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金谷氏今月のメッセージ (平成20年7月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

 語るにも情け無い事件が起こった。大分県の教員採用汚職事件である。
希代未聞の出来事で、佐伯市立小学校の校長である浅利幾美被告〔52〕は自分の長男と長女の採用に便宜を図って貰うために100万円の商品券を江藤勝由被告〔52〕に渡していた。
江藤被告は、県教委義務教育課参事と言う要職に有り小中学校の教員の採用と昇任人事を一手に担うセクションにいた。
独裁的な組織でその上「保守的」で「前例踏襲」で「閉鎖的」であるが、故に我々庶民には見えにくく分らない世界で監視が出来ない。そういう状態を良い事に贈収賄が平然と行われた。
我々は、教師と言うのは教員採用試験と言う難関を突破して努力と知力によってその地位を獲得したすばらしい人達だと思っていた。
 近年、教師の不祥事のニュースが多くになった。
女の子の着替えを盗撮する・未成年を買春する・・・教師に対して不信感を抱いていた矢先にこの事件である。

これらの事で教師全体を評価するつもりはないが、そんなに大きく違わないと思う。
そもそも教育とは何か?子供達を社会に役立つ人間に育てる為に色々な事柄を教えて行く・決して間違ったことを教えてはならない。
その為には正しいことを教えて行くシステムと正しく教えられる人が必要である。
それが学校であり教師であるはず。社会は約束とルールで成り立っている。
それをしっかりと教えなければいけない立場でありながら、教師としての誇りも無く自らの役割も自覚していない。
不正をして教師になった人が生徒に「カンニングをするな!!」と言えるのだろうか?
 問題は贈収賄だけでなく、それを受け取り便宜を図ったために、実力で合格していたはずの人が落ちていると言うことの事実です。
取り返しがつかない上に事件発覚を恐れ、証拠隠滅を謀った為に繰り上げ合格させることも出来ない。
前述の浅利被告は懲戒免職と言う厳しい処分が下るが、本人の悪事なのだから当然であろう。
しかし、それによって巻き込まれた人達の人生まで償う事は出来ない。
 慶応大学の創立者の「福沢諭吉」は「学問のすすめ」の中で、実語教〔江戸時代に寺子屋で使用していた教科書〕を引用し「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」と言われた。
学んでいると言えば、人一倍学んで来ている筈であろう。
しかし、成果主義ある文科省の点数だけで資格を決められて来た教師は、精神を鍛える事等して来てはいない。
我々が何時も言っている。
教師は、最低3~5年の教育分析を受けた人のみ教師になれると言う制度にすれば良いと。
しかしながら分析を受けたならば教師にならないと・・・結論を出す教師が大半であろうとも言える。
いずれにせよ、早く知力よりも精神力だと言う事に気付いて欲しいものである。

金谷精神療法研究所

所長  真理攫取

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2008年07月25日 22:30に投稿されたエントリーのページです。

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