分析を受けると、じょじょにものの見方、考え方が変わってくる。
ぞれまで悪いのは相手だった。
その相手とは、例えば夫であったり、子どもであったり。
相手が悪い、腹が立つからぶつかっていく、「何であんたはそうなん、謝って!」
あるときから、そのぶつかっていく自分を考える。
「謝って」と相手をどんどん責める自分って、一体何を求めているのだろう?
そこまで相手を責めて責めて、そんなに私は謝って欲しいの?
例え相手が謝っても、それは本心じゃない、その場を納めようとしてるだけ、それに意味はあるの?
自分の中で問いが始まり、葛藤する。
自分を切り刻んで、自分と向き合った。
それをしなかったら、夫と離婚していたかもしれないとクライアントはいう。
自分を堀下げて、自分の人生を人のせいにしないという結論に達した。
相手がどうであれ、自分はどうするのか。
相手に望まないでおこう、自分を変えよう、成長させよう。
それまでは、相手が自分に合わせて欲しいだったのが、相手が自分に合わせて欲しいということにくらい合わせられる、それが大人だろうと思った。
しかし自分をしっかり持ちながら、流されないで、自分は自分を生きよう。
相手を活かし、自分を活かす、それが本当の大人。
自分の感情をコントロールできるようになった。
子どもの問題が終わってから、ここまでくるのに4年の歳月がかかったという。
夫婦共謀という理論えを聞いていたからできた。
人と理解しあうことが出来た初めての人が子どもであった、家族以外では分析者だったと言われた。