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2008年08月 アーカイブ

2008年08月01日

分析家の独り言 127 (対象喪失:まず愛着)

うつ病の大きな引き金となるものに『対象喪失』というのがある。

『対処喪失』とは、第一には、近親者の死や失恋など、愛情・依存の対象の死や別離の体験をいう。

子どもの成長にともなう親子間での親離れ、子離れの体験をも含む。

第二には、住み慣れた環境や地位、役割、故郷などとの別れである。(引越し・昇進・転勤・海外移住・帰国・婚約・進学・転校・・・など)

第三に、自分の誇りや理想、所有物の意味をもつような対象(象徴化された物)の喪失がある。

対象喪失のおこり方には、自分が望まないのに外から強いられる場合と、自らが引き起こした場合がある。

(小此木圭吾著 対象喪失より一部抜粋)


いずれにしても対象喪失が起こるには、まずその人の中に対象と一体化を願望する愛着が存在することが必須条件。

ある20歳の女性クライアントに「愛着」というこがわかりますか?と聞いた。

彼女は、「物への愛着はわかるが、人への愛着がわからない」といった。

残念ながら、現代人の中にこういう人は多いのではないかと思う。

愛着は、子どもにとっての最初の対象である母から学ぶのものである。

まず母親が子どもへ愛着を示し、それに応えるかのように子どもが母に愛着行動を示す。

それは身体的接触を求め母にまとわりつき、常にそばに居ようとするという行動でしめされる。

その最初の愛着を学んでいないことになる。

この愛着を子どもに定着させるためには、母親は少なくとも0~1.5歳の口唇期の間、子どものそばに居続け、子どものサインを読み取って抱っこすることである。

そうでなければ子どもの心は正常には育たない。

残念ながら社会は、人間の心の発達論を知らないために逆の方向に進んで行っている。

0歳児保育をすすめ、保育園に入れない待機児童をなくし、母親を社会参入することを良しとしている。

そのことの影で、子どもたちは放っておかれ、見捨てられ、寂しさを抑圧し、愛着を学べず病んでいく。

これからますます不登校、引きこもり、非行、凶悪事件は増え、低年令化していくだろう。

この状況を誰がとめられるだろう。

一人一人が考え、気づき、軌道修正していくことであろう。


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2008年08月03日

分析家の独り言 128 (ネバー・ギブアップ)

クライアントに共通することに、人と関わるのが苦手、うまくないというのがある。

人は離れ小島で一人で生活するのではなく、社会の中で人と関わりながら生きていく存在である。

家族をはじめ自分の生きる周りの人と少なからず何らかの関わりを持つ。

その人が怖いという(対人恐怖)、その程度も様々。

実際に人が自分に何を言ってくるわけでもないのに、非難される、否定される気がするといって、家を出られない人が居る。

社会適応しているものの、人前で何か言わなければならない場面で、頭が真っ白になり自分でも何を言っているのかわからなくなる。

仕事はまじめにこなし、周りからの信頼もあるが、本人は人との関わりにくさを感じている。

社会適応しているか、していないかは大きな分岐点ではある。

子どものように「もうだめ、死にたい。助けて」と泣きながら電話をかけてくるクライアントも居る。

つらくてどうしようもなく、心細くなるのだろう。

仕事中ですぐに電話に出られないときもあり、留守電にメッセージが残っている。

慌てて私も電話を入れる、「今ひと区切りつき、留守電聞いて電話しました」と。

少し話すと落ち着く様子。

私もホッとする。

本人はこんな状態で本当に自分の症状が消え社会に出て行けるのか、不安になり何度も聞いてくる、「本当に私、治る?」、「治りますよね」と。

「もちろん、治ります」と答える。

分析により、信頼関係を築き、転移を起こし、本当なら子ども時代に親との間で培うべき情緒性などを学習しなおし、止まった心の時計を動かす。

なぜ人が自分を非難したり、否定すると思うのか、それにより外にも出られないほどになってしまったのかを探っていく。

「ネバー・ギブアップ」、私も何度も私の分析者から言われた言葉である。

それをまた今、私のクライアントたちに言う。


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2008年08月05日

分析理論(母性喪失)

『母性喪失』とは、『マターナル・デプリベーション(maternal deprivation)』の訳語である。

母親からの満ちた養育を受ける機会を奪われて育っている子どもの状態を示す。

(メンタルヘルス・シリーズ 「母性喪失」 内山喜久雄・筒井末春・上里一郎 監修 同朋舎)

この当然受けるべき母性的世話を受けられなかった人を「母性喪失者」という。

臨床上、母親が子どものそばから居なくなる(母親の病死や失踪・離婚など)場合のほか、母親が同居していても、母親的世話をし、子どもに愛情を向け接しなければ母性喪失に至るケースは多い。

