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分析家の独り言(コラム) アーカイブ

2008年12月31日

分析家の独り言 180 (2008年を振り返って / 宣照真理のセラピー日記へ移行のお知らせ)

2009年を振り返って、今年は試練の年だった。

3月に京都から滋賀県大津に引越しをし、新たな土地で環境を変え仕事に取り組んだ。

私の人生の中での大きな転機となった。

自分を試す機会であり、自立と生き直すための大きな一歩となる年であった。

人は生き直すように住み替える。

精神分析をより多くの人に知ってもらいたいと、できる限りブログ(天海有輝のセラピー日記)を書いた。

クライアントの中には、「ブログを全部印刷して読みました」とか、「来る前にブログを全部読んで来ました」という人たちがいて、それがまた私の励みとなった。

また、ラカン精神科学研究所のHPを見たと言って、分析の依頼もいただいた。

クライアントから教えられることも多い一年だった。

クライアントを分析しながら、自分を分析しているようなものだと思うことや、クライアントと共に喜んだり、哀しんだりし、癒されもしたように思う。

自分なりに頑張ったと言えるいい年だった。

来年はさらにもっと向上、発展、成長めざし、残された人生をかけて、人として行けるところまで行きたい。

なお、「天海有輝のセラピー日記」は、インテグレーター名改名に伴い、来年2009年より、「宣照真理のセラピー日記」に移行し、新しくなります。


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宣照真理のセラピー日記

2008年12月28日

分析家の独り言 179 (刺青の意味)

若いこたちの間に刺青を入れることが流行のようになっている。

少し前テレビで見たのだが、若いときに刺青をいれた女性が、結婚し母っとなった。

子どもをお風呂に入れたり、プールにつれて行くこともある。

そのときに刺青を入れたことが後悔される。

ひと昔前は、刺青といえばその筋の人がするもので、素人の一般庶民にはあまり馴染みのないものだった。

それが若いこたちが、気軽にかっこいいと思うのか、刺青を入れる。

分析的にいうと、刺青=刻印、マーキング。

子どもは母に抱かれることで、その接触した皮膚に、母に触れられた心地よさがマーキング(印がつけられる)される。

それがもとになり、後に大人になって、皮膚接触を求める。

つまり子ども時代の母とのあの皮膚接触の心地よさを、もう一度異性と味わいたいと肉体交流を求める。

そのマーキングが極端に少ないと、肉体的接触を求めない。

それは彼氏、彼女をつくらない、つくれない、結婚しない、SEXレスになるなどの行為となるだろう。

クライアントのなかにも、「触られると気持ち悪い」という人がいる。

この言葉で、マーキングの具合がわかる。

刺青は痛みと共に皮膚に刻印し、マーキングする。

本来は母に優しく抱っこされて、心地よさや快感がマーキングされるが、刺青は逆にこんなに私は触れられていませんということの表現となる。

しっかり子どもを抱っこしましょう。

人に預けるのではなく、母の皮膚で包むことに意味がある。


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2008年12月27日

分析家の独り言 178 (不登校・ひきこもり 言えない、出せない、動けない)

人は言いたいことが言えずに病んでいく。

不登校やひきこもりの子たちもまた言いたいことが言えない。

家族や友達やまわりの人に。

なぜそうなってしまったのか。

その大元はどうしても母との関係に遡る。

人は育ってくる中で、最初の対象である母と関わり、人間関係の基礎を学習する。

このときの関わり方がその人のその後の人間関係を決定付けるといっても過言ではない。

もちろんその後、父の存在も影響してくるが。

人が言いたいことを言えるのは、言った相手が自分の言うことを受け入れてくれるからだ。

特に小さい子にすれば、「ああそうだね」「それはいいね」と肯定されるから言いたいことが言える。

それを、「だめだ」「わがままだ」「贅沢だ」と否定され、拒否されたら言えなくなる。

そのうちに、どうせ言っても無駄だ、言っても仕方ないとあきらめていき黙る。

このときこの子は、親や大人にとって扱いやすい、都合のいい子になる。

と同時に、自分の主体性を放棄した。

そういう子は、学校で友達や先生にも言いたいことが言えない。

嫌なことをされても、「いやだ」と言えず、笑うしかないかもしれない。

こういう子はいじめられるだろう。

言えないと同時に、こうして素直な自分の感情も出せなくなる。

こうなると、もう主体性はほぼなく、ついには動けなくなる。これが不登校、ひきこもりの状態である。

自分のしたいことを、親の価値観にあわないと方向を変えさせられる。

身体の欠点を親に指摘され、それ以後それが気になって仕方がない。

失敗を責められる。

威嚇や暴力で無理やり言うことを聞かされる。

もともと適切に世話をされない、関心を向けられないだけでも、子どもの心は育たないが、

様々なマイナス要因が加わる。

こうして自信を持てずに傷ついた子どもたちが行き着く先は、もう何も言わないこと、何もしないことである。

そうすれば、もう文句を言われることも、非難されることもない。

何もしなければ失敗することもなく、失敗を責められることはない。

あるひきこもりの青年に母親がオールOKの対応を始め、「何かして欲しいことはないか」と聞いた。

彼は「未来が欲しい」と答えた。

学校へ行く自信も、働く自信も待てず、明るい自分の未来が欲しいということだろう。

自分への自信を持ち、言いたいことを言えるようになり、人と関わり、社会参入できるようになるために、オールOKし育てなすことである。

親に何でも言えるようになり、感情や様々な行動(例えば、攻撃性の放出としてドラムを叩く)として出せるようになると動き出す。


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2008年12月24日

分析家の独り言 177 (自分を成長させる)

自分に対して他人は勝手なイメージを持って、それを押し付けてくる。

しっかりしてそう、明るくて元気、一人で何でもできる、おとなしくていい子・・・。

様々なイメージを持たれて、それにあわせてしまう、その期待された自己像に自分が応えなければと思うという人が結構いる。

これは鏡の関係で言えば、鏡像の側に自分がとらわれているようなもの。

鏡像を自分だと思っている、しかしそれはあくまでも鏡に写った自分の姿であって、鏡の裏には何もない。

本来自分は鏡の外にいて、実体として存在しているはず、それがない。

これではまるで幽霊ではないか。

実体がないため、人の言葉が気になる、人から自分がどう見られているかに腐心する。

自分に自信がない、もちろん肯定感もない、自分というものがない。

不安定で、誰かに何かを言われれば一瞬で吹き飛ばされてしまいそう。

それらに共通するのは、ほめられたことがない、つまり承認と賞賛がなかった。

自己を尊重されることもなかった。

自己を尊重されるとは、自分の考え、感じ方、欲望を認められるということ。

「あなたの考え、感じ方、何かをしたい・欲しいということは正常で、当たり前のことです」と承認されること。

これを実践するのがオールOK!子育て法。

人にはそれぞれたくさん良いところや無限の可能性がある。

それが育ってくる過程(家庭)の中で、発揮されず、埋もれていくことが残念でならない。

子ども時代になら、親にオールOKされることでしっかりとした自我を形成できるが、大人になってしまった私たちが今からオールOKされるのは難しい。

だからこそ、大人になってから自分探しの旅に出て、本当の自分に会いに行くことから自分を成長させられる。

私は分析を通して、それを知った。


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2008年12月21日

分析家の独り言 176 (人生を楽しむ)

子どもは親を選べない。

できることなら、やさしい母と父の元に生まれ、物理的にも精神的にも苦労することなく、すくすくと育つことができれば良いが。

ある人は、幼くして母を亡くし、またある人は父を亡くし、失意の中で生きていくことを余儀なくされる。

母、父は居ても、苦しい思いをして子ども時代を過ごし、死にたいと思いつつ生き延びる人もいる。

十代そこそこで突然父を亡くしたあるクライアントは、自分の人生に何がいつ振ってくるかわからないと思ったという。

安心して生きるとは、自分以外の人のこと。

そして、人が当たり前にできること、あることが自分にはない。 

大きな欠損を抱えた自分。

だから人並み以上に頑張らないと、と必死で走ってきた。

仕事も頑張ったが、その犠牲になった子どもたちがいた。

仕事仕事で子どもたちのことは後回し、そんな中で「あんたこんなことしてたら、いつか大変なことになる」と、どこかでもう一人の自分がささやくのを聞いてきた。

案の定、子どもが荒れた。

母親とはどういう生き物なのか?

こうあって欲しい母と、現実の自分の母は違っていた。

分析に出会い、オールOKを教えられるままやっているうちに、母親とはこんなにいいものだったのかと思った。

そして今、安心感と安定感が自分にあるという。

むやみやたらに自分に欠けているところを埋めようとしてきたが、今は頑張らなくても人並みに、0(ゼロ)の位置に立てた。

楽しめるようにもなった。

些細なことが楽しめるようになった、これを積み上げていくことを幸せというのだろう。

欠損した人は、日々楽しむことができず、幸せを教えてもらわないとわからない。

クライアントにとって人格を高めることが=分析という。

分析家である私も、「幸せになりたい」、「このままでは終われない」、「一花咲かせたい」と、ひたすら分析を通して自分を見つめてきた。

クライアントのいう「楽しめることの喜びと幸せ」を、より多くの人に味わってもらいたいと願う。


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2008年12月20日

分析家の独り言 175 (子どもは親をなどる)

(以下の文章は、クライアントの了解を得て掲載しています)

講座の内容を録音するために、クライアントがICレコーダーを買ったという。

夫に頼んで買ってきてもらい、夫が説明書を読んでクライアントに説明してくれた。

「ふん」「ふん」「それで、どうするの」とICレコーダーに手を伸ばそうとすると、夫はクライアントに触らせないかのようにICレコーダーを遠ざける。

それが何度かあり、「あれっ?」とクライアントは思った。

クライアントの中で、「なぜ?」の問いかけが始まる。

手にとって、実際に操作してみないとわからないのに、何で夫は自分に触らせないのか。

クライアントいわく、夫は自分が得た知識や経験したことを人に教えるのが下手、夫も物を人に教えることが嫌いと言う。

夫はけちで、人に自分が苦労して得た事を教えるのが嫌いなんだと、クライアントは言う。

「それは何でだろう?」また問いかける。

夫の養育史、家庭環境を考え、優秀なお兄さんと格闘してきたことを思うと、こうなるかもと思った。

しかし前なら、まず夫のものの言い方、態度(触らせない)にカチンときて、それを責めていた。

ところが、今はそれが起きない。

それより、「なぜ、こういう言動をとるのだろう?}に意識が行く。

いろんなことを合わせ考えて、「こういう可能あるよな、それならこうなっても仕方ないかも」と思うと、腹立つ人(夫)が、案外いとおしくなる。

さらにクライアントは考えた、今まで夫の気に入らない言動を攻め立ててきたけれど、これってもしかしたら、自分の母親が父親にガミガミ言っていた口調と同じじゃないか。

自分ひとりが頑張っていることで、この家がもっているかのような言い方をする母の言葉を、小さい頃から聞いてきた。

決して良い気持ちはしなかったのに、自分も夫にそうしてきたかもしれない、と思うと恐いと言った。

よくこのクライアントは自ら気がついてくれた。

子どもであった私たちは、こうして親からの影響を受けている。

もっと言えば、親のコピーとなって生きている。

自分は違うと思っていても、親の夫婦関係を再現している可能性は大きい。

それとともに、夫婦共謀が止まらない。

例えば、夫からすれば「お前がこの家を一人できりもりし、頑張るから俺は頑張らなくてもいいやろ」

妻は妻で、「あんたが頼りないから、私が頑張るしかない」

これで夫は何時までたっても、男性性を発揮できず、妻の影に隠れ人としても成長できない。

妻も、男勝りで夫をけなし、共に協力して家庭を営むことができない。

共謀は必やがて行き詰まる。

その裏には、夫婦互いの克服されていない早期幼児期の外傷状況や葛藤がある。

これを分析によって見ていき、明らかにすることで、夫婦の共謀、葛藤は止まる。

そこに気が付きだしたクライアントの一例である。

(夫婦関係の精神分析 /ユルク・ヴィリィ /法政大学出版局  を参照
またはインテグレーター養成講座 「夫婦共謀」で解説)

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2008年12月16日

分析家の独り言 174 (増える子どもの精神科受診)

『増える子どもの精神科受信』 Yahoo!ニュース 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081216-00000523-san-soci

以下記事からの抜粋
‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑
落ち着きがない、キレやすい、不登校や不眠、鬱病(うつびょう)といった症状を訴え、児童(小児)青年を対象とした精神科を受診する子供が増えている。・・・

「精神科」に比べ受診に抵抗感の少ない一般の小児病院でも、不登校や不眠、情緒不安定といった心の不調を訴える患者が目立つ。・・・

大半を占めるのが発達障害の一つ、ADHDの子供だ。
「原因について仮説はいろいろあるが、はっきりとしたことは分からない。ひと昔前なら、『ちょっと変わってるな』と見過ごされてきたが、ここ数年、授業中に歩き回る子供の存在が注目される影響からか、『わが子もそうではないか』と不安になって受診する母親が殺到している」と市川宏伸院長は分析する。・・・

バニーこども診療所(横浜市磯子区)では、専門の心理士のカウンセラーを置いている。親子で受診する際、互いに背中を向けたまま、顔を見て話そうとしない様子に異変を感じるという箕原豊院長は「親子関係を見直すことで、ほとんどの症状に改善がみられる」と話す一方で・・・
‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑


当ラカン精神科学研究所でも、不登校、ひきこもり、非行等子どもの問題で親御さんが分析に来られる。

記事にもあるようにひと昔前なら、『ちょっと変わってるな』と見過ごされてきたが、今はLD=学習障害、ADHD=注意欠陥・多動性障害、アスペルガーなどの診断名がつく。

母親は小さい頃から育てにくかったのは、こういう障害があったからだと、自分の子育ての問題を振り返らずにいい訳にしてしまうことがある。

障害があろうが無かろうが、子どもへの対応は優しく世話すること。

脳の気質障害がある場合は難しいが、LD、ADHD、アスペルガーなどまだ医学上よくわからないことも多く、親子関係を見直す、まず母親が適切に接することで改善される。

強迫神経症の症状を見せた小学生も、母親の対応、オールOKすることで症状は消えいていった例がある。

非行の少年は人格障害と言われたが、今はその影もなく、立派に社会適応している。

いずれにしても、大人だけではなく、子どもがこれほど精神科を受診するのは異常な事態。

今一度、子育てを見直す必要があろう。

これからの社会を担う子どもたちが、これほど心を病む日本の社会、親のあり方をと問いなおす時だと思う。


子どもさんの何らかの問題、子育て、何でもご相談ください。

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2008年12月15日

分析家の独り言 173 (クリスマスプレゼント)

私事だが、昨日は今年最後、バスケットのリーグ戦の試合だった。

試合開始前、円陣を組んで「忘年会でおいしいお酒を飲むために頑張ろうと」掛け声をかけて試合にのぞんだ。

ちなみに私はお酒は飲まないが。、これでいっそう楽しい忘年会となるだろう。

娘くらいの年齢の若いこ相手に息をきらせながら走り回り、最終戦を勝利で終われた。

12月も中頃となり、これからクリスマス、忘年会、年末年始とせわしなくなる。

そんななか、突然クリスマスプレゼントをもらった。

以前、当ラカン精神科学研究所のHPをみて、メール相談をしたクライアントからメール便が届いた。

送り主の名前に見覚えがあり、すぐにわかった。

カードには、簡単な近況が書かれてあり、いろいろあるだろうが、頑張っている様子が読んで取れる。

どうしているかと時折思うことがあるが、基本的にクライアントからのコンタクトがない限り、こちらから働きかけることはない。

もちろんプレゼントは嬉しかった、と同時にどんな想いでこれを買い、カードを書き、送ってくれたのだろうと思う。

誰かが誰かのことを思う、それが励みになったり、支えになったり、希望につながることもあるだろう。

人と人がつながることの大切さを思う。


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2008年12月12日

分析家の独り言 172 (症例:トイレその3)

緊張するとトイレに行きたくなる、何処かへ出かけるとなると、この「トイレ」「トイレ」がはじまる。

この症状に30年悩まされて続けたクライアント。

もうすっかり、この症状が消えたという。

ラカン精神科学研究所が、この春3月末に京都から滋賀県大津に移転したとき、このクライアントは正直通うのをやめようかと思ったらしい。

それでも何とか家を出る前から何度もトイレに行き、途中の京都駅でもトイレに入り、電車に乗るともう降りられない、途中でトイレに行きたくなったらどうしようという心配をしながら通っていた。

症状が軽減し始めたのが、10月はじめ頃だった。

分析家の独り言155(症例:トイレ)
分析家の独り言162(症例:トイレその2)

それから2ヶ月して、今はすっかり症状から解放された。

家を出る前にトイレに何度も行くこともない。

少し前は、途中の京都駅でトイレを確認しながら自分と話す。

「トイレあるけど、トイレ行かんでいいの」

「うん、今大丈夫」というように。

それが、気がつけば京都駅で乗り換え、湖西線に乗り、その電車のかなで、「あれ、あんなにトイレ、トイレと言わなあかんかったのに、電車に乗っても平気、不思議」と、自分に驚くという。

30年付合ってきた症状、このまま一生付合うしかないと思っていたが、こんなにあっさり消えていくとはと。

クライアントは自分を見つめ、自分で自分に問いかけ答えていった。

症状をなくことが目的でなかったが、自分探しをするうちに、副産物的にいわゆる神経症の症状が消失していった。

分析を受ける動機、きっかけは何らかの症状や悩み問題を解決したくてくるのだが、自分を知りたい人が分析を受けにくる、

それは無意識的で、本人は意識していないことが多いだろうが。

『分析は自分探しの旅』という意味がこの症例でよくわかる。


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神戸出張セラピーのお知らせ(平成20年12月)

◇ JR三宮駅周辺にて出張セラピーを行います。
  神戸方面で、分析希望の方おられましたら、ご連絡ください。

日時 : 12月20日(土) 

場所 : JR三宮駅周辺(詳しくはお問い合わせください)


また、二入以上のグループであれば、子育て相談室(母親教室)も開きます。

詳しくは電話またはFAX、メール等で連絡ください。

いずれも完全予約制となっています。

電話 077-558-8766  携帯電話 090-7357-4540

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)

詳しくはホームページを参照ください。


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2008年12月 9日

分析家の独り言 171 (自分が変れば世界が変る)

(以下の文章は、クライアントの了解を得て掲載しています)

あるクライアント、「土地」「家」を手に入れるために一生懸命に生きてきたという。

分析を受けるうち、ふと考えた、「本当に自分は家が欲しかったのだろうか」

母はお念仏のように「家」「家」と言っていた。

しかし、同じ兄弟でも歳の離れた姉には、どうしても家を持たないといけないという考えはない、なぜだろう?

