ふと思いだしたことがある。
もう何年も前のこと。
30歳代の既婚の女性が暴れるということで、初回夫婦そろって分析に来られた。
物を投げたり、包丁を振り回したり、マンションの窓から飛び降りようとしたりする。
それを夫一人では止めきれず、警察を呼ぶこともある。
夫の些細な言葉にひっかかり、彼女(30歳代女性)はそれを自分でも制御できない。
ある夜、「また妻が暴れているので、家に来て欲しい」と電話が入った。
多分もう夜11時を過ぎていたと思う。
とりあえずかけつけた。
騒ぎは一応おさまってはいたが、彼女の両親が来ていた。
彼女は母親に向かって、文句を言う。
しかし母親は何をいっているのという態度でとりあわない。
いきなりコップのお茶を母親にかけ、飛びかかろうとする彼女を私が抱き止めた。
思えば、私の手を振りほどこうとすればできただろうに、彼女はそうはせず「助けて!」「助けて!」と泣いた。
それでも母親は反応しない。
私は思わず「あんたはそれでも母親か」「娘が助けてといっているのに何もしないのか」と叫んだ。
それでも母親の冷ややかな目。
夜中2時頃だったろうか、クライアントの家を彼女の両親と一緒に出た。
玄関まで歩く途中、娘を受け入れてやって欲しいと私は言ったが、母親は「今のあの子を抱きとめることはできない」と言った。
母親の求める、いい子からは外れた娘を認められないということだ。
現象から言えば、これは家庭内暴力。
家庭内暴力は、思春期の子どもがすること。
それが結婚もした30歳代に出てくるとは =“遅れてきた思春期”である。
本来出すべき思春期に出せなくて、持ち越した分厄介である。
他の例では、同じように30歳代の男性だが、それまで社会適応し働いていたが、突然仕事をやめて家にひきこもり、暴れだしたというのもある。
親は手に負えず、どこか病院なり施設へでも入れたいと言った。
分析はそれをすすめない。
彼の行動の意味を知り、親のもとで世話をし、30歳であっても育てなおしをすることをすすめるが、なかなか理解してはもらえないが現状である。
いくつになっても、心に整理のつかないこと(愛を憎しみ)は残り、その人の人生に様々なかたちで影を落とす。