本来あるべき適切な世話や関心が向けられない子どもは、いつも欠如観を持っている。

この欠如感が強いと、空虚(虚しさ)につながり、それはさみしさとして感じられるため、さみしがりやである。

そのため、いつも何かに打ち込んでいたい、それが耽溺(酒色などにふけりおぼれる)行為に至りやすい。

「スケジュールがずっと詰まっていないと安心できない」ということもよく聞く。

さびしがりやであるため、別れに敏感であったり、いつも何か物を抱えていたいため、物欲が強くなる。

よく見かけるのは、車の中にぬいぐるみがズラッと並べられている光景。

小さい子どもならかわいいですむが、車の運転をするということは少なくとも18歳以上、それには?がつく。

ひきこもりの20歳代半ばの青年で、ベットの周りにぬいぐるみを並べているというのもあった。

酒・タバコにおぼれる人もいる。

ブランド品を何点も買い集める人もいる。

こうして集められたものは全て母の代替物(移行対象物)である。

人が集めるもの、こだわるもの、それら母に通じるといっても過言ではない。

今一度、自分を振り返ってみてはどうだろう。


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2008年08月06日

インテグレーター養成講座の日程(平成20年08月)

インテグレーター(分析家)を養成する理論をテキストをもとに講義する講座です。

インテグレーターを目指す方はもちろん、分析理論を本格的に学びたいという方のためのものです。
開催場所:ラカン精神科学研究所(駐車場あり、滋賀県大津市唐崎、JR京都駅から15分)。
依頼があればクライアントの御自宅や最寄の駅周辺の施設
(ホテルのロビー、ファミレス)等へ出張が可能です(交通費別途)。
現在、京阪神(京都市、大阪市、神戸市)福岡県福岡市(月1回3日間)等へ出張しております。

参加費:10.000円(1回1単元:3時間半 完全予約制)

滋賀県大津市 8月07日    ラカン精神科学研究所 10:00-13:30

滋賀県大津市 8月18日    ラカン精神科学研究所 10:00-13:30

福岡県福岡市 8月27日    福岡市中央区天神界隈 11:30-15:00

ラカン精神科学研究所

詳しいことは、電話・メールにてお問い合わせください。
当研究所の連絡先はこちらです

2008年08月07日

滋賀県 社会的ひきこもり啓発講演会の開催のお知らせ

当研究所に、滋賀県精神保健福祉センターより、平成20年度社会的ひきこもり対策普及啓発講演会実施要領が送られてきたので、ここでも紹介します。

H20年度社会的ひきこもり啓発講演会
不登校・ひきこもりとどう向き合うか ~その理解と援助のポイント~

日時:平成20年8月30日(土) 13:30~16:00(13時受付開始)

講演:高垣 忠一郎 氏(立命館大学産業社会学部現代社会学科教授)

場所:男女共同参画センター(G-NETしが)大ホール
    〒523-0891 滋賀県近江八幡市鷹飼町80-4
           近江八幡駅南口より500メートル

主催:滋賀県精神保健福祉センター

問い合わせ:滋賀県精神保健福祉センター
       〒520-0072 草津市笠山八町目4-25
        ℡ 077-567-5010
      もしくは、ラカン精神科学研究所 宣照(天海)まで
      〒520-0001 大津市蓮池長16-3-105
℡&Fax 077-500-0479

申し込み不要  参加無料

興味・関心のある方はどうぞ。

残念ながら当日私は、福岡、東京、那須へ出張のため足を運ぶことが出来ませんが。


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分析家の独り言 129 (子どもへの対応:どこまでオールOK?金銭面)

あるクライアントとのメールのやり取りを、ご本人の承諾を得て、本人と特定できないよう一部変更して掲載します。

オールOKする上で、多くの方が持たれる疑問だろうと思います。

Q: お金が関わる欲しがる物もやっぱり「オールOK]でしょうか?
  買い物に出掛けると、出掛けた先々で何かを買わないとふてくされてしまいます。
  子供がまだ小さいうちに貯めておかなければ・・・と思います。

A: もちろん お金がまつわる子どもが欲しがることにもオールOKです。
  見たもの 聞いたものに興味を持ち欲しがるのが子どもです。
  それがまた 健康な子どもです。
  「買い物に出掛けると、出掛けた先々で何かを買わないとふてくされてしまいます。」・・・これで普通です。      
  基本的に金額に制限は加えません。
  今出し渋れば、後にもっと多額のものを要求させることにもなります。
  欲しいときに欲しいものを与えられる、これが子どもの自己肯定感や、好奇心を育てます。
  先々を考えて蓄えたいという気持ちはわかりますが、とにかく今です。

Q: 調子に乗ってどんどん要求されても「オールOK]でいいんですか?
  貰っても数日で飽きてしまい、自分の机には物が溢れ乱雑に置かれています。
  もちろん、片付けなどしません。言われるまで・・・
  「我慢をする」はどうすれば覚えていくのでしょう。
  子供は電気を消して寝る事が出来ないので、朝起きてみるとやっぱり付けっぱなしでした。
  朝伝えたら、「気を付ける」と。
  私より後に寝たり夜中に起きた時など、今まで付けっぱなしです。
  これから夏休みです。
  夜遅くまで起きてる日々が続くのでは・・・