クライアントは自分の記憶を辿り、ある事に行き着いた。

クライアントが10歳頃のこと、母が言った、「今日学校に行って、帰って来たら、家主さんに出て行ってくれと言われて、あんたの持ち物(習字道具や、体操服など)が、路地に放りだされてるかもしれん」と。

「そうなったらどうすんの」と聞いた彼女に、母は「堀川の橋の下にでも行かなしょうがないわな」と言った。

彼女いわく、当時お金に困っていたわけではなく、仮に家主さんに出て行ってくれと言われても、堀川の橋の下に行かなければならないわけではなかった。

お母さんは言うことを聞かない彼女に、こう言えば少しは自分の言うことを聞くだろうと思って言ったのだろうと。

しかし、10歳の子どもにこの言葉は強烈な恐怖とともに、彼女のなかに刻まれた。

それ以後、大きな通りを家の前の細い路地に入ったところから斜め奥に家が見える、その家の前に自分の荷物や家財道具が放り出されていないかを確かめて、それらがないことにホッとして家に入るようになった。

自分の土地を持たない限り、いつ放り出されるかもしれない。

自分の土地があれば、家はなくてもそこを出て行けとは言われない。

雨降りのぬかるみの中でも、傘をさしてでもそこにいられる。

自分の人生は土地を手に入れたところからはじまる、になった。

母に言われた「あんたの持ち物(習字道具や、体操服など)が、路地に放りだされてるかもしれん」の言葉に、自分が想像した状況・情景がくっつく。

これを閉じることのない絵本のようと表現した。

絵本の言葉は母が、絵は自分が書いたと。

この恐怖と戦うために生きてきたと言う。

この恐怖が自分を縛ってきた。

無意識の岩盤に、「土地」「家」があり、それが彼女の人生をつらぬいていた。

それ以外に彼女が歩く道はなかった。

その人生のついでのイベントに、結婚や出産などがあっただけではなかったかと言う。

それら付録をこなしてきたために、生きてきた実感がない。

「土地」「家」の岩盤があるために、人と深くかかわってきていない。

そんなものと関わっていたら、「土地」「家」は持てないし、それ以外のことにかまけている暇はない。

自分は楽しんで生きてきたのだろうか?

捨てたものの大きさを知り、悔しい、と同時に母の恐さを知った。

あんなに「土地」「家」と思わなければ、他に楽しめたことも一杯あったんじゃないか。

「私の人生を返して」と、言いたくなると言う。

自分が「土地」「家」で生きた来たため、他の人もみんな当たり前に欲しいと思っていると決めつけていた。

ならば自分は、ほんとに何をしたかったのか? 何を見て生きて来たのか? いろんな問いが出てくる。

こうして自分を縛っていたものを見つめ、捨てていったら、自分と共にまわりが、人が見えてきた。

今まで見ていたはずの世界が、違って見えてきた。

紅葉の中、夫と車で走りながら、「ちょっとみて、この木きれやわぁ、葉っぱが金色に輝いてるわ」と彼女が言うと、夫は「この木お前が毎日買い物に行くときも見てる木やろ、2~3日でそない変らんで」と言った。

こうして同じ景色でも、見る側が変れば違って見える。

その人の心のフィルターを通して外界を見るため、一人一人見ている現実は違うかもしれない。

今年の初め頃だったろうか、自分を縛っているものをしっかり見ると宣言してから、10ヶ月ほどがたった彼女の語りである。

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2008年12月 6日

分析家の独り言 170 (不登校・ひきこもり 言い返せないで疲れていく)

昔のことを思い出して悔しいと、下の娘が話し出したことがあった。

小学校5年生のとき、学校から宿泊研修に行って、ご飯を作ったときのこと。

娘はご飯を炊く係りだったそうだ。男の子と二人でまきでご飯を炊いた。

この男の子がえらそうなものの言い方をする子で、娘に「まきを取ってきて」と言った。

娘はまきがどこにあるのかわからず、「どこ?」と聞くと、男の子は「あそこ」と言う。

しかし「あそこ」と言われても、娘にはわからない。

「あそこってどこ?」とまた聞くと、不機嫌な口調で「あそこや、あそこ、そんなんもわからへんのか」と言われる。

娘はますますパニックになって、頭が真っ白になり、何も言えず固まってしまった。

さらに、ご飯を炊いている途中で、男の子が他の子のところに様子を見に行って、その場を離れた。

一人残された娘が火を見ていたが、まきが燃え尽き、火が消えそうになったので、新しくまきを入れた。

そこに戻ってきた男の子が、また「何で勝手にまきを入れたんや」と怒った。

そのときも娘は何も言えなかったと言う。

今なら言える、「そもそもなんでそんなにえらそうに言われなければならないのか」と。

「まきがどこにあるかわからないから聞いているんだから、もっと丁寧に教えれくれればいいだろう」と。

「火が消えそうだったから、、まきをいれたのがそんなに悪いこと?」

「そんなら途中で何処かへ行かずすっと火のそばに居ればいいやん」と。

「なんであの時言えなかったのかと思うと悔しい」

「私何か間違ってる?」と私に話す。

「いや、何も間違ってないよ」と私。

自我脆弱で、自分に自信もなく、言いたいことが言えない子は、学校に、友達の中に、外に出ると、こうして疲れてしまうのだということがよくわかる。

不登校、ひきこもりになっていく子は、自分なりに必死で学校や社会に入ろう、馴染もうとするが上手くいかず、疲れ果ててしまう。

人間関係を築くのが苦手で、友達が少ない。そのことがまた負い目となる。

しっかりとした自我があれば跳ね除けられるが、自我脆弱であるため、他者から言われた言葉がその子を傷つける。

ある不登校のクライアントは「学校に行くとつぶされる」と表現した。

そういう子に、それでも学校や社会に行け、出ろというのはあまりのも残酷ではないか。

だからこそ、家庭であたたかく受け入れ、見守り、オールOKして、傷つき疲れた心を癒すことがまず大事となる。

学校や仕事のことは一切言わず、言われた通り母は動き、要求に応え続ける。

そうすることによって、自信と自己肯定感をもち、何を言われても自分はこうだと自己主張し、言い返せる自我もできる。

そういった脆弱な自我しか持てない子に育ててしまったのは、この私自身であった。

そしてまた、私自身もしっかりとした自我など持っていなかった。

それに気付き、娘を育てなおすとともに、自分自身に取り組んできたこの14年余りである。

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2008年12月 5日

分析家の独り言 169 (12月京都子育て相談室より)

昨日の子育て相談室には、子どもさんの不登校で悩まれるご両親が、はじめて参加された。

平日にもかかわらず、お父さんは有給休暇をとっての参加と聞いた。

不登校・ひきこもりのケースは様々である。

子どもの問題と思っていても、その奥にある母親、父親自身の問題(それぞれの親との関係など)、また夫婦関係の問題などが潜んでいる。

ますは不登校している子どもを無理やり学校へ行かせないこと。

そこは両親そろって、同じ態度で子どもに接してもらう。

夫婦の関係がぎくしゃくしていると、それすら足並みをそろえるのに苦労することがある。

有給休暇までとって、子そものためにと参加されたお父さん、それを頼んだのか、誘ったのかしたお母さん。

その子どもを思う気持ちが、必ず道を開いていく。

両親力をあわせ、協力し合い取り組めば、必ず子どもは活き活きと動き出し家族が心から笑いあえる日が来る。


厳しく育てなければと思っていたというお母さん。

私もそうだったなぁと思い返す。

甘やかさず、何でも自分でできるようにと、手をかけず厳しい言葉で育ててしまった。

それは今から思うと、世話をすることがめんどくさいため、手を抜きたかっただけ。

そのもとには、手をかけられず放っておかれた寂しい私がいた。

厳しい言葉で叱責され、怯えていた悲しい私もいた。

人に甘えたい、頼りたい、人を求めたい私に気づきたくなくて強がっていたこともわかる。

分析を通して、そんな自分ともう一度向き合い、本当の自分を知り、認め、その傷を癒すにも時間がかかった。

こうしてクライアントを通して、また自分に出会う分析家という仕事を楽しいと生きがいを感じられる。


子育て相談室への参加お待ちしています。次回は12月8日(月)10:30-12:00

詳しくはお問い合わせください

℡  077-558-8766  090-7357-4540

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2008年12月 3日

今週のメッセージ(平成20年11月分)

オールOK!子育て法に掲載した、「今週のメッセージ」11月の過去ログです。

子どもの意思を尊重する(平成20年11月25日)

親は自分の夢や、できなかったことを子どもに託す。
しかし、子どもはこの世に生まれた瞬間から、一個の別人格である。
母親の想いで習い事をさせられたり、子どもが行きたい進路とはちがう、親の願いにかなう進路に進まされたりする。
その子が後に叫ばないわけばない。
例えば、ひきこもりや非行という形で。
親が子どものためによかれと思っても、子どもの意思を尊重することである。
子どもの主体性は子どものものである。
親といえどもそれを奪ってはいけない。

愛と憎しみ(平成20年11月19日)

子どもはお母さんが大好き。
しかし、その気持ちが受け入れられないと(=オールOKされないと)、この愛情が憎しみに変る。
フロイトは、「関心の度合いにおいて、愛と憎しみは同等である」という。
ある小学生、朝学校に出かける前にお母さんに「帰ってきたら、殴る」と言って出かけていった。
この子どもの言葉の意味を考えて欲しい。
 (11月京都子育て相談室より)

子どもは問題を提起する(平成20年11月12日)

両親そろって、子どもの対応法等の相談に来られる。
最初は足並みがそろわず、子どもの問題はさておき、夫婦の関係が浮き彫りになることもしばしばある。
それでも、子どものためにという想いが両親にあれば、子どもは必ず生き返っていく。
日々感じることは、子どもは親や家族に、もう一度家族・夫婦・親子のあり方を問い直す機会を与えてくれる。
取り組めば、必ず乗り越えられ、どんなに困った事象もあってよかったと、肯定できる日がくる。
オールOKした親がいつの間にか、育てられ、成長していく。

母のコンプレックス(平成20年11月03日)

子どもが母親に要求を出すのは、母親を信頼しているからだ。
それが証拠に、隣のおばちゃんや知らない人には言わない。
それを、母親は子どもにこき使われるとか、支配されると思ってしまう。
そうすると、子どもの言いなりになってたまるかと、子どもの要求を拒否してしまう。
そこに母親のコンプレックスがある。
子どもの要求を、「信頼」ととるか、「支配」ととるか、その人なりの意味のつけ方がある。

天海有輝(宣照真理)


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2008年12月 1日

分析家の独り言 168 (子どもに寄り添う)

(以下の文章はクライアントの了解を得て、掲載しています)

離れて暮らす娘(十代後半)のところに、ときどき通うクライアント。

娘の所に行くが、娘はまだ寝ている。

クライアントはいつも、娘が寝ているうちに、片付けや掃除をする。

その母と娘の関係を聞いていて、何か違和感を感じた私は、「今度娘さんの所に行ったらいつものように片付けや掃除をしないで、黙って寝ている娘さんのそばにいてください」

「娘さんが起きたら、お母さんから、ああしたら、こうしたら言うのではなく、言われたとおりに動いてください」と言った。

それは、娘さんが部屋を片付けてと言ったら、はじめてそのように動き、買い物に行こうといったら、片付け等はしないで、買い物に行くというように。

その後クライアントから報告があった。

私が言ったとおり、娘の部屋に入って、何もせず寝ている娘の横にいた。

1時間ほどすると娘が起きて、「何か食べに行きたい」と言ったので、それにつきあった。

その後、「買い物に行きたい」と言うので、そのとおりにしたという。

そうして動いて、クライアントは「“寄り添う”ということがはじめてわかりました」と言った。

娘も「やっと、お母さんは私の言うことがわかったんやね」「遅いけど」と言ったという。

クライアントはそういえば、「お母さんが来るとせわしないから疲れる」と娘が言っていたことを思いだした。

「私のところに来たら、片付けや掃除をしないで」とは言わないが「せわしない」という言葉で伝えていた。

その言葉を受けとらず、部屋を片付け、掃除してやれば、娘は助かるだろうという母であるクライアントの勝手な思い込みで動いていた。

母なりに娘を思ってもことではあるが、娘はそれをありがたいとも、助かったとも思わず、せわしないと感じていた、このギャップ。

おそらくこういうことは、多くの親子の間で起きている可能性がある。

今一度、自分の思い込みや、偏見で聴かず、子どもの言葉にしっかりと耳を傾けてほしい。

子どもが母に求めているのは、基本的に母と共に(共生)である。

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2008年11月26日

分析家の独り言 167 (こんにゃくだったクライアント)

あるクライアントの語り。

こんにゃくを作って卸している店の前で、こんにゃくの端切れをビニール袋に詰めて、格安の100円で売っている。

その店を知ったのが、もう20年以上前になるだろうか。

この店の前を通るたび、必ずこの端切れが詰められてた100円のこんにゃくを買う。

店の前に置かれたこんにゃく、これをビニール袋に入れて、ビニールテープで止め、「はい、100円です」といって、こんにゃくを受け取るとき、なぜがモワモワっとした何とも言えない幸せな気持ちになる。

この感覚を味わいたくて、この店の前を通ると、まだ家にこんにゃくがあっても必ず買って帰る。

ずっと以前から自分はこんにゃくを買う側ではなく、売る人になりたかった。

なんで自分がこんな気持ちになるのかわからないと言いながら、クライアントがそう語った。

私は「そのこんにゃくこそあなたです」と言った。

普通ならこんにゃくとして売られることのない端切れ=捨てられるこんにゃく。

きれいに形の整った、1枚百いくらかののこんにゃくではなく、形もばらばら、色も様々の捨てられるこんにゃく。

それが袋一杯につめられ、それを喜んで買っていく人達。

そのこんにゃくを売る人になりたいとは⇒(こんにゃくとしての商品)価値のないものに、(100円のこんにゃくとして)価値を与える人になること。

つまり価値付ける人とうこと。(端は端で利用価値がある)

自分は他人より劣っていると思ってきたこのクライアントは、商品価値のない端切れのこんにゃくと化していた、そのこんにゃくに同一化していた。

クライアントもそう思うという。

それから一週間後、このクライアントは次のように語った。

いつものように、こんにゃく屋の前を通ったが、今までなら必ず買っていたこんにゃくを買わずに素通りした。

その自分にビックリしたという。

「何で?」「今までなら、必ず買ってたのに」

「あのこんにゃくは、こんにゃくの端切れ、まだこんにゃくは家にある、買わなくていい」

そう冷静に物事をみている自分が不思議と。

私は「やっと、こんにゃく(価値のない)の自分から切り離せましたね」と言った。

これまでクライアントは社会のなかで当たり前の位置を歩いて来られなった、その自分が今、社会の中の一人になったと言う。

たった一週間でこんなに変ることが不思議と言うクライアント。

「気づけば一瞬(で変る)」と、私はいつも言う。


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2008年11月24日

分析家の独り言 166 (痰壺、ごみ)

私もそうであったが、子ども時代に母や祖母などの身近な大人から、愚痴をきかされる。

クライアントの中にもそういう人は多い。

そこにはまず、家族関係の歪みがある。

私の場合でいえば、母と祖母(姑)の仲がよくなかった。

母は小学校の教師で、昼間家にいないので、私はいわゆるおばあちゃんっ子であった。

母親代わりの祖母に育てられたようなもの。

本当は母にくっつきたかったが、現実にほとんどいない母の変わりに祖母にくっついていた。

その両者の仲が悪く、祖母は母がいないところで、私に母の悪口を言った。

具体的な内容はあまり覚えていないが、祖母は母が化粧をすることが気に入らなかったらしく、「自分は化粧などしたことないのに・・・お母ちゃんは化粧して・・・」と言っていたのを思い出す。

何がよくて、何が悪いのかもわからない子どもの私は、化粧することは悪いことなのか!?となった。

現実にあまり私と一緒にいない母も、祖母から言われ気に入らないことを、子どもの私に愚痴をこぼした。

私が分析を受け始めた頃、こういう話をしたとき、分析者に「それを痰壺(たんつぼ)と言います」と言われた。

母や祖母は、自分の中に詰まった不快なもの(痰)を私という壺に吐き出していたということ。

不快なものを吐き出した人はそれで幾分かすっきりしていいだろうが、吐き出された私は不快なものを受け取り、それをどう処理することもできず、それらを抱えて生きていくしかない。

楽しいことならいいが、不快な感情・気分は私の心を蝕んでいった。

しかも私はどちらも好きな人で、自分を受け入れて欲しい人たちなので、それを跳ね返すこともできずに、愚痴り続けられどんどん溜まる一方であっただろう。

後に聞いた話では、兄も同じように子ども時代に祖母から母の悪口を聞かされたらしいが、兄は「母の悪口を言わないでくれ、聞きたくない」と言ったらしい。

私には、そんなことを言える自我も何もなかった。

クライアントの中には、母から家族や近所・周りの人の愚痴、悪口を聞き、自分も母にそのような悪口を言われないようにと、いい子を演じてきた人。

また同じように、母から家族や他人の悪口、愚痴を聞いてきたために、「自分はごみだと思ってきた」と言ったクライアントがいる。

こうして私たちは人間でない物(痰壺)として扱われ、人間でない物(痰壺)になってしまう。

「自我は他者のもとで構成される」とは、子ども時代は特に、子どもにとって重要な=母や後に父 によってどう扱われ、どのような言葉をかけられるかで自分といものがつくられていくということ。

子どもに愚痴をきかせたりして、子どもをストレス解消の道具にしてはいけない。

愚痴られ、自分を痰壺やごみにされた者は、自分の存在に価値を見出せず、当然自信もプライドも持てず、最終的には自分を消したくなるところにまでいくこともある。

それを分析によって、過去を洗い直し、そこに至った経緯を明らかにし、自信やプライドを取り戻し、その人らしく活き活きと生きていかれるようにサポートする。

それは自分の人生を自らの力で生きなおす、生まれ変わるという感覚に至る。


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2008年11月21日

分析家の独り言 165 (子どもとおやつ・食)

多くのお母さん方がおそらくこうであろうと思う。

子どもが食事の前におやつを欲しがるが、食べさせるとご飯を食べられなくなる。

ご飯の後にならいいが、ご飯の前におやつを食べたいと言ったら、「だめ」と言うか、制限して少しだけあげる。

栄養的に、体のことを考えて、また甘いお菓子は虫歯の原因にもなり、できるだけ食べさせたくない。

母親教室や子育て相談室で何度も質問されたことである。

子どもへの対応は「オールOK」、もちろん食事前だろうが、後だろうが子どもが欲しいと言ったら、食べたいという分をあげてくださいという。

そんなことをしたら制限なくいくらでも子どもは食べ続けるのではないかと思い、とんでもないと言われる。

あるクライアントの子どもが、同じようにチョコレートを食べたいと言う。

お母さんであるクライアントは、あまり食べさせたくはない。

家では制限して、少しだけ食べさせていた。

親子でお友達の家に遊びに行き、そこで何人かの子どもにチョコレートが分け与えられた。

そのクライアントの子は、自分の分を食べ終わると、お友達の分まで取って食べた。

クライアントはそれが恥ずかしかったという。

それは家で制限しているからで、欲しいときに欲しい分をいつでも食べられるなら、人の分までとっては食べない。

「どうしたらいいでしょう」と聞かれたので、「家で制限せず食べたいだけ食べさせてください」と言った。

一袋全部欲しいと言えば、一袋全部与えるということ。

実行してもらうと、最初はこれまで制限された分を取り返すかのようにチョコレートを食べたが、そう何日も続かず、食べる量もほどほどに落ち着いていき、お友達の分を取って食べるということもなくなった。

この話を何年か前に母親教室でしたとき、クライアントはそうかと実践した。

しかし、クライアントいわく、100%信じたわけではない、ただそういうこともあるかなと思い、自分の中で一週間だけやってみようと思ったと。

やってみると、三日頃から結果が出だし、やっぱりそういうことかと思ったという。

満足する、足るということが大事である。

また、心が健康であれば、今自分の体に何が必要かわかるようになる(体の声を聞けるようになる)

