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分析家の独り言 124 (決められないあるひきこもりの青年)

あるひきこもりの青年、近くのコンビニくらいになら一人で買い物に行ける。

ある事情で今しばらく、家に一人でいることになった。

その彼が掃除をしようと思った。

そこで、知り合いに頼んで雑巾を買いに行った。

タオルの卸しやに連れていってもらい、10枚一組いくらかのタオルを何種類かみせてもらった。

ところがそれが選べない。

何分もこっちはどうか、いやあっちのほうがいいかと迷う。

次にホームセンターでジューサーを買いたいとなった。

店に入り、入り口のところにワゴンに積み上げられた特価品にひかれ、またそこで何分も見ている。

連れて行った知り合いは、車に戻り、買ったら車に戻ってくるように言った。

結局彼はお目当てのジューサーにたどり着けず、そのはるか手前の商品で止まっていた。

見たもの見たものに気を引かれ、欲しいとなるがそれが自分では決められなかったのだ。

コンビニくらいには行くものの、大きな店にまず行くことがなく、日々ひきこもるなかで突然社会に触れたとき彼は浦島太郎になってしまったようだ。

そして自分では、さまざまな選択肢の中から自分が欲しいもの、必要なものを選ぶことがでず、決められない。

何かを選び、決めるということには責任が伴う。

あとでしまったと思わないか、回りの人から批判されないか、いろんな思いが巡るのだろう。

一番安全なのは、何もしないこと。

そうすれば人から批判されることもない。

ということは、育ってくる中で自分を認められたり、誉められることがなく、否定されたり、失敗を責められたりし、マイナスを積み重ねるしかなったのだろう。

成人して以後ひきこもること十数年、その間に社会はすごいスピードで変化した。

彼の時計はおそらく20歳代で止まったまま、社会の流れに乗れない自分を感じただろう。

失った十数年を取り返すのは大変なことだろう。

それでも本人が動き出すと決めるなら、まだぎりぎり間に合うと思うが、彼に動き出すエネルギーがあるだろうか。


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2008年07月16日 07:49に投稿されたエントリーのページです。

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