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今月のメッセージ アーカイブ

2008年12月28日

金谷氏今月のメッセージ (平成20年12月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

タイトル 「導かれて」

今年を一文字で表したら「変」と発表された。
 辞書で引いて見ると「異常な出来事、社会的な事件が起こる事、政変や動乱などの発生」「事態が移り変わる事」「普通でない様怪しいさま異常奇妙」「思いがけないさま」とある。
確かに異常な出来事が多かった。良い方に変化していくと言う「変」ならば歓迎だがだんだんと悪い方に向かっている。では、私の今年を文字で表せば「導」と言える。
 年頭は長年の夢であった伊勢神宮への初詣が出来た事だが、しかし宿泊場所を探すのが大変で、ほとんどが宗教団体やツアーが早くから抑えている為、いい所・希望のところは全然なく、ビジネスホテルがかろうじて一つだけ空いていて、何とか確保に至った。
お参りが目的であったから、天梅雨をしのげれば良いと思い決行した旅だったが、想像を絶する最悪の状態、食事と言えばファミレスの方が上等だと思える貧相なもので、部屋は暖房が効かない。その為に、はじめから毛布が一枚余分に置いてあった事が後になって頷ける。
これが嬉しい事に正月料金である。一次的に悔しさと怒りが出てきたが、誰にそれを向ければ良いのかと思った時に、私は今何処にいるのか何をしに来たのか?
贅沢な生活をしているに感謝をしていない、当たり前だと思っているその傲慢さに一撃を加えられた気がした。分析を受ける目的は何か?
 自立した人間になる為である。
普通に言えば「どんな世の中になっても、生きていける強い人間になる」年頭にその厳しさを身をもって教えてもらった。
 そうして挑んだ今年でしたが、しかし現実は裏腹に、徐々にクライアントが増えて昼食をとる暇もなく、朝から夜までぎっしりに成る程求めてこられる事に充実感と喜びを感じ、分析者冥利に尽きると同時に、この仕事を選んでよかったと一人感激した。
大変な年になると覚悟した年頭であったのにどんどん幸せになる。
 他にも、恩師が毎年開催しているインテグレーターサミットに参加した時の事、そこには、同じ様に分析を仕事として始めている仲間が増え、共に参加出来た事に頼もしさと喜びを感じた。
当研究所も、9月に研修会を開催し、その内容と感想を「今月のメッセージ欄」に記したとおり、自ら学んだものを伝えた結果としてそれを目の当たりにして、ここでも感動し喜びを感じた事はそうとおくはない。
 もっとすばらしい事は、10月に出雲大社に参拝できた事。
ここは年頭の伊勢神宮と反対に天候良し、食べるものは、地元の方を伴っての旅でもあったので御蔭様で本当に美味しいものを頂く事が出来たし、又その上新たな出雲の立場を理解出来た事は感動でした。
 これらのことは自ら計った事のではなく、「何かに導かれるがごとく」と言った方がぴったり来る。
私のクライアント達も、アロマティシャン・パティシエ・フラワーコーディネーター・司法書士など、どんどん自らの行く道を決めて新たな道を進んで行っている。
こんな幸せな事はない。
私の力だけではこんなに上手く行かないであろう。それ以上の何かが・それこそ導かれているように思う。
 個人的なことですが私は小田和正が大好きで、彼のライブには必ず行く。
今年は初めてアリーナ席で、おまけに目の前に来て2曲歌ってくれた。その歌声に癒され、歌詞に感動し、幸せな一時を味わった。
まだある、12月の私の誕生日に最高のプレゼント「EXILE」のチケットが何とか手に入れることが出来、それも会場・京セラドームのアリーナ席だった。
喜んでいくと、舞台は外野で私の席はホームベースのそば(それくらい遠い)・でも充分だった。
 ところが途中、直ぐそばの鉄塔で何かごそごそしているスタッフたちがいると思いきや、そこに彼らが登場、この電撃サプライズに感激し思わず「タカヒロ!マキダイ!」と叫んでしまった・・・・・・おじさんは少し我に帰りかけたが、そのままとても幸せな時を楽しんだ。
 小生は、来年60歳還暦を迎える。父は33歳の若さでこの世を去った。その父の分まで生きようと思いここまで来た。今はとても幸せである。
父は私の本名「章吉・しょうきち」と名づけた。吉が付く人は、皆偉い人が多い。多分「福沢諭吉」のようなイメージを持っていたのかもしれない。・・・・・・・・でも私は、何か呉服屋の丁稚の様で好きになれなかった。
恩師が、この度出版した「運命は名前で決まる」の本にもあるように”名前は父の祈りである”こういう風に育って欲しい・こういう人間になって欲しいと父の思いが込められていると解った。
 そこで私なりに父の思いを分析をしてみた。
「章吉」と言う字を「立」「早」「士」「口」と分解して解釈出来る。「立」は自立、「早」直ぐに・無駄な動きをせず素早く行動化する。「士」は武士の事であり、勇気有る者・潔い行動・命がけで守る。辞書によれば、男子。特に学問・道徳を修めた男子について言う。弁護士・建築士等。医師・教師ではない。
「口」は語る。分析である。
まさしく、父は分析者として早く自立して欲しいと強く願っていたのではないか。
 60歳は本卦がえりと言って、干支が60年経つと一回りして、元に返ると言われている。60年の人生色々辛く苦しい事もあり、過ぎた人生の中でここと、ここの部分を切り取りたいと思うところもある。でも何に導かれたのかは分からないが、今はとても幸せである。
何者かに導かれたこの人生、分析者として新たに一に返りクライアントと共に「享楽」を目的として生きて行きたいと思う。