A: 「・・・調子に乗ってどんどん要求されても「オールOK」でいいんですか?」
  そうです。すべてOKです。
  オールOKすれば、今まで我慢していた分、どんどん要求してきます。
  我慢する、抑制するというのは、要求に答えてもらい満足を知れば、子どもの方が「今度は誕生日に買ってね」とか、「クリスマスでいいから」と言います。
  これは大人や親が教えたものではなく、自分で満足して、自分でもうこれくらいにしておこうと自分で獲得したものです。
  そうでなければ、いつまでも親が子どもの代わりに抑制をし続けなければなりません。
  これではいつまでも自立できません。
  満足すれば、こんなわたしにも親はここまでしてくれた、申し訳ない。と思います。
  この申し訳ないという気持ちが感謝となります。
  ここまで応えきる親御さんは少ないです。
  皆さん、限りなく要求され続け、食い尽くされるのではないかと恐れます。
  しかしそれも、親自身の投影でしょう。
  自分が我慢しているから、子どもにも我慢させる。
  限りなく欲しがっているのは、親の方です。
  満足を知り、歯止めがかかることを知っている人は、そういう恐れは持ちません。
  つけっぱなしの電気のことを言って、「気をつける」と言ったのなら、それを信じて様子を見ましょう。
  大人でもうっかり忘れることはあります。

「オールOK」に対する質問等ありましたら、メール等でどうぞ。

出来る限り答えて行きます。

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2008年08月09日

福岡出張のお知らせ(平成20年8月)

福岡出張のお知らせ(平成20年8月)

8月27日から30日まで福岡に出張します。

開催場所:主に福岡市中央区天神界隈

上記の日程で、母親教室分析理論講座インテグレーター養成講座、セラピーを実施します。

興味・関心のある方、詳しくは電話かメールにてお問い合わせください。

ラカン精神科学研究所の連絡先はこちらです。

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分析家の独り言130(129への質問と回答)

分析家の独り言129(子どもへの対応:どこまでオールOK?金銭面)を参照された方から質問コメントが届きました。

以下は、質問コメントQとそれに対する回答Aです。

質問者コメント:何の予備知識もなく質問をすることをお許し下さい。

Q1:将来社会に出て、OKの世界で育った人間と多くの抑圧の中で育った人間の間でのトラブルは起きないのでしょうか?

回答者:ご質問に答えていきます。

A1:オールOKで育てるということは、精神的に発達、成長することになります。心が成長し大人であるということは、冷静に物事を考え、判断できるため、人とのトラブルは起きないでしょう。トラブルが起きるのは、むしろ抑圧の中で育った人同士の間です。抑圧したものが多いため、些細なことにひっかかり、自分でもなぜそうなるのかわからないが、腹がたったり、落ち込んだりするでしょう。

Q2:極端なのですが、竹島は韓国領だと言い始めた場合、OKしてもいいのでしょうか?対馬も韓国領と言い始めていますが、すべてOKでもいいのでしょうか。(個人と国は違いますが、、、)

A2:個人と国ではレベルが違うので、オールOKを持ち込むことはできません。国と国は社会と社会です。社会においてはルールや掟が重視され、そこは父性的契約社会ですから、オールOKではありません。人も最初はオールOKで育てますが、精神の基礎が出来たときから、超自我といって、自分を律する自我が必要になります。それを家庭で教えるのは、社会と直接つながっている父の役目です。

Q3:すべてOKで欲しい物を購入した場合、本当に感謝の心に繋がるのでしょうか?手に入って当たり前で終始しないでしょうか?特に年齢が小さいほど、、、。

A3:これはおそらく多くの方が思われる疑問だろうと思います。小さい子でも買い物に行く度おもちゃを買っていた子がオールOKをやり続けるうち、「今度は誕生日でいいよ」と言い出します。満たされない気持ちが大きいほど、子どもはそれを物で取り返したいため、多くの物を要求してきます。それをオールOKしていくと、要求する量が減ってきます。そして自分で抑制を学び、これくらいにしておこうとなっていきます。それは多くのクライアントさんの例で証明されています。
「だまされたと思って、3年やってください」と私は言います。実行されない方からは、そんなわがままにしてとんでもないなどと文句を言われますが、実行された方から文句を言われたことはありません。

Q4:自己肯定感や好奇心はお金以外の分野で幾らでも作り上げることができるんじゃーないでしょうか?お金で満たすと余りにも弊害が大きいような気がするのですが、、、。

A4:このブログに載せたものは、その前からの相談もあって、それは金銭的なことだけではありませんでした。特に金銭的なことについてという部分をとりあげたので、こういう疑問をもたれたのだと思います。もちろんお金のことだけオールOKするのではありません。子どもが出す要求全てです。やりたいこと、行きたい所、日常の些細なこと例えば、子どもは10センチ先のものも自分でとらず、お母さんを呼びつけて「とって」といいます。それも文句を言わず取ります。お金のことは、オールOKする内容の一部です。

お金で満たすとどういう弊害があるのでしょうか?逆にそれをお聞きしたいです。

Q5:お金が自立心を作るのでしょうか?自立心を作るには他の部分の要素の方が大きいように思うのですが、、。

A5:Q4に答えた中でも言いましたが、お金の他の部分も重要です。しかしだからといって、お金に関してだけはオールOKしないというのもおかしな話です。オールOKですから、お金を含め全てにOKです。要は満たされることが大事なのです。満たされたところから、今度は自分でやってみようが生まれると思います。ところが一般には、満たされる前に親や大人が、制限を加えたり、自立を促す、または強いることをしていないでしょうか。それこそ自立ではなく、他からの要請にこたえる形であり、これでは自立ではなく他立ではないでしょうか。

Q6:浪費癖と言う言葉があるように、経済観念が育たないとサラ金で借金までしてお金を使う人間になりませんか?

