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分析家の独り言 178 (不登校・ひきこもり 言えない、出せない、動けない)

人は言いたいことが言えずに病んでいく。

不登校やひきこもりの子たちもまた言いたいことが言えない。

家族や友達やまわりの人に。

なぜそうなってしまったのか。

その大元はどうしても母との関係に遡る。

人は育ってくる中で、最初の対象である母と関わり、人間関係の基礎を学習する。

このときの関わり方がその人のその後の人間関係を決定付けるといっても過言ではない。

もちろんその後、父の存在も影響してくるが。

人が言いたいことを言えるのは、言った相手が自分の言うことを受け入れてくれるからだ。

特に小さい子にすれば、「ああそうだね」「それはいいね」と肯定されるから言いたいことが言える。

それを、「だめだ」「わがままだ」「贅沢だ」と否定され、拒否されたら言えなくなる。

そのうちに、どうせ言っても無駄だ、言っても仕方ないとあきらめていき黙る。

このときこの子は、親や大人にとって扱いやすい、都合のいい子になる。

と同時に、自分の主体性を放棄した。

そういう子は、学校で友達や先生にも言いたいことが言えない。

嫌なことをされても、「いやだ」と言えず、笑うしかないかもしれない。

こういう子はいじめられるだろう。

言えないと同時に、こうして素直な自分の感情も出せなくなる。

こうなると、もう主体性はほぼなく、ついには動けなくなる。これが不登校、ひきこもりの状態である。

自分のしたいことを、親の価値観にあわないと方向を変えさせられる。

身体の欠点を親に指摘され、それ以後それが気になって仕方がない。

失敗を責められる。

威嚇や暴力で無理やり言うことを聞かされる。

もともと適切に世話をされない、関心を向けられないだけでも、子どもの心は育たないが、

様々なマイナス要因が加わる。

こうして自信を持てずに傷ついた子どもたちが行き着く先は、もう何も言わないこと、何もしないことである。

そうすれば、もう文句を言われることも、非難されることもない。

何もしなければ失敗することもなく、失敗を責められることはない。

あるひきこもりの青年に母親がオールOKの対応を始め、「何かして欲しいことはないか」と聞いた。

彼は「未来が欲しい」と答えた。

学校へ行く自信も、働く自信も待てず、明るい自分の未来が欲しいということだろう。

自分への自信を持ち、言いたいことを言えるようになり、人と関わり、社会参入できるようになるために、オールOKし育てなすことである。

親に何でも言えるようになり、感情や様々な行動(例えば、攻撃性の放出としてドラムを叩く)として出せるようになると動き出す。


不登校・ひきこもりに悩む方々へのページにも掲載しています

ラカン精神科学研究所のホームページ

オールOK!子育て法のページもご覧ください

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2008年12月27日 00:59に投稿されたエントリーのページです。

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