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分析家の独り言 131 (人は誤解からはじまる)

ラカンは、「人は誤解からはじまる」という。

クライアントの分析をしていて思うのだが、同じ日本語を使って話しているから、お互い話が通じて、理解しあっていると思っているが、それは非常にあやしい。

なぜならみんな持っている辞書が違うからだ。

よくクライアントに言うのだが、例えば「愛」という言葉の意味。

ある人の辞書には「継続」と書かれている。

またある人は、「必要とし、されること」。

「思いやる」こと。

「束縛する」ことというものある。

それぞれの意味の違いがありながら、同じであるかのように話をしている。

これで本当に話が通じているだろうか。

またよくあるのが、自分の親と話が通じない、会話にならないというもの。

子どもはまず一番身近な人であるお母さんと日常話をして会話を学習する。

ところがそのお母さんとしっかり会話をしていない、会話にならない。

つまり、お母さんが子どもの言うことに耳を傾けて聞かないのである。

あるクライアントが言った、「母とまともな会話をしていない、会話ということ自体がわからない」と。

またあるクライアントは「母に話をしても、トンチンカンな答えしか返ってこないので、話す気にならない」という。

「親と話すのが面倒くさい。」というクライアントもいる。

「説明しても通じないから、違っていてもいかげんに うん と答えておく」とも。

これでは人と理解しあうとか、親密さや絆をつくることはできない。

言葉、会話の大切さをあらためて思い知らされる。


ラカン精神科学研究所のホームページ


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2008年08月10日 22:30に投稿されたエントリーのページです。

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