おやつやお菓子だけでは動き回る子どもにはもの足りず、ご飯を食べたくなる。

そのとき、母の手作りの愛情こもったご飯が子どもの心を育てていくでしょう。

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2008年11月18日

分析家の独り言 164 (幸せとは何か)

自分の生きにくさは何か?それはどこから来るのか?を見ることから逃げなかったクライアントが言う。

人の精神は、相反するものを抱えてたり、何かわからないが恐れるものを持っている。

恋愛をして、結婚し、妊娠・出産を経て子どもをもうけた。

働きながら子育てをして、子どもの問題に取り込み『オールOK』で対応し、子どもは自立し孫もできた。

こうして人として、一通りのことを経験してきて、自分の人生を振り返った。

自分はいつも、何かわからないが劣っていて、大きな欠損を抱えていたために、何をやっても人と比べては、自分は劣っていると思ってきた。

その自分に欠けているものを人に覚られたくなくて、人並み以上に頑張り続けた。

その途中で、自分がしたいことをするために、義務のようにいろんなことを片付けてきた。

子育てもしかり、仕事をするために早く子どもの世話をして終わらせる、そういう子育てだった。

そうして自分はやりましたと思っていたが、それはこなしただけ。

味わうということがなく、バタバタ、アタフタした人生で、なんと抜けていることの多いこと。

こんなことでは途中で切れると思っていたが、今1枚の大きなベールが取れ、人も自分も見えるようになった。

すると、動揺することがなくなり、自分のなかに安定感がある。

「人に自分の欠損を知られたくない」がなくなり、落ち着いた。

それまでは、自分以外の人がすごく優秀であったり、えらく見えた。

自分で自分への評価が正常になり、劣っているところも、頑張ったところ・良いところも両方がわかる。

今ここに立てたことがうれしい。

すると、以前に思っていた幸せと、今思う幸せが全然ちがった。

以前は、物金による安定と安心感が保証されていることが幸せだった。

そのために家も買ったが、幸せにはなれなかった。

ねばならないの世界に生きてきて、いつも何かに追われ、結果子どももまともに育てられない自分って何?と思い、オールOKを知り、実践した。

そして、自立はしたが二人の子どもの成長をこの先も楽しみに見ていけることを幸せと思う。

「他人から見た自分がどうであるかではなく、大事なのは自分がいつも心地よくいられること」とクライアントは言う。

「よく頑張られました。ようやく自分の中心に自分が入りましたね」と私は言った。


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2008年11月14日

分析家の独り言 163 (こんなメールが届きました)

私のMIXのメッセージに以下のようなものが届きました。

送信者の名前は、マネージャー@芸能とあります。

某有名男性タレントのマネージャーです。
突然のメールですみませんが‥本人の希望であなたとどうしてもお話したいと‥。
もし宜しければ少しお時間いただけませんか?
最近まではテレビや取材、雑誌の特集などで忙しく、私から見ても精神的に疲れてるようで・・
お恥ずかしい話、私では彼をケアできなくて…ここまで心を閉ざすのは初めてなんです。

急なお願いになりますが、彼を助けてあげてはくれませんか?
実は本人と一緒にmixiで彼の求める方を探していたんです。
あなたに何か感じる所があったらしく、メールしておいてくれ、と言われました。
ニックネームにも何か惹かれるものがあったようです。

http://m.ajt.me

ここに登録をしてもらってもいいですか?本人からメールをさせます。

私はマネージャーとしてどうにか彼を支えたいと思い、
事務所に内緒で彼の要望に答えてあげようと思ったのですが、
結局は事務所にばれてしまいました。

事務所には「そんなことをするな!」と言われており、本人はmixiに登録すらすることが出来ません。
また、事務所の対策として私の元々のmixiは退会させられてしまいました。

今このメッセはもう一度登録をしたものから送っていますが、事務所にばれないように友達とマイミクになることすら出来ない状態です。
そのため、メッセでお返事頂いても私からお返事は返せませんし本人の名前を記録に残るメッセで送ることもかないません。
このメッセを見て頂いたときにはこのmixiも事務所にばれて退会させられているかもしれません。

もちろん、これは私と彼から一方的なあなたへのお願いになりますので、
色々なご事情で彼と連絡を取って頂くことがご無理であれば仕方ありません。

このままメッセージを削除して頂ければこちらから二度とメッセージを送ることもありませんし、連絡等一切行いません。

もし可能でしたら彼を助けてください。

http://m.ajt.me

突然の長文で失礼致しました。

よろしくお願い致します。

というものです。
試しにURLにアクセスしてみると、予想通り「ご近所サーチ」という出会い系サイトの登録画面でした。

あの手この手で、誘ってくるんですね。

皆さんご注意ください。

有名芸能人とそのマネジャーが、助けを求めてきていると思えば、登録してくるとでも思ったのでしょうか。

自己愛をくすぐるやり方ではあるが、文面があまりにも胡散臭い。

振り込め詐欺等にもご注意を!

2008年11月10日

分析家の独り言 162 (症例:トイレ その2)

緊張するとトイレに行きたくなる症状に、30年悩まされたクライアント。
(分析家の独り言 155 症例:トイレ)

その後、このクライアントは「奇跡おきた」と言う。
(以下クライアントの語りを本人の了解を得て掲載)

歯が痛み、近所の歯医者に行ったが思わしくなく、彼女の生家の近くにある、子ども時代よく通った歯医者に行ってみた。

当時の先生はもう亡くなっておられたが、その息子さんがあとを継いでいた。

亡くなられた先生にそっくりの息子さん先生、容姿はもちろん話し方など物腰がそっくりだった。

待合室には、子どもの頃見覚えのある木彫りの熊の置きものがあり、なつかしく思った。

そんな中でも歯医者で自分の番を待つ間は、彼女には緊張する時間である。

歯を削るあの音はあまりいい気持ちはしない、そのときの痛みが連想される。

自分の名前が呼ばれ、診察室に入る、いすに座り、赤ちゃんのよだれかけのようなものをかけられ、背もたれが倒される。

もう身動きできない、と思ったとたん、いつもなら「トイレにいきたい」が始まる。

しかしこのときは、「まだ大丈夫、行きたくなったら、トイレに行きたいと言えばいい」と、自分に言いながらいた。

説明を受けながら、治療が始まり、結局トイレに行かずに歯医者を出た。

時計を見たら、歯医者に入ってから、出て来るまで40分を要したが、一度もトイレには行かずにすんだ。

このことが、彼女にとっては“奇跡”だったという。

その後も2~3回歯医者に行ったが、同じようにトイレには行かずにすんだ。

彼女にとってもう一つ緊張し、必ず「トイレ、トイレ」が始まる場所がある。

それは美容院。

そこで彼女は実験してみたくなったと言う。

歯医者に行って家に帰り、お茶を飲みゆっくりしながら考えた。

歯医者に行くだけで一仕事だが、歯医者が大丈夫なら、美容院はどうだろう。

「よし、これから美容院に行って実験してみよう」

美容院に行くと、結構込んでいた。

普通なら「また来ます」と帰ってくるところだが、この日は思い切って待つことにした。

タオルを首に巻かれ、その上から大きなエプロンをかけられ動けなくなる→緊張する→トイレに行きたくなる。

シャンプーのときも、髪を乾かすときも、同様で「早く終わって」と思う。

しかし、この日の美容院も「トイレに行きたい」にはならなかった。

30年間悩んだ緊張→トイレから解放されるのではないかと思った。

どうやら密閉され、身動きがとれない、抜け出せない、それを辛抱し我慢しなければなければならない場面になると、緊張しトイレに行きたいが始まることがわかった。

その根本には、母から娘である彼女に渡されたメッセージ「我慢するこはいいこと」がある。

その我慢し、辛抱することを解放できる場所がトイレだった。

彼女いわく、親なし、財産ない、学歴なしの自分は、人より何倍も努力し、頑張らなければならない。

その上に、「人には嫌われないように、真面目に生きろ」と言われ、息苦しい=生き苦しい。

そんなに頑張らなくても、ありのままの自分でいいじゃないか、自分は自分を生きていいと、思いだしたころから変ってきた。

生き辛さを感じ人が嫌い、人を避けて生きてきた彼女が、自分を縛っているものが何なのか見つめると言った。

それが今年4月頃だっただろうか。

ほぼ週一で通い、あれから8ヶ月足らずがたち、自分を縛り、生き辛くさせてきた言葉を見つけた。

まるで札のように母の言葉、口癖が出てくるが、それらはもういらない。

その札を、彼女が好きな海があり、そこから母の眠る町へ流して返す(彼女のイメージ)という。

これから彼女は、母の言葉に縛られて生きるのではなく、自分の理想や、自己規定した言葉で生きていく。

これでもう緊張→トイレの症状は消える。

彼女は今、開放感を味わい、心が自由でうれしいという。

「よかったですね」言いながら、私も自分のことを振り返りつつ、ともに喜べうれしい。

「悩み続けた30年はなんだったんだろう」という彼女。

分析によりからまった糸をほどけばそんなものである。

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2008年11月 7日

分析家の独り言 161 (小室哲哉容疑者詐欺事件)

小室哲哉容疑者(49)の楽曲著作権をめぐる詐欺事件には驚いた方々も多かったことだろう。

globeのヒット曲「DEPARTURES」は、私も好きな曲の一つだった。

一時期は、納税者番付上位に入っていたが、詐欺事件に至るとは・・・

テレビのニュースやネットの記事で耳にしたところによると、お金の使い方が尋常ではなかったようだ。

海外にいくつか別荘を持ち、高級外車を何台も所有し羽振りのよかった頃は、海外に出かけるときは、ファーストクラスを全ておさえ、当時付合っていた華原朋美さんと、二人で移動していたとか。

しかしその後、事業の失敗などにより多額の借金を抱えることになり、結果今回の詐欺事件に至った。

一度大風呂敷を広げ贅沢をすると、それを身に合った生活に戻すことが出来なかったのか。

ここに自己愛の欠損が見える。

(病的)自己愛者とは、現実の自己を見ず、自分が好きなように描いた自己イメージにとらわれ、そこだけを見ている。

だから現実の自分は、借金を抱え四苦八苦しているのに、彼の中の自己イメージは、相変わらず出す曲出す曲がヒットし、お金も名声も欲しいままに出来ていたのだろう。

現実を見れば、生活を縮小し、堅実に生きていくことができただろうに、彼の肥大したプライドがそれを許さなかったのだろう。

最近でも、都内の高級マンション最上階、約300平方メートルの部屋に住み、100インチ型テレビを居間に4台置く派手な生活は継続されており、玄関に高級ブランドの靴やかばんがあふれていたという。

詐欺の仕方も、すぐばれてしまうような単純なもの。

それでごまかしきれいると思ったのだろうか。

場当たり的で、幼稚性(自我の未成熟)を感じる。


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2008年11月 4日

今週のメッセージ(平成20年10月分)

オールOK!子育て法に掲載した、「今週のメッセージ」10月の過去ログです。

信頼を築く(平成20年10月28日)

子どもの意識と親の意識は必ずしも一致しない。
むしろずれていたり、全く逆の場合もある。
オールOKしていくと、子どもは本当のことを言い出す。
例えば、親が自分のことを放っておいたとか・・・と。
親の側はそういうつもりはなくても、子どもがそう感じたなら、それが全てである。
言い訳しないで、子どもの要求に応え、信頼を築いていくことである。

主体的に生きる(平成20年10月22日)

いい子を演じて生きていく。
親に気に入られるように、人から嫌われないようにと。
ナルシシストは、褒められることを目的に行動する。
そうすると、本当に自分のしたいことと段々ずれていき、最後には自分の欲望がわからなくなる。
生きている実感を持ちにくい。
自分で物事の判断ができない。
分析は、人から見た自分ではなく、私はどう思うのか、何がしたいのかと、私に主体を置いて生きられるようにしていく。

子どもは母と共にと願う(平成20年10月14日)

小さい頃、母親と共に何かをすることが大事である。
一緒に遊ぶでも、日常の些細なことでも。
母親と共生、共有、共感を経験してきたことが、後に子どもが大きくなったとき楽しい思い出として再生される。
それを一人でしなさいと言われたり、放っておかれたなら、何かをするとき面倒くさくなる。
一人でやってつまらなかったことが思い出されるため。
どんな些細なことでも、子どもは母親と共に楽しみたい、喜びたい。
面倒くさがらずに、付合ってあげてください。

まなざしと声とスキンシップ(平成20年10月6日)

あるクライアント、子どもの頃メガネをかけたくて、わざと暗いところで本を読んだという。
分析を受け、母を語るうちに、母の怒った顔、不機嫌な顔など、嫌な母を見たくなかったのだろうと思ったという。
分析でいつも言う。
子どもに関心を向けてください。
具体的には、あたたかいまなざしと、声をかけ、スキンシップすることであると。
これが子どもの心を安定させ、健全な心を育てていくことになる。
監視の目、厳しく、しかる声は街のどこそこででも聞かれる。
「お母さん」と、まとわりいてきたら、しっかり抱きしめてあげてください。


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2008年11月 1日

分析家の独り言 160 (母から娘へ世代連鎖されるもの)

仕事に出かける準備をしているところに、両親が尋ねてきた。

私が福岡・鹿児島出張中に、上の娘が両親の所へ行って、ご飯を食べさせてもらっていた。

そのときのことらしい、母が「H子ちゃんは、おかずばっかり食べて、ご飯(お米)をあまり食べないな」

「その食べ方は間違ってるから、お米を持ってきた」と言った。

私は、また始まったと思った。

私が子どものときこれを聞いたら、「ご飯(お米)を食べないことは間違っていること、自分はおかしいんだ」と思っただろう。

まだ、この人は娘や孫に、母やおばあちゃんではなく、先生をする。

母の価値感、考えに合わないことは、すぐ教育しようとする。

母は昔小学校の先生だった。

もちろん私はご飯を炊いてある。

その日によって、ご飯(お米)を食べたり、食べなかったりするから、私は毎回「ご飯(お米)よそおうか」と聞く。

娘はお米がないから家でご飯(お米)を食べないのではない。

娘はおかずが好きだから、おかずを食べて、ご飯(お米)は特に食べなくてもいいときがあるのだ。

その食べ方は間違っている? 私はあきれて何も言うことがなかった。

きっと小さい頃から、私はこうして母の想いや考えに合わないことをすると、駄目だしされ、調教されてきたのだろう。

小さい子どもにとって親は絶対的存在であるため、そのことの是非に関係なく言うことをきくしかない。

今なら母の言うこと、考え方の偏りがすぐわかる。

しかし、長い間それに気付かず、そういうものなのだと思い込んできたことがいっぱいあった。

それを分析を通して検証し、自分を持った今、自分の偏りや生きにくさがどこにあったがわかる。

子どもには、とり入れるとき良いもの、悪いものの取捨選択はない。

その判断能力もない。

最初はせいぜい、とり入れたもの(言われたこと)を良いものと悪いものに振り分けることくらいしかできない。

母の偏りが、子どもに歪みを伝える。

そうして歪んだ私は、無意識にまた自分の娘たちにその歪みを伝えていた。

冷静にこのことを見つめ理解し、歪みを歪みとして認識できるようになってよかったと思う。

同時に、気付かずにいた日々が恐いと思う。

オールOKを学び、分析を受けているクライアントたちは言う、「下手なことを、おいそれと子どもに言えませんね」と。

私は「そうです、言われた子どもがどう思うかよく考えてから言ってください」

「ほとんどのお母さんは、思いつくまま、自分の感情のままに子どもに言葉をぶつけるから、子どもがしんどくなることがたくさんあるんです」と言う。

母もまたその母にいろいろ言われ、生き辛さを抱えて生きてきたのではないか。

しかしもう80近くなった母は、それさえも自覚することはないのだろう。


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2008年10月27日

分析家の独り言 159 ( 鹿児島にて)

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福岡出張の途中、10月25日(土)、26日(日)の二日間、鹿児島蒲生町へ行った。

蒲生八幡神社にある、樹齢1500年という大楠の木を見てきた。

その大きさ、雄大さはさすが1500年の歴史を感じる。

この木は、1500年にわたり、この世を見てきたのか、。

どんな思いで見てきたのだろう・・・と思う。

話は変わるが、今回鹿児島蒲生町に行ったのは、バスケットボールのゴールデンシニア大会出場のためでもあった。

バスケを楽しむ今年50歳になる女性から出場資格があり、日本全国から32チームが参加した。

この大会は生涯スポーツとしてバスケットボールを愛好する女性に呼びかけ、交流の場を提供し、楽しむバスケットボールを通じてその魅力を次世代に継承することと健康意識の高揚を目的として開催されている。(ウィキペディアより)

25日の夜には、霧島ロイヤルホテルで懇親会が開かれた。

飲めや歌えの宴会、女性のパワーはすごい!と思った。

私は今年初参加であるが、長くなると全国に知り合いができ、一年に一度会えることが楽しみでもあるようだ。

ゴールデンシニアデビュー戦となった今大会は、一勝一敗という成績であった。

頑張れた部分と足りなかった部分(これからの課題)の両方があり、まだまだこれから練習してうまくなっていきたい。

人生の楽しみ方はいろいろある。

私もこの年になってまたバスケが楽しめること、勝った負けたとワイワイいえる仲間がいることが私の財産の一つだと思う。

やはり、人は人の中にいてこそ人間。

その対人関係に悩む人々がまた多いことを、この分析を通して感じる。

来年は北海道で、この大会が開催される。

また仲間と共に参加し、汗を流し、交流を深めたいと思う。

2008年10月21日

分析家の独り言 158 (遅れてきて思春期)

ふと思いだしたことがある。

もう何年も前のこと。

30歳代の既婚の女性が暴れるということで、初回夫婦そろって分析に来られた。

物を投げたり、包丁を振り回したり、マンションの窓から飛び降りようとしたりする。

それを夫一人では止めきれず、警察を呼ぶこともある。

夫の些細な言葉にひっかかり、彼女(30歳代女性)はそれを自分でも制御できない。

ある夜、「また妻が暴れているので、家に来て欲しい」と電話が入った。

多分もう夜11時を過ぎていたと思う。

とりあえずかけつけた。

騒ぎは一応おさまってはいたが、彼女の両親が来ていた。

彼女は母親に向かって、文句を言う。

しかし母親は何をいっているのという態度でとりあわない。

いきなりコップのお茶を母親にかけ、飛びかかろうとする彼女を私が抱き止めた。

思えば、私の手を振りほどこうとすればできただろうに、彼女はそうはせず「助けて!」「助けて!」と泣いた。

それでも母親は反応しない。

私は思わず「あんたはそれでも母親か」「娘が助けてといっているのに何もしないのか」と叫んだ。

それでも母親の冷ややかな目。

夜中2時頃だったろうか、クライアントの家を彼女の両親と一緒に出た。

玄関まで歩く途中、娘を受け入れてやって欲しいと私は言ったが、母親は「今のあの子を抱きとめることはできない」と言った。

母親の求める、いい子からは外れた娘を認められないということだ。

現象から言えば、これは家庭内暴力。

家庭内暴力は、思春期の子どもがすること。

それが結婚もした30歳代に出てくるとは =“遅れてきた思春期”である。

本来出すべき思春期に出せなくて、持ち越した分厄介である。

他の例では、同じように30歳代の男性だが、それまで社会適応し働いていたが、突然仕事をやめて家にひきこもり、暴れだしたというのもある。

親は手に負えず、どこか病院なり施設へでも入れたいと言った。

分析はそれをすすめない。

彼の行動の意味を知り、親のもとで世話をし、30歳であっても育てなおしをすることをすすめるが、なかなか理解してはもらえないが現状である。

いくつになっても、心に整理のつかないこと(愛を憎しみ)は残り、その人の人生に様々なかたちで影を落とす。


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2008年10月19日

分析家の独り言 157 (育てなおし)

