クライアントがよく言う。
「家族のため、好きな人のためになら頑張れる」と。
自分のためではなく、自分以外の他者のためにやるというのだ。
また、ある若い女性は、「好きな人ができたらやせられる」と言う。
これらは他者の欲望にあわせて生きる構造である。
対象化された自己、相手の自分に向けた理想イメージに、自分が同一化する。
これは全く自分に主体性がない。
主体は相手であり、自分とはまるでゾンビ(死体)である。
いわゆる「良い子」はこの構造である。
自分を出さず、母の親の欲望に合わせて生きる。
わがままを言わず、反抗期もない。
発達上、非常に危険であるが、これが世間で言う良い子。
それが主体(しゅたい)を奪われた死体(したい)。
私の欲望は母の欲望である。
多数の他者の、自分へのイメージに合わせるる人を=八方美人という。
皆に好かれたい人。
これも非常に疲れる。
その人、その人で自分を変えて合わせるのだから大変だろう。
あるクライアントは、自分は自分を生きていいと思えるようになったという。