金谷精神療法研究所

所長  真理攫取

2008年11月29日

金谷氏今月のメッセージ (平成20年11月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

テーマ『不屈の者』
今、日本は崩壊しつつある。現在は今までの余力で生きている。
 日々の出来事を見ても理解しがたい不可解な事件が多すぎる。以前にも語ったと思うが、原因は父不在。父弱体化にあると申し上げた。
 ひき逃げでおまけに相手を何キロも引きずった挙句、放置して逃走する。
何故逃げるのか「飲酒運転」である。人の命より飲酒運転で引っかかるのが恐くて逃げる。
自分のした事は自分で認め、潔く詫び償いをする男気のある行動・責任感のある行動をすべき事を父は教えていない。
まず酒を飲んで運転する子供を育てるな!自他共に命を守る人間に育てるべきであろう。
 久々にドキュメンタリーのテレビ番組をみて感動した。
NHK「不屈の者たちへ」というタイトルで物語りは、俳優の大杉蓮のナレーションにより紹介される。 ・・・・・・「父の代からの小さな工務店を引き継ぎ年商30億の建設会社にした社長の事実の物語である。」
「彼は東京の下町・深川で育った。実家は小さな工務店だったが、父は大工の棟梁・腕はたしかであった。しかし気弱で病気がちだった彼はサラリーマンの道を選んだ。
長男だったが高校を出ると大手石油会社の経理マンになり、夜間の大学に通う生活になった。
昭和40年頃から、大手住宅会社がプレハブ住宅を売り出したため、職人仕事では立ち行かなくなり、父の依頼であとを継ぐことになった。
継いだあと、父とは違うやりかたに変え、大手が出来ない事を誠実さと緻密さで、下請け業者の面倒を徹底的にみた。
それから20年、押しも押されぬ地域一番の建設会社になった。平成9年には(父の代から数えて)創業60周年パーティーを招待客300人を集め盛大に行った。
が、パーティーから半年後無責任なデマが飛び交った。
『会社が不渡り手形を出し経営が危ないらしい』と。同業者による悪質な嫌がらせだった。
仕事のキャンセルが相次ぎ資金繰りが悪化し、銀行に融資を頼むもバブル崩壊後、銀行は貸し渋りどころか貸し剥がしに血眼になって融資は結局受けられなかった。
一年以上なんとか頑張ったが、平成10年11月負債総額19億円を抱かえて、東京地裁に自己破産を申し立て事実上倒産した。
彼は逃げる事もなく債権者会議に出席し心から詫びた。『私は逃げも隠れもしません。自宅のマンションにいます。自殺もしません。』と言い切った。
バブル崩壊後、26万の会社が倒産し数百万人が彷徨い自ら命を絶つものは年3万人にも上る状況だったからである。
彼はお金を使う事が出来ないため、苦しい遣り繰りをしていたが、ある日突然てんぷらとお刺身をたづさえた訪問者があった。差し入れだった。その後も何人もの知り合いから差し入れがあった。
奥様は『会社自己破産時の頂き物覚書』ノートをつくり届けてくれた人の名前と品物全てを書き留めた。米・味噌・野菜・洗剤・トイレットペーパー・クリスマスケーキなど、数々。
一番気をつけたのは病気になる事。病院にかかるお金がない・・・然して平成11年1月食べていく為には働かなくてはならない。56歳の彼には、多くの選択肢はない。選んだのはタクシードライバーである。
募集年齢は55歳であったが無理を言って雇ってもらう。しかし現実はそんな簡単なものではなかった。営業は朝8時から翌朝4時半までの20時間半の勤務・一日空けて次の日にと続く。
営業収入は一日約5万円前後、これは東京の平均で全国平均は3万円である。一ヶ月の研修を経て営業が始まったが3万しか稼げなかった。最も辛い事はかつての知人が乗ってくる時で、顔を伏せ小さな声で言葉少なに対応したと語った。
その日々の中、図書館で借りた一冊の本『路傍の石』のその一節に目が止まった。
『人生は死ぬ事じゃない。生きる事だ。自分自身を生かさなくってはいけない。たった一人しかいない自分を、たった一度しかない一生を本当に生かさなかったら、人間、生まれた甲斐がないじゃないか。』
4万足らずの稼ぎ、まだこの仕事に本気で取り組んでいない。数字を上げる事でおれの生き様を証明してみせる。!!まずは平均の5万円を目指す。
そのために東京中の道を覚えなければならない。一番の先生は乗せた客・客が指示する裏道・抜け道を覚え、家に帰って地図で確認・頭に刻み込むの毎日。一年後地図は必要なくなった。
次に始めたのが市場調査。何処に行けば客は確実につかまるか。都内の駅の終電時刻を全て調べ上げ、その時間に行けば必ず客を乗せることが出来た。
大劇場やスタジアムのスケジュールを電話で問い合わせる。終演と共にどっと出てくる客を乗せた。自分だけの穴場を探し、地下鉄の開通やビジネスエリアの開発情報の入手に努めた。
入社6ヶ月で平均の5万円に届き一年後には7万円に達しトップクラスに近づいた。
営業収入アップの分析し、朝は住宅街から駅に行く通勤客をひろいながら、徐々に都心に向かえば無駄がない。駅で待つのは10分まで、行列が長い時は直ちに別のポイントに移る。
朝昼夜、そして深夜と時間での人の動きを読みながら、集めたデーターを駆使しついに何処で客を降ろしても10分以内に次の客を乗せられるノウハウを身に付けた。」
現在は後輩の運転手達に惜しみなくノウハウを伝え育てている。
彼は「どんな困難に至っても絶対に逃げない、一生懸命立ち向かい何が何でも諦めない。」と言う。
戦後の混乱の中、世界の日本に作り上げた時こういう「不屈の者」達が多くいたように思う。
父なる者はどんな困難にも屈する事無く、いつも冷静に知力を発揮し研究しそれを行動化し実践していく。
口ばっかりの総理大臣、粗探しが仕事だと錯覚されている国会議員殿、血と汗の結晶の税金を使い、醜い政権争いを国民不在のまま行うのはいい加減止めて欲しい。
本当に国と国民の幸せのために、男らしく『滅私奉公』の精神で全うして頂く事を心から願います。

金谷精神療法研究所

所長  真理攫取

2008年10月25日

金谷氏今月のメッセージ (平成20年10月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

 インテグレーター(精神分析家)を目指す有志のみで研修旅行を試みた。

 心理学の理論だけを学ぶのではなく、広く見識を持つ為に外の世界に学びを広げたいと思っていた時に出雲出身の私のクライアントの方から「出雲国神仏霊場巡拝」と言うものを紹介してくれた。
 こころの世界を学ぶものとして、古来からある宗教の本質的なものと心理学は共通している点が多々ある。

 霊場は、全部で20番まであるのだが、我々の計画は1泊二日であったので全部は周る事は出来ないので、とりあえず周れる限りで1番から8番まで行く事ができた。
 何気ない思いつきで計画したこの出雲旅行にとても大きなドラマが待っていました。

 恩師と出会って20年、分析を仕事として始めてから12年になり、自信も出来クライアントもそれぞれ自分の道を見つけて、独自に歩み始めている人もいて、何も問題なくとても幸福な人生を獲得した。
 自分の中で何も言うことが無いはず、が、すっきりしない日々が続いていた。この旅行がひょっとしてそれを解決してくれるのではと思い、自分なりに心して向いました。

 まず、晴天で10月なのに暑い日で天候に恵まれすばらしいスタートで幕開け。
 最初に訪れた出雲大社、今は60年に一度の遷宮の時期で仮殿になっていましたが、この一度に巡り合う事が出来た幸運、次の60年は到底無理と思った時、今のこの時に出会えた我身に言い知れぬ喜びを一人感じていた。
 3番に訪れた「一畑薬師」、ここは「目の御薬師様」として全国的に知られている。
 創開は平安時代で、漁師の与市が日本海から引き上げた薬師如来がご本尊としてまつられている。
この与市の母親は目が悪るかったが、目が開いたと言うことと戦国の世に小さな幼児が助かったことから「目のやくし」「子供の無事成長の仏様」として信仰されている。
 私にはどうしても「母の目が開いたら、子供が無事に育つ!」としか聞こえなかった。
 到着した日はここまで。4番目の佐太神社に行く予定だったが、少し疲れ気味だったので次の日朝に行く事にした。これがすごい出会いになる事など分からなかった。

 「佐太神社」「さだ」とは岬の意味で、佐多岬などの地名に見られる。この地を次の日の朝一番に訪れお参りさせて頂きそのまま帰ろうとした時、そこの神職の方に呼び止められ「お急ぎでなければここの説明をさせて下さい」と言ってくださった。

 「ここの神様は人間のように生まれて死んでお墓に入る」と言う面白い表現をする神社なのですが、お寺の様でもある。
 見れば入り口が鳥居ではなくお寺の山門のようになって神仏混淆の築りになっていた。
 そして本殿の後ろには、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の陵墓である比婆山の神陵を遷し祀っている「伊弉冉社」がある。この伊弉冉尊はここに古く伝わるある伝説がある。
 伊弉冉尊は八百萬の神々を誕生させたが、最後に火之迦具土神(ほのかぐつちかみ)と言う火之神を産んだ事により陰部を火傷しこれが元で亡くなってしまった。

 ここが面白い伝説であるが、実は10月に神々が出雲の国に集まってくるのは、亡くなった母である伊弉冉尊に会いに来るのである。10月は命日だからと言う。実に面白い話で神々もやはり母親に対する思慕の念があると言う。

 我々の理論も母親を中心に心も体も作られる。国もそういう事で作られた。命をかけて産み育てていく母親の偉大さがこの伝説になったのではなかろうか。

 次に語られた事は、出雲の神は大和の神に攻め込まれた時、潔く国を譲り自分達は闇の世界を統一して行くと宣言した。大和の神達は、やはり祟りや災いを恐れあの伝説のお社を作らせたと言う。

 ここで感動したのは、明るい表の世界が平和に過ごせるのは闇の世界が安定しているからだと言う。出雲の神々はその表の平和を守らんが為、闇の統一に力を注いだと言う。ここが我々と共通すると思った。

 精神分析は、無意識即ち闇の世界を浄化する役割である。

 自分は分析家になると決めたが、今一つすっきりしなかったのは徹底的にその役割に徹すると言う決定をしていなかった事に気付いた。「生涯分析家」絶対に表舞台に出る事はない。

 幸せになっていく人々を裏から支える「闇の帝王」になり表の世界を平和に明るくする事が自分の役割だと気付かされた。

 まだまだ多くの収穫がありましたが、全てを語るには紙面が足りません。

 ただ言える事は、母の力の偉大さに感服し新めて母子関係の理論を伝えて行かなければいけないと決意し精神分析が今この世界に絶対必要であると言うことです。

金谷精神療法研究所

所長 真理攫取

2008年09月26日

金谷氏今月のメッセージ (平成20年9月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

2008年9月13日に8回目の研修会を開催しました。

 最初は、学ぶ人達の親睦と遊び心を味わう目的で、軽い気持ちからスタートしたものが、早8回目・8年たちました。

自然の中で余裕と癒し優しさを一時だけでも味わえたらと思い、清閑な山の中の施設を好んで求めて行き、毎年すばらしい所に巡り合う事が出来て、又クライアントの皆様からも喜びの言葉を頂き満足しています。
精神分析という形でお会いするのですが、多い方でも1ヶ月4回・週1回で時間にすれば1回1時間のわずか4時間、お伝えし理解していただけるには余りにも少ない時間です。
 子育て中心に分析や勉強会をしてきてどれ程伝わっているのか?

