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金谷氏今月のメッセージ (平成20年12月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

タイトル 「導かれて」

今年を一文字で表したら「変」と発表された。
 辞書で引いて見ると「異常な出来事、社会的な事件が起こる事、政変や動乱などの発生」「事態が移り変わる事」「普通でない様怪しいさま異常奇妙」「思いがけないさま」とある。
確かに異常な出来事が多かった。良い方に変化していくと言う「変」ならば歓迎だがだんだんと悪い方に向かっている。では、私の今年を文字で表せば「導」と言える。
 年頭は長年の夢であった伊勢神宮への初詣が出来た事だが、しかし宿泊場所を探すのが大変で、ほとんどが宗教団体やツアーが早くから抑えている為、いい所・希望のところは全然なく、ビジネスホテルがかろうじて一つだけ空いていて、何とか確保に至った。
お参りが目的であったから、天梅雨をしのげれば良いと思い決行した旅だったが、想像を絶する最悪の状態、食事と言えばファミレスの方が上等だと思える貧相なもので、部屋は暖房が効かない。その為に、はじめから毛布が一枚余分に置いてあった事が後になって頷ける。
これが嬉しい事に正月料金である。一次的に悔しさと怒りが出てきたが、誰にそれを向ければ良いのかと思った時に、私は今何処にいるのか何をしに来たのか?
贅沢な生活をしているに感謝をしていない、当たり前だと思っているその傲慢さに一撃を加えられた気がした。分析を受ける目的は何か?
 自立した人間になる為である。
普通に言えば「どんな世の中になっても、生きていける強い人間になる」年頭にその厳しさを身をもって教えてもらった。
 そうして挑んだ今年でしたが、しかし現実は裏腹に、徐々にクライアントが増えて昼食をとる暇もなく、朝から夜までぎっしりに成る程求めてこられる事に充実感と喜びを感じ、分析者冥利に尽きると同時に、この仕事を選んでよかったと一人感激した。
大変な年になると覚悟した年頭であったのにどんどん幸せになる。
 他にも、恩師が毎年開催しているインテグレーターサミットに参加した時の事、そこには、同じ様に分析を仕事として始めている仲間が増え、共に参加出来た事に頼もしさと喜びを感じた。
当研究所も、9月に研修会を開催し、その内容と感想を「今月のメッセージ欄」に記したとおり、自ら学んだものを伝えた結果としてそれを目の当たりにして、ここでも感動し喜びを感じた事はそうとおくはない。
 もっとすばらしい事は、10月に出雲大社に参拝できた事。
ここは年頭の伊勢神宮と反対に天候良し、食べるものは、地元の方を伴っての旅でもあったので御蔭様で本当に美味しいものを頂く事が出来たし、又その上新たな出雲の立場を理解出来た事は感動でした。
 これらのことは自ら計った事のではなく、「何かに導かれるがごとく」と言った方がぴったり来る。
私のクライアント達も、アロマティシャン・パティシエ・フラワーコーディネーター・司法書士など、どんどん自らの行く道を決めて新たな道を進んで行っている。
こんな幸せな事はない。
私の力だけではこんなに上手く行かないであろう。それ以上の何かが・それこそ導かれているように思う。
 個人的なことですが私は小田和正が大好きで、彼のライブには必ず行く。
今年は初めてアリーナ席で、おまけに目の前に来て2曲歌ってくれた。その歌声に癒され、歌詞に感動し、幸せな一時を味わった。
まだある、12月の私の誕生日に最高のプレゼント「EXILE」のチケットが何とか手に入れることが出来、それも会場・京セラドームのアリーナ席だった。
喜んでいくと、舞台は外野で私の席はホームベースのそば(それくらい遠い)・でも充分だった。
 ところが途中、直ぐそばの鉄塔で何かごそごそしているスタッフたちがいると思いきや、そこに彼らが登場、この電撃サプライズに感激し思わず「タカヒロ!マキダイ!」と叫んでしまった・・・・・・おじさんは少し我に帰りかけたが、そのままとても幸せな時を楽しんだ。
 小生は、来年60歳還暦を迎える。父は33歳の若さでこの世を去った。その父の分まで生きようと思いここまで来た。今はとても幸せである。
父は私の本名「章吉・しょうきち」と名づけた。吉が付く人は、皆偉い人が多い。多分「福沢諭吉」のようなイメージを持っていたのかもしれない。・・・・・・・・でも私は、何か呉服屋の丁稚の様で好きになれなかった。
恩師が、この度出版した「運命は名前で決まる」の本にもあるように”名前は父の祈りである”こういう風に育って欲しい・こういう人間になって欲しいと父の思いが込められていると解った。
 そこで私なりに父の思いを分析をしてみた。
「章吉」と言う字を「立」「早」「士」「口」と分解して解釈出来る。「立」は自立、「早」直ぐに・無駄な動きをせず素早く行動化する。「士」は武士の事であり、勇気有る者・潔い行動・命がけで守る。辞書によれば、男子。特に学問・道徳を修めた男子について言う。弁護士・建築士等。医師・教師ではない。
「口」は語る。分析である。
まさしく、父は分析者として早く自立して欲しいと強く願っていたのではないか。
 60歳は本卦がえりと言って、干支が60年経つと一回りして、元に返ると言われている。60年の人生色々辛く苦しい事もあり、過ぎた人生の中でここと、ここの部分を切り取りたいと思うところもある。でも何に導かれたのかは分からないが、今はとても幸せである。
何者かに導かれたこの人生、分析者として新たに一に返りクライアントと共に「享楽」を目的として生きて行きたいと思う。

金谷精神療法研究所

所長  真理攫取

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2008年12月28日 21:31に投稿されたエントリーのページです。

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