子どもにオールOKをしてもらうと、これまで子どもに欠けることが多いほど、子どもからいろんな要求が出てくる。

家族のいつものサイクルとは違う時間にご飯を作ってと言われたりする。

それが朝早くであったり、夜中であったりすることもある。

突然買い物につれて行けとか、○○を買って来てといわれることもある。

どこどこへ送っていって、迎えに来てということもある。

そうして親を振り回す。

それにオールOKで応えてくださいという。

対応する親御さんは、もちろん大変である。

と同時に不安になる。

本当にこのまま子どもの要求に応えていいのだろうか、わがままになって、どこまでも要求されるのではないか・・・と。

子どもが親を振り回すということは、親を信頼し始めた証である。

信頼のない人に、ものを頼んだり、甘えたりはしない。

オールOKすることで、子どもとの信頼をもう一度築きなおす。

これまで育ててくる間には、親が支配的で、子どもに「ああしなさい」「こうしなさい」と命令指示してきた。

そのことによって、子どもの主体性を奪ってきた。

親は子どものためと思って言ってきたこともあるだろうが、それは子どもには押し付けでしかない。

真に子どものためというならば、命令指示ではなく、怒るのでもなく、子どもの意向をまず聞いてやることだろう。

どうしたいのか、何が好きで、何が嫌なのか等を。

そういうコミュニケーションをとらず、ただ良いの悪いのといわれても、子どもは納得いかない。

それでも子どもはけなげで、親の顔色をみて、親の言うことを聞こうとする。

子どもは“よるべなき”存在とフロイトはいう。

この“よるべなき”存在である子どもは、親の保護・庇護を必要とする、それなくしては生きられない。

だから、自分の想いを伝え、言うことをきいてもらうことは良いことであり、当然の権利である。

ところが「わがままを言ってはいけない」「迷惑をかけてはいけない」と、親に気を使う。

子どもが人を思いやり、気を使うのは、まず親から思いやりをかけられ、そのなかにドップリ浸かってからのこと。

そうして与えられた子は、人に与えられる人になる。

わがままにしているのではなく、受け入れることで、自信や自己肯定感、健康な自己愛を育てる、これを育てなおしという。

これにより様々な問題を呈した子どもが、息を吹き返し、いきいきと自分を生き出す。

その最初のサインの一つが、親を振り回すという形で表れる。


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2008年10月17日

分析家の独り言 156 (言えることは癒えること)

人は皆、自分の言いたいことが言えないで病んでいく。

子ども時代、親に「あれがしたい」「これが欲しい」「それは嫌だ」・・・と、本当の気持ち、欲望を語れたらいいのだが。

いつも親から、「ダメ」という言葉が返ってくるため、子どもは「どうせ言ってもだめだ」と、あきらめていく。

親や、家族の争いをみてきたために、仲裁役や、その中で自分がどう立ち回るのがいいのかを考えて動く、すると当然自分の言いたいことは言えなくなる。

親は無意識に、自分の言うことを聞かなければ見捨てるぞ、というメッセージを発する。

子どもは敏感にそれを汲み取り、自分の言いたいことを抑えて親に嫌われないような言動をとる。

そういった人との付合い方を子どもの頃から身につけてしまうと、その後の人間関係がギクシャクする。

人の顔色を見て、人に嫌われないように、人に合わせたりする。

しかしそれは疲れる。

人付き合いを出来るだけ避けたくなる。

あるクライアントは、人付き合いのなかで本心が言えないことがある、特にそういう人と接しなければいけないとき、そこから逃げたくなるという。

人に合わすことはしんどいので、人を避けて、できるだけ人とつきあわずに生きて来た。

そのために、人とつながる快感、心地よさを知らずに来たという。

それが今、人ととつながることの楽しさを知り、人への興味が出て来たともいう。

子ども時代にまず親との間で、言いたいことが言えることが大事である。

それができなかった人が、分析場面で分析者に語り続ける。

時に涙を流しながら。

分析家はそれを否定せず、受容と共感を持って聴き続ける。

そこに信頼が芽生え、何でも言える関係ができる。

そうして癒されつつ、分析者の言葉、解釈が少しずつクライアントの中に入っていく。

そしてクライアントは変容していく。

それにはまずは、何でも言えるようになること。

こんなことを言ったら変に思われないか、非難されないか、怒られないかと心配せずに。


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2008年10月14日

分析家の独り言 155 (症例:トイレ)

あるクライアント、上の子を出産した頃から緊張するとトイレに行きたくなる、という症状が始まった。

軽いものは一般の人にもあるが、彼女の場合は、出かける、乗り物に乗るとなると、症状がきつくなる。

例えば、家からバス停までの2分の間にも「トイレに行きたい」が始まり、家に戻ることも度々あるという。

当然、電車で遠出は出来ない。

それでも出かけなければならないとなると、まず特急電車には乗らず、各駅停車の普通に乗り、トイレに行きたくなったらいつでも降りられるようにする。

車で出かけるときは、出先のどこにトイレがあるかをあらかじめ調べておかなければならない。

このため普段行動するのは、自転車で行ける範囲に限られていた。

彼女自身、なぜこんなに「トイレ」「トイレ」ということになるのかわからなかったが、この症状に30年間苦しんできたという。

それが最近気付いたことがあると。

前回、京都の彼女の家から滋賀県大津市の当研究所に来る間、いつもなら途中1~2回は必ず駅のトイレに行くのだが、1度もトイレに行かずに来られたという。

自分でも「あれっ」と思った、そういえばあんなにトイレが気になって、どこへ出かけるにもそのことが頭から離れなかったのに。

まだよくはわからないが、これでどうやら30年間悩んだトイレの症状から解放されそうな気がすると。

クライアントのプライバシーがあるため、細部にまでは書けないが、そうなるにはクライアントの養育史上の様々な背景がある。

彼女自ら言う、自分の中に「(いつも)真面目に、しっかり働かなければいけない」

「人の何倍も頑張らなければ、自分は人並みではない」という想い(メッセージ)があり、それに追いたてられていた。

いつも頑張らなければならない、その彼女が唯一、一人でリラックスできる場所がトイレだった。

彼女いわく、「だってトイレに入っている人に、今すぐ仕事しろとは言わないでしょ」と。

なるほど、人は何を抱えて、どういう意味を形成しているかわからない。

しかし、それを説いていくと、こうして症状は消えていく。

しっかりしなければ、人並み以上に頑張らなければと、彼女は自分の内なる声に追い詰められ、それから逃げられる場所がトイレだったとは。

分析に触れ、自分を振り返り、過去を整理するうちここにたどり着き、どうやらこれで30年間に及ぶ症状とさよならできるようだと微笑む彼女と、それを共に喜べる分析家という仕事はやはりいいものだなと思う。

そう思う私は、長い間共感という世界とは程遠く生きてきた人間であった。

(上記の文章は、クライアント本人の承諾を得て掲載しています)


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2008年10月12日

分析家の独り言 154 (信頼の難しさ)

9月のある夜、携帯電話がなった。

若い女性の声、携帯でホームページを見たという。

「分析がどういうものかわからないが、受けてみたい」

「勤めがあるため夜がいい」と言うので、「明日の夜どうか」と言うと、

「今からこの電話で分析を受けられないか」と言われた。

もう夜9時はしっかり過ぎていた。

突然の電話でこんな夜遅くに、今から分析とはどうしたものかと思ったが、それほど急を要することなのかと思い、OKした。

直接の悩みとは外れるが、親子関係に触れ出したところから、彼女の口調が変わり出した。

クライアントがそうであるように、そこに大きな問題を抱えていることがわかる。

分析の規定である45分間話をし、電話での分析ではなく、直接会える形で分析をしたいので、関東方面で分析家を紹介して欲しいというので、私は関東方面の分析家仲間の名前・連絡先を教えた。

電話での分析は私の指定口座に振込みをしてもらうことになっている。

彼女のほうから振込先を聞いてきたので、新生銀行の口座を教え、振り込むことを確認したうえ電話を切った。

ところがいっこうに振込みがなかったので、彼女の携帯電話に振込み依頼の電話を入れた。

すると、「あれが分析とは思えない」、「あなたの無言の時間が多く、実質45分話していないから、1万円は払えない」」

「振込みするのを忘れていた」、「それくらい嫌な思いをして早く忘れたかったから、振込みするのを忘れたのだろう」

「途中から、あなたの声を聞くのも嫌になって、早く電話を切りたかった」などと言い出した。

「それなら、そのときにクレームをつけるべきでしょう」

「しかも、あの時点で、振込先を聞き、振り込むと言いましたよね」

「それを後になって、ああだこうだと文句をつけて払わないのは契約違反でしょう」と私は言った。

私もこの仕事をして10年近くになり、これまで電話での分析もいくつかしてきたが、振込みを忘れたとか、こんなことを言われたのははじめてである。

私は相手がどんな人かはわからない、相手も私がどんな分析家かはよくわからない。

それでも何らかの信頼をもって、分析をする契約を結ぶ。

特に電話の場合は、どこの誰かもわからないまま、こちらとしては分析料を支払ってもらえるものとして分析依頼を受ける。

今までのケースで、すんなり支払われなかったことはなかっただけに、正直私なりにショックだった。

私は最後に、「おせっかいだろうが、人間関係の根本は親子関係にあるから、お母さんとの関係を見直された方がいいと思う」と言って電話を切った。

ほとんどの人の悩み、苦しみは突き詰めれば、親との関係にあることを思うと、親の役割、その存在の大きさを今更ながら痛感する。


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2008年10月 8日

分析家の独り言 153 (ラカン精神科学研究所HP1万件アクセスありがとうございます)

おかげ様で、ラカン精神科学研究所のホームページへのアクセスが、昨夜1万件を超えました。

昨年2007年4月にホームページを作り出してから、1年半の間に、多くの方に見ていただきありがとうございます。

その後作った、『天海有輝のセラピー日記(ブログ)』や、『オールOK!子育て法』を見て、コメントやメールをいただきます。

中には、「分析家の独り言を全部読んで来ました」とか、「印刷して全部読みました」と言われる方もおられ、私のほうがビックリし恐縮する次第です。

また、ホームページ等を見たと連絡をいただき、分析や理論を受けられ方が増えております。

私は私なりに、分析というものを皆さんに知っていただいきたいと思い、、『天海有輝のセラピー日記(ブログ)』等を書いてきました。

分析は万能ではありません。

全ての人に受け入れられると限ったものでもありません。

しかし、分析をいうものがあり、それがどういうものであるかより多くの方に知っていただきたい。

もし分析に出会って自分の人生を好転しようと取り組む人がいるなら、サポートしていきたいと思っています。

質問や激励をいただきそれが励みになります。

これからも日々感じたことなど発信してきますので、おつきあいください m( _ _ )m

ラカン精神科学研究所  宣照 真理(天海 有輝)

今週のメッセージ(平成20年09月分)

オールOK!子育て法に掲載した、「今週のメッセージ」の過去ログです。

母の愛は強い(平成20年9月29日)

子どもさんに何らかの問題があり、お母さんが分析にこられるケースが多々ある。
それは、子どもの不登校であったり、ひきこもり、非行など。
当事者である子どもが直接分析に来てくれれば、それにこしたことはないが、なかなか来ない。
お母さんが分析に来て、子どもへの対応法をアドバイスする。
理論的に説明して、納得していただき、家で子どもに実践してもらう。
最初は迷いながらでも、失敗しながらでもオールOKをやり続けると、子どもは必ず良い方向に変わっていく。
母親が子を思う気持ち=愛は強いのである。

子どものサイン(平成20年9月23日)

子どもさんの様々な問題を抱え、分析に来られる。
ひきこもりであったり、不登校、非行など・・・
まずはその子どもさんへの対応法をお話しする。
お母さんは子どもにオールOKするが、周りからいろいろいわれると迷い出す。
何事も定着するまでには時間がかかる。
やれば子どもの変化が見える。
まずは親を振り回し出したり、要求がでだす。
それは、親を信用し出した証拠。
とてもいいサインである。
これまでにも、子どもは様々なサインを出してきていたはずである。

心のマタニティー講座開催(平成20年9月16日)

心のマタニティー講座を開催します。
産婦人科での出産準備の胎教を整える講座とは異なり、
妊婦の精神面・・「親になる覚悟」「親とは何か?」「特に妊娠中に気をつけて欲しいこと」「胎児の心身の成長」
等について理論的に解説します。
「子育て」は胎児から始まっており、この時期の母体からの影響は即、胎児に伝わります。
命が宿ったその日から、子どもへの配慮と関心を向けなければなりません。
これが、最初の子どもへの「オールOK」=「母性」なのです。
実は「オールOK」とは、母性の異名なのです。
続きは、講座にて・・奮っての参加をお待ちしています。

無知であることの悲劇(平成20年9月8日)

今朝、テレビのニュースで報道された事件。
岡山で、父親が部屋に無断で入ったことに怒った息子が包丁を持って暴れた。
父親はその包丁を取り上げようとしてもみ合いになり、息子を刺し殺した。
「オールOK!子育て法」のよくある質問Q4や、セラーピー日記 分析家の独り言 106 (2005,10 ひきこもりの青年父親を撲殺) でも書いたが、子どもの部屋に勝手に入ってはいけない。
なぜ同じような事件が起こるのか。
なぜ学習しないのか。
無知であることの悲劇である。

発達論:真理を知る(平成20年9月3日)

当研究所のホームページやブログ、オールOK!子育て法のページを見て問い合わせ、分析依頼の連絡をいただく。
その中で聞くのは、「精神科、心療内科へ行っても治りません」
中には、「公的機関のカウンセリングに行きましたが、よけいに子どもが荒れました」というものもある。
その対応法はどこから、どういう根拠の元に言われているのか、おそらくなんの理論的裏付けもないだろう。
せめて発達論は理解していただきたいと切に願う。

天海有輝(宣照真理)

2008年10月 7日

分析家の独り言 152 (京都子育て相談室から:子育ては自分育て)

昨日、京都での『子育て相談室』での話し。

オールOKで子どもに対応するお母さん方からよく聞かれることである。

子どもが、「どこどこへ行きたい」と言う。

お母さんは、雨も降る夕方に出かけるのは面倒くさい、邪魔くさいので本当は行きたくない。

つい「ダメ」「行かない」という。

それで子どもがおとなしく引き下がるわけもなく、お母さんもオールOKしなければと思い直し、結局行くことになる。

どうせ行くなら、最初から気持ちよく子どもに「行こう」と言ってあげればいいこともわかっているが、それがなかなか言えない。

結果子どもの言う通り行くのなら、否定から入らないで、気持ちよくOKした方が、子どももより受け入れられたと思える。

「どうせ時間とお金を使うなら、より効果が上がる方に使うのがいいでしょう」、と分析者はいう。

ただ、そこには母親のコンプレックスが関わる。

頭ではわかっていても、気持ちが、体がついてこないで、つい拒否t的、否定的言語が口から出る。

ああ、私もそれに何年悩んだことだろう。

私は、自分は何が欲しいとか、どこどこへ行きたいとかそんなことを親に言えなかった、言っていいとも思えなかった、それなのにあんたたち(娘たち)はいいよね、言えば応えてもらえるんだからと妬ましかった。

そこには、子どもと同じように自分の要求を出して応えてもらえる理想的自分と、そうではなくいつもダメと拒否された悲しい自分が見える。

そこで葛藤する。

本当は自分の要求を出したかった、そしてそれを無条件で受け入れ対応して欲しかったのに、いつも見捨てられた自分に整理がついていない=フロイトのいう子ども時代が終わっていない。

そのようにして欲しかったことも、そうされなかったことも、もう過去の話であるはずが、大人になり母になった今も引きずっている。

その子ども時代を終わらせ、親の立場に立ち、子どもに応えられるようになるために分析がある。

それはまた自分を成長させることになる。

子ども時代で止まっている心の時計を動かすと、これまで気付かなかったこと、知らなかったことがいっぱい見えてくる。

「子育ては自分育て」という言葉が思い出される。


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2008年10月 4日

分析家の独り言 151 (枠をはずすと楽になる)

自分を含め、クライアントは育ってくる間に他者(主に親)によってはめられた枠に縛られている。

「~べき」「~なければならない」の世界に生きている。

私も分析を受け始めた頃、分析者から「枠が強すぎる」「枠など持たないほうが楽でしょう」と言われた。

自分も人も、この枠にはめようとする。

今になるとわかる、この枠があるために生きにくかったと。

こうでなければならないことなど、まずない。

○○であってもいいし、△△であってもいい。

ただいろいろある中で、自分はどれを選ぶのか、何に価値や意味を見出すのかだけである。

それを選ぶのは自分自身であるはずだが、それを親はこうあるべきだと押し付けてくる。

子どもはそれを無視も、否定もできず、そういうものかと思ってしまう。

そして気がつけば、自分もガチガチの枠にはまってしまっている。

本来は人と接するなかで、自分は■■がいいと思ってきたが、○○の方が良さそうだと思えば、○○を採用しそれでやってみればよい。

そうして出し入れ自由で、柔軟な自我を構築していくと生きやすい。

あるクライアントの話。

町内の防災の役をしていて、町内から借りた懐中電灯をどこに置いたかわからなくなったという。

次の見回りのときにまた使うのに大変だと、探し出した。

夫に聞いたら、、「どこかで見た」という。

「それどこ? 探して」とクライアント。

思い当たるところは探したがない。

そこで、「まあいいわ、次の見回りまでまだ時間はあるし、それまでに探せばいい」

「もし見つからなければ、弁償したらいいわ」と思った。

これまでのクライアントなら、見つかるまで家捜しした。

それでもないとなれば、町内の人になくしましたと報告し弁償しなければならないが、それを言ったら「なんていい加減な人、町内の備品をなくすなんて」と思われるだろう。

人から自分がどう思われるかが気になって、しんどかったと。

クライアントから聞かれる「生きるのが楽になりました」という言葉、、私も同感である。


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2008年10月 1日

分析家の独り言 150 (言葉は正確に無意識を辿る)

荒れていた子どもが、父の仕事を一緒にやるようになった。

その子がパソコンで仕事関係のことを検索し、「お父さん、ちょっとこれ見てみ」といった。

そばで様子を見ていた母親は、ハッとした。

「おっさん」とか、「おとん」と呼んでいた子が、父親のことを「お父さん」と呼んだ。

子どもが父を父と認めたとともに、夫は父親をしていたということだと思ったと言う。

そういえば思い出す、我が子のことを。

下の娘が不登校をしていた中学のとき、母親である私のことを、「おばちゃん」と呼んでいた。

そのとき、「おばちゃんじゃないでしょ、お母さんでしょ」と言いかけて止めた。

今のこの子にとって、私はおばちゃんでしかないのかもしれない。

母親と認められていない。

ならば、無理やり「お母さん」と呼ばせても意味がない。

しっかり対応して、母となり、自然と「お母さん」と呼ぶようになるまで、私が頑張るしかないと思った。

言葉は正確に無意識を辿る。

学校へ行きだし、母親である私のことを時々間違ったように「お母さん」と呼ぶことがあった。

「お母さん」と言ってしまった自分に、娘はビックリしたようで、「今私、お母さんっていったよな」と言う。

やはり、あの時娘に無理強いしなくてよかったと思うとともに、何気ない日常の言葉の中に無意識が見え隠れすることをあらためて感じた。


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2008年9月30日

分析家の独り言 149 (オールOK:育てなおし)

子どもにオールOKをした、あるクライアントの語り。

子どもが荒れて非行に走った初めの頃は、「母親として私は頑張ってきた」「自分は何も悪くない」、と思っていた。

ところが分析を知り、子どものあるべき成長の過程を知ると、食べて、着せて、寝させていたら子どもは育つものと思っていたが、それは違っていたこと、母として人として自分の歪みに気付く。

そして、オールOKで子どもに対応をし出す。

最初は、子どもを少しでもよくしようと思ってオールOKするが、その親の欲が消えたときから子どもにかける言葉が子どもの中に入っていく。

損得抜き、駆け引きなしの無償で出す言葉が、子どもを成長させる。

非行に走らなければ学べることもあった、できていたはずの可能性を、今から育ててやりたいとも思ってオールOKした。

人としての成長をストップして、暴走した子ども。

人が心を成長させられるのは、自分で自分を大事だと思うから。

かけがえのない自分と思える中にドップリつからなければ、「こうしたい」「こうなりたい」の芽は出ない。

自分の欲望を感じるには、自分をいとおしいと思えること。

そのためにオールOKをする。

それによって、あるがままの子どもを認め、受け入れ続ける。

自分が育ってきたことしか知らないから、自分の育ち方が普通、当たり前と思ってきたが、子どもを育てなおしていくと、自分の抜けているところがいっぱい見えた。

子どもを育てるには、子どもをしっかり見なければできない。


子どもを育てることは、自分を知り、自分を育てることでもある。

何年も前、クライアントが自分の間違いに気付き、子どもの良さをのばしてやれなかった、子どもの可能性を摘み取ってしまったと泣かれたときのことを思い出す。


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2008年9月23日

分析家の独り言 148 (分析がもたらしたもの:変容、成長、理解)

分析を受けると、じょじょにものの見方、考え方が変わってくる。

ぞれまで悪いのは相手だった。

その相手とは、例えば夫であったり、子どもであったり。

相手が悪い、腹が立つからぶつかっていく、「何であんたはそうなん、謝って!」

あるときから、そのぶつかっていく自分を考える。

「謝って」と相手をどんどん責める自分って、一体何を求めているのだろう?