A6:浪費壁とは、自分で自分をコントロールできない状態です。こんなに使ってしまっては、後が困る、人に迷惑をかけることもある、それでも欲しい物を買わずにはいられない。これこそ精神の未熟さのあらわれです。自分を律することができない。それは親が子どもの自我の代わりに、これはこれくらいにしておきなさい。それは贅沢です、わがままですとやってしまった結果ではないですか。非行で親から2000万円以上を持って行った息子さんに、オールOKしてもらいました。その息子さんは、今は立派に二児の父となり社会で働いています。その息子さんは、家を買いたいために、お風呂の水を、トイレを流す水に使うような節約生活をしています。

Q7:金銭で人間性を作ろうとした場合、問題点が多くありませんか?

A7:何度もいいますが、金銭で人間性をつくろうというのではありません。それはオールOKするうちの一つの要素です。もし興味がおありでしたら、ラカン精神科学研究所のホームページオールOK!子育て法のページもご覧ください。

2008年08月10日

分析家の独り言 131 (人は誤解からはじまる)

ラカンは、「人は誤解からはじまる」という。

クライアントの分析をしていて思うのだが、同じ日本語を使って話しているから、お互い話が通じて、理解しあっていると思っているが、それは非常にあやしい。

なぜならみんな持っている辞書が違うからだ。

よくクライアントに言うのだが、例えば「愛」という言葉の意味。

ある人の辞書には「継続」と書かれている。

またある人は、「必要とし、されること」。

「思いやる」こと。

「束縛する」ことというものある。

それぞれの意味の違いがありながら、同じであるかのように話をしている。

これで本当に話が通じているだろうか。

またよくあるのが、自分の親と話が通じない、会話にならないというもの。

子どもはまず一番身近な人であるお母さんと日常話をして会話を学習する。

ところがそのお母さんとしっかり会話をしていない、会話にならない。

つまり、お母さんが子どもの言うことに耳を傾けて聞かないのである。

あるクライアントが言った、「母とまともな会話をしていない、会話ということ自体がわからない」と。

またあるクライアントは「母に話をしても、トンチンカンな答えしか返ってこないので、話す気にならない」という。

「親と話すのが面倒くさい。」というクライアントもいる。

「説明しても通じないから、違っていてもいかげんに うん と答えておく」とも。

これでは人と理解しあうとか、親密さや絆をつくることはできない。

言葉、会話の大切さをあらためて思い知らされる。


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2008年08月12日

大阪出張セラピーのお知らせ(平成20年8月)

◇ 大阪駅周辺で精神分析をご希望の方おられましたら、まだ空き時間もありますので連絡ください。

日時 : 8月16日(土)

場所 : 大阪梅田駅周辺(詳しくはお問い合わせください)


◇ 大阪池田方面で、精神分析等ご希望の方おらえましたら連絡ください。

日時 : 8月24日(日)


また、二入以上のグループであれば、母親教室も開きます。

詳しくは電話またはFAX、メール等で連絡ください。

いずれも完全予約制となっています。

電話 077-500-0479  携帯電話090-7357-4540

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)

詳しくはホームページを参照ください。

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福岡 8月母親教室のお知らせ

8月27(水)、28(木)、29(金)、30(土)の4日間福岡での出張セラピー中、福岡で母親教室を開きます。

日 時 : 8月29日(金)の午後7時~9時まで

場 所 : 地下鉄天神駅近く(詳しくはお問い合わせください)

参加費 : 1000円

不登校、ひきこもり、非行でお悩みの方、その他日常子育てする中での疑問、迷い、悩みなど何でもQ&A方式で行います。

日時が合わない方、ご相談ください。2名以上のグループであれば、別途母親教室を開きます。

参加希望の方は、電話かメールにて連絡してください。

インテグレーター養成講座は、27日午前11時30分より開催します。

分析理論講座も希望により開催いたします。 

興味・関心のある方、詳しくは電話かメールにてお問い合わせください。

℡  077-500-0479  090-7357-4540

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)


母親教室、分析理論講座、インテグレーター養成講座の詳しい内容はこちらをご覧くさい。

<母親教室のご案内は>こちらをクリックして下さい。

分析理論講座の詳しい開催日程はこちらです

インテグレータ養成講座の詳しい開催日程はこちらです

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連絡先

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2008年08月13日

分析家の独り言 132 (企業の6割「心の病気で社員1ヶ月以上休職」)

企業の6割「心の病気で社員1ヶ月以上休職」という記事があった。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/health/142419/

鬱病(うつびょう)や統合失調症など、メンタルヘルス(心の健康)に問題を抱え、1カ月以上休職している社員がいる企業の割合が約6割に上ることが、民間調査機関の労務行政研究所(東京)の調査で分かった。休職者は働き盛りの20~30代で増加が目立ち、1カ月以上の休職者がいる率は企業規模が大きいほど高率になる傾向がある。という。