お母さんの報告だけで読み取っていく。それだけでも充分なのですが、やはり家族と直接出会えばより一層顕著に分かる事が多く、色々な事を見せて頂く良い機会でもありました。
まず、子供達は元気で積極的であること。中には初めて会うお友達もいましたが、大人たちが何もしなくても仲良くなって遊ぶ。おもちゃなどの貸し借りなどもスムーズに行っていたし、意地悪く行動する子供が一人もいないことに感動しました。
当研究所の子育ての対応は

  ①子供の要求に対してALL OK である。
  ②その対応も迅速かつ的確であること。
  ③指示命令をしない。
  ④子供の言うことに耳を傾け、良く聴き、何を言っても怒らない。
  ⑤何でも言う事を聴く
  ⑥何時も側にいる。子供に了解なく離れないこと。
  ⑦監視するのではなく、成長していく子供にやさしいまなざしをむける。

 これだけを徹底的にやって頂いています。

その結果として、どのお母さんも子供さんに「これはどうする?」「これは片付けていいの?」「何を飲む?」「ジュースはいるの?」「何を食べるの?」「もうやめてもいい?」等・お母さんの思いを押し付けている人が一人もいなかった事がとても嬉しく感じました。
 世間では、何を子供のご機嫌をとっているのか、何故そこまで奴隷のようにしなければいけないのかと、非難をする人がいますが、何も出来ない何も分からない子供がどうして自分の思いを相手に伝えたり、やりたい事を積極的に出来るようになるのでしょうか。

それは導いてくれるお母さんがいるから出来るのです。

子供は言いたい事があっても、それを言葉に変えて相手に伝えなければいけない。

表現力やボキャブラリーを豊富に持っていないと出来ない事でしょう。はじめからは持っていない。それを母から父から少しずつ日々訓練しながら身に付けて行くものである。
教えるのは大人、やるのは子供である。会社に入社した時、先輩から手取り足取り教わるものでそれは大人同士だからすぐ理解もし出来る事もある。しかし、大人でも教わっても何回も何回も練習しないと出来ない事もある。
それを考えれば子供に大人のようにやらせようとする人は異常者としか思えない。世間では、ご挨拶もきちっと出来て、親の言うことは「はい」と聞く子が良い子だとされている。
我々から見ればどう考えても調教したとしか思えません。それこそ叱責・処罰・威嚇・暴力を使い脅しあげて作ったものだとしか考えられません。そんな世間など「くそくらえ」です。
我がクライアントは、そんな無智な世間の人達の心ない言葉をあびながら、我々の理論に基づき日々努力をしている結果をこんな良い型で見せて頂き、言い続けてきてよかったという喜びと、それぞれのお母さん達には日々の健闘を称え、国民栄誉賞を贈りたい気持ちです。


金谷精神療法研究所

所長  真理攫取

2008年08月29日

金谷氏今月のメッセージ (平成20年8月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

 今の話題と言えば、当然北京オリンピックのことでしょう。

 私が初めて中国の地を踏んだのが昭和51年、当時感じたことは貧しい・汚い・暗いと、日本人である事が有り難いと思ったものでした。

その中国がテレビで北京を映し出すのを見て、ここまで豊かになったんだなぁと感心し感動した。

又その豊かな地で繰り広げられてるオリンピック大会での日本人の戦いぶりとその言動は、分析学の宝庫である。

日本の為にがんばっているのは分るが、成績は別としてモチベーションが間違っている。

 まず、谷亮子選手「田村で金、谷でも金、そしてママでも金」と活躍されましたが、最後のママは銅でした。
これはどう(銅)かな?と言いたい。ママの金は、子供のそばにいて心豊かで世の中のお役に立つ子供を育てる事が「ママの金}ではないのか。
案の定 子供さんは試合中に高熱を出して北京市内の病院に入院した。試合後に「主婦をしたい」と本音がポロリ。
北京前は、合宿続きで家を空ける事も多かったようで佳亮ちゃんにとっては「金よりママ」の方がいいのではないか?

それを証明する様な事が見られた。

 柔道男子66㌔級の内柴正人選手が金メダルを取った時の事、そのコメントとして「親父の仕事を見せた!」と本人は言っていた。が長男 輝〔ひかる〕ちゃんは、試合中お母さんの胸の中でスヤスヤ寝ていた。
金メダルを手に「金を取った!」と叫んでいたが、お母さんに頬摺りをする輝ちゃんが映されていた。
輝ちゃんの「金」はお母さんのホッペでしょう。
金メダルを取る事が父の仕事ではなく、父は家族の見えない所で命がけで働き、家族を守る事にある。妻・子を安心させて安定した家族をを作る事であろう。

 分析学に置いてすばらしい症例を見せてくれたのは、水泳の北島康介選手である。
北京前の出場予選の時、マスコミがスピード社の水着を着けるといい記録が出ると騒ぎ立てた。
その時彼は「水着が泳ぐのではない!泳ぐのはおれだ!」と自分自身がスイマーである事をTシャツにプリントして登場した。
 分析では自分は何者であるかと規定する事にある。
自己規定が出来てない人はメダルを取ることは出来ない。ただ金メダルが欲しいと言う願望を述べてるだけである。私はゴールドメダリストであると規定していないからである。
すべての選手が金を取れるわけではない。ただ世界の壁に実力で挑戦していこうと頑張った結果メダルが取れたと言う事である。

 陸上男子400メートルリレーで銅メダル獲得!日本にとっては金メダルに匹敵するものであろう。
朝原宣治選手は36才で今回で4回目の出場である。彼は高校から陸上を始めてから世界大会でメダルを取った事が無かった。
昨夏の世界選手権大阪大会も5位に終わった。一時は第一線を退く事も考えたが、自分の中に幸向上心が残っている事で北京に来た。シドニー五輪は6位・アテネ五輪は4位と リレーでメダルを取ることは陸上界の悲願であった。
メダル獲得の勝因は流れるようなバトンパスと「朝原さんの花道を飾る」という後輩達の強い思いがあったからだ。

 もっとすごいのは女子ソフトボールである。ピッチャーの上野由岐子選手〔26〕は準決勝のアメリカ戦から3試合連続で完投413球を一人で投げぬいた事。
米国の4大会連続で五輪金メダル独占を阻止した。この諦めず果敢に挑戦し勝利を手にした彼女はすばらしい。

他にもメダル圏内にいて金はダメでも銀か銅かと言われてた人が予選敗退、メダル目前4位でメダルを逃がす。オリンピックは参加する事に意義がある。4位でも世界で4番目なのだから凄いのである。
が、どこか納得いかない。金しか要らないと言っていた野球は上位の韓国・キューバ・アメリカには一度も勝っていない。故障が多くどこか勝ちに行こうと言う気迫が感じられなかった。星野監督自身も大会前にケガをしていた。

日の丸の重圧は我々には分らない程重たいものであろう。しかし、そこを勝ちに行く精神こそが、スポーツマンシップと言うものではないのか。
決して非難をしているではない。自分の立場・自分の役割を自覚しなければならないのではないかと言いたい。

 ラカンの分析は、言葉において自分を規定する。私自身も自分が分析者であると言うことは自分で規定した。これは恩師自身がラカンの精神に基づいた考えから規定しているものである。

自分が分析者であると規定せず、人に決めてもらった人に誰が相談に来るであろう。

北島選手の様におれはスイマーだと規定したように「私は何者だ」、と規定する事を目指して欲しい。自分が何者かも分らず、人や周りに動かされていては、何も得る事はないし、幸せにはなれない。「私は幸せになる」と規定して下さい。