そこまで相手を責めて責めて、そんなに私は謝って欲しいの?

例え相手が謝っても、それは本心じゃない、その場を納めようとしてるだけ、それに意味はあるの?

自分の中で問いが始まり、葛藤する。

自分を切り刻んで、自分と向き合った。

それをしなかったら、夫と離婚していたかもしれないとクライアントはいう。

自分を堀下げて、自分の人生を人のせいにしないという結論に達した。

相手がどうであれ、自分はどうするのか。

相手に望まないでおこう、自分を変えよう、成長させよう。

それまでは、相手が自分に合わせて欲しいだったのが、相手が自分に合わせて欲しいということにくらい合わせられる、それが大人だろうと思った。

しかし自分をしっかり持ちながら、流されないで、自分は自分を生きよう。

相手を活かし、自分を活かす、それが本当の大人。

自分の感情をコントロールできるようになった。

子どもの問題が終わってから、ここまでくるのに4年の歳月がかかったという。

夫婦共謀という理論を聞いていたからできた。

人と理解しあうことが出来た初めての人が子どもであった。

家族以外では分析者だったとクライアントは言った。


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2008年9月20日

分析家の独り言 147 (母親の笑顔)

子どもさんへの対応を話すとき、オールOKとともに、「最初は演技でいいから、笑顔で接してください」という。

お母さんの笑顔が、子どもの健康な精神を育む。

子どもにとって、お母さんの普通の顔は怒ってるように見える。

もう何年も前、たまたま見たテレビで実験をしていた。

1歳未満の赤ちゃんが横になっているところの横に、お母さんに立ってもらう。

お母さんが笑顔で、赤ちゃんに微笑みかける。

すると、赤ちゃんも微笑む。

今度は、お母さんに怒った顔で、赤ちゃんを見る。

すると、赤ちゃんは間もなく泣き出す。

最後にお母さんに普通の顔で赤ちゃんを見てもらう。

すぐには泣かないが、次第に顔が泣き顔になっていき、ついには泣き出す。

この番組が、子どもにとってのお母さんの笑顔の意味を証明してくれた。

また、あるクライアントが言った。

「これまでは、口ではいいよと言いながら、顔が怒っておいた」と。

それでは、「いいよ」の言葉とは相反して、顔で「だめ」と言っているのと同じ。

これをダブルバインドという。

矛盾したメッセージを同時に出しているので、子どもは良いと悪いのどちらのメッセージに従っていいのか迷い、引き裂かれていく。

だからこそ、オール=全てOKするのである。

そこに矛盾はない。

全てが受け入れられ、肯定される世界がある。

母親の顔色を見ることなく、裏のメッセージを読み取る、察するというややこしいことをせず、ストレートに自分の思いを出せる。

子どもは言いたいことが言えないで、病んでいく。


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2008年9月17日

分析家の独り言 146 (性格を知り、変える)

3年前にバスケットを始め、練習をし試合に出るようになった。

バスケをする中でも、自分の性格が見えることがある。

その日によって、自分もチームも調子のいい、悪いがある。

チームが調子が良くて、みんなのシュートが入ると、私は任せてしまう。

チームの調子が悪く、自分の調子がいいときは、これは自分が何とかしなければいけないと頑張る。

いつも積極的に前へ前へと行くといいのだが、どこか引いてしまう弱気の自分が見えるときがある。

もうこの歳だからと、逃げ腰の私。

ただ、自分がなめられたと感じたときは燃える、なにくそと頑張る^^

「なめらる」ということにコンプレックスがありそう、これは自己分析の必要有り。

女性であっても、積極性は大事である。

時と場合に応じて、積極的に行くときと、引く時を使い分ける、そのバランスが大事。

このバランスを今の自分はとれているだろうか。

バスケに限らず、日常の生活のなかで、また仕事上で。

小さい頃は、引っ込み思案で、消極的な子どもだった。

また、高校のバスケの指導者から「石橋を叩いても渡らない性格」といわれた。

「慎重すぎる、もう少し冒険しても行けるところは行け」、と言いたかったのだろう。

それも、育ってくる間につくられた性格。

何かすれば、承認より、非難、文句、否定、拒否がくることが多かった。

それでは、子どもは積極的になれるわけがない。

それならいっそ何もしないほうが文句や否定されることがないだけまし、と思う。

それでも何かをするときには、失敗しないように、慎重にならざるを得ない。

そろり、そろり、様子を見ながら、回りの反応、顔色も気になるだろう。

なんとか社会適応してはいたが、ギリギリのところを(精神的には)死にながら生きてきたんなぁとあらためて思う。

もう忘れかけていた自分の名残りに時々出会う。

そして、今後の自分の課題がわかる。

自分に足りないものを知り、改善していく、なりたい自分をめざして日々変容、成長していく。


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今週のメッセージ(平成20年08月分)

オールOK!子育て法に掲載した、「今週のメッセージ」の過去ログです。


安心と安全(平成20年8月25日)

子どもにとっての親の大きさを思う。
他の動物に比べ、未成熟な状態で生まれてくる人間の赤ちゃんにとって外界の危険から守ってくれ、失われた子宮内生活をつなぐ唯一の存在である母親は、極度に高い価値をおびる。
この生物的要素は最初の危機状況をつくりだし、人間につきまとってはなれない、愛されたという要求を生み出す。
とフロイトはいう。
ここで母に守られ、安心と安全を体験できる人は幸せである。
人は、そうでないことが後々まで影響するとは知らずにいる。

OKし続けること(平成20年8月21日)

子どもへのオールOKがすぐには出来なくて、出来ない自分に×(バツ)をつけてしまうことがある。
頭でわかっていても、どうしても「いいよ」が言えなかったり、すぐ反応出来なかったり、はずしてしまったり・・・
それでもあきらめず、やろうとする努力が尊い。
やり続ければ、必ず出来るようになるし、子どもも自分もOKな存在になる。

何気ない風景(平成20年8月12日)

クライアントの家からの帰りに乗った電車のなかでのこと。
4人かけ席の前に、小さな男の子の兄弟を連れたお母さんと一緒になった。
上の子は4歳くらい、下の子は2歳くらいだろうか。
下の子はじっとしていない。
それを怒ることもなく、抱いたりあやしたりしている。
携帯電話をおもちゃにして、お母さんが「返して」といっても「いや」という。
それを無理やりとりあげることもなく、子どもが離すまで待っていた。
男の子のお母さんは大変だなと思いつつ、このお母さんはなかなか大したものだと思った。

天海有輝(宣照真理)

2008年9月13日

分析家の独り言 145 (オールOKがもたらしたもの:子どもとの理解)

あるクライアントが言った、「一番訳のわからなかった人間(子ども)が、オールOKして一番わかる人間になった」と。

オールOKすることで、子どもを理解したいと思うようになり、それを続けると、子どもが母親を理解していった。

オールOKする側が、損だとか得だとかではなく、「れる」「られる」が逆転する。

母親であるクライアントは子どもにオールOKさせられる人だった、それが、理解される人になった。

オールOKをやっていくと、最初は当たり前のように要求していた子どもの言葉に、思いやりが見られるようになる。

「悪いけど、買い物のついででいいし、△△買っといて」というように。

また母の方も、「帰ってくるまでに、お母さん〇〇しといて」と子どもに言われると、何を置いても一番にやる。

互いを理解し好きになり、オールOKすることが心地よいと思えるようになると、自分が生きている限り、やり続けてやろうと思う。

頼られて、「ああして」「こうして」という子どもに応え続けるうちに、親子っていいものだなと思えるようになった。

子どもの頃にこの経験を親との間でできた人と、経験のなかった人では人生が違うだろうと、クライアントは言う。

それは、認められ、甘えられ、安心と安全の中で自分を肯定できる世界。

逆に言えば、本来子どもはそこで育つもの、そこでしか生きられない。

このクライアントは自分には「甘える」ということがなかったという。

そういう人は、子どもの甘えを受け入れられないのが普通。

しかし、尋常ではない状況があったために、オールOKせざるをえないと覚悟を決めて実践した。

いつも彼女は言う、「オールOKは、子どもを立ちなおらせる以上のものを自分に与えてくれた」と。


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2008年9月12日

分析家の独り言 144 (父を否定し超える)

分析家の独り言(京都9月子育て相談室から)を自分で読み返して、気がついたことがある。

子どもにオールOKできるはずのない私が、なぜあきらめずにやれたのか?

一つには、分析家を目指したこと。

もう一つには、父を否定し、超えたかった。

父は私が小学生の頃、宗教を始めた。

その地域で、その宗教の支部長になった父から言われることは、「感謝報恩」。

そして、父は子どもである私に「感謝すること」を強要した。

「生まれてきたことに感謝、生きていることに感謝、親に感謝、先祖に感謝せよ」と。

しかし、当時の私は「死にたい」と思って生きていた。

そんな中で「感謝しろ」といわれる、それは無理だった。

父に逆らえば、さらに家での居心地は悪くなるし、威嚇と暴力におびえていた私は、感謝するふりをするしかなかった。

後に分析に出会い、「与えられ満足した者は、自然と感謝の気持ちが湧いて来る」と聞いた。

それは、親が子どもにオールOKし、子どもは、「こんな私に親はここまでしてくれた、申し訳ない」と思う。

この気持ちが感謝だと聞き、納得した。

感謝は、人に言われてすることではないはず、そんなことも冷静に考えられないほど、私は私を持てずにいた。

さらに、「感謝」「感謝」という父が、子どもの私の目から見ても、本当に感謝して生きているようには見えなかった。

父の発する言葉と、その行動の不一致を常に感じていた。

この父を否定し、超えるためには、私は言動の一致する人間になることだった。

その中で私に出された課題は、一番私には難しい子どもへのオールOKだった。

頭ではオールOKは知っている、言葉に出しても言える、じゃあ出来るの?

本当は、しなくて済むならしたくない、でもそれでは私が否定した父と同じではないか。

それだけは嫌だ。

この想いがまた、オールOKをしようとする私を支えた。

「父を否定したものがファルスとなる」という、ラカンの言葉が思い起こされる。


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2008年9月10日

分析家の独り言 143 (京都 9月子育て相談室から)

個人分析を受けつつ、子育て相談室でも学んでいるクライアント。

「これまで自分は子どもに、オールOKをしてきたつもりだったが、どうやら 違っていたみたい」という。

確かに子どもの要求に応えては来たが、どこかで仕方なくやってきたと。

最初は仕方なくでもいいから演技をし、とにかくオールOKで対応してもらう。

しかし、そうするうちに少しずつ気持ちが伴ってきて、子どもが満足し、喜ぶ顔をみて母親の側もやって良かったと喜べるようになる。

ところが、このクライアントはそうではなかった。

今やっと子どもへの気持ちが伴って、オールOKが出来はじめ、今までのは違うとわかるという。

私の場合、オールOKをしようとしても、自分のコンプレックスが邪魔をして、

「私はこんなことしてもらっていない」

「その私がなんでオールOKしなければいけないの」

「でも、それをしなかったら、子どもたちはあんた(私)と同じ辛い思いをして、生きにくさをずっと抱えて生きていくことになる、それでもいいの」

「いや、それだけはいやだ」

そんな葛藤を自分の中で幾度繰り返しただろう。

きっと、他の人はもっと簡単に、気持ちよく子どもにオールOKしていけるんだろうな、それほど私の欠損は大きいのか・・・

そう思いながら10年以上を過ごしたように思う。

「オールOK!子育て法」など、ひっかかるはずもなかった私が、それでもなんとかやれたのは、精神分析を仕事としてやっていくという意思があったからだと思う。

分析を受けながら、分析家を目指し、養成講座を受け理論の勉強を始めた。

それでもなかなか子どもにオールOKが出来ず、そんな自分に落ち込んだ。

人には「子どもさんに、オールOKで対応してください」と言いながら、自分が出来ない、しないでは済まされない。

それでは分析を仕事には出来ないだろうと、葛藤を抱えつつ昨日よりは今日、今日より明日、少しでも出来るようにと、自分なりに努力した。

やり続ければ、自然に出来るようになる。

子どもの変化がその努力を支えてくれた。


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2008年9月 8日

分析家の独り言 142 (初秋の夜の出来事:無意識を見る)

昨夜、娘がお風呂に入っていて、「お母さぁーん」と呼ばれた。

行ってみると、お風呂の排水溝がつまり、お風呂場の床に水がたまっている、困った・・・

私は、排水溝のふたをとり、「浴槽のエプロンのはずし方」というのを読んでエプロンをはずした。

これで排水溝のフタがはずせた。

髪の毛や石鹸かすなどのごみがあらわになり、カビの臭いで吐きそうになる。

出来るだけ、ごみを取り、パイプをはずすと、「ゴボゴボ」と音をたてて汚水が流れていった。

浴槽側面のエプロンの内側や、浴槽裏側、床も汚れがこびりついている。

これに、洗剤をかけきれいに落とした。「ああ、すっきりした」。

ふと思った、人の無意識もこれと同じようなものだと。

普段は見えないが、その奥(無意識)には汚れがいっぱいこびりついている。

それは、見捨てられたり、拒否されたりした醜い・汚い自分。

そこには憎しみや、悔しさや悲しみなど様々な感情が伴う。

そんな自分は見たくない。

「それを見て、きれいに掃除しましょう」というのが精神分析。

しかし、余程の事がなければ、分析にきて、そんな自分と向き合おうとはなかなか思わない。

「排水溝に詰まったごみがたまりすぎて、流れなくなり床に汚水がたまりだす=症状」と考えるとわかりやすい。

このままでは日常お風呂に入れなくなる=症状により日常生活にさしさわりが出る。

そうすると、いやでも、その排水溝を掃除せざるをえないとなり、分析に来る。

わかりやすい例えだと、一人納得した初秋の夜の出来事だった。

私はこの分析(掃除)を14年間やってきたのだと思った。

14年前、実際に症状(水が流れない)は出てはいなかったが、当時の私の第六感だろうか?何か危ないと感じたのだと思う。

しかし、あの時「もうギリギリのところまで来ていた」と、今振り返るとわかる。


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2008年9月 7日

分析家の独り言 141 (人生を楽しむ)

分析理論の中に「思考は物質化する」というのがある。

分析を進めていくと、無意識が意識化されていく。

そして思考が現実化していく、そのことが自分でもはっきりとわかった事象がある。

その一つ、私事であるが3年前のこと。

47歳の夏頃、スポーツをしたくなった。

何を始めようかと考えたとき、やはり学生時代に打ち込んだバスケットボールをもう一度したくなった。

これでも中学のとき全国大会に行き、高校ではインターハイ、大学ではなんとか関西の1部リーグで試合をした。

精神的に辛い時代を支えてくれたバスケでもあった。

バスケをしたいなと思い始めた頃、恒例の中学の同窓会が夏、滋賀の琵琶湖ホテルで開かれ参加した。

そのとき7歳年上の中学の先輩をエスカレーターのところで見かけた。

その人は私たちが中3のとき大学4回生で、よく練習に来てくれていた。

偶然同じように同窓会だという。

その先輩が滋賀で教師をしバスケに関わっていることを知っていたので、「どこか滋賀で私がバスケをできそうなチームを紹介してもらえませんか」と頼んだ。

そして今私が所属するチームを紹介してもらい、練習や試合にでるようになった。

あの3年前の夏、同窓会に行って、先輩に出会わなければどうだっただろう。

一般的には偶然、たまたまというのだろうが、あまりにもタイミングが良すぎる、これぞ「思考は物質化する」ということだと思った。

スーパービジョンでスーパーバイザー惟能氏に話したとき、「やっと、思考が物質化し出しましたね」といわれた。

惟能氏も、例えば講座で胎児の話をする前になると、ちょうど理論を裏付けるような妊婦さんがクライアントとして来てくれるという。

今私は、学生時代とはまた違った形でバスケを楽しいんでいる。

今年の夏、長崎のママさん大会、大阪での近畿大会に行った。

秋には鹿児島でゴールデン(50歳以上が参加)の全国大会に行く予定。

バスケを通して、仲間と過ごすときが今心地よい。

勝った負けたと喜んだり悔しがったりし、試合で遠征し宿泊先で寝食を共にすると、歳を忘れ学生時代にかえったような気分になることもある。

ああ、こういう楽しみ方もあったんだなぁと思う。

何か忘れていたもの、いや知らなかった宝物に出会った気分である。


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2008年9月 6日

分析家の独り言 140 (無意識を知り幸せになる)

分析を受けると、無意識が動き出す。

これまでとはちがった角度から物事が見えてくる。

あるクライアント、京都市内のバスに乗った時のこと。

「外人のカップルがバス停で降りていき、顔をくっつけているのが車内から見えたという。

何をこの暑いのにイチャイチャしているのかと思った。

よく見れば二人で地図を覗き込んでいるため、顔がくっていているだけのこと。

これは、普通のこと、たとえイチャイチャしていたとしても・・・。

そして私にはないと思ったのだそうだ。

一つ屋根の下に夫と住んでいても、こんなことがない自分って何?

