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分析家の独り言 150 (言葉は正確に無意識を辿る)

荒れていた子どもが、父の仕事を一緒にやるようになった。

その子がパソコンで仕事関係のことを検索し、「お父さん、ちょっとこれ見てみ」といった。

そばで様子を見ていた母親は、ハッとした。

「おっさん」とか、「おとん」と呼んでいた子が、父親のことを「お父さん」と呼んだ。

子どもが父を父と認めたとともに、夫は父親をしていたということだと思ったと言う。

そういえば思い出す、我が子のことを。

下の娘が不登校をしていた中学のとき、母親である私のことを、「おばちゃん」と呼んでいた。

そのとき、「おばちゃんじゃないでしょ、お母さんでしょ」と言いかけて止めた。

今のこの子にとって、私はおばちゃんでしかないのかもしれない。

母親と認められていない。

ならば、無理やり「お母さん」と呼ばせても意味がない。

しっかり対応して、母となり、自然と「お母さん」と呼ぶようになるまで、私が頑張るしかないと思った。

言葉は正確に無意識を辿る。

学校へ行きだし、母親である私のことを時々間違ったように「お母さん」と呼ぶことがあった。

「お母さん」と言ってしまった自分に、娘はビックリしたようで、「今私、お母さんっていったよな」と言う。

やはり、あの時娘に無理強いしなくてよかったと思うとともに、何気ない日常の言葉の中に無意識が見え隠れすることをあらためて感じた。


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2008年10月01日 21:08に投稿されたエントリーのページです。

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