金谷精神療法研究所

所長  真理攫取

2008年07月25日

金谷氏今月のメッセージ (平成20年7月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

 語るにも情け無い事件が起こった。大分県の教員採用汚職事件である。
希代未聞の出来事で、佐伯市立小学校の校長である浅利幾美被告〔52〕は自分の長男と長女の採用に便宜を図って貰うために100万円の商品券を江藤勝由被告〔52〕に渡していた。
江藤被告は、県教委義務教育課参事と言う要職に有り小中学校の教員の採用と昇任人事を一手に担うセクションにいた。
独裁的な組織でその上「保守的」で「前例踏襲」で「閉鎖的」であるが、故に我々庶民には見えにくく分らない世界で監視が出来ない。そういう状態を良い事に贈収賄が平然と行われた。
我々は、教師と言うのは教員採用試験と言う難関を突破して努力と知力によってその地位を獲得したすばらしい人達だと思っていた。
 近年、教師の不祥事のニュースが多くになった。
女の子の着替えを盗撮する・未成年を買春する・・・教師に対して不信感を抱いていた矢先にこの事件である。

これらの事で教師全体を評価するつもりはないが、そんなに大きく違わないと思う。
そもそも教育とは何か?子供達を社会に役立つ人間に育てる為に色々な事柄を教えて行く・決して間違ったことを教えてはならない。
その為には正しいことを教えて行くシステムと正しく教えられる人が必要である。
それが学校であり教師であるはず。社会は約束とルールで成り立っている。
それをしっかりと教えなければいけない立場でありながら、教師としての誇りも無く自らの役割も自覚していない。
不正をして教師になった人が生徒に「カンニングをするな!!」と言えるのだろうか?
 問題は贈収賄だけでなく、それを受け取り便宜を図ったために、実力で合格していたはずの人が落ちていると言うことの事実です。
取り返しがつかない上に事件発覚を恐れ、証拠隠滅を謀った為に繰り上げ合格させることも出来ない。
前述の浅利被告は懲戒免職と言う厳しい処分が下るが、本人の悪事なのだから当然であろう。
しかし、それによって巻き込まれた人達の人生まで償う事は出来ない。
 慶応大学の創立者の「福沢諭吉」は「学問のすすめ」の中で、実語教〔江戸時代に寺子屋で使用していた教科書〕を引用し「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」と言われた。
学んでいると言えば、人一倍学んで来ている筈であろう。
しかし、成果主義ある文科省の点数だけで資格を決められて来た教師は、精神を鍛える事等して来てはいない。
我々が何時も言っている。
教師は、最低3~5年の教育分析を受けた人のみ教師になれると言う制度にすれば良いと。
しかしながら分析を受けたならば教師にならないと・・・結論を出す教師が大半であろうとも言える。
いずれにせよ、早く知力よりも精神力だと言う事に気付いて欲しいものである。

金谷精神療法研究所

所長  真理攫取

2008年07月01日

金谷氏今月のメッセージ (平成20年6月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

とんでもない事件(秋葉原通り魔事件)が起こった。

6月8日(日)歩行者天国で賑わう昼下がり、東京秋葉原で無差別殺人。
7人が死亡、10人の方が重軽傷を負った。犯人は現行犯で逮捕されたが時すでに遅し、大惨事になってしまった。こういう事件が起こると「何故?こんなひどい事をするのか」と誰もが疑問に思う。
しかし、これを明確に解明する人はいない。ワイドショーや新聞などでコメントを発表されている大学教授や犯罪心理学者、皆完璧にはずしている。

ラカンの精神分析は、言葉と行動を見てその根本原因をずばり解明する。
しかしながら世の中と言うものは、有資格者や有名大学の教授と言う何かしらの肩書きのある人のコメントには耳を傾けようとするが、我々の言う事には一切耳を貸そうとはしない。

コメンテーター曰く「逮捕された加藤智大容疑者(25)は自己顕示欲があった」とか、「派遣労働者で不安定な雇用体制から先行きの不安による犯行だろう。」等と語っておられましたが、彼を分析するならば以下のようになる。

彼は親に、特に母親に作られた優等生である。小学校の時に母親が書いた作文で賞をもらい、母親が描いた絵で賞をもらった「作られた優等生」である。中学までは成績がよく有名進学校に入学したとたん成績は中の下、言わば落ちこぼれになったと言っても過言ではない。

今の今まで親が指示・命令し誘導して来たものを急に高校になって、親の学力がついて行けなくなったら見捨てる。自分の力でやったことが無い人間が、自分ので決定し行動することなど出来るわけがない。

「人間は学習したこと以外は出来ないのである。」

おまけに母親は加藤容疑者が脱落すると彼を諦め、弟に力を入れていった。
彼はどう生きていけばいいのか? さ迷い不安定になり誰一人彼の境遇や気持ちを理解してやろうとしなかったのだろう。

彼は自己顕示欲ではなく、あらゆる手段で特にサイトなどを利用し自ら叫んでいたのである。
『俺のことを見てくれ!』『俺を守ってくれ!』『俺を助けてくれ!』と。携帯サイトに細かく犯行予告をしていたのは、「誰かが止めてくれると思った」と後日彼が語った事が証明している。
人間が一番辛く悲しいのは「孤立無援」になる事だ。社会でも「村八分」はきつい。犯罪を犯して刑を受ける一番きついのは「独房」に入れられることだ。
彼は誰からも見捨てられその上、親にも、これでは生きていけるはずがない。

次は「何故あの時あの場所だったのか?」人間はイメージで動く。「あんなことをしたらいけない」頭では分っていた。
それぐらいの知恵はあったであろう。これも後日判明した事であるが、一回で凶行に走ったのではなく、何回か周りを走ってためらっていた。

では何がそうさせるのか?精神が作り上げるイメージである。人間は生まれてから2年ぐらいの間は認識能力も言語理解力・表現力は無いに等しい。
その間はイメージで動いている。感覚で捉えたものを何かしらのイメージを作って、それで行動する。大人には訳が分らず異様に見えるが子供には普通である。
こうして知恵より先にイメージで行動することを身につけているから、知恵を超えるものが発生するとイメージで動いてしまう。

彼は自分の世界を地獄と規定していた。自分の世界を表現するならば天国は要らない。故に歩行者“天国”を抹殺し地獄にしなければならない。犯行直後の光景はまさに地獄絵図のごとくであった。

人間は親に育てられた通りに行動し生きて行く。私もこの場を借りて何度も言い続けているが、子供を育てるのは母親で、教育するのは父親である。母親は子供の要求に「オールOK!」で接し、ただただ与え続ければよい。必要なのは“抱っこ”と“まなざし”である。

我がままになり、自己主張をする子供に育て、後に父親が社会の厳しさ、ルールを論理的に教えて行く。

こうした夫婦の絶妙のコンビネーションによる子育てがこの様な悲惨なことにはならない方法なのである。

最後に手前味噌で申し訳ないですが、私のクライアントがこの事件のニュースを見て「一つ間違えば確実に家もあのようになってた可能性がある。分析を信じひたすら行動してきたおかげで、今は幸せに暮らす事が出来ている。感謝し自らを誉めたい」と。共にそれをみて来た私も本当によくわかります。

この様な言葉を聞くとこの理論を一歩も引かず推し進めてきたことは、正しかったと感じています。

この様な事件を起こす原因は養育の仕方にある事に気付いてほしい。母親が優しく尽くしてくれて、父親が真剣に守ってくれる、そんな家庭からこんな惨い犯罪は起こらないと断言する!