そういえば、小さい頃からそういう事が欠けていたなぁと。

甘えたい、くっつきたい自分を抑圧していると、イチャイチャしているカップルに腹が立つ。」

以上のクライアントの心の動きを分析してみる。

本当は、「甘えたい、くっつきたい自分」がいるのにもかかわらず、それをあきらめたか、無意識下に押さえ込んでしまったから腹が立つのである。

クライアントは、この抑圧したり、自分から切り離した「甘えたい、くっつきたい自分」を意識し、自覚し、認めればいいのである。

そして、欠けているものが欲望となるのだから、「甘えたい、くっつきたい自分」を今の自分として求め、満たしていけばいいのだ。^^


しかしながら、分析により自分の無意識を正しく知らないと、子供時代に、母を「独占できなかった」人が大人になって、無意識に自分が「独占できない(既婚者や彼氏・彼女がいる)」相手をいつも選んでしまうということがおきる。

これがフロイトのいった「反復強迫」である(自己の中に抑圧されたものを過去の一片として想起するかわりに、現在の体験として反復する)。

「独占できなかった」自分を、再演したからといって満足を得られるわけではなく、過去の苦痛が再現されるだけである。

自分の無意識を正しく知れば幸せになれる。

分析を受けると、無意識が動き出す。

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2008年9月 5日

「母親教室」の名称を「子育て相談室」に改名

1999年吉川精神科学研究所として仕事をスタートし、お母さんたちの子育てに関する悩み・迷い・疑問を話し合い、精神分析の立場からアドバイスをするということも目的に始めた「母親教室」の名称を「子育て相談室」に改名した。

先日8月31日に那須でおこなわれた分析サミットにおいての話しあいでの結果である。

分析家ネットワークを組んでいる仲間が、「母親学校」という講座を開いている。

それはテキストをもとに、母親とは「どういうものか?」「何をするのか?」を学ぶ講座。

私の「母親教室は」テキストもなく、Q&A方式で、子育ての悩み・疑問に答えていくというもの。

当然料金も異なる。

内容が違うが、「母親学校」と「母親教室」というよく似た名称であるため、一般の方に混同されてしまうため、今回改名することにした。

これより「子育て相談室」の名称を使うが、過去のセラピー日記などブログの一つ一つの記事について訂正はできないないので了解していただきたい。


私のクライアントの中に、分析を受けられたが子どもが持ち出すお金が半端ではなく、途中分析が受けられず「母親教室」(現在の子育て相談室)に熱心に通われ、子どもが立派に更正されたというのもある。

気軽にこんなときどう子どもに接すればいいのか聞ける場が、私が子育てをしてくる中でもなかった。

手探りで迷いながら、周りの人に聞いたりもしたが、人によって言うことが違っていたり、結局よくわからないまま、自分が良かれと思って子どもたちを育ててきた。

そのために子どもも、私もずいぶん遠回りをして、さらに子どもを傷つけていた。

今、私のところに様々な方が来られる。

そこで聞かれるのは、診療内科や精神科に行った、学校カウンセリングに行ったが良くならなかった、公共のカウンセリングを受けたが子どもがかえって悪くなったというのもあった。

それら「発達論」という理論を理解しないで、話しをきいてアドバイスしているのだろう。

そうでなければ、子どもに良い変化がないとか、ましてや悪くなるということはない。

もちろん子どもへの対応法は「オールOK」、しかも的確かつ敏速、命令指示をしない、それを継続して行う。

やり始めたお母さんは、本当にこれで子どもがよくなるのか疑問を持たれる。

なぜオールOKするのかを説明しながら、納得してもらい、励まし、支えつつ行く。

そして「オールOKをしてもらえば、子どもさんは大丈夫です」と言い切る。

それが、不登校、ひきこもりであれ、非行であれ、精神的病理であれ、全ての子どもを生き返らせ、心身ともに健康にできる方法である。

それは、私のスーパーバイザーである惟能氏はじめ、我々分析家の多くの臨床例が証明している。


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2008年9月 2日

08年 第9回夏季分析サミット(報告)

8月31日(日)、那須塩原市にある厚崎公民館の研修室を借りて、惟能創理氏(大沢氏)の個人分析・教育分析、インテグレーター養成講座・ラカン講座等を受けた二十数名が集まった。

私は27日~30日福岡に出張、福岡から30日に東京へ移動し、普段は電話セラピーをしているクライアントと直接面談して分析をし、翌31日那須に向かった。

那須に集まったメンバーは実際にインテグレーターとして活動している者、これからはじめる者、養成講座を受けたが職業化は目指していない者など様々。

養成講座を学んだから、必ずインテグレーターになるとも限らない、自由である。

サミットの内容は
 1、グループ討議   精神分析機序の見直しと確認
 2、全体討議         (上に同じ)    
        - 休憩 -
 3、「発達論の真理」 症例研究発表 惟能 創理氏(大沢氏)

惟能氏の分析、講座を受けインテグレーターとして活動する人たちと私のHP上等で、ネットワークを組んでいる。
http://lacan-msl.com/contents.html#87 参照

惟能氏は、「私は皆さんに分析理論の枠組みを教えるだけ。」

「後は皆さんがそれぞれ自由にやってください。」という。

9回目を迎えた今回の分析サミット、こんなに続き、これだけの人たちは集う会になるとは当初思わなかったと惟能氏はいう。

のれんわけもない(いわゆるフランチャイズ制でもない)。

そういう意味では、個々が独立した存在である。

しかし私は同じ志を持つものがネットワークを組んで、協力し合えればと思い、ネットワークを組むことを提案し賛同された。

ネットワークを組んだ以上、分析を依頼する側としては、どこへ行っても同じサービスを受けられると思うのが普通で、分析の時間、場所、料金、格講座の内容と料金について一定の枠組みを確認しあった。

私のホームページ、ブログ等を読んで問い合わせや、分析の依頼を電話やメールでいただく。

遠地から「私の分析を受けたい」といわれる方もおられ、そういう方は電話か出張費をいただいて出向く(現在福岡へ月一回出張)が、例えば関東方面の以来者が、分析を受けたいといえば、我々の仲間を紹介している。

まだまだ日本では精神分析自体が知られておらず、その内容がもっと広く浸透し、分析に興味を持ち、分析を通して自分を見つめる方が増え、この国が心豊かになるようにと願う。

分析を受ければ、気づきによりその人が変容し成長してくことの喜びと、幸せを実感してもらえる。

分析家にも、もうこれでいいということはない。

自分を磨きつつ、理論においても日々勉強、努力である。

分析を知る仲間と会い、話し、刺激を受け、さらに上へ、前へ進むことを自分に誓う。


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2008年8月25日

分析家の独り言 139 (分析の効果:幸せを感じて)

子どもの問題で分析に来たクライアント。

子どもに「オールOK」で対応し、子どもの問題は解決した。

今度は夫婦の問題が見えてきた。

離婚を考えたこともあったという。

夫は協力する相手ではなく、戦う相手だった。

若い頃は強さを求めて、仕事やお金を求めた。

誰も頼れない家で環境で育てば、そうならざるを得なかった。

それが相手のいいところを生かすために、自分が変化し続けたらいいにかわった。

自分は頑張ってる、自分は正しい、外が間違っているが、逆転した。

また周りは正常と思っていたいが、おかしいこともたくさんあることに気づいた。

子どもに「オールOK」したことで、ぶれていた自分に気づき、修正していった。

自分を検証しなおし、いくつ目かのカードをめくったとき落ちた。

そんなに相手を責めなければならない私って何者か?

それは自分を認めて欲しいということ。

相手に自分を認めて欲しいと思わなくても、私は私でいいじゃないか。

自己肯定が芽生えた、と同時に他者肯定が始まったのだろう。

幼い頃に愛され、適切に世話されていたら、こんなに苦しい思いはしなくて済んだだろうに。

それでも人は気づいたところから生き直せる。

生きながら、4~5回生まれ変わったくらいの感じがするという。


はじめクライアントは子どものことで悩み分析にくるが、それが落ち着くと、今度は自分のことに取り組むことになる。

自分とは何者か? 何のために生まれてきたのか?生きるのか?などなど・・・

そうするうちに、ものの見方、感じ方、考え方が変わってくる。

ペラペラだった薄っぺらな自分に厚みが出てくる、生きる楽しさが感じられる、心豊かになる。

この感覚を知らずに生きて、真に生きたといえるだろうか。

もったいないと思うのは私だけだろうか。


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2008年8月21日

分析家の独り言 138 変容・成長)

あるクライアントの語り。

これまで事あるごとに相手が悪いと思ってきた。

分析に触れるうち、相手が悪い、相手がおかしい、相手が、相手が…と思ってきたが、もしかするとそれは私の問題かもしれないと思いだしたという。

例え、相手が「悪かった」と謝ったとしても、それは自分を怒らせないためでしかないのでは。

相手を責めるのではなく、私は私と向き合うしかない。

相手は自分の思う通りの人間ではない、だから違って当たり前。

夫であろうと、自分の思うとおりには動かない。

自分が弱いからせめて夫くらい思い通りにしたい、自分を理解して欲しい。

自分の価値に合うから大事なのか?

合わなければ大事ではないのか?

自分に色に染めたいといのは、幼稚なこと。

自分と違う価値を持った人を尊重しようと思った。

また、何でそのことに腹がたつのだろう、それは相手に謝らせたい、そうしないと気がすまない自分がいる。

これを自分の問題だと受け止めたときに、自分のなかに変化がおきるのではないか、それを力に変えられる。

何か心にひっかかった時には、なぜ自分がそう思うのかを考える。

今までとは違う感覚の自分になった、私は私を生きていいんだ、という。

確かにクライアントは変わった。

多くは、人の一面を見て「真面目な人」だとか、「不真面目な人」だとか「面白い人」だとかレッテルを貼りたがる。

分析は、人は変容し得る、という視点にたってクライアントのそのとき、そのときを見る。

クライアントの変容と成長の過程を見られる、それもまた我々の喜びである。


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分析家の独り言 138 変容・成長)

あるクライアントの語り。

これまで事あるごとに相手が悪いと思ってきた。

分析に触れるうち、相手が悪い、相手がおかしい、相手が、相手が…と思ってきたが、もしかするとそれは私の問題かもしれないと思いだしたという。

例え、相手が「悪かった」と謝ったとしても、それは自分を怒らせないためでしかないのでは。

相手を責めるのではなく、私は私と向き合うしかない。

相手は自分の思う通りの人間ではない、だから違って当たり前。

夫であろうと、自分の思うとおりには動かない。

自分が弱いからせめて夫くらい思い通りにしたい、自分を理解して欲しい。

自分の価値に合うから大事なのか?

合わなければ大事ではないのか?

自分に色に染めたいといのは、幼稚なこと。

自分と違う価値を持った人を尊重しようと思った。

また、何でそのことに腹がたつのだろう、それは相手に謝らせたい、そうしないと気がすまない自分がいる。

これを自分の問題だと受け止めたときに、自分のなかに変化がおきるのではないか、それを力に変えられる。

何か心にひっかかった時には、なぜ自分がそう思うのかを考える。

今までとは違う感覚の自分になった、私は私を生きていいんだ、という。

確かにクライアントは変わった。

多くは、人の一面を見て「真面目な人」だとか、「不真面目な人」だとか「面白い人」だとかレッテルを貼りたがる。

分析は、人は変容し得る、という視点にたってクライアントのそのとき、そのときを見る。

クライアントの変容と成長の過程を見られる、それもまた我々の喜びである。


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2008年8月19日

分析家の独り言 137 (無意識)

フロイトは日常生活の現象の中でおこる錯誤(失策、しくじり)行為に、無意識を発見した。

その代表的なものが、「度忘れ」「言い間違い」「貴重品の喪失」「思いがけないヘマ」などである。

これらは、その背後にあるもう一つの意識(意図)が抑圧を打ち破って行為化されたものである。

例えば、度忘れは、やりたくないことを頼まれて忘れてしまうとか、思い出したくない人や地名を忘れてしまうなどがそうである。

ある会議の議長が、その会議を開きたくなかった。

それで、「開会します」と言うところを、「閉会します」と言ってしまったという。

私が書いた昨日のブログ、分析家の独り言(理想化の落とし穴:ありのままの自分になる)にも錯誤行為があり、苦笑した。

ブログの文章の後半に「〇〇大学の付属小学校、中学の征服を着た我が子は、母親の自己愛を満たす。」と書いた。

この文章のなかの「征服」は、本当は「制服」である。

この漢字の変換の間違いを、知人に指摘されるまで私は気づかなかった。

この間違い、しくじりの裏にあるもう一つの意識は(無意識)は、私が小学校、中学校時代征服されていた、支配されていたということ。

それは親に、である。

私は分析において、そのことを散々思い知らされ、その通りと納得したはずだったが、まだ受け入れきれず、その残骸というか、残りかすがあった。

まだどこかで少しくらいは親に支配されず、自分を持っていたと思いたいのだろう。

親に征服されていた自分をしっかり自覚しないと、無意識に他人を征服したくなる。

同じ間違いは、自分が味わった苦い思いを、他者にさせてはいけない。

こうしてまた自分を知らされた。

人と人の関係は、征服するでも、征服されるでもなく、平等で対等な関係を築くことである。


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2008年8月18日

分析家の独り言 136 (理想化の落とし穴:ありのままの自分になる)

自分が受け入れられない現実の母(分析家の独り言 理想化の落とし穴:良い母子幻想 の母)は、その人の精神内界において抹殺されている。

現実の母を抹殺=消した、その空白になった場所に入るのが理想的母。

いったん居座った理想的母はなかなか立ち退かない。

分析によって語ってもらい、本当の現実の母はこうですよと見せ、本人もそれを理解すると理想的母は立ち退く。

自分がつくった理想的母は幻想だったと気づく。

それとともに同じく幻想の理想的自分も消え、ありのままの自分になっていく。

結局、自分は背伸びをして、良い人、良い母を演じていたことに気づく。

それに子どもまでつき合わせていた。

だから子どもは世間でいう「良い子」でなければならなかった。

子どもにすればいい迷惑である。

躾まくり、勉強、勉強という母親に多い構造であろう。

〇〇大学の付属小学校、中学の征服を着た我が子は、母親の自己愛を満たす。

私もその道を行かされたために、娘たちもまたその道を歩かせるところだった。

私はいつも思う、勉強もいいがそれより大事なのは生きる賢さ。

精神の未熟、本当の意味での無知ほど恐いものはない。


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2008年8月17日

分析家の独り言 135 (理想化の落とし穴:良い母子幻想)

例えば、現実の母が、自分勝手で怒りっぽく、だらしがなくて、口うるさく、外面はよく人には親切にするが、家庭の中ではわがままで言いたい放題だったとする。

そういう母に育てたれた子は、常に「もっとこういう母だったら…」「こんな母だったらいいのに…」と思うだろう。

現実の母とは逆に、理想的な母親を想い描き、この理想的母を追いかけることになる。

心の中に内在化されているのは理想的な母イメージとなる。

その理想的母に見合う自己イメージも理想的良い子となる、しかしこれは実態を持たない。

こうだったらいいにと想い描いた架空の理想的母像であり、理想的自己像である。

この人が子どもを生んで母親になったら、その子はまた理想的良い子でなければならない。

そうすると、この我が子を自分が思うような理想的良い子にするため、厳しく、時には叩いても良い子にしたくなる。

もちろん勉強も出来る子でなければならないため、養育ママとなるだろう。

しかし実際には、子どもは母親の言う通りには動かない、つまりこの母にとって悪い子。

この子が悪い子であると、母の内的理想的イメージは壊されるため、是が比でも我が子は良い子でなければならい。

我が子が良い子でなければ、悪い母だと言われているように聞こえ、自分は否定されるように思い、腹が立つ。

このため子どもに良い子を押し付け、強制し、叩くなどの虐待に至る可能性も大きい。

これが教育ママになって子どもを怒りまくる母親の心の構造の一つである。

分析において、この現実とは逆の理想化した母を追いかけていることに気づき、現実の母を語る。

その時点から、心の中の理想的母は生きられなくなる。

理想的母とそれに見合う自分としてつくった理想的自分もなくなって、大したことのないありのままの自分になる。

そうすればもう子どもを躾まくり、怒ることもなくなる。

どうせ自分もそれほど大した人間ではないのだから、理想化した良い子など求めなくなる。

私もこれをしていたなと思う。

子どもが小さいうちは親の力でねじ伏せも出来るが、それは不幸な結果に至る。

今一度自分を振り返ってみてはどうか。


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2008年8月16日

分析家の独り言 134 (二つの世界に生きる)

人は二つの目を持つ。

一つは現実を見る目、これは光学的に世界の事象を見る目。

もう一つは、自分の内的世界を見る、いわゆる心の目とでもいう目。

例えば、愛着を持った対象=母が亡くなったとする。

現実に母はもう死んでしまい、この世にはいない。

ところが、心の中に映し込んだ母が心の中で生きている。

この内的世界を見る目にとらわれると、現実とのギャップが生じる。

内的目で母の死を見つめ、心の中に整理をつけ始めるのは現実に区切りがついたときである。

それは例えば仕事が終わったあと、ホッと一息つく瞬間であったりする。

現実を忙しくして、内的な目をつぶれば、母の死という悲しみは襲ってこない。

これが一つの防衛法である。

隙間なくスケジュールを入れ、忙しくしている人は、何か内面に見たくないものを抱えている可能性が大きい。

例えばまた逆に、内的世界に自分を襲ってくる迫害イメージを持っていたとすると、それに襲われないようにいつも現実に目を向け、現実にとらわれるようにしておく。

この方法で複雑な操作をしているのを神経症という。

内的世界と現実を常に混同しながら、それにとらわれ、脅えている状態である。

その人の中に何がとり入れ内在化され、何が映し出されているかが非常に大事である。

分析はこの心の中の世界に映しこまれたイメージ、絵を読み取ること。

人は外的世界と内的世界を交互に、また並行して、錯綜しながら経過していく。

これがはなはだしくなり、現実と内的世界の境界がなくなってしまった場合、妄想に至る。

これは外的世界と内的世界が重なってしまう、自我境界の喪失を意味する。

通常我々にはこの自我境界がある、精神を病んだ人は、この境界が曖昧であるか、またはない。

その行き着く先は、精神内界で起こっていることに確信を持ってしまう。

すると、「自分を殺しにくる」「自分はねらわれている」「人が自分を攻撃してくる」「自分は嫌な臭いを出していて、他人に迷惑をかけている」などと言う。

それは現実を見ているのではなく、その人の心の中に映し出されたものをみているのだ。

こういう心の構造を知っていれば、なんでこんなことを言うのだろうとは思わす、それなりに理解できる。

人の心の構造を解き明かし、理論的にすっきり説明できることに興味を持つ分析家とは、奇妙な存在かもしれない。

それとともに、そこにはヒューマニズムがあると私は思っている。


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2008年8月15日

分析家の独り言 133 (生きにくさを抱えていた日々)

子どもたちは夏休み、私の住むまわりからも子どもたちの声が聞こえる。

と同時に、残念ながらお母さんが子どもをしかる声も聞こえる。

それは街を歩いていても、どこかの通りを歩いているときにも、自然耳に入ってくることがある。

それがたまたま娘と一緒に歩いているときであると、「あんたも昔、あほみたいに怒ってたよな」などと言われる。

確かにそうだった。

いつもイライラしていて、些細なことで娘たちに怒鳴りちらしていた。

子どもは自分の思うように動くもの、私の言うことをきいて当たり前と思い込んでいた。

私自身が親にそう育てられ、それを無意識にまるでレコードが回るように、されたことを再生していたのだろう。

子育てにも悩んだ。

今、娘たちを怒ることはまずない。

逆に、私が怒られることはあっても(苦笑)

