服飾関係の専門学校に通う娘と、学校でのことや友達の話をしていた。
そのなかで、娘が「個性って何やと思う」と聞いてきた。
私は「その人その人の好きなことのちがい」と答えた。
娘は「そうやんな」という。
友達が「自分には個性がない、個性って何かわからない」と言ったそうだ。
でも、娘から見るとそう言った友達は個性的に見えるという。
人は自分で自分が見えない、わからない、だから他人という鏡がいる。
娘は高校を出て、会社に就職した。
そこで4年勤めた。
1年目は慣れないOLの仕事に「辞めたい」「辞めたい」といっていた。
その話しに付き合ううち、勤めて4年目のある日、「私、好きなことが見つかった」「デザイナーになる」と言い出した。
もともと服には興味があり、自分で稼ぎ出すと、その給料は服代に使われることが多かった。
自分の稼いだお金で、自分の好きな服を買い、身にまとい、満足そうに見えた。
東京にまで服を買いにいくこともあった。
ただ、会社では制服はないものの、総務で受付の仕事もあり、あまり派手なものや、ジーパンはだめだと言われた。
娘は自分の好きな服を着ていけないことが辛かった様子。
その鬱憤を晴らすように、専門学校に行くと決めたとき、娘はこれまでは自分の個性を殺してきたが、これからは自分の個性を生かせると喜んだ。
より個性的であることが評価され、自由に自分を表現できることがうれしそうだった。
そして専門学校での1年が過ぎようとしている。
課題に追われ、ヒーヒー言いながら、娘なりに頑張った。
ボタン一つ付けたことのなかった子が、パターンをひいて服を縫っていることが信じられないくらいだ。
『好きこそものの上手なれ』という諺があるが、好きなことを見つけること、それがアイデンティティとなる。
自分の特性を知り、好きなことを見つけ、それにまいしんできることは幸せである。
だから、家庭や学校において、個性を生かす子育て、教育がなされることをせつに願う。