また、「人を育て、仕事の意味を考える余裕がない」会社ほど、心の病の増加を訴える傾向が強いことも確認された。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/169152/

当研究所にも、うつ等心の健康を崩し、仕事に支障が出た方がこられている。

企業としても、社員が心身ともに健康で働ける環境や、そのための支援策を考えることが大事であろう。

記事にも「従業員の健康づくりでメンタルヘルス対策を重視する企業は63%で、6年前の調査の33%からほぼ倍増し、企業の危機感の高まりが読み取れる。」とある。

いつもいうことだが、体の病気に対して予防医学があるように、心の病に対しても予防が必要だろう。

人は負い目と責任感の強さと、そこからくる完全主義と執着心があるとすぐに落ち込み、うつは長引く。

それに気力がでないとか、無気力感があると自殺企画に至る。

自分を知っておくこと、もっというなら、うつ(うつに限らず、様々な心の病)の種は誰しも持っている可能性がある。

それを発症する前から、予防しておく。


自分のことで言えば、分析により自分を知らなければ、もうとっくにこの世から消えていただろう。

子育てに悩み、夫婦・家族関係に悩み、自分自身に悩み・・・ うつか、自殺か。

ぎりぎりのところで自分を救う道に入っていった、振り返るとそう表現するしかない。

話が少しそれたが、企業の経営者の方々、社員のメンタルヘルスを考えてみられてはどうか。

心を病む人は、残念ながらこれからも増えると思う。


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2008年08月15日

分析家の独り言 133 (生きにくさを抱えていた日々)

子どもたちは夏休み、私の住むまわりからも子どもたちの声が聞こえる。

と同時に、残念ながらお母さんが子どもをしかる声も聞こえる。

それは街を歩いていても、どこかの通りを歩いているときにも、自然耳に入ってくることがある。

それがたまたま娘と一緒に歩いているときであると、「あんたも昔、あほみたいに怒ってたよな」などと言われる。

確かにそうだった。

いつもイライラしていて、些細なことで娘たちに怒鳴りちらしていた。

子どもは自分の思うように動くもの、私の言うことをきいて当たり前と思い込んでいた。

私自身が親にそう育てられ、それを無意識にまるでレコードが回るように、されたことを再生していたのだろう。

子育てにも悩んだ。

今、娘たちを怒ることはまずない。

逆に、私が怒られることはあっても(苦笑)

私が言われた通りに動かなかったり、言われたことを忘れていたりして。

そういえば若い頃、自分はなぜ些細なことにいちいちこんなに引っかかるのだろうと思った。

流せばいいのに、心に何かが引っかかり、いつまでもそれにこだわる。

日々そんなことが積み重なっていくと、心が重くなり、とても生きづらかった。

当時は、こんな風にも思えず、何か自分は人とは違うのだろうかと思い、他の人は楽しそうに過ごしているのに、私はいつもしんどさを抱えていた。

今、そういうしんどさを感じていたなぁと、懐かしく思えるようになった。

それら十数年に渡る分析との関わりのおかげである。


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2008年08月16日

分析家の独り言 134 (二つの世界に生きる)

人は二つの目を持つ。

一つは現実を見る目、これは光学的に世界の事象を見る目。

もう一つは、自分の内的世界を見る、いわゆる心の目とでもいう目。

例えば、愛着を持った対象=母が亡くなったとする。

現実に母はもう死んでしまい、この世にはいない。

ところが、心の中に映し込んだ母が心の中で生きている。

この内的世界を見る目にとらわれると、現実とのギャップが生じる。

内的目で母の死を見つめ、心の中に整理をつけ始めるのは現実に区切りがついたときである。

それは例えば仕事が終わったあと、ホッと一息つく瞬間であったりする。

現実を忙しくして、内的な目をつぶれば、母の死という悲しみは襲ってこない。

これが一つの防衛法である。

隙間なくスケジュールを入れ、忙しくしている人は、何か内面に見たくないものを抱えている可能性が大きい。

例えばまた逆に、内的世界に自分を襲ってくる迫害イメージを持っていたとすると、それに襲われないようにいつも現実に目を向け、現実にとらわれるようにしておく。

この方法で複雑な操作をしているのを神経症という。

内的世界と現実を常に混同しながら、それにとらわれ、脅えている状態である。

その人の中に何がとり入れ内在化され、何が映し出されているかが非常に大事である。

分析はこの心の中の世界に映しこまれたイメージ、絵を読み取ること。

人は外的世界と内的世界を交互に、また並行して、錯綜しながら経過していく。

これがはなはだしくなり、現実と内的世界の境界がなくなってしまった場合、妄想に至る。

これは外的世界と内的世界が重なってしまう、自我境界の喪失を意味する。

通常我々にはこの自我境界がある、精神を病んだ人は、この境界が曖昧であるか、またはない。

その行き着く先は、精神内界で起こっていることに確信を持ってしまう。

すると、「自分を殺しにくる」「自分はねらわれている」「人が自分を攻撃してくる」「自分は嫌な臭いを出していて、他人に迷惑をかけている」などと言う。

それは現実を見ているのではなく、その人の心の中に映し出されたものをみているのだ。

こういう心の構造を知っていれば、なんでこんなことを言うのだろうとは思わす、それなりに理解できる。

人の心の構造を解き明かし、理論的にすっきり説明できることに興味を持つ分析家とは、奇妙な存在かもしれない。

それとともに、そこにはヒューマニズムがあると私は思っている。


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2008年08月17日

分析家の独り言 135 (理想化の落とし穴:良い母子幻想)