私が言われた通りに動かなかったり、言われたことを忘れていたりして。

そういえば若い頃、自分はなぜ些細なことにいちいちこんなに引っかかるのだろうと思った。

流せばいいのに、心に何かが引っかかり、いつまでもそれにこだわる。

日々そんなことが積み重なっていくと、心が重くなり、とても生きづらかった。

当時は、こんな風にも思えず、何か自分は人とは違うのだろうかと思い、他の人は楽しそうに過ごしているのに、私はいつもしんどさを抱えていた。

今、そういうしんどさを感じていたなぁと、懐かしく思えるようになった。

それら十数年に渡る分析との関わりのおかげである。


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2008年8月13日

分析家の独り言 132 (企業の6割「心の病気で社員1ヶ月以上休職」)

企業の6割「心の病気で社員1ヶ月以上休職」という記事があった。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/health/142419/

鬱病(うつびょう)や統合失調症など、メンタルヘルス(心の健康)に問題を抱え、1カ月以上休職している社員がいる企業の割合が約6割に上ることが、民間調査機関の労務行政研究所(東京)の調査で分かった。休職者は働き盛りの20~30代で増加が目立ち、1カ月以上の休職者がいる率は企業規模が大きいほど高率になる傾向がある。という。

また、「人を育て、仕事の意味を考える余裕がない」会社ほど、心の病の増加を訴える傾向が強いことも確認された。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/169152/

当研究所にも、うつ等心の健康を崩し、仕事に支障が出た方がこられている。

企業としても、社員が心身ともに健康で働ける環境や、そのための支援策を考えることが大事であろう。

記事にも「従業員の健康づくりでメンタルヘルス対策を重視する企業は63%で、6年前の調査の33%からほぼ倍増し、企業の危機感の高まりが読み取れる。」とある。

いつもいうことだが、体の病気に対して予防医学があるように、心の病に対しても予防が必要だろう。

人は負い目と責任感の強さと、そこからくる完全主義と執着心があるとすぐに落ち込み、うつは長引く。

それに気力がでないとか、無気力感があると自殺企画に至る。

自分を知っておくこと、もっというなら、うつ(うつに限らず、様々な心の病)の種は誰しも持っている可能性がある。

それを発症する前から、予防しておく。


自分のことで言えば、分析により自分を知らなければ、もうとっくにこの世から消えていただろう。

子育てに悩み、夫婦・家族関係に悩み、自分自身に悩み・・・ うつか、自殺か。

ぎりぎりのところで自分を救う道に入っていった、振り返るとそう表現するしかない。

話が少しそれたが、企業の経営者の方々、社員のメンタルヘルスを考えてみられてはどうか。

心を病む人は、残念ながらこれからも増えると思う。


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2008年8月10日

分析家の独り言 131 (人は誤解からはじまる)

ラカンは、「人は誤解からはじまる」という。

クライアントの分析をしていて思うのだが、同じ日本語を使って話しているから、お互い話が通じて、理解しあっていると思っているが、それは非常にあやしい。

なぜならみんな持っている辞書が違うからだ。

よくクライアントに言うのだが、例えば「愛」という言葉の意味。

ある人の辞書には「継続」と書かれている。

またある人は、「必要とし、されること」。

「思いやる」こと。

「束縛する」ことというものある。

それぞれの意味の違いがありながら、同じであるかのように話をしている。

これで本当に話が通じているだろうか。

またよくあるのが、自分の親と話が通じない、会話にならないというもの。

子どもはまず一番身近な人であるお母さんと日常話をして会話を学習する。

ところがそのお母さんとしっかり会話をしていない、会話にならない。

つまり、お母さんが子どもの言うことに耳を傾けて聞かないのである。

あるクライアントが言った、「母とまともな会話をしていない、会話ということ自体がわからない」と。

またあるクライアントは「母に話をしても、トンチンカンな答えしか返ってこないので、話す気にならない」という。

「親と話すのが面倒くさい。」というクライアントもいる。

「説明しても通じないから、違っていてもいかげんに うん と答えておく」とも。

これでは人と理解しあうとか、親密さや絆をつくることはできない。

言葉、会話の大切さをあらためて思い知らされる。


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2008年8月 9日

分析家の独り言130(129への質問と回答)

分析家の独り言129(子どもへの対応:どこまでオールOK?金銭面)を参照された方から質問コメントが届きました。

以下は、質問コメントQとそれに対する回答Aです。

質問者コメント:何の予備知識もなく質問をすることをお許し下さい。

Q1:将来社会に出て、OKの世界で育った人間と多くの抑圧の中で育った人間の間でのトラブルは起きないのでしょうか?

回答者:ご質問に答えていきます。

A1:オールOKで育てるということは、精神的に発達、成長することになります。心が成長し大人であるということは、冷静に物事を考え、判断できるため、人とのトラブルは起きないでしょう。トラブルが起きるのは、むしろ抑圧の中で育った人同士の間です。抑圧したものが多いため、些細なことにひっかかり、自分でもなぜそうなるのかわからないが、腹がたったり、落ち込んだりするでしょう。

Q2:極端なのですが、竹島は韓国領だと言い始めた場合、OKしてもいいのでしょうか?対馬も韓国領と言い始めていますが、すべてOKでもいいのでしょうか。(個人と国は違いますが、、、)

A2:個人と国ではレベルが違うので、オールOKを持ち込むことはできません。国と国は社会と社会です。社会においてはルールや掟が重視され、そこは父性的契約社会ですから、オールOKではありません。人も最初はオールOKで育てますが、精神の基礎が出来たときから、超自我といって、自分を律する自我が必要になります。それを家庭で教えるのは、社会と直接つながっている父の役目です。

Q3:すべてOKで欲しい物を購入した場合、本当に感謝の心に繋がるのでしょうか?手に入って当たり前で終始しないでしょうか?特に年齢が小さいほど、、、。

A3:これはおそらく多くの方が思われる疑問だろうと思います。小さい子でも買い物に行く度おもちゃを買っていた子がオールOKをやり続けるうち、「今度は誕生日でいいよ」と言い出します。満たされない気持ちが大きいほど、子どもはそれを物で取り返したいため、多くの物を要求してきます。それをオールOKしていくと、要求する量が減ってきます。そして自分で抑制を学び、これくらいにしておこうとなっていきます。それは多くのクライアントさんの例で証明されています。
「だまされたと思って、3年やってください」と私は言います。実行されない方からは、そんなわがままにしてとんでもないなどと文句を言われますが、実行された方から文句を言われたことはありません。

Q4:自己肯定感や好奇心はお金以外の分野で幾らでも作り上げることができるんじゃーないでしょうか?お金で満たすと余りにも弊害が大きいような気がするのですが、、、。

A4:このブログに載せたものは、その前からの相談もあって、それは金銭的なことだけではありませんでした。特に金銭的なことについてという部分をとりあげたので、こういう疑問をもたれたのだと思います。もちろんお金のことだけオールOKするのではありません。子どもが出す要求全てです。やりたいこと、行きたい所、日常の些細なこと例えば、子どもは10センチ先のものも自分でとらず、お母さんを呼びつけて「とって」といいます。それも文句を言わず取ります。お金のことは、オールOKする内容の一部です。

お金で満たすとどういう弊害があるのでしょうか?逆にそれをお聞きしたいです。

Q5:お金が自立心を作るのでしょうか?自立心を作るには他の部分の要素の方が大きいように思うのですが、、。

A5:Q4に答えた中でも言いましたが、お金の他の部分も重要です。しかしだからといって、お金に関してだけはオールOKしないというのもおかしな話です。オールOKですから、お金を含め全てにOKです。要は満たされることが大事なのです。満たされたところから、今度は自分でやってみようが生まれると思います。ところが一般には、満たされる前に親や大人が、制限を加えたり、自立を促す、または強いることをしていないでしょうか。それこそ自立ではなく、他からの要請にこたえる形であり、これでは自立ではなく他立ではないでしょうか。

Q6:浪費癖と言う言葉があるように、経済観念が育たないとサラ金で借金までしてお金を使う人間になりませんか?

A6:浪費壁とは、自分で自分をコントロールできない状態です。こんなに使ってしまっては、後が困る、人に迷惑をかけることもある、それでも欲しい物を買わずにはいられない。これこそ精神の未熟さのあらわれです。自分を律することができない。それは親が子どもの自我の代わりに、これはこれくらいにしておきなさい。それは贅沢です、わがままですとやってしまった結果ではないですか。非行で親から2000万円以上を持って行った息子さんに、オールOKしてもらいました。その息子さんは、今は立派に二児の父となり社会で働いています。その息子さんは、家を買いたいために、お風呂の水を、トイレを流す水に使うような節約生活をしています。

Q7:金銭で人間性を作ろうとした場合、問題点が多くありませんか?

A7:何度もいいますが、金銭で人間性をつくろうというのではありません。それはオールOKするうちの一つの要素です。もし興味がおありでしたら、ラカン精神科学研究所のホームページオールOK!子育て法のページもご覧ください。

2008年8月 7日

分析家の独り言 129 (子どもへの対応:どこまでオールOK?金銭面)

あるクライアントとのメールのやり取りを、ご本人の承諾を得て、本人と特定できないよう一部変更して掲載します。

オールOKする上で、多くの方が持たれる疑問だろうと思います。

Q: お金が関わる欲しがる物もやっぱり「オールOK]でしょうか?
  買い物に出掛けると、出掛けた先々で何かを買わないとふてくされてしまいます。
  子供がまだ小さいうちに貯めておかなければ・・・と思います。

A: もちろん お金がまつわる子どもが欲しがることにもオールOKです。
  見たもの 聞いたものに興味を持ち欲しがるのが子どもです。
  それがまた 健康な子どもです。
  「買い物に出掛けると、出掛けた先々で何かを買わないとふてくされてしまいます。」・・・これで普通です。      
  基本的に金額に制限は加えません。
  今出し渋れば、後にもっと多額のものを要求させることにもなります。
  欲しいときに欲しいものを与えられる、これが子どもの自己肯定感や、好奇心を育てます。
  先々を考えて蓄えたいという気持ちはわかりますが、とにかく今です。

Q: 調子に乗ってどんどん要求されても「オールOK]でいいんですか?
  貰っても数日で飽きてしまい、自分の机には物が溢れ乱雑に置かれています。
  もちろん、片付けなどしません。言われるまで・・・
  「我慢をする」はどうすれば覚えていくのでしょう。
  子供は電気を消して寝る事が出来ないので、朝起きてみるとやっぱり付けっぱなしでした。
  朝伝えたら、「気を付ける」と。
  私より後に寝たり夜中に起きた時など、今まで付けっぱなしです。
  これから夏休みです。
  夜遅くまで起きてる日々が続くのでは・・・

A: 「・・・調子に乗ってどんどん要求されても「オールOK」でいいんですか?」
  そうです。すべてOKです。
  オールOKすれば、今まで我慢していた分、どんどん要求してきます。
  我慢する、抑制するというのは、要求に答えてもらい満足を知れば、子どもの方が「今度は誕生日に買ってね」とか、「クリスマスでいいから」と言います。
  これは大人や親が教えたものではなく、自分で満足して、自分でもうこれくらいにしておこうと自分で獲得したものです。
  そうでなければ、いつまでも親が子どもの代わりに抑制をし続けなければなりません。
  これではいつまでも自立できません。
  満足すれば、こんなわたしにも親はここまでしてくれた、申し訳ない。と思います。
  この申し訳ないという気持ちが感謝となります。
  ここまで応えきる親御さんは少ないです。
  皆さん、限りなく要求され続け、食い尽くされるのではないかと恐れます。
  しかしそれも、親自身の投影でしょう。
  自分が我慢しているから、子どもにも我慢させる。
  限りなく欲しがっているのは、親の方です。
  満足を知り、歯止めがかかることを知っている人は、そういう恐れは持ちません。
  つけっぱなしの電気のことを言って、「気をつける」と言ったのなら、それを信じて様子を見ましょう。
  大人でもうっかり忘れることはあります。

「オールOK」に対する質問等ありましたら、メール等でどうぞ。

出来る限り答えて行きます。

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2008年8月 3日

分析家の独り言 128 (ネバー・ギブアップ)

クライアントに共通することに、人と関わるのが苦手、うまくないというのがある。

人は離れ小島で一人で生活するのではなく、社会の中で人と関わりながら生きていく存在である。

家族をはじめ自分の生きる周りの人と少なからず何らかの関わりを持つ。

その人が怖いという(対人恐怖)、その程度も様々。

実際に人が自分に何を言ってくるわけでもないのに、非難される、否定される気がするといって、家を出られない人が居る。

社会適応しているものの、人前で何か言わなければならない場面で、頭が真っ白になり自分でも何を言っているのかわからなくなる。

仕事はまじめにこなし、周りからの信頼もあるが、本人は人との関わりにくさを感じている。

社会適応しているか、していないかは大きな分岐点ではある。

子どものように「もうだめ、死にたい。助けて」と泣きながら電話をかけてくるクライアントも居る。

つらくてどうしようもなく、心細くなるのだろう。

仕事中ですぐに電話に出られないときもあり、留守電にメッセージが残っている。

慌てて私も電話を入れる、「今ひと区切りつき、留守電聞いて電話しました」と。

少し話すと落ち着く様子。

私もホッとする。

本人はこんな状態で本当に自分の症状が消え社会に出て行けるのか、不安になり何度も聞いてくる、「本当に私、治る?」、「治りますよね」と。

「もちろん、治ります」と答える。

分析により、信頼関係を築き、転移を起こし、本当なら子ども時代に親との間で培うべき情緒性などを学習しなおし、止まった心の時計を動かす。

なぜ人が自分を非難したり、否定すると思うのか、それにより外にも出られないほどになってしまったのかを探っていく。

「ネバー・ギブアップ」、私も何度も私の分析者から言われた言葉である。

それをまた今、私のクライアントたちに言う。


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2008年8月 1日

分析家の独り言 127 (対象喪失:まず愛着)

うつ病の大きな引き金となるものに『対象喪失』というのがある。

『対処喪失』とは、第一には、近親者の死や失恋など、愛情・依存の対象の死や別離の体験をいう。

子どもの成長にともなう親子間での親離れ、子離れの体験をも含む。

第二には、住み慣れた環境や地位、役割、故郷などとの別れである。(引越し・昇進・転勤・海外移住・帰国・婚約・進学・転校・・・など)

第三に、自分の誇りや理想、所有物の意味をもつような対象(象徴化された物)の喪失がある。

対象喪失のおこり方には、自分が望まないのに外から強いられる場合と、自らが引き起こした場合がある。

(小此木圭吾著 対象喪失より一部抜粋)


いずれにしても対象喪失が起こるには、まずその人の中に対象と一体化を願望する愛着が存在することが必須条件。

ある20歳の女性クライアントに「愛着」というこがわかりますか?と聞いた。

彼女は、「物への愛着はわかるが、人への愛着がわからない」といった。

残念ながら、現代人の中にこういう人は多いのではないかと思う。

愛着は、子どもにとっての最初の対象である母から学ぶのものである。

まず母親が子どもへ愛着を示し、それに応えるかのように子どもが母に愛着行動を示す。

それは身体的接触を求め母にまとわりつき、常にそばに居ようとするという行動でしめされる。

その最初の愛着を学んでいないことになる。

この愛着を子どもに定着させるためには、母親は少なくとも0~1.5歳の口唇期の間、子どものそばに居続け、子どものサインを読み取って抱っこすることである。

そうでなければ子どもの心は正常には育たない。

残念ながら社会は、人間の心の発達論を知らないために逆の方向に進んで行っている。

0歳児保育をすすめ、保育園に入れない待機児童をなくし、母親を社会参入することを良しとしている。

そのことの影で、子どもたちは放っておかれ、見捨てられ、寂しさを抑圧し、愛着を学べず病んでいく。

これからますます不登校、引きこもり、非行、凶悪事件は増え、低年令化していくだろう。

この状況を誰がとめられるだろう。

一人一人が考え、気づき、軌道修正していくことであろう。


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2008年7月30日

インテグレーター養成講座より(母性とは:母子分離)

養育上、母子分離は大きな問題である。

母親との分離の有無は、初回面談で必ず聞く項目である。

人間の精神の基礎がつくられる4歳以下での母親との分離は特にその後の人生に大きな影響を及ぼす。

なぜなら、この時期母親とその子どもは一緒に居ることが前提であるからである。

生後6ヶ月から4歳までの子どもが母親と分離を強いられたとき、次の三様態を示すといわれている(ボウルビィ)

1、抗議・・・分離されたことへの苦痛表情、泣き叫びと新しい事態への拒否反応

2、絶望・・・泣けど叫べど事態は変わらないことを知り、うつ的になり意欲をうしない、動かなくなる。

3、離脱・・・分離の事実と悲嘆は屈折させられて心の中にしまい込まれ、何事も無かったかのように平然と過ごす。

この時期の子どもが離脱の時期にまで至ると、母との分離による苦しみや悲嘆、そのことにまつわる一切の思い出は、無意識に押し込まれ、お思い出さないようにふたをしてしまう。

このため人との深いつながりを持つことを無意識に避け、次第に人に愛情を感じたり、心のつながりを持つことが不可能な性格(愛情欠損性格)になっていく。

不幸にして、母親と早くに死別、生き別れ等により分離した子どもは、その後の人生がいきにくくなる。

4歳以下でなくてもよくありがちなのは、夏休みになると、子どもだけ実家の祖父母の家にあずけらるというもの。

寒い地域では、冬になると両親が出稼ぎに出て、子どもは何ヶ月も親戚や祖父母にあずけられることもある。

また、親、兄弟の病気等により、母親の世話を受けられないこともある。

それらによる影響が、その子が大きくなってから表面化してくることが多い。

言えることは、放っておいて育つものは何も無い。

手をかけ、目をかけ適切に世話されて人は育つ。


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2008年7月29日

分析家の独り言 126 (振り返って思うこと:バスケ)

ネットの調子が悪く、福岡出張から戻ってインターネットがつながらない状態が続き、やっと今日ブログを書くことができた。

私事だが、7月の福岡出張の途中に長崎県でママさんバスケットの全国大会があり、滋賀県代表としてシニアの部に参加してきた。

振り返れば、中学の部活でバスケット部に入り、それ以降高校・大学・社会人と約12年続いた。

バスケにはまって自分なりに一生懸命やったつもりだった。

しかし分析を受けるうち、自分でもうすうすは気づいていたが、家に居たくなくて頑張った。

小さいころから家が嫌いだった。

父は怖かった、母にも甘えたくても甘えられなかった。

何をしても「だめ」と否定されたり、拒否されることが多く、生きにくさを感じていた。

死にたいとずっと思っていた。

小学校の頃だった、両親が宗教を始め、無理やりそれに付き合わされた。

その地区で支部をやるほど熱心に信仰した父は支部長となり、その子どもである私は行事にほぼ強制的に出される。

確か憲法第二十条に信教の自由があったはず、なのになぜ私にはそれがないのか、私だけが治外法権かと思った。

親の束縛から逃れるには、バスケの練習・試合で出来るだけ家に居ないことが一番と考えたのだろう。

だからきつい練習にも耐えた。

本当はもっと楽しんでやれたのかもしれない、もしくはもっと違う楽しみをもったかもしれない。

ただ、今はバスケを自分の楽しみとしてやれている。

3年前に体を動かしたくなって、今のチームに入った。

仕事が座ってする「静」なので、「動」を取り入れたくなった。

「静」と「動」これでバランスが取れる、そんな風に考えた。

まさかこの年になってまたバスケができるとも思っていなかったが、私より年上の人たちがバスケを楽しんでいる。

そういう生き方もあったのかと教えられた。

リーグ戦では20歳代の子と試合することもあるが、今年50歳になった私は、ゴールデン(50歳以上)の試合にも参加できる。

チームも、20歳代から50歳代までいて、いろんな年代の人とバスケを通してつながれる。

対人恐怖と人への不信があり、どちらかといえば人を避けて生きてきたが、人と関わる楽しさを知った今の私は人間らしくなったなぁと、一人ほくそえんでいる。


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2008年7月16日

分析家の独り言 125 (オールOKが子どものエネルギーとなる)