金谷精神療法研究所

所長  真理攫取

2008年05月27日

金谷氏今月のメッセージ 平成20年5月

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)                                        

昨今は、ニュースを見ても殺人事件が報道されない日は無い。
中でも親子が殺し合うのは、我々の理解を越えてしまって痛惜の念に堪えない。
それに又食品の問題であるが『食は生命の源』栄養のあるもの・美味しいものなどを目指し多くの料理人や食品企業が切磋琢磨して作り上げて来た。
そこには老舗が出来上がり、格式と誇りで生きて来た歴史がある。
それが残り物を回して客に出していた事が発覚、老舗のプライドや社会的立場の自覚などどこに行ったのか?
スーパーや食品会社が産地偽装し堂々と売っていた事等、食こそ口に入る物・生命にかかわる重大な問題である。
我々は全面的に信じて購入してきた。この裏切りは大きい。今や何を信じて何処から・誰から買い入れればいいのか?
何を信じて料理屋で食事をすればいいのか?
 又信じられないと言えば、政府にしても自民党・民主党にしても何を信じて付いて行けばいいのか?
ガソリンが上がるや下がる。「道路を作る必要がある」とか「そんなものはいらない」とか
その上役人などは国民が汗水たらして稼いだ収入の中から支払われた血の滲み出る税金を訳の分らない使い方をしたり、個人の懐に入れたり、役人は何をしているのか。
『滅私奉公』の精神は代々受け継がれていないのか。
我々国民は、何を信じてどう生きていけばいいのか。
もう他人に任せて生きていく時代では無くなったのではないか。
意識改革と言うなら、我々も意識改革をしなければならないのかも知れない。
江戸時代に大岡越前守忠相と言う『名奉行』がおられ、彼は八代将軍吉宗の下で享保の改革に携わり多くの功績を残している。
その大岡忠相にも、若き日の苦悩の時代があった事はあまり知られてはいない。
10歳の時養子に出され兄が無実の罪で遠島という刑を受けたり、従兄が上役を殺害し大岡一族は閉門になってしまった。
23歳の時養父・実父とその上に自身の子供である長男長女が相次いで病死し、そして追い討ちをかけるように妻も亡くなってしまった。
しかし、41歳の時将軍吉宗に登用され南町奉行に就任した彼は、若き日の苦しい体験から学んだ事を生かし悪政を改革していった。

兄たちの所行で閉門の憂き目にあったことから、連座制を廃止し、冤罪を防止する為に拷問の禁止と目明しの粛正を行った。
そして目安箱からの訴えを目に留め貧しい人も医療を受けられる『小石川養生所』を設置した。
これについては妻子を病死させた体験上、ことのほか力を注いだと言われている。
そして現在の消防の基になっている『町火消し』は、いろは・四十七組〔後には四十八組〕で町奉行の管理の元に活動していた。

又、1732年西国の大飢饉で90万人が死亡した事から、青木昆陽を登用し飢饉に強い薩摩芋栽培を奨励した。
大岡忠相は、町火消しの設置や薩摩芋栽培などは市民に対して、今まで事が起きればお上が何とかしてくれるという他力本願的な市民の意識を「自分達で出来ることは自分達の力でさせる」と言う意識改革を行ったのである。

“歴史に学ぶ”という事がある。“小石川養生所を作って貧しい人々にも医療が受けられる”
それに引き換え、議員の方々・大臣殿、弱者の老人から金を取るなどと言う考えは何処から来たのか。
先人の良き所は是非学んで欲しい。享保の改革のように悪政を正し弱者を救済すると言う改革をしていただきたい。
我々も自分の出来ることは自分達の手でやっていかなければならない。
政府・役人等に頼らずとも自らの力で自らを守ることを考えて行く“意識改革”をしなければならない所に来てるのかもしれない。

金谷精神療法研究所

所長  真理攫取

2008年04月26日

金谷氏今月のメッセージ 平成20年4月

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

日本最古の文献「古事記」と言う歴史書がある。

昔は、文字を読み書きすると言うことは、ほんの一握りの人だけしか出来なかった。

歴史はほとんどが言い伝えで、それぞれが自分たちの都合の良いように作り上げている物がほとんどである。

それを壬甲の乱に勝利した天武天皇が国史の編修に着手され、勅命によりこれまで混乱していた言い伝え等を一つにまとめ、天皇中心とする日本統一の由来を正しいも

のにしてあげた。

これに携わったものは、稗田阿礼(ひえだのあれ)であり、この人は記憶力がずば抜けていてすべての歴史を語れる人であった。

その後一時編修が中断されていたが、元明天皇の勅命により太安万侶(おおのやすまろ)が撰録し、712年に献上された。

上・中・下の三巻で、天地開闢から推古天皇までの記事が納められている。

驚いたのは、稗田阿礼が記憶していた物を語り、それを太安万侶が書き留めていくと言う作業工程により作り上げたと聞き甘心した。

ただ文字が統一されていない時代なので、中国伝来の漢文方式やら・例えば「芽出度」(めでたし)の様な当て字等が混合して書かれている。

何故、今「古事記」を取り上げたのか・・・・

我々が目指しているラカンは「語る言葉」と「書く言葉」と言う表現を使い、精神分析は「語る」事を中心に行う。

分っている事・終わっている事はすんなりと語れる。しかし、我々は語れない部分に着目し何故語る事が出来ないのかを分析する。

なぜ語れないのかは、養育者によって書き込まれていて「刻印」されているからである。


稗田阿礼のように確実に語ってくれた事が書き込まれていればいいのだが、言葉も文字も知らない時代(幼少期)に書き込まれているが故に、当て字を解明していくがご

とく分解していかなければ理解できない。

書き込まれた文字の意味とか音の響きとかと言うものを本人自身に聞いてみなければならない。

それを分析では「連想」という。フロイトが発見した方法でせまっていく。

語られた物は書き込んであるが故に分りにくいし、解明に時間がかかる。

例えば「お前は何も出来ない」と語られたとする。それを書くのには「私は無能者で役立たず」と変ってしまう。

分析者は、クライアントが「私は無能者で役立たず」と書き込まれたと表現するが、そのままの言葉では決して言われてはいない。

親は叱咤激励するつもりでわが子に「あの子に負けている・なさけない・がんばりなさい」と言う。

しかし、それを言われた子供は「自分はあの子より劣っているダメな人間だ」と受け取ってしまう。

 古事記の様に後世に正しく伝えようと語る言葉を正しく書き込んで行った二人の偉人の様に、人間は正しく心に刻むことが出来たなら破綻するようなことはない。

光母子殺傷事件で犯行当時18才だった元会社員(27)の彼は、弁明するに「甘えようとして誤ってしなせてしまい、生き返らせようと強姦した・・・」

殺した後押入れに入れたのは「ドラえもんがなんとかしてくれると思った」等・どういう風に書き込まれたらこんな事が法廷で堂々と述べられるのか。

それを許した弁護士団も死刑反対という事は理解できるものの、こんな低俗な発言をさせて罪を軽減させようとした軽率な行動に、言葉で人を救う仕事に自覚と誇りはある

のかと問いたい。

金谷精神療法研究所

所長  真理攫取

2008年04月24日

金谷氏今月のメッセージ 平成20年3月

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

最近、「うつ病」と診断されてその診断に不信感を抱き、当研究所を訪れる人が目立つようになった。

先月来られた方は、子供に悩み相談する人も無く一人苦しんでいて、精神状態がおかしいと感じ心療内科を訪ねた所、話を5分程度聞きすぐに「うつ病」ですと診断されて、薬を処方された。

が、何かしっくり来なく、主人に相談したところカウンセリングの方がいいのではとアドバイスをもらって、当研究所に来所された。

話を聞けば簡単な事で、子育ての方法が分らず子供が示す行動の意味が分らずパニックになり、だんだんと自分が母親として失格なのではと、無力感と失望感に苛まれ

「育児ノイローゼ」に陥ってしまっただけである。

その絶望的な状態を見て医師は、判断したのであろう。

これは薬の出番ではない。「子育てとは」「母親の役割とは」と言う事を学び訓練し習熟すれば、簡単に乗り越えられる事である。

いつも相談に来られた方に申し上げているのですが、車の免許を取得する為に「自動車学校」がある。

一つ間違えれば人の命を奪ってしまう危険なものであるから、校内を走り、路上に出て実地訓練し見極めをし最後にテストをしてはじめて一人で車を運転することが出来る。

子育てにおいて、母になると言うことはいつ学びいつ訓練したしたのか?

何もしていないし、学んでいない。一人の人間を育てるのに学習もせず訓練もしないで出来るわけがない。

悩み苦しみ悲鳴を上げて当たり前である。その状態こそ正常であると言いたい。

産んで育ててもらった親を殺す。こういう事が起こっても当たり前ではないだろうか?

