緊張するとトイレに行きたくなる症状に、30年悩まされたクライアント。
(分析家の独り言 155 症例:トイレ)
その後、このクライアントは「奇跡おきた」と言う。
(以下クライアントの語りを本人の了解を得て掲載)
歯が痛み、近所の歯医者に行ったが思わしくなく、彼女の生家の近くにある、子ども時代よく通った歯医者に行ってみた。
当時の先生はもう亡くなっておられたが、その息子さんがあとを継いでいた。
亡くなられた先生にそっくりの息子さん先生、容姿はもちろん話し方など物腰がそっくりだった。
待合室には、子どもの頃見覚えのある木彫りの熊の置きものがあり、なつかしく思った。
そんな中でも歯医者で自分の番を待つ間は、彼女には緊張する時間である。
歯を削るあの音はあまりいい気持ちはしない、そのときの痛みが連想される。
自分の名前が呼ばれ、診察室に入る、いすに座り、赤ちゃんのよだれかけのようなものをかけられ、背もたれが倒される。
もう身動きできない、と思ったとたん、いつもなら「トイレにいきたい」が始まる。
しかしこのときは、「まだ大丈夫、行きたくなったら、トイレに行きたいと言えばいい」と、自分に言いながらいた。
説明を受けながら、治療が始まり、結局トイレに行かずに歯医者を出た。
時計を見たら、歯医者に入ってから、出て来るまで40分を要したが、一度もトイレには行かずにすんだ。
このことが、彼女にとっては“奇跡”だったという。
その後も2~3回歯医者に行ったが、同じようにトイレには行かずにすんだ。
彼女にとってもう一つ緊張し、必ず「トイレ、トイレ」が始まる場所がある。
それは美容院。
そこで彼女は実験してみたくなったと言う。
歯医者に行って家に帰り、お茶を飲みゆっくりしながら考えた。
歯医者に行くだけで一仕事だが、歯医者が大丈夫なら、美容院はどうだろう。
「よし、これから美容院に行って実験してみよう」
美容院に行くと、結構込んでいた。
普通なら「また来ます」と帰ってくるところだが、この日は思い切って待つことにした。
タオルを首に巻かれ、その上から大きなエプロンをかけられ動けなくなる→緊張する→トイレに行きたくなる。
シャンプーのときも、髪を乾かすときも、同様で「早く終わって」と思う。
しかし、この日の美容院も「トイレに行きたい」にはならなかった。
30年間悩んだ緊張→トイレから解放されるのではないかと思った。
どうやら密閉され、身動きがとれない、抜け出せない、それを辛抱し我慢しなければなければならない場面になると、緊張しトイレに行きたいが始まることがわかった。
その根本には、母から娘である彼女に渡されたメッセージ「我慢するこはいいこと」がある。
その我慢し、辛抱することを解放できる場所がトイレだった。
彼女いわく、親なし、財産ない、学歴なしの自分は、人より何倍も努力し、頑張らなければならない。
その上に、「人には嫌われないように、真面目に生きろ」と言われ、息苦しい=生き苦しい。
そんなに頑張らなくても、ありのままの自分でいいじゃないか、自分は自分を生きていいと、思いだしたころから変ってきた。
生き辛さを感じ人が嫌い、人を避けて生きてきた彼女が、自分を縛っているものが何なのか見つめると言った。
それが今年4月頃だっただろうか。
ほぼ週一で通い、あれから8ヶ月足らずがたち、自分を縛り、生き辛くさせてきた言葉を見つけた。
まるで札のように母の言葉、口癖が出てくるが、それらはもういらない。
その札を、彼女が好きな海があり、そこから母の眠る町へ流して返す(彼女のイメージ)という。
これから彼女は、母の言葉に縛られて生きるのではなく、自分の理想や、自己規定した言葉で生きていく。
これでもう緊張→トイレの症状は消える。
彼女は今、開放感を味わい、心が自由でうれしいという。
「よかったですね」言いながら、私も自分のことを振り返りつつ、ともに喜べうれしい。
「悩み続けた30年はなんだったんだろう」という彼女。
分析によりからまった糸をほどけばそんなものである。