ほど年齢の違うクライアントから、分析者は母の置き換えである恋人とみなされる。

そんなときは、母親から私に転移したのだから、また私からあなたの年齢にふさわしい女性をパートナーにできるようになりましょうという。

そして、母の代理として彼らを受け入れつつ、分析の中で育てなおす。

母が彼らを受け入れ、彼らを母に返せればいいのだが、それはたいがいの場合「母はいやだ」と拒否される。

具体的に言えば、実際に母親に抱っこされるなど。

それは子ども時代の取り返しになり、まるまるの受容感を獲られる。

子ども時代に母が子どもをしっかり抱きしめることがいかに大事かをあらためて知らさせる。

「毎日同じことの繰り返しで死にたい」とか、分析の間にメールで「もうあかん、死ぬ」と言われることもある。

人は生きる意味を自分でつくれないことが苦しい、虚しい。

分析によって生きる意味を彼ら自身がつくっていく。

自分見つめ自分の特性を知り、好きなことを見つけ、いつか彼らがいきいきと社会に出て行く姿を見送りたい。



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2008年02月11日 10:04に投稿されたエントリーのページです。

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