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分析家の独り言 151 (枠をはずすと楽になる)

自分を含め、クライアントは育ってくる間に他者(主に親)によってはめられた枠に縛られている。

「~べき」「~なければならない」の世界に生きている。

私も分析を受け始めた頃、分析者から「枠が強すぎる」「枠など持たないほうが楽でしょう」と言われた。

自分も人も、この枠にはめようとする。

今になるとわかる、この枠があるために生きにくかったと。

こうでなければならないことなど、まずない。

○○であってもいいし、△△であってもいい。

ただいろいろある中で、自分はどれを選ぶのか、何に価値や意味を見出すのかだけである。

それを選ぶのは自分自身であるはずだが、それを親はこうあるべきだと押し付けてくる。

子どもはそれを無視も、否定もできず、そういうものかと思ってしまう。

そして気がつけば、自分もガチガチの枠にはまってしまっている。

本来は人と接するなかで、自分は■■がいいと思ってきたが、○○の方が良さそうだと思えば、○○を採用しそれでやってみればよい。

そうして出し入れ自由で、柔軟な自我を構築していくと生きやすい。

あるクライアントの話。

町内の防災の役をしていて、町内から借りた懐中電灯をどこに置いたかわからなくなったという。

次の見回りのときにまた使うのに大変だと、探し出した。

夫に聞いたら、、「どこかで見た」という。

「それどこ? 探して」とクライアント。

思い当たるところは探したがない。

そこで、「まあいいわ、次の見回りまでまだ時間はあるし、それまでに探せばいい」

「もし見つからなければ、弁償したらいいわ」と思った。

これまでのクライアントなら、見つかるまで家捜しした。

それでもないとなれば、町内の人になくしましたと報告し弁償しなければならないが、それを言ったら「なんていい加減な人、町内の備品をなくすなんて」と思われるだろう。

人から自分がどう思われるかが気になって、しんどかったと。

クライアントから聞かれる「生きるのが楽になりました」という言葉、、私も同感である。


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2008年10月04日 07:32に投稿されたエントリーのページです。

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