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分析家の独り言 137 (無意識)

フロイトは日常生活の現象の中でおこる錯誤(失策、しくじり)行為に、無意識を発見した。

その代表的なものが、「度忘れ」「言い間違い」「貴重品の喪失」「思いがけないヘマ」などである。

これらは、その背後にあるもう一つの意識(意図)が抑圧を打ち破って行為化されたものである。

例えば、度忘れは、やりたくないことを頼まれて忘れてしまうとか、思い出したくない人や地名を忘れてしまうなどがそうである。

ある会議の議長が、その会議を開きたくなかった。

それで、「開会します」と言うところを、「閉会します」と言ってしまったという。

私が書いた昨日のブログ、分析家の独り言(理想化の落とし穴:ありのままの自分になる)にも錯誤行為があり、苦笑した。

ブログの文章の後半に「〇〇大学の付属小学校、中学の征服を着た我が子は、母親の自己愛を満たす。」と書いた。

この文章のなかの「征服」は、本当は「制服」である。

この漢字の変換の間違いを、知人に指摘されるまで私は気づかなかった。

この間違い、しくじりの裏にあるもう一つの意識は(無意識)は、私が小学校、中学校時代征服されていた、支配されていたということ。

それは親に、である。

私は分析において、そのことを散々思い知らされ、その通りと納得したはずだったが、まだ受け入れきれず、その残骸というか、残りかすがあった。

まだどこかで少しくらいは親に支配されず、自分を持っていたと思いたいのだろう。

親に征服されていた自分をしっかり自覚しないと、無意識に他人を征服したくなる。

同じ間違いは、自分が味わった苦い思いを、他者にさせてはいけない。

こうしてまた自分を知らされた。

人と人の関係は、征服するでも、征服されるでもなく、平等で対等な関係を築くことである。


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2008年08月19日 21:57に投稿されたエントリーのページです。

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