あるクライアントの小学生の子どもさんが、不登校している。
私は24時間体制に入ったのだから、しっかり世話しましょうという。
24時間体制とは、0歳児に戻った状態。
だから、寝るも、食べるも、お風呂に入る、遊ぶ、全て母親と一緒にして、母親が世話をする。
肉体の年齢に関係なく、精神的な成長が未発達であるため、欠けたところからやり直し、埋めてく。
これを『育て直し』という。
母親の庇護のもと、何を言っても、何をしても受けいられ、母親との間に基本的信頼を築いていく。
これはフロイトがいった、口唇期の発達課題である。
呼べばすぐ母がきてくれ、不快であったものを快に変えてくれる。
ほぼ良い母による適切な世話と愛情をうけ、子どもは生き返る。
その中で、学校の問題とぶち当たることがある。
学校にいないで、家でゆっくりしている子どもは当然この時期勉強をしない。
それももちろんOKで、「勉強しなさい」などとは言わない。(0歳の赤ちゃんに勉強しなさいといわないのと同じ)
ところが、学校は放っておいてくれないことがある。
授業の時間をわざわざ使い、休んでいる子どもに手紙を書かせたりする。
子どもたちは、学校に来られない子どもを心配し、「早く学校に来てください」などと書く。
その手紙を読むことは、不登校している子どもにとってはプレッシャーになる。
私の娘が不登校しているときそういう手紙を担任が家に持ってきたが、娘は一切見ようとせず「捨てて」といった。
善意も時には人を子どもを追い詰めることがある。
そこは母親が盾となり、子どもを守ってやらなければならないことが多々ある。
学校へ行かなくてもいくらでも生きていける、学校が全てではないことを親が理解し、子どもに接することがまた難しい。
あるクライアントが言った。
「自分は学校に行きたくないとは親に言えず、無理をして学校に行き続けた」
「しかし、わが子は学校に行っていない。」
「この子はもう一人の私、学校に行かない自分」
「学校に行かないのも有りでよかったんだ」
「学校に行かないとどうなるかは、この子が見させてくれる」といった。
クライアントは覚悟を決めた、わが子の不登校を認めこれでいいんだと。
そして、分析は不登校の子どもを学校に返すことを目的とはしない。
その子がいきいきと生きられるようにする、それが学校へ行くことかもしれないし、別の場所かもしれない。
それはその子が決めることである。
いえることは、適切に世話をすれば、自ら主体性をもって動く子になる。
その対応法を、精神分析の発達論など、理論の裏付けを持ってアドバイスするのが、分析であったり母親教室である。
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