20代の息子さんが、実家であるクライアント(以下Gさんと呼ぶ)の家に自転車で来た、その途中自転車がパンクしていた。
息子さんはGさんに「パンク直しといて」と言い放ち、パンクした自転車を置いたまま仕事に出かけた。
Gさんは出かける予定があったが、近くの自転車屋にパンクした自転車をおして持っていき、修理してもらった。
仕事から戻ってきた息子の声が外から聞こえた、「パンク直さないと、あ~めんどくさい」
家に入ってきた息子さんに「直ってるよ」とGさん。
息子さんは「ラッキー」と言った。
Gさんは考えた、自分がオールOKし続けることが、この息子が自分の人生を切り開く方にエネルギーを向けることになる、前進していけると。
それは息子に、自分が受け入れられる絶対的な安心を与えることになる。
そのことがまたGさん自身に返ってくる、そんな絶対的な安心を自分は持てただろうか。
いや、なかった。
そのことで自分が揺れる。
もし自分にも絶対的な安心があったなら、また違った人生があったかもしれない・・・
自分にはなかったが、息子にはそれを与え続けると言われた。
人は信頼できるから、前に進めるからと。
親である自分にないのは基本的に、子どもには伝えられない。
しかし、分析により自分を知り、オールOKできる親になれば、自分にないものも子どもに伝えることができる。
いわば『無』から『有』を生み出すのである。