例えば、現実の母が、自分勝手で怒りっぽく、だらしがなくて、口うるさく、外面はよく人には親切にするが、家庭の中ではわがままで言いたい放題だったとする。

そういう母に育てたれた子は、常に「もっとこういう母だったら…」「こんな母だったらいいのに…」と思うだろう。

現実の母とは逆に、理想的な母親を想い描き、この理想的母を追いかけることになる。

心の中に内在化されているのは理想的な母イメージとなる。

その理想的母に見合う自己イメージも理想的良い子となる、しかしこれは実態を持たない。

こうだったらいいにと想い描いた架空の理想的母像であり、理想的自己像である。

この人が子どもを生んで母親になったら、その子はまた理想的良い子でなければならない。

そうすると、この我が子を自分が思うような理想的良い子にするため、厳しく、時には叩いても良い子にしたくなる。

もちろん勉強も出来る子でなければならないため、養育ママとなるだろう。

しかし実際には、子どもは母親の言う通りには動かない、つまりこの母にとって悪い子。

この子が悪い子であると、母の内的理想的イメージは壊されるため、是が比でも我が子は良い子でなければならい。

我が子が良い子でなければ、悪い母だと言われているように聞こえ、自分は否定されるように思い、腹が立つ。

このため子どもに良い子を押し付け、強制し、叩くなどの虐待に至る可能性も大きい。

これが教育ママになって子どもを怒りまくる母親の心の構造の一つである。

分析において、この現実とは逆の理想化した母を追いかけていることに気づき、現実の母を語る。

その時点から、心の中の理想的母は生きられなくなる。

理想的母とそれに見合う自分としてつくった理想的自分もなくなって、大したことのないありのままの自分になる。

そうすればもう子どもを躾まくり、怒ることもなくなる。

どうせ自分もそれほど大した人間ではないのだから、理想化した良い子など求めなくなる。

私もこれをしていたなと思う。

子どもが小さいうちは親の力でねじ伏せも出来るが、それは不幸な結果に至る。

今一度自分を振り返ってみてはどうか。


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2008年08月18日

分析家の独り言 136 (理想化の落とし穴:ありのままの自分になる)

自分が受け入れられない現実の母(分析家の独り言 理想化の落とし穴:良い母子幻想 の母)は、その人の精神内界において抹殺されている。

現実の母を抹殺=消した、その空白になった場所に入るのが理想的母。

いったん居座った理想的母はなかなか立ち退かない。

分析によって語ってもらい、本当の現実の母はこうですよと見せ、本人もそれを理解すると理想的母は立ち退く。

自分がつくった理想的母は幻想だったと気づく。

それとともに同じく幻想の理想的自分も消え、ありのままの自分になっていく。

結局、自分は背伸びをして、良い人、良い母を演じていたことに気づく。

それに子どもまでつき合わせていた。

だから子どもは世間でいう「良い子」でなければならなかった。

子どもにすればいい迷惑である。

躾まくり、勉強、勉強という母親に多い構造であろう。

〇〇大学の付属小学校、中学の征服を着た我が子は、母親の自己愛を満たす。

私もその道を行かされたために、娘たちもまたその道を歩かせるところだった。

私はいつも思う、勉強もいいがそれより大事なのは生きる賢さ。

精神の未熟、本当の意味での無知ほど恐いものはない。


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2008年08月19日

分析家の独り言 137 (無意識)

フロイトは日常生活の現象の中でおこる錯誤(失策、しくじり)行為に、無意識を発見した。

その代表的なものが、「度忘れ」「言い間違い」「貴重品の喪失」「思いがけないヘマ」などである。

これらは、その背後にあるもう一つの意識(意図)が抑圧を打ち破って行為化されたものである。

例えば、度忘れは、やりたくないことを頼まれて忘れてしまうとか、思い出したくない人や地名を忘れてしまうなどがそうである。

ある会議の議長が、その会議を開きたくなかった。

それで、「開会します」と言うところを、「閉会します」と言ってしまったという。

私が書いた昨日のブログ、分析家の独り言(理想化の落とし穴:ありのままの自分になる)にも錯誤行為があり、苦笑した。

ブログの文章の後半に「〇〇大学の付属小学校、中学の征服を着た我が子は、母親の自己愛を満たす。」と書いた。

この文章のなかの「征服」は、本当は「制服」である。

この漢字の変換の間違いを、知人に指摘されるまで私は気づかなかった。

この間違い、しくじりの裏にあるもう一つの意識は(無意識)は、私が小学校、中学校時代征服されていた、支配されていたということ。

それは親に、である。

私は分析において、そのことを散々思い知らされ、その通りと納得したはずだったが、まだ受け入れきれず、その残骸というか、残りかすがあった。

まだどこかで少しくらいは親に支配されず、自分を持っていたと思いたいのだろう。

親に征服されていた自分をしっかり自覚しないと、無意識に他人を征服したくなる。

同じ間違いは、自分が味わった苦い思いを、他者にさせてはいけない。

こうしてまた自分を知らされた。

人と人の関係は、征服するでも、征服されるでもなく、平等で対等な関係を築くことである。


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分析理論講座の日程(平成20年09月)