社会に役立つ一人前の人間に育てるのに自信を持っている人は、はたして何人いるであろうか?

本当に間違いないと言い切れるでしょうか?

我が恩師は“命の尊さ”を教えるのにはどうすれば良いか?の問いに即座に

「まなざしと抱っこ」と答える。


いつも暖かく見守られている。いつも安心出来る、抱擁してもらっている子供が間違った道に行くだろうか。

相談に来られるお母さんを分析していて強く感じる事は、子供にするどころか自分が抱きしめてもらいたくて、自分がいつも見ていて欲しい人であると。

故に私は、お母さんのお母さんがご健在であるならば、必ずお母さんの元に戻しあなたも甘えて下さいと指導する。

今更と言いつつも甘えに行かない人は一人もいない。

法則は「人間は学んだことしか出来ない」「自分が充分な愛情を受けて、安心出来る環境の中で育てられなければ、正しい安心出来る充分な子育ては出来ない」と言い切れる。

子育てに悩み、精神状態が不安定になっているお母さん、病院には答えはありません!!。

金谷精神療法研究所

所長  真理攫取

2008年02月26日

金谷氏今月のメッセージ 平成20年2月

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

 毎日テレビで毎週土曜日に放映されている「ナオミ知っとこ」と言う番組の中で「子供の味方」と言うコーナーがある。
内容は、4才から8才位までの子供が自分の出来ない事にチャレンジしたり、誰かにプレゼントしたりするのを、自分の力だけでやり遂げるという企画になっている。
自分の苦手なものを克服して行く姿を見ると、思わず手を握り締め「ガンバレ」と叫びたくなる。

 特に印象に残っているのは、昨年放映されたもので、跳び箱が飛べない小学一年生の男の子・三段が飛びたいと挑戦する。
オリンピック選手を育てたジムの先生にマンツーマンで教えてもらうが、中々飛べない。
涙を流しながら一生懸命挑戦し続ける姿に涙してしまった。朝からやり続け昼の休憩になり、お母さんが作った弁当を食べるのだが、蓋を開けたらその中にはなんと・・・・激励の文字をおかずとのりで書いていた。
思わず、すばらしい母親だと感動した。その弁当を食べた少年は午後から一段とがんばり、みごと三段を飛べることが出来ました。
 しかし、これはここでは終わらなかった。ここのトレーナーはオリンピック選手を育てた人である。
この機に4段に挑戦するとそれを軽々と飛んだ、自信を得た少年は5段へと・・これもまたクリアーし6段へと、小学校高学年でも難しい段数、少年は何度も挑戦しぎりぎりではあったが飛ぶことが出来た。
スタジオにいた人達もみな感動の涙で少年を称えた。
 子供は大人が考えるよりすばらしい能力を持っている。それを大人の勝手な判断で出来るわけがない・そんなことをしても無駄と子供の才能を潰してしまっていることが多い。
この番組を見るに付け子供はすばらしいと気付かされる。
 私のクライアントの子供さんも、理論で親の考えで育てるのではなく子供の才能を見抜き、その子供が表現するがままにやらせて見るという育て方をしている。
必要な物は与え続ける。その結果必ず子供さんは、その答えを見事に現す。
数多い中から勉強になったエピソードを一つ紹介します。
身体に問題をかかえその相談に来られた。
  「Tちゃん」相談に来ると同時に登園を渋り始めた。例のごとく指示は、「無理に登園しなくても良い」お母さんのそばで一緒に遊んでくださいと。
しばらくはお母さんと遊んでいましたが友達と遊べないことが辛くなり、園に行きたい・しかし行けない!!次に指示した事は、お母さんと一緒に登園する。これで元気よく登園出来るようになった。
でもこれでは園が困る。何とか引き離そうとしてくるのをじっとこらえ、それがだめだと言われるなら園をやめるとまで決心してこの方法をやり続けた所、一人でも行けるようになった。

私としては、でも少し疑問が残った。あまりにも早く一人立ちしていること。
それを見事に今年に入ってから「Tちゃん」が表現してくれました。ある夜寝る時にポツンと
「お母さん、僕が一生懸命ガンバッテ行っているの分ってる?」「僕が園に行ったらお母さんうれしいやろ!」衝撃的とも言えるこの発言に、お母さんは響きました。
私も衝撃でした。5才の子供は何も考えず親の苦労も分らず幼稚園に行きたくないとは何事だと、なさけない、甘えるなと親は言いたくなる。
しかし、子供は親の気持ちを汲んで一人ガンバッテいた。あらためて子供は子供なりに考えて生きているのだと思いました。
今は、「行きたくなければ行かなくていいよ」とお母さんが伝えたら、自分でいっぱいいっぱいになった時「休むわ」と言って休み、行きたいと思って行けば十分に楽しんで、有意義に過ごしている。
「Tちゃん」も今年は小学校一年生、学校見学に行き登校することにかわいい夢を描いているようです。

金谷精神療法研究所

インテグレーター 真理攫取(金谷章吉)

2008年01月25日

金谷氏今月のメッセージ 平成20年1月

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

年が明けて2008年になりました。

「心理学」と言う学問に出会って20年が過ぎました。
波乱万丈、激動の日々を過ごしてきましたが振り返った時、この20年間が人生の中で最高に学べた時期だと思います。
人間にはまったくと言っていいほど自分の知らない世界がある。
そしてその世界にこそ、悩み苦しみの原因が存在しているその精神世界を知ることが出来たのは、この上ないしあわせです。
今や知って行くと同時に伝えて行くと言う立場も味わいながら、共に心の世界を解明して行く「精神分析」が出来るまでになり、生きている事の喜びと、成長していくすばらしい子供達を見ることもこの上なく幸せだと感じています。
 年が変っても相変わらず、親が子供を殺したり、逆に子供が親を殺すと言う何とも哀しい世界を見なければいけないのは、実に不幸です。
 私達は、15年も前からこの原因を叫び続けていますが、残念なことにご理解頂けず分かっていただける人が私のクライアント以外にいないと言う事は、無念であります。
しかし、私達は諦めることなくこの「ラカンの精神分析と理論」を伝えて行く事は、一生の仕事として、やり続けて行く決意をしています。

精神分析は世間では、ほとんど知られていない。又は説明しても理解していただけない。
理解していただけない大きな理由は「心は見えない」からです。
 心理学は見えない心を言葉で説明する学問で、解ると言う事は頭でするのではなく、解ったと感じるものである。
感じて解った事を言葉にした時、霧が晴れたようにすっきり軽くなるのは、味わった者だけにしか分らない。
 20年前の自分を言葉にしたら「傲慢で無智・強欲・自分さえ良ければ他人はどうでもいい」と自分の考えや意見中心に生きていた。
この心理学・分析に出会ってなければとんでもない人間になっていたであろう。
その私に分析は教えてくれました。何物にもこだわる事無く大きな広い心で物事を捉え、良い悪いではなく、何が自分に必要か、何が益になるかを見極め、自分の物にしていく
それも自分だけではなく、他人も同じ人間であるので自分と同じく尊重するのであると知り得た。
この言葉を表したものがインテグレーターネームであり、これは世間で言う所のカウンセラー・サイコセラピスト・臨床心理士と呼ばれているのと同じで、我が恩師が現した資格である。
どれも国家資格ではない民間団体が独自で名乗っているもので何の効力も無い。
しかし、我々が使っているインテグレーターネームは資格と言うものには拘らず、精神分析が出来るか否かを見極める事を重視する、それは自らの精神が統合されていないと出来ないからです。
すなわち「統合者」でなければ分析は出来ない。その意味で「インテグレーター」を資格として使っています。
 昨年までは、過去に知り得た自分を現す「諸法皆空」と名乗っていたが、昨年私の父の言葉「真実一路」に出会った。私は父を越えるべくこの言葉を越える言語を得た。
その言葉とは、「真理攫取・しんりかくしゅ」=真理をつかみとる。
わが道はこれだと確信してこれを今年より私のインテグレーターネームにしました。
父は手記で「その親の親の親にも似る無かれ」と残していたが、その意味は、親を越える人間になれと言う父の私への願いであったことが分った。
33歳と言う若さでこの世を去ってしまった父の為にも「真理攫取」で生き抜いて行きたいと意を強くしたしだいです。

