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分析家の独り言 126 (振り返って思うこと:バスケ)

ネットの調子が悪く、福岡出張から戻ってインターネットがつながらない状態が続き、やっと今日ブログを書くことができた。

私事だが、7月の福岡出張の途中に長崎県でママさんバスケットの全国大会があり、滋賀県代表としてシニアの部に参加してきた。

振り返れば、中学の部活でバスケット部に入り、それ以降高校・大学・社会人と約12年続いた。

バスケにはまって自分なりに一生懸命やったつもりだった。

しかし分析を受けるうち、自分でもうすうすは気づいていたが、家に居たくなくて頑張った。

小さいころから家が嫌いだった。

父は怖かった、母にも甘えたくても甘えられなかった。

何をしても「だめ」と否定されたり、拒否されることが多く、生きにくさを感じていた。

死にたいとずっと思っていた。

小学校の頃だった、両親が宗教を始め、無理やりそれに付き合わされた。

その地区で支部をやるほど熱心に信仰した父は支部長となり、その子どもである私は行事にほぼ強制的に出される。

確か憲法第二十条に信教の自由があったはず、なのになぜ私にはそれがないのか、私だけが治外法権かと思った。

親の束縛から逃れるには、バスケの練習・試合で出来るだけ家に居ないことが一番と考えたのだろう。

だからきつい練習にも耐えた。

本当はもっと楽しんでやれたのかもしれない、もしくはもっと違う楽しみをもったかもしれない。

ただ、今はバスケを自分の楽しみとしてやれている。

3年前に体を動かしたくなって、今のチームに入った。

仕事が座ってする「静」なので、「動」を取り入れたくなった。

「静」と「動」これでバランスが取れる、そんな風に考えた。

まさかこの年になってまたバスケができるとも思っていなかったが、私より年上の人たちがバスケを楽しんでいる。

そういう生き方もあったのかと教えられた。

リーグ戦では20歳代の子と試合することもあるが、今年50歳になった私は、ゴールデン(50歳以上)の試合にも参加できる。

チームも、20歳代から50歳代までいて、いろんな年代の人とバスケを通してつながれる。

対人恐怖と人への不信があり、どちらかといえば人を避けて生きてきたが、人と関わる楽しさを知った今の私は人間らしくなったなぁと、一人ほくそえんでいる。


ラカン精神科学研究所のホームページ

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2008年07月29日 16:30に投稿されたエントリーのページです。

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