平成20年09月、下記の日程で分析理論講座をひらきます。

日時 :  9月11日  13:30-16:00

場所 :  JR京都駅付近(詳しくはお問い合わせください)

費用:3,000円 (テキスト別途 1冊1,500円)

講座の内容は、肛門期の心の発達

依頼があればクライアントの御自宅や最寄の駅周辺の施設(ホテルのロビー、ファミレス)等へ出張が可能です(交通費別途)。

現在、京阪神(京都市、大阪市、神戸市)、福岡県福岡市(月1回3日間)等へ出張しております。

独自のテキストをもとに症例などを入れながら、精神分析の理論をわかりやすく解説します。

子育てする上で、また人間を理解するために役立つ理論です。

子育て中の方、結婚前の方、男女を問わず知っておいて欲しいことがたくさんあります。

興味・関心のある方、参加希望の方は下記へご連絡ください。

電話:077-500-0479

携帯:090-7357-4540

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)。

2008年08月21日

分析家の独り言 138 変容・成長)

あるクライアントの語り。

これまで事あるごとに相手が悪いと思ってきた。

分析に触れるうち、相手が悪い、相手がおかしい、相手が、相手が…と思ってきたが、もしかするとそれは私の問題かもしれないと思いだしたという。

例え、相手が「悪かった」と謝ったとしても、それは自分を怒らせないためでしかないのでは。

相手を責めるのではなく、私は私と向き合うしかない。

相手は自分の思う通りの人間ではない、だから違って当たり前。

夫であろうと、自分の思うとおりには動かない。

自分が弱いからせめて夫くらい思い通りにしたい、自分を理解して欲しい。

自分の価値に合うから大事なのか?

合わなければ大事ではないのか?

自分に色に染めたいといのは、幼稚なこと。

自分と違う価値を持った人を尊重しようと思った。

また、何でそのことに腹がたつのだろう、それは相手に謝らせたい、そうしないと気がすまない自分がいる。

これを自分の問題だと受け止めたときに、自分のなかに変化がおきるのではないか、それを力に変えられる。

何か心にひっかかった時には、なぜ自分がそう思うのかを考える。

今までとは違う感覚の自分になった、私は私を生きていいんだ、という。

確かにクライアントは変わった。

多くは、人の一面を見て「真面目な人」だとか、「不真面目な人」だとか「面白い人」だとかレッテルを貼りたがる。

分析は、人は変容し得る、という視点にたってクライアントのそのとき、そのときを見る。

クライアントの変容と成長の過程を見られる、それもまた我々の喜びである。


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2008年08月25日

08年 第9回夏季那須分析サミット開催

毎年夏恒例、我々のスーパーバイザーである大沢(惟能 創理)氏主催の那須分析サミットが8月31日(日)開催される。

個人分析並びに教育分析、理論を学び、分析家として活動している仲間が年に一度集まり、食事会や研修会が行われる。

今回のテーマは『インテグレーター(分析家)の使命と役割』

サミットの内容等については、またここで紹介したいと思う。

一年に一度仲間と直接出会い、日ごろの様子などを話し、仕事にプライベートにまたさらに頑張ろうと思える刺激を受ける。

違いを認めつつ、分析という同じ志を持つ仲間がいて、情報を交換し、助け合ったり教えあったり出来る関係がある。

私にとっての財産である。


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分析家の独り言 139 (分析の効果:幸せを感じて)

子どもの問題で分析に来たクライアント。

子どもに「オールOK」で対応し、子どもの問題は解決した。

今度は夫婦の問題が見えてきた。

離婚を考えたこともあったという。

夫は協力する相手ではなく、戦う相手だった。

若い頃は強さを求めて、仕事やお金を求めた。

誰も頼れない家で環境で育てば、そうならざるを得なかった。

それが相手のいいところを生かすために、自分が変化し続けたらいいにかわった。

自分は頑張ってる、自分は正しい、外が間違っているが、逆転した。

また周りは正常と思っていたいが、おかしいこともたくさんあることに気づいた。

子どもに「オールOK」したことで、ぶれていた自分に気づき、修正していった。

自分を検証しなおし、いくつ目かのカードをめくったとき落ちた。

そんなに相手を責めなければならない私って何者か?