金谷精神療法研究所

インテグレーター 真理攫取(金谷章吉)

2007年12月26日

金谷氏今月のメッセージ 平成19年12月

2007年の世相を表す「今年の漢字」に「偽」が選ばれた。
人間が食べる食品を産地や賞味期限を改ざんしたり、
汗水たらして働いた賃金の中から支払った税金を私的に使う国会議員、
自分の将来の為に国に預けていた年金をわけの分からないようにしてしまった役人、
教育をして行かなければならない立場の教師が、女子の着替えを20年間に渡り盗撮していたり、
取り締まらなければいけない警察官が、飲酒運転をし隠蔽工作したりと何を信じて行けば良いのか?
それも社会に認められた立場にある人とか、昔ながらの老舗が偽装工作したりと、
シェークスピアの悲劇「ジュリアス・シーザー」の中でカエサルが暗殺される時、自分を殺しに来た一味の中に信頼していたブルータスを見つけて発した言葉「ブルータスお前もか!!」と
本当にそう叫びたくなる。誰も何も信じることが出来ない。
 フロイトは人間が生きて行くために必要なものは「信頼」「愛情」であるといった。
中でも信頼を「基本的信頼」と呼び、生まれて直ぐの母子関係の授乳の行動から形成していくものであると精神発達論で述べている。
求めていく母を信じ、与える母は子供を絶対裏切らない。
そんな簡単な行動でしっかりした信頼が作れるのに、今の母親は「与える」ことより「押し付ける」事しか出来ない。
充分な対応が出来ない為に信頼が身に付いていないように思う。
 人間はしてもらっていない事はして返すことは出来ない。学んだ事以外は出来ないようになっている。
中国の戦国時代の思想家・荀子(ジュンシ)は「人乃性悪 其善者偽也」=人の本性は元々悪で善の行為が出来るようになるには教育・修養により後天的なものによるのだと言う性悪説を唱えた。
精神分析では、人間元々は認識能力や表現力がない真白なものであり、神様から与えられ本来持っているものは「摂取」という「対象から摂り入れる」と言うこと事しか出来ないので、対象である母親が与え続けることにより、自然に摂り入れ身に付けて行くものであると規定する。
お釈迦様が提唱する因果の法則「善因善果」=善なる行為を続ければ善なる結果が得られる。
母親が快楽・満足を与えると言う行為行動から、子供に得られるものは自然に出来る善行である。

 子供の教育を学歴・資格に偏らず心を育てると言う事に気付いて欲しい。
「偽」と言う字は「人」と「為」に分かれる。
為はしわざ・ためにの意で、人を加える事で「人のしわざ」転じて「いつわり」と解する。
が、そうではなく悪なるものも人の為になる様に変える努力をしなさいと言っているように思う。

金谷精神療法研究所

インテグレーター 諸法皆空(金谷章吉)

2007年11月27日

金谷氏今月のメッセージ 平成19年11月分

当研究所に相談に来られる人は、子供の不登校や引きこもり、本人ならば”うつ状態”や人間関係の悩み、子育て不安などと現実的に頭で考えても分からない。
何故こうなるのか? そこには見えない世界・自分自身も知らない世界に答えがある。
しかし、こちらが「この場所に問題があります」と提示しても、自分の思考する中になければ信じようとしない。
「でも先生こうじゃないのですか」「しかし、それが原因ですか」等と反論する。自分の考えで行動して来て行き詰まり、どうしていいのか分からず相談に来ているにもかかわらず、抵抗する。
これは、自分自身に自信が無く何も出来ない事を知っていて、なおかつ自己否定感を持っていて、自分はダメだと思っている。
それを明らかにされたくない。その反動で強がっているだけである。自分は何も知らない何も出来ない人間であると認める勇気がないのである。
元々親に厳しく育てられ、何もさせて貰っていない。承認と賞賛の無い環境で育っている為、自分のする事に自信が無い人になっている。
 精神分析は、それは他者(養育者/主に母)によって作られた者で、本当の自分ではない事を明らかにする。
何もやらせてもらえず、親の指示・命令で動いていた自分が ”自らの思いで自らが動き出す”やったことの無い行動をして行かなければならない所に難しさがある。
過去の自分と戦いながら未来に向って行く、非常に難関であり時間も年単位でやらなければならない。
しかし、あきらめずやり続ければ必ず光明は見え、いつしか変容するのである。
この前、ある本に出会った。宮本延春氏の「オール1の落ちこぼれ、教師になる」という本である。
 彼は中学生の時、成績が全科目1であった。卒業の時・わずか技術と音楽が2になっただけ。
学力といえば国語の漢字は自分の名前が書けるだけ・数学は九九が二の段までしか言えず、英語はbookしか書けないと言う状態であった。
しかし、不思議なことにテレビで見たアインシュタイン博士の「相対性理論」を解説したフィクションを見て、物理学を勉強したいと言う目的が出来た。これに向って奇跡と言うべき怒涛の進撃を開始するのである。
小学生3年生のドリルを独学でやり始め、24歳で定時制高校(私立豊川高校)に入学、この時先生をも動かし特別に補習をしてもらい、勤め先の渋山建設の社長と専務に多大なる協力と支援をしてもらい、大学に行くための勉強をした。
何故そこまでしなければならないのか?16歳で母をなくし18歳で父をなくし経済的には一人でやらなければいけない。
私立に行く資金は無いので国立を目指さなければならない。そして多くの人の支えと本人の努力で27歳の時名古屋大学・現役合格をしたのである。(後に36歳で豊川高校の教師になる。)
 分析は目的を明確に言語化し、それに向って何をすべきかと都度、言葉にし行動して行けば、思ったとおりの自分になれるといい続けている。
この宮本氏の結果を見た時に、我々が叫び続けてたことを証明されたと感動し、又意を強くして叫び続けるようと新たな決意が出来た。ちなみに彼は生徒に言っている事は「出来ないと諦めない!」
当研究所の信条「絶対あきらめない」と一致した事も感動であった。

金谷精神療法研究所

インテグレーター 諸法皆空(金谷章吉)

2007年10月25日

金谷氏今月のメッセージ 平成19年10月分

スポーツはルールに基づき正々堂々と戦って、一位を目指したり記録に挑戦したりするものである。その頂点に立つまでは並々ならぬ練習と訓練が必要である。
その為には体力はもとよりどんなに苦しくても辛くても、あきらめない不屈の精神が必要であろう。
たとえ鍛え上げて体力も技術も修得出来て戦える状態であっても未だ充分でではない。
当日勝たねばならないと言うプレッシャーとの戦いが待っている。これらのものすべて克服して始めて勝者になれる。
 われわれはこの栄光の勝利の瞬間しかみていない。勝者の影の努力が見えないし分からない。
その為にその努力を見ないで栄光の姿のみに憧れる。
そしてその栄光を掴み取ることだけに執念を燃やし、どんな手を使ってでも勝つことだけが目的になってしまっている。
薬を使用して金メダルを取り、結果すべて記録と共にメダルも剥奪されてしまった。
残ったものは不名誉な行為だけ、勝者になることを夢に見て日々練習に励み、スポーツマンシップに則り戦い勝ち取ると言うスポーツの醍醐味は消えてしまっている。
 先日行われたボクシングWBCフライ級タイトルマッチ 王者=内藤大助33歳、挑戦者=亀田大毅18歳の試合は前代未聞の反則行為があり、最終ラウンド12回にはレスリング行為とみなされ3点減点されるという不名誉な事実。
以前に飲酒運転の罰則を強化しても無駄ということをメッセージに記載したことがあるが
ルールを守るという人はトイレット・トレーニングが出来てる人で、超自我が正しく内在化している人、すなわち母親の愛情をたっぷり味わって、父親がしっかり教育している人でないと守れない。
亀田親子を見れば母親がいなくて恐い厳しい父親に育てられている為、見せ掛けの男らしさを表に出し我儘無礼な態度をする。
父親自体が、内藤選手を「ごきぶり」呼ばわりし大毅選手は先輩に対して敬意を示すどころか「おまえに負けたら切腹したるわ」と大見得を切った。
しかし、結果実力差は歴然、大敗に終わった。おまけに反則はする・負けても相手を称えると言うこともせず退散してしまった。
お詫びの記者会見をしたが、誰が見ても反省しているようには見えない。
当の本人は試合前の会見の態度とは打って変わった死人のような状態で、一言も発せず僅か数分で退席とは、スポーツマンシップはどこにあるのか。
 反面ゴルフ界の石川遼君は残念ながら2回連続予選落ちと言う試練を味わったが、堂々と記者会見で「自分の力が不足していること」を認め反省の弁を述べ、次回の決意を語った。
大毅選手よりも2歳も若い、この違いはどこにあるのか。遼くんは母親が応援し父親が教育したからであろうと思う。母親の役割・父親の役割の間違いがここまで影響しているのだと言いたい。

