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分析家の独り言 170 (不登校・ひきこもり 言い返せないで疲れていく)

昔のことを思い出して悔しいと、下の娘が話し出したことがあった。

小学校5年生のとき、学校から宿泊研修に行って、ご飯を作ったときのこと。

娘はご飯を炊く係りだったそうだ。男の子と二人でまきでご飯を炊いた。

この男の子がえらそうなものの言い方をする子で、娘に「まきを取ってきて」と言った。

娘はまきがどこにあるのかわからず、「どこ?」と聞くと、男の子は「あそこ」と言う。

しかし「あそこ」と言われても、娘にはわからない。

「あそこってどこ?」とまた聞くと、不機嫌な口調で「あそこや、あそこ、そんなんもわからへんのか」と言われる。

娘はますますパニックになって、頭が真っ白になり、何も言えず固まってしまった。

さらに、ご飯を炊いている途中で、男の子が他の子のところに様子を見に行って、その場を離れた。

一人残された娘が火を見ていたが、まきが燃え尽き、火が消えそうになったので、新しくまきを入れた。

そこに戻ってきた男の子が、また「何で勝手にまきを入れたんや」と怒った。

そのときも娘は何も言えなかったと言う。

今なら言える、「そもそもなんでそんなにえらそうに言われなければならないのか」と。

「まきがどこにあるかわからないから聞いているんだから、もっと丁寧に教えれくれればいいだろう」と。

「火が消えそうだったから、、まきをいれたのがそんなに悪いこと?」

「そんなら途中で何処かへ行かずすっと火のそばに居ればいいやん」と。

「なんであの時言えなかったのかと思うと悔しい」

「私何か間違ってる?」と私に話す。

「いや、何も間違ってないよ」と私。

自我脆弱で、自分に自信もなく、言いたいことが言えない子は、学校に、友達の中に、外に出ると、こうして疲れてしまうのだということがよくわかる。

不登校、ひきこもりになっていく子は、自分なりに必死で学校や社会に入ろう、馴染もうとするが上手くいかず、疲れ果ててしまう。

人間関係を築くのが苦手で、友達が少ない。そのことがまた負い目となる。

しっかりとした自我があれば跳ね除けられるが、自我脆弱であるため、他者から言われた言葉がその子を傷つける。

ある不登校のクライアントは「学校に行くとつぶされる」と表現した。

そういう子に、それでも学校や社会に行け、出ろというのはあまりのも残酷ではないか。

だからこそ、家庭であたたかく受け入れ、見守り、オールOKして、傷つき疲れた心を癒すことがまず大事となる。

学校や仕事のことは一切言わず、言われた通り母は動き、要求に応え続ける。

そうすることによって、自信と自己肯定感をもち、何を言われても自分はこうだと自己主張し、言い返せる自我もできる。

そういった脆弱な自我しか持てない子に育ててしまったのは、この私自身であった。

そしてまた、私自身もしっかりとした自我など持っていなかった。

それに気付き、娘を育てなおすとともに、自分自身に取り組んできたこの14年余りである。

不登校・ひきこもりに悩む方々へのページにも掲載しています

ラカン精神科学研究所のホームページ

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2008年12月06日 08:03に投稿されたエントリーのページです。

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