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分析家の独り言 171 (自分が変れば世界が変る)

(以下の文章は、クライアントの了解を得て掲載しています)

あるクライアント、「土地」「家」を手に入れるために一生懸命に生きてきたという。

分析を受けるうち、ふと考えた、「本当に自分は家が欲しかったのだろうか」

母はお念仏のように「家」「家」と言っていた。

しかし、同じ兄弟でも歳の離れた姉には、どうしても家を持たないといけないという考えはない、なぜだろう?

クライアントは自分の記憶を辿り、ある事に行き着いた。

クライアントが10歳頃のこと、母が言った、「今日学校に行って、帰って来たら、家主さんに出て行ってくれと言われて、あんたの持ち物(習字道具や、体操服など)が、路地に放りだされてるかもしれん」と。

「そうなったらどうすんの」と聞いた彼女に、母は「堀川の橋の下にでも行かなしょうがないわな」と言った。

彼女いわく、当時お金に困っていたわけではなく、仮に家主さんに出て行ってくれと言われても、堀川の橋の下に行かなければならないわけではなかった。

お母さんは言うことを聞かない彼女に、こう言えば少しは自分の言うことを聞くだろうと思って言ったのだろうと。

しかし、10歳の子どもにこの言葉は強烈な恐怖とともに、彼女のなかに刻まれた。

それ以後、大きな通りを家の前の細い路地に入ったところから斜め奥に家が見える、その家の前に自分の荷物や家財道具が放り出されていないかを確かめて、それらがないことにホッとして家に入るようになった。

自分の土地を持たない限り、いつ放り出されるかもしれない。

自分の土地があれば、家はなくてもそこを出て行けとは言われない。

雨降りのぬかるみの中でも、傘をさしてでもそこにいられる。

自分の人生は土地を手に入れたところからはじまる、になった。

母に言われた「あんたの持ち物(習字道具や、体操服など)が、路地に放りだされてるかもしれん」の言葉に、自分が想像した状況・情景がくっつく。

これを閉じることのない絵本のようと表現した。

絵本の言葉は母が、絵は自分が書いたと。

この恐怖と戦うために生きてきたと言う。

この恐怖が自分を縛ってきた。

無意識の岩盤に、「土地」「家」があり、それが彼女の人生をつらぬいていた。

それ以外に彼女が歩く道はなかった。

その人生のついでのイベントに、結婚や出産などがあっただけではなかったかと言う。

それら付録をこなしてきたために、生きてきた実感がない。

「土地」「家」の岩盤があるために、人と深くかかわってきていない。

そんなものと関わっていたら、「土地」「家」は持てないし、それ以外のことにかまけている暇はない。

自分は楽しんで生きてきたのだろうか?

捨てたものの大きさを知り、悔しい、と同時に母の恐さを知った。

あんなに「土地」「家」と思わなければ、他に楽しめたことも一杯あったんじゃないか。

「私の人生を返して」と、言いたくなると言う。

自分が「土地」「家」で生きた来たため、他の人もみんな当たり前に欲しいと思っていると決めつけていた。

ならば自分は、ほんとに何をしたかったのか? 何を見て生きて来たのか? いろんな問いが出てくる。

こうして自分を縛っていたものを見つめ、捨てていったら、自分と共にまわりが、人が見えてきた。

今まで見ていたはずの世界が、違って見えてきた。

紅葉の中、夫と車で走りながら、「ちょっとみて、この木きれやわぁ、葉っぱが金色に輝いてるわ」と彼女が言うと、夫は「この木お前が毎日買い物に行くときも見てる木やろ、2~3日でそない変らんで」と言った。

こうして同じ景色でも、見る側が変れば違って見える。

その人の心のフィルターを通して外界を見るため、一人一人見ている現実は違うかもしれない。

今年の初め頃だったろうか、自分を縛っているものをしっかり見ると宣言してから、10ヶ月ほどがたった彼女の語りである。

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2008年12月09日 08:29に投稿されたエントリーのページです。

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