自分が受け入れられない現実の母(分析家の独り言 理想化の落とし穴:良い母子幻想 の母)は、その人の精神内界において抹殺されている。
現実の母を抹殺=消した、その空白になった場所に入るのが理想的母。
いったん居座った理想的母はなかなか立ち退かない。
分析によって語ってもらい、本当の現実の母はこうですよと見せ、本人もそれを理解すると理想的母は立ち退く。
自分がつくった理想的母は幻想だったと気づく。
それとともに同じく幻想の理想的自分も消え、ありのままの自分になっていく。
結局、自分は背伸びをして、良い人、良い母を演じていたことに気づく。
それに子どもまでつき合わせていた。
だから子どもは世間でいう「良い子」でなければならなかった。
子どもにすればいい迷惑である。
躾まくり、勉強、勉強という母親に多い構造であろう。
〇〇大学の付属小学校、中学の征服を着た我が子は、母親の自己愛を満たす。
私もその道を行かされたために、娘たちもまたその道を歩かせるところだった。
私はいつも思う、勉強もいいがそれより大事なのは生きる賢さ。
精神の未熟、本当の意味での無知ほど恐いものはない。