それは自分を認めて欲しいということ。

相手に自分を認めて欲しいと思わなくても、私は私でいいじゃないか。

自己肯定が芽生えた、と同時に他者肯定が始まったのだろう。

幼い頃に愛され、適切に世話されていたら、こんなに苦しい思いはしなくて済んだだろうに。

それでも人は気づいたところから生き直せる。

生きながら、4~5回生まれ変わったくらいの感じがするという。


はじめクライアントは子どものことで悩み分析にくるが、それが落ち着くと、今度は自分のことに取り組むことになる。

自分とは何者か? 何のために生まれてきたのか?生きるのか?などなど・・・

そうするうちに、ものの見方、感じ方、考え方が変わってくる。

ペラペラだった薄っぺらな自分に厚みが出てくる、生きる楽しさが感じられる、心豊かになる。

この感覚を知らずに生きて、真に生きたといえるだろうか。

もったいないと思うのは私だけだろうか。


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2008年08月29日

金谷氏今月のメッセージ (平成20年8月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

 今の話題と言えば、当然北京オリンピックのことでしょう。

 私が初めて中国の地を踏んだのが昭和51年、当時感じたことは貧しい・汚い・暗いと、日本人である事が有り難いと思ったものでした。

その中国がテレビで北京を映し出すのを見て、ここまで豊かになったんだなぁと感心し感動した。

又その豊かな地で繰り広げられてるオリンピック大会での日本人の戦いぶりとその言動は、分析学の宝庫である。

日本の為にがんばっているのは分るが、成績は別としてモチベーションが間違っている。

 まず、谷亮子選手「田村で金、谷でも金、そしてママでも金」と活躍されましたが、最後のママは銅でした。
これはどう(銅)かな?と言いたい。ママの金は、子供のそばにいて心豊かで世の中のお役に立つ子供を育てる事が「ママの金}ではないのか。
案の定 子供さんは試合中に高熱を出して北京市内の病院に入院した。試合後に「主婦をしたい」と本音がポロリ。
北京前は、合宿続きで家を空ける事も多かったようで佳亮ちゃんにとっては「金よりママ」の方がいいのではないか?

それを証明する様な事が見られた。

 柔道男子66㌔級の内柴正人選手が金メダルを取った時の事、そのコメントとして「親父の仕事を見せた!」と本人は言っていた。が長男 輝〔ひかる〕ちゃんは、試合中お母さんの胸の中でスヤスヤ寝ていた。
金メダルを手に「金を取った!」と叫んでいたが、お母さんに頬摺りをする輝ちゃんが映されていた。
輝ちゃんの「金」はお母さんのホッペでしょう。
金メダルを取る事が父の仕事ではなく、父は家族の見えない所で命がけで働き、家族を守る事にある。妻・子を安心させて安定した家族をを作る事であろう。

 分析学に置いてすばらしい症例を見せてくれたのは、水泳の北島康介選手である。
北京前の出場予選の時、マスコミがスピード社の水着を着けるといい記録が出ると騒ぎ立てた。
その時彼は「水着が泳ぐのではない!泳ぐのはおれだ!」と自分自身がスイマーである事をTシャツにプリントして登場した。
 分析では自分は何者であるかと規定する事にある。
自己規定が出来てない人はメダルを取ることは出来ない。ただ金メダルが欲しいと言う願望を述べてるだけである。私はゴールドメダリストであると規定していないからである。
すべての選手が金を取れるわけではない。ただ世界の壁に実力で挑戦していこうと頑張った結果メダルが取れたと言う事である。

 陸上男子400メートルリレーで銅メダル獲得!日本にとっては金メダルに匹敵するものであろう。
朝原宣治選手は36才で今回で4回目の出場である。彼は高校から陸上を始めてから世界大会でメダルを取った事が無かった。
昨夏の世界選手権大阪大会も5位に終わった。一時は第一線を退く事も考えたが、自分の中に幸向上心が残っている事で北京に来た。シドニー五輪は6位・アテネ五輪は4位と リレーでメダルを取ることは陸上界の悲願であった。
メダル獲得の勝因は流れるようなバトンパスと「朝原さんの花道を飾る」という後輩達の強い思いがあったからだ。

 もっとすごいのは女子ソフトボールである。ピッチャーの上野由岐子選手〔26〕は準決勝のアメリカ戦から3試合連続で完投413球を一人で投げぬいた事。
米国の4大会連続で五輪金メダル独占を阻止した。この諦めず果敢に挑戦し勝利を手にした彼女はすばらしい。

他にもメダル圏内にいて金はダメでも銀か銅かと言われてた人が予選敗退、メダル目前4位でメダルを逃がす。オリンピックは参加する事に意義がある。4位でも世界で4番目なのだから凄いのである。
が、どこか納得いかない。金しか要らないと言っていた野球は上位の韓国・キューバ・アメリカには一度も勝っていない。故障が多くどこか勝ちに行こうと言う気迫が感じられなかった。星野監督自身も大会前にケガをしていた。

日の丸の重圧は我々には分らない程重たいものであろう。しかし、そこを勝ちに行く精神こそが、スポーツマンシップと言うものではないのか。
決して非難をしているではない。自分の立場・自分の役割を自覚しなければならないのではないかと言いたい。

 ラカンの分析は、言葉において自分を規定する。私自身も自分が分析者であると言うことは自分で規定した。これは恩師自身がラカンの精神に基づいた考えから規定しているものである。

自分が分析者であると規定せず、人に決めてもらった人に誰が相談に来るであろう。

北島選手の様におれはスイマーだと規定したように「私は何者だ」、と規定する事を目指して欲しい。自分が何者かも分らず、人や周りに動かされていては、何も得る事はないし、幸せにはなれない。「私は幸せになる」と規定して下さい。

金谷精神療法研究所

所長  真理攫取

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