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分析家の独り言 141 (人生を楽しむ)

分析理論の中に「思考は物質化する」というのがある。

分析を進めていくと、無意識が意識化されていく。

そして思考が現実化していく、そのことが自分でもはっきりとわかった事象がある。

その一つ、私事であるが3年前のこと。

47歳の夏頃、スポーツをしたくなった。

何を始めようかと考えたとき、やはり学生時代に打ち込んだバスケットボールをもう一度したくなった。

これでも中学のとき全国大会に行き、高校ではインターハイ、大学ではなんとか関西の1部リーグで試合をした。

精神的に辛い時代を支えてくれたバスケでもあった。

バスケをしたいなと思い始めた頃、恒例の中学の同窓会が夏、滋賀の琵琶湖ホテルで開かれ参加した。

そのとき7歳年上の中学の先輩をエスカレーターのところで見かけた。

その人は私たちが中3のとき大学4回生で、よく練習に来てくれていた。

偶然同じように同窓会だという。

その先輩が滋賀で教師をしバスケに関わっていることを知っていたので、「どこか滋賀で私がバスケをできそうなチームを紹介してもらえませんか」と頼んだ。

そして今私が所属するチームを紹介してもらい、練習や試合にでるようになった。

あの3年前の夏、同窓会に行って、先輩に出会わなければどうだっただろう。

一般的には偶然、たまたまというのだろうが、あまりにもタイミングが良すぎる、これぞ「思考は物質化する」ということだと思った。

スーパービジョンでスーパーバイザー惟能氏に話したとき、「やっと、思考が物質化し出しましたね」といわれた。

惟能氏も、例えば講座で胎児の話をする前になると、ちょうど理論を裏付けるような妊婦さんがクライアントとして来てくれるという。

今私は、学生時代とはまた違った形でバスケを楽しいんでいる。

今年の夏、長崎のママさん大会、大阪での近畿大会に行った。

秋には鹿児島でゴールデン(50歳以上が参加)の全国大会に行く予定。

バスケを通して、仲間と過ごすときが今心地よい。

勝った負けたと喜んだり悔しがったりし、試合で遠征し宿泊先で寝食を共にすると、歳を忘れ学生時代にかえったような気分になることもある。

ああ、こういう楽しみ方もあったんだなぁと思う。

何か忘れていたもの、いや知らなかった宝物に出会った気分である。


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2008年09月07日 09:25に投稿されたエントリーのページです。

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