金谷精神療法研究所

インテグレーター 諸法皆空(金谷章吉)

2007年09月27日

金谷氏今月のメッセージ 平成19年9月分

「HERO]が映画化された。
 主人公である検事役の久利生公平は、きっちりとまじめなイメージの検事を破天荒でザックバランな、どこにでもいそうな人間に作り上げている。
彼は若き時犯罪を犯し大検を受けて資格を取った。
決してエリートコースを歩んで検事になったのではない。
しかし、一旦仕事になれば通り一遍の捜査ではなく、徹底的に真実を追い求めていく。
相手がどんな人間であろうとも手心を加えない、平等に公平に判断し事実を正しく解明し起訴する。
そのすっきりとした英断の愾味好さに木村拓哉さんの演技力も加わり、見るものに感動を与え爽快感を覚える。
 今政界が揺れ動いている。突然の首相の辞任、原因は年金問題と閣僚の不祥事などの問題で心労が重なり体調を崩された為にと。
しかし、我々国民が選んだ国会議員がこんなにいい加減なことをしているのかと、憤懣やる方ない思いである。
自分自身がどういう立場にいて、何をする為に議員になっているのかという自覚が無い。
野党も不祥事を暴露して鬼の首を取ったがごとく、大きな顔をしているが我々国民には何も役に立っていない。
この国を国際社会の中でどう生きていくのか?どうしなければならないのか何も論じ合っていない。
われわれはこんな人達にしか国政を任せることが出来ないのか、と情けなく感じ不安を覚えるのは私だけだろうか?
「HERO]は人間、学歴や・名誉で価値が決まるのではない。自分の立場をわきまえ、自分の役割を自覚し何をすべきかを考え、どう生きて行くのかと言う事を「久利生公平」は教えている。
検事の胸にあるバッジは「秋霜烈日」を現している。
秋霜とは冷たく厳しい事、烈日は激しく照りつける太陽の事。
厳しい立場にあると自覚する意味のものである。
議員の方々に再度自覚をし、学んで欲しいものである。

平成19年9月25日

金谷精神療法研究所

インテグレーター 諸法皆空(金谷章吉)

2007年08月27日

今月のメッセージ平成19年8月分

以下、金谷精神療法研究所 所長 インテグレーター 諸法皆空(金谷章吉) のHPに掲載されている今月のメッセージです。

所長の一言として書き続けて来た事の多くは「父親の役割」と「言葉の大切さ」である。
ラカンの分析は「父の名」と言い、言葉の重要性を主張する。
世の中を分別しているのは「言語」である。
父は挙骨を振る舞い子供を教育する事もあるが、そこにはその理由を言葉で明確に説明し納得させるそれこそが「父の力」である。
先日放映されたテレビ番組「はだしのゲン」の中にその父親像を見た。
そこに画かれていた父親像は、戦争と言う馬鹿げた事に真っ向から反対し、如何なる弾圧にも屈することなく、自分の信念を貫き、子供には間違ったことを言ったり・したりしたならば、真剣に怒り,善い事には心から喜び誉める、どんな危機・苦難にあっても「生きろ、生きるのだ」と叫び続ける。
その姿に男の力強さ・父親の偉大さを感じた。
堂々と自分の信念を貫き、何があってもそれを曲げない不屈の精神、これを表現し子供に伝えていくのが男としての父親の役目だと。
男と言えば、相撲界の横綱「朝青龍」の話題で賑わしている毎日です。
相撲は「相撲道」といい国技であると、しかし、日本国政府が正式に認めているものではない。
では、何故国技?それは、相撲の中で行われているものが、日本の伝統精神と同じであるからなのです。
まず、裸で両手を広げ、高く指し上げて裏返す、何も武器を持ってないと示し、正々堂々と自らの力だけで戦いますと宣言し身体も曝して勝負をする。
逃げも隠れもしない、正面からぶつかり合う堂々とした真剣勝負であり、正義の姿を表している。
横綱はその頂点に立ち、それを自らが先んじて表現し模範となる立場にある。又土俵入りと言う特別の役割がある。
邪気を懲らしめ邪悪を取り除くと言う意味を持つ神事である。両手を打ち捻り潰す行為や足を高く上げ力強く地面を踏みしめる行為が、邪悪退治している姿である。
そういう立場にあるはずなのに自分のした事を認めず、反省もせず、それどころか心の病「解離性障害」と証しと、病に逃げ込もうとしている。どうしても病というならば「逃避性寡黙障害」というべき病名であろう。
日本のしきたりだから知らなかった、モンゴル人だから?ふざけてはいけない。
巡業には出られないと言う診断書を提出し元気よくサッカーをしている事が、善い事か悪いことか外国の人には解らない?それはモンゴルの人を含め他国の人達を馬鹿にしていることにならないのか?
しかし、朝青龍一人を責めるのではなく、相撲界の人々も横綱を決める時に二場所連続優勝と言う条件よりも、いかに国技に相応しい精神が備わっているかを重点的に見極めて決定すべきだと思う。
もし、男ならば本当の横綱ならば堂々と人々の前に出て来て言葉で説明していただきたい。
平成19年8月25日

金谷精神療法研究所

インテグレーター 諸法皆空(金谷章吉)

2007年08月05日

今月のメッセージ平成19年7月分

当研究所は「ラカンの精神分析で治療します」と言っています。
問い合わせが来ると「精神分析で治療するとは、どんな方法ですか?」と尋ねられる。
「言葉を使ってするのです。」と答えると
「そうですか?」と言って電話は切れる。
そんなもので直るはずなどないと勝手に判断してるのでしょう。
「又、連絡します。」と最後に付け加えられるが、連絡が来たことはない。
人間にとって「言葉」は大切なものである。
しかし、日常生活において言葉が大事だと、どれだけの人が自覚しながら使っているだろうか?よく考えてみて下さい。
我々は産まれた時は、言葉はしゃべれない。言葉の意味もわからない。
言葉と言うものが存在していることすら知らずにこの世に出てきてる。
いつ言葉を言葉と認識し、使うようになったのか覚えていない。
気付けばしゃべれるようになっていた。
 国を動かしていく重要な立場にある人間が、次々と失言をしそのたびに追及され訂正し詫びる。
それでも許されず、引責辞任をしなければならない破目になる。
言わば言葉は、自分の人生を変えてしまう程大事なものではないか。
やっと手にした大臣の職、たった一言でやめなければならない。
 言葉で人生が変わると言えば、言葉があって言葉が影響して苦しむのだが、「うつ病」と言われる人は反対に、言葉が見つからず自らの状態を、言葉で説明出来ない事が病になっている。
この病に侵される人たちは知的レベルが高く、社会で活躍していた人に多く見られる。
何故か?知的レベルが高い為に普通は考えない所まで考え、そこに問いかけてしまう。
社会で活躍していた人は、此処でよいと言ういい加減なところでは妥協しないし、出来ない、
どこまでも自分を追い詰めてしまい答えの無いところまで行って、苦しんでいる。
治療は、その問いかけに「言葉で答える」だけである。それも自分で見つけて行く。
私は、そのお手伝いをするだけである。言葉の有効性を知り、それを自分でコントロール出来れば"自ず”と立ち上がれる。
薬では治らない。人間の人生を破綻させるだけの力の言葉ならば《人生を成功させる言葉がある。》
皆さんもあるでしょう。人からもらった大事な一言!とか座右の銘などで人生が変わり幸せな生活が送れている。
当研究所は「絶対にあきらめない」「継続は力なり」です。

金谷精神療法研究所

インテグレーター 諸法皆空(金谷章吉)

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