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分析家の独り言 155 (症例:トイレ)

あるクライアント、上の子を出産した頃から緊張するとトイレに行きたくなる、という症状が始まった。

軽いものは一般の人にもあるが、彼女の場合は、出かける、乗り物に乗るとなると、症状がきつくなる。

例えば、家からバス停までの2分の間にも「トイレに行きたい」が始まり、家に戻ることも度々あるという。

当然、電車で遠出は出来ない。

それでも出かけなければならないとなると、まず特急電車には乗らず、各駅停車の普通に乗り、トイレに行きたくなったらいつでも降りられるようにする。

車で出かけるときは、出先のどこにトイレがあるかをあらかじめ調べておかなければならない。

このため普段行動するのは、自転車で行ける範囲に限られていた。

彼女自身、なぜこんなに「トイレ」「トイレ」ということになるのかわからなかったが、この症状に30年間苦しんできたという。

それが最近気付いたことがあると。

前回、京都の彼女の家から滋賀県大津市の当研究所に来る間、いつもなら途中1~2回は必ず駅のトイレに行くのだが、1度もトイレに行かずに来られたという。

自分でも「あれっ」と思った、そういえばあんなにトイレが気になって、どこへ出かけるにもそのことが頭から離れなかったのに。

まだよくはわからないが、これでどうやら30年間悩んだトイレの症状から解放されそうな気がすると。

クライアントのプライバシーがあるため、細部にまでは書けないが、そうなるにはクライアントの養育史上の様々な背景がある。

彼女自ら言う、自分の中に「(いつも)真面目に、しっかり働かなければいけない」

「人の何倍も頑張らなければ、自分は人並みではない」という想い(メッセージ)があり、それに追いたてられていた。

いつも頑張らなければならない、その彼女が唯一、一人でリラックスできる場所がトイレだった。

彼女いわく、「だってトイレに入っている人に、今すぐ仕事しろとは言わないでしょ」と。

なるほど、人は何を抱えて、どういう意味を形成しているかわからない。

しかし、それを説いていくと、こうして症状は消えていく。

しっかりしなければ、人並み以上に頑張らなければと、彼女は自分の内なる声に追い詰められ、それから逃げられる場所がトイレだったとは。

分析に触れ、自分を振り返り、過去を整理するうちここにたどり着き、どうやらこれで30年間に及ぶ症状とさよならできるようだと微笑む彼女と、それを共に喜べる分析家という仕事はやはりいいものだなと思う。

そう思う私は、長い間共感という世界とは程遠く生きてきた人間であった。

(上記の文章は、クライアント本人の承諾を得て掲載しています)


ラカン精神科学研究所のホームページ

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2008年10月14日 15:30に投稿されたエントリーのページです。

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