家の構造上、子どもの部屋を通らないと物干し(ベランダ)に出られないというのをクライアントからよく聞く。
これでは、子どもがその部屋にいてもいなくても親が勝手に部屋に入ることになる。
こういう場合、洗濯物を干す場所を変えてもらうとか、外階段をつけて子どもの部屋を通らなくてもいいようにしてもらう。
また、両親の部屋と、物干しに出るために通らなければならない子ども部屋とを交換してもらった例もある。
「そこまでしなければいけないのか?!」とクライアントにきかれるが、臨床経験上、不登校、ひきこもり、非行、神経症など後に何らかの問題を呈する子どもたちに、子ども部屋を通らないと物干しに出られないということが多々あったからいうのである。
それはやはり、思春期になって閉鎖された自室を持つことの重要性を物語る。
いつもいうように、部屋はその人の精神内界である。
そこに何人たりとも、勝手に入ってはいけない。
ひどい例では、勝手に子どもの部屋に入り、机の引き出しなどを開け、日記や手紙を盗み読みしたりする。
年頃の男の子はいわゆるエロ本を隠し持っていたりする。
それもその年代には、普通の成長段階でおこることである。
それを勝手に部屋に入って見られたとか、捨てられたということも聞く。
もっての他である。
これでは自我が育たない。
子どもをあたたかく見守るまなざしは必要だが、監視の目は弊害を生む。
それが後に、いつも誰かに見られている気がするとか、人の目が気になるという訴えになることもある。
子どもの部屋に入るときには、子どもが居るときに、ノックをして了解を得てから入ること。
それが子どもを尊重することであるし、自我境界をしっかりつくる一助となる。