(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)
インテグレーター(精神分析家)を目指す有志のみで研修旅行を試みた。
心理学の理論だけを学ぶのではなく、広く見識を持つ為に外の世界に学びを広げたいと思っていた時に出雲出身の私のクライアントの方から「出雲国神仏霊場巡拝」と言うものを紹介してくれた。
こころの世界を学ぶものとして、古来からある宗教の本質的なものと心理学は共通している点が多々ある。
霊場は、全部で20番まであるのだが、我々の計画は1泊二日であったので全部は周る事は出来ないので、とりあえず周れる限りで1番から8番まで行く事ができた。
何気ない思いつきで計画したこの出雲旅行にとても大きなドラマが待っていました。
恩師と出会って20年、分析を仕事として始めてから12年になり、自信も出来クライアントもそれぞれ自分の道を見つけて、独自に歩み始めている人もいて、何も問題なくとても幸福な人生を獲得した。
自分の中で何も言うことが無いはず、が、すっきりしない日々が続いていた。この旅行がひょっとしてそれを解決してくれるのではと思い、自分なりに心して向いました。
まず、晴天で10月なのに暑い日で天候に恵まれすばらしいスタートで幕開け。
最初に訪れた出雲大社、今は60年に一度の遷宮の時期で仮殿になっていましたが、この一度に巡り合う事が出来た幸運、次の60年は到底無理と思った時、今のこの時に出会えた我身に言い知れぬ喜びを一人感じていた。
3番に訪れた「一畑薬師」、ここは「目の御薬師様」として全国的に知られている。
創開は平安時代で、漁師の与市が日本海から引き上げた薬師如来がご本尊としてまつられている。
この与市の母親は目が悪るかったが、目が開いたと言うことと戦国の世に小さな幼児が助かったことから「目のやくし」「子供の無事成長の仏様」として信仰されている。
私にはどうしても「母の目が開いたら、子供が無事に育つ!」としか聞こえなかった。
到着した日はここまで。4番目の佐太神社に行く予定だったが、少し疲れ気味だったので次の日朝に行く事にした。これがすごい出会いになる事など分からなかった。
「佐太神社」「さだ」とは岬の意味で、佐多岬などの地名に見られる。この地を次の日の朝一番に訪れお参りさせて頂きそのまま帰ろうとした時、そこの神職の方に呼び止められ「お急ぎでなければここの説明をさせて下さい」と言ってくださった。
「ここの神様は人間のように生まれて死んでお墓に入る」と言う面白い表現をする神社なのですが、お寺の様でもある。
見れば入り口が鳥居ではなくお寺の山門のようになって神仏混淆の築りになっていた。
そして本殿の後ろには、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の陵墓である比婆山の神陵を遷し祀っている「伊弉冉社」がある。この伊弉冉尊はここに古く伝わるある伝説がある。
伊弉冉尊は八百萬の神々を誕生させたが、最後に火之迦具土神(ほのかぐつちかみ)と言う火之神を産んだ事により陰部を火傷しこれが元で亡くなってしまった。
ここが面白い伝説であるが、実は10月に神々が出雲の国に集まってくるのは、亡くなった母である伊弉冉尊に会いに来るのである。10月は命日だからと言う。実に面白い話で神々もやはり母親に対する思慕の念があると言う。
我々の理論も母親を中心に心も体も作られる。国もそういう事で作られた。命をかけて産み育てていく母親の偉大さがこの伝説になったのではなかろうか。
次に語られた事は、出雲の神は大和の神に攻め込まれた時、潔く国を譲り自分達は闇の世界を統一して行くと宣言した。大和の神達は、やはり祟りや災いを恐れあの伝説のお社を作らせたと言う。
ここで感動したのは、明るい表の世界が平和に過ごせるのは闇の世界が安定しているからだと言う。出雲の神々はその表の平和を守らんが為、闇の統一に力を注いだと言う。ここが我々と共通すると思った。
精神分析は、無意識即ち闇の世界を浄化する役割である。
自分は分析家になると決めたが、今一つすっきりしなかったのは徹底的にその役割に徹すると言う決定をしていなかった事に気付いた。「生涯分析家」絶対に表舞台に出る事はない。
幸せになっていく人々を裏から支える「闇の帝王」になり表の世界を平和に明るくする事が自分の役割だと気付かされた。
まだまだ多くの収穫がありましたが、全てを語るには紙面が足りません。
ただ言える事は、母の力の偉大さに感服し新めて母子関係の理論を伝えて行かなければいけないと決意し精神分析が今この世界に絶対必要であると言うことです。
所長 真理攫取