昨日7月9日、JR京都駅近くで分析理論講座をした。
講座の内容は「口唇期」の中の「口唇期の母子関係」
いつものようにテキストに沿いながら、症例や社会情勢などの話を織り込み、ときに脱線しながら、質問を受けながらの2時間半だった。
分析上、何かしらの問題があって来所されるクライアントのお子さんにほぼ共通するのが、「小さい頃おとなしくててのかからない良い子でした」というセリフ。
赤ちゃんは忘れ去られ、放って置かれたら死んでしまうのだから、常に「私はここにいます」と信号を送るもの。
泣けど叫べど母が来なければ、赤ちゃんはあきらめて泣かなくなる。
赤ちゃんは泣くことによって、サインを出している、そのサインを母がキャッチしてくれるから、そのサインの送り方を学習できる。
自分がこうすれば相手はこう動く、それは泣けば母が来るというように。
また、自分が笑うと、母も笑ってくれ、どうやら母を笑顔にするのは自分の笑顔らしいとわかってくる。
自分が笑えば母も笑い、可愛がってくれる、抱っこしてくれる、スキンシップしてくれることを学習する。
ところがもし、自分が笑えば笑うほど母が遠のいて行くとした、赤ちゃんは笑わなくなる。
笑っても母に抱っこされなければ笑うことによる操作性を学べない。
自分は母にくっつきたくてじゃれ付いていったが、それを母が「うるさいわね」とか「今忙しいから後にして」と跳ね除けたとする。
するとじゃれ付くことはその子にとって母を操作できないで、拒否されるという意味になってしまう。
これが繰り返されれば、以後人に頼らない、甘えない、人を信用しない、自分から動かないおとなしい子になるだろう。
子どもは母へのサインを通して操作を学んでいる。
それに母がどう反応するかで全てが決まる。
口唇期固着の人は、この操作にもこだわる。
つまり人を操作しようとする、自分の思い通りに相手を動かそうとする、そしてまた人はどうすれば動くかをよく知っている。
子どもに限らず、大人でもこういう人はいる。
精神の年齢は0~1.5歳の口唇期でとまっている人である。
分析によってこのとまった時計を動かすことである。