20代の息子さんが、実家であるクライアント(以下Gさんと呼ぶ)の家に自転車で来た、その途中自転車がパンクしていた。

息子さんはGさんに「パンク直しといて」と言い放ち、パンクした自転車を置いたまま仕事に出かけた。

Gさんは出かける予定があったが、近くの自転車屋にパンクした自転車をおして持っていき、修理してもらった。

仕事から戻ってきた息子の声が外から聞こえた、「パンク直さないと、あ~めんどくさい」

家に入ってきた息子さんに「直ってるよ」とGさん。

息子さんは「ラッキー」と言った。

Gさんは考えた、自分がオールOKし続けることが、この息子が自分の人生を切り開く方にエネルギーを向けることになる、前進していけると。

それは息子に、自分が受け入れられる絶対的な安心を与えることになる。

そのことがまたGさん自身に返ってくる、そんな絶対的な安心を自分は持てただろうか。

いや、なかった。

そのことで自分が揺れる。

もし自分にも絶対的な安心があったなら、また違った人生があったかもしれない・・・ 

自分にはなかったが、息子にはそれを与え続けると言われた。

人は信頼できるから、前に進めるからと。

親である自分にないのは基本的に、子どもには伝えられない。

しかし、分析により自分を知り、オールOKできる親になれば、自分にないものも子どもに伝えることができる。

いわば『無』から『有』を生み出すのである。

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分析家の独り言 124 (決められないあるひきこもりの青年)

あるひきこもりの青年、近くのコンビニくらいになら一人で買い物に行ける。

ある事情で今しばらく、家に一人でいることになった。

その彼が掃除をしようと思った。

そこで、知り合いに頼んで雑巾を買いに行った。

タオルの卸しやに連れていってもらい、10枚一組いくらかのタオルを何種類かみせてもらった。

ところがそれが選べない。

何分もこっちはどうか、いやあっちのほうがいいかと迷う。

次にホームセンターでジューサーを買いたいとなった。

店に入り、入り口のところにワゴンに積み上げられた特価品にひかれ、またそこで何分も見ている。

連れて行った知り合いは、車に戻り、買ったら車に戻ってくるように言った。

結局彼はお目当てのジューサーにたどり着けず、そのはるか手前の商品で止まっていた。

見たもの見たものに気を引かれ、欲しいとなるがそれが自分では決められなかったのだ。

コンビニくらいには行くものの、大きな店にまず行くことがなく、日々ひきこもるなかで突然社会に触れたとき彼は浦島太郎になってしまったようだ。

そして自分では、さまざまな選択肢の中から自分が欲しいもの、必要なものを選ぶことがでず、決められない。

何かを選び、決めるということには責任が伴う。

あとでしまったと思わないか、回りの人から批判されないか、いろんな思いが巡るのだろう。

一番安全なのは、何もしないこと。

そうすれば人から批判されることもない。

ということは、育ってくる中で自分を認められたり、誉められることがなく、否定されたり、失敗を責められたりし、マイナスを積み重ねるしかなったのだろう。

成人して以後ひきこもること十数年、その間に社会はすごいスピードで変化した。

彼の時計はおそらく20歳代で止まったまま、社会の流れに乗れない自分を感じただろう。

失った十数年を取り返すのは大変なことだろう。

それでも本人が動き出すと決めるなら、まだぎりぎり間に合うと思うが、彼に動き出すエネルギーがあるだろうか。


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2008年7月15日

分析家の独り言 123 (無意識を知る 1)

クライアントからよく聞くセリフに「みんなそうなんじゃないんですか」というのがある。

自分が育つ中で、されたこと、起こった出来事は、他の家庭にも同じようにあると思っている。

だから自分だけが特別だとは思っていない。

極端な話、例えば酒乱の祖父が、三日に上げずナタを振り回し家の中が大騒ぎになる。

そういうことは他の家でも同じように起きていて、普通のことだと思っている。

「それは大変なこと。おかしい」と言っても通じないことが多い。

ポカンとしてそうかなあという顔をしている。

だから、その中で傷ついたり、悲しかったり、辛かった自分が意識されない。

そうして感情や想いが抑圧される。

たいしたことではない、みんなが経験していることになる。

そのようにして自分を防衛しているともいえる。

それが防衛しきれ、何もなかったことになるのならいいが、そうはいかない。

少しでもそれに関連する出来事にでくわしたとき、無意識に反応してしまし、自分でもわからないがイライラしたり、腹が立ったり、脅えたり、嫌な思いをする。

安心と安らぎを知らないために、それを求めつつ、そうではなかった子ども時代を反複してしまう。

その無意識を、本当は自分はどうだったかを知り、反復せず本来求めるよい状態を実現化していくために分析はある。

簡単に言ってしまえば、母に受け入れられなかった人は、大人になっても周りの人に受け入れられず、よい人間関係を築くことが難しい。


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2008年7月11日

分析家の独り言 122 (女性下着を収集し、身に着ける夫)

以前、妻が電話をしてきて夫婦でセラピーに来られたことがあった。

相談内容は、夫の女性下着の収集癖。

最初夫は女性の下着を買っていた。

その下着を夫は身に着けると心地良いという。

ところがそのうちに、女性の下着を盗むようになった。

そしてついには警察に捕まった。

それで妻は夫を怒り、集めた下着を捨てさせた。

しかしそんなことで夫の下着への執着は消えず、妻に内緒でまた集め始めた。

その数も半端ではない、数百に及ぶ。

それを車に隠し持っていたのを妻が見つけた。

そういった内容で来られた夫婦、話をするのはほとんど妻。

下着を盗んでまで集めるのは異常。

それをどうにかしたいということで分析をすると次回を予約し帰られた。

ところが何日かたってまた妻からキャンセルの電話が入った。

分析に来ると電話をしてきたのも、キャンセルの電話をしてきたのも妻、夫の意思はどこにあったのだろう。

人がこだわるもの、それは母の置き換え。

この夫は母を女性下着に置き換えた。

その下着を身に着けることは、彼にとっては母に抱かれているようなもの、だから心地良い。

なぜ母を下着に置き換えたのかは分析してみないとわからない。

養育史を聞き、その因果関係を紐解いていく。

そうすれば彼の女性下着への執着を解くこともできた。

しかしたった1回の分析で、妻がキャンセルしてきた。

それは、分析によって夫が健康になっては困るからだろう。

そうしたら、もう夫婦で共謀できなくなる(妻は自分の支配下に夫を置けなくなる)。

この妻は、彼より10歳ほど年上であった。


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2008年7月10日

分析家の独り言 121 (分析理論講座:口唇期より)

昨日7月9日、JR京都駅近くで分析理論講座をした。

講座の内容は「口唇期」の中の「口唇期の母子関係」

いつものようにテキストに沿いながら、症例や社会情勢などの話を織り込み、ときに脱線しながら、質問を受けながらの2時間半だった。

分析上、何かしらの問題があって来所されるクライアントのお子さんにほぼ共通するのが、「小さい頃おとなしくててのかからない良い子でした」というセリフ。

赤ちゃんは忘れ去られ、放って置かれたら死んでしまうのだから、常に「私はここにいます」と信号を送るもの。

泣けど叫べど母が来なければ、赤ちゃんはあきらめて泣かなくなる。

赤ちゃんは泣くことによって、サインを出している、そのサインを母がキャッチしてくれるから、そのサインの送り方を学習できる。

自分がこうすれば相手はこう動く、それは泣けば母が来るというように。

また、自分が笑うと、母も笑ってくれ、どうやら母を笑顔にするのは自分の笑顔らしいとわかってくる。

自分が笑えば母も笑い、可愛がってくれる、抱っこしてくれる、スキンシップしてくれることを学習する。

ところがもし、自分が笑えば笑うほど母が遠のいて行くとした、赤ちゃんは笑わなくなる。

笑っても母に抱っこされなければ笑うことによる操作性を学べない。

自分は母にくっつきたくてじゃれ付いていったが、それを母が「うるさいわね」とか「今忙しいから後にして」と跳ね除けたとする。

するとじゃれ付くことはその子にとって母を操作できないで、拒否されるという意味になってしまう。

これが繰り返されれば、以後人に頼らない、甘えない、人を信用しない、自分から動かないおとなしい子になるだろう。

子どもは母へのサインを通して操作を学んでいる。

それに母がどう反応するかで全てが決まる。

口唇期固着の人は、この操作にもこだわる。

つまり人を操作しようとする、自分の思い通りに相手を動かそうとする、そしてまた人はどうすれば動くかをよく知っている。

子どもに限らず、大人でもこういう人はいる。

精神の年齢は0~1.5歳の口唇期でとまっている人である。

分析によってこのとまった時計を動かすことである。


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2008年7月 7日

分析家の独り言 120 (胎内環境・出産)

Yahoo!のニュースに『半年先まで分娩予約でいっぱい 妊娠判明即病院探しに奔走』というのがあった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080705-00000001-jct-soci

少子化に拍車をかけるような記事の内容で、ますます女性は子どもを産みにくくなるのではないか。

分析の立場から見ると、母体ができるだけストレスなく十月十日を過ごすことが大事。

一般的にもいうように、胎教は大事ということ。

一番良い状態は、もちろん自然普通分娩である。

母体が何らかのストレスの中にいると、胎児にも当然影響が出る。

それは出産状況に現れ、帝王切開、かんしで赤ちゃんの頭をはさみ引っ張り出す、へその緒が巻きつく、早産、難産などなど。

母体の産道を通らず、人工的に帝王切開で生まれた場合、「臨床上、帝王切開による長期的影響として、あらゆる種類の肉体的な触合いを強く望むという傾向がうかがわれる。その理由は、普通分娩なら体験するはずの責め苛まれるような苦痛と極度の快感とが、帝王切開によって奪われてしまうのである。」(『胎児は見ている』 T・バーニー著 ノンブック)

「臍帯(ヘソの緒)が首に巻き付くことによる、軽い一時的な障害の場合、その後嚥下障害(ものを飲み込むときに生じる障害)や言語障害など、のどに関連した障害にかかる率が非常に高い。」

軽いものは、マフラーやとっくりセーターなど首に何かが触れることに不快感を持つことがある。

実際にあった例では、子どもが体育の時間にかぶる赤白帽をかぶるのを嫌がると言ったお母さんに、その子が生まれたときかんしで頭をはさまれたことはないかと聞いた。

答えは「Yes」だった。

当然、夫婦仲が良いことが一番良い。

夫婦喧嘩が絶えなかったり、そのためにものが飛び交ったり、怒鳴り声が聞こえるような状況の中では、母体も胎児も穏やかではいられない。

母体の不安・怒り・悲しみは臍帯を通してすぐ胎児に伝わる。

胎児は訳もわからず不安にさらされる。

それが度々長期に渡り繰り替えされれば、胎児の発育自体にも影響を与えるだろう。

いわゆる出来ちゃった結婚の場合、赤ちゃんを産む心の準備、両親の子どもを持つ覚悟、環境が整わない中で出産を迎えることが多いだろう。

人一人を産み育て、社会に送りだすのは大変な仕事である。

そのことを我々一人ひとりが自覚すると共に、国としても安心して子どもが産める病院の整備・確保など、もっと真剣に考えて欲しい。


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2008年7月 5日

分析家の独り言 119 (子ども自身の感覚を育てる:おやつ)

子育て相談の中でよく聞かれる質問の一つに、おやつのことがある。

「おやつばかり食べて、ご飯を食べてくれない。」

「ご飯の前におやつを欲しがるが、食べさせるとご飯が食べられなくなるのでご飯を食べてからというのはだめでしょうか」

「甘いものは虫歯が心配なので出来るだけ食べさせたくないのですが」などなど・・・

もちろん「オールOK」ですから、どんなときでも制限なく子どもが欲しいといったときにはおやつをあげましょう。

食べたいときに、食べたいものを、食べたいだけ食べるのが人間にとって幸せであり、心と体の満足が得られる。

ご飯の前におやつを食べれば当然ご飯は食べられないだろう。

それでもズーッとおやつばかりは食べていられない。

体を動かし遊ぶにもそれだけではエネルギーがでない。

自然とご飯を食べるようになる。

健康な心身をもっていれば、自分の体に必要なものを体が欲するのである。

それくらい自分の体の感覚を自分で感じ取るには、まず欲しいものを食べること。

人から「あれを食べなさい」「これを食べたらダメ」「もっと食べろ」「いや食べすぎだ」といわれたのでは、自分で感じたことがあやしくなる。

その子が最後に言うセリフは、「お母さん、僕(私)今お腹すいてる?」「何食べたらいいと思う?」というもの。

この言葉を言ってしまった時点で、この子は完全に母に呑み込まれてしまった。

以後自分で何も感じず、全て母に頼り、自分で考え、判断できない子になる。

自分の感覚、自分の見たもの(知覚)によって自らが反応し、それを求められることで自我は育っていく。


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2008年7月 2日

分析家の独り言 118 (子どもを無条件に受け入れ愛する)

子どもへの対応は無条件。

部屋を片付けたら欲しいものを買ってあげるとか、お手伝いしたらおこづかいをあげるなど、条件なく子どもの要求に応える。

他にも子どもの問題で悩み、母親教室に来られた方は何人もいた。

そして残念ながらどんどん教室への足が遠のいていった。

その中で見事3年「オールOK」をやり通したクライアントがいる。

それは私にも出来なかったことで、頭の下がる思いである。

そのクライアントと二人、どうして他の人は「オールOK」し切れずに撤退していき、彼女だけがやり通せたのか、それはどこがどうちがったのか明確な理由が知りたいといっていた。

彼女と話していく中で、養育史を語り、彼女自身も忘れていたり、わからなかったことがわかってきた。

彼女のこれまでの意識上、父のことは嫌いだった。

ところが思い出し語りだしたのは、幼い頃無条件に自分を受け入れ、要求に応えてくれた父だった。

どこへ行くにも彼女を連れて行き、仕事に疲れて帰ってきても銭湯へ一緒に行き、体を洗ってくれた父。

アイスが欲しいといえば、何本でも買ってくれた。

カルピスを飲みたいといえば、父は金だらいにカルピス1本全部と氷のかたまりを入れ、その上から水道水を入れる。

そのたらいを回しながら、兄弟で代わる代わる飲んだという。

父には一度も怒られたことも、ああせいこうせいと命令指示されたこともなった。

そこには確かに愛され、可愛がられたクライアントがいる。

この経験が彼女にあったため、とても乗り越えられそうもない局面ででも「オールOK」ができたのではないか。

そこが他の方たちや、私と違うところではないかと思う。

また、クライアントに教えられた思いである。

いかに子どもを無条件に受け入れることが大事かを。

その経験をしたとしないでは、大きな差を生む。

残念ながら私にはそんな経験は欠片もない。

だからこんなに時間がかかり、「オールOK」したい自分と出来ない自分の葛藤の大きさに悩み続けなければならなかったのだろう。

あらためて自分にはないが、娘達にはこれから先も無条件に受け入れ、確かに愛されたという感覚を持てるようにしていこうと思った。


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2008年7月 1日

分析家の独り言 117 (子育ては自分をみつめること)

子育てに悩んで分析に来て途中でやめていくクライアントや、昔の自分を振り返って、子どもへの「オールOK」の大変さと重要性をあらためて思う。

日々子どもに接しながら迷ったり、悩んだりする。

つい言いすぎた怒りすぎたということも日常中ではよくある。

子どものことで来所された方には、まず悩みの内容を聴き、子どもへの対応法をお話しする、とともにクライアント自身の養育史にも触れる。

ご自分は親に愛されたと言われる方もいるし、どこかおかしいと思ってきたという方もいて様々。

そんな中で「オールOK!子育て法」を、なぜそうすることがいいことなのかを説明しながら話す。

おそらく多くは、自分も「オールOK」されれば嬉しいし、きっとそうすることが良いことなんだろうと思うが、出来ればやりたくないと思う。

私などは、それだけは勘弁して欲しい、それ以外のことなら何でもやるから、と思った。

しかし、よくよく考えてもそれ以外にはなさそうだった。

やればいいことはわかっていても、実際にやろうとすると出来ない、この葛藤にまた悩み落ち込む。

この反対(やると、やりたくない出来ない)のベクトルを出来る方向に変えていくために分析は必要となる。

なぜ出来ないのか、それは自分の養育史上の問題に行き当たる。

それを見たいくない人、向き合うこと避ける人は撤退していく。

そのことに取り組めばしんどいことをどこかで予想しているからだろう。

それでもこのままではいけないと意を決して取り組む一握りの人たちもおられる。

出来るだけ子どもがまだ小さいうちに対応すれば、労力もお金も少なくてすむし、後の幸せは計り知れない。

問題を持ち越せば持ち越すほど、後々大変な労力と時間、お金もかかる。

いずれはどこかで取り組まなければならないのなら、早い方がいいと思うが。

それを選ぶのもその人その人だから、もちろん無理強いはしない。

基本的に来るものは拒まず、去るものは追わず。

自分なりのやり方で頑張ってみるといわれるのだから、頑張って欲しいと思うが、自分なりのやり方が理論と整合し、良い結果を生むものであることを陰ながら願うしかない。


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2008年6月29日

分析家の独り言 116 (福岡出張セラピーにて)

6月の福岡出張では、クライアントの要望より、クライアントの自宅自室に伺い分析をした。

福岡の中心部より南に向かい、駅まで車で迎えに来てもらった。

分析を受け始めた頃に比べて、最近はクライアントの表情が明るくなった。

クライアント自身もいう、「楽しい」と。

いつも言うが、部屋はその人の精神内界を表す。

ついこの間までは、足の踏み場もなかったと聞いた。

その部屋が片付いたので、分析者に自分の部屋へ来てもらって分析をしたいと言われた。

時間が許せば出来る限りクライアントの要望には応えることにしている。

すっきりしすぎるほどすっきりした印象の部屋。

床のほとんどが見えている。

この部屋が本当に足の踏み場もなく、床が見えなったのだろうかと思うくらいに。

今はクライアントにとって必要最低限のものが置かれているのだろう。

分析での語りも、1本筋が通り、それを中心に必要なもの不必要なものを選択できるようになったという。

人が回復していくとき必ず部屋を整理していく。


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2008年6月22日

分析家の独り言 115 (妊娠協定を結んだ米女子生徒)

YAHOO!ニュースに <妊娠協定>米グロスターで女子高生17人 一緒に子育ても という記事があった
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080621-00000038-mai-int

米東部マサチューセッツ州の人口約3万人の漁師町グロスターで、同じ高校に通う女子生徒少なくとも17人が一緒に妊娠、出産する「妊娠協定」を結び、実際に妊娠した。米メディアが伝えた。夏休みが始まるころには出産する予定で、一緒に子育てをすることも約束しているという。

17人は全員が16歳以下で、父親の一人は24歳のホームレスの男性だったという。

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彼女たちの中に「家庭」という概念がない。

最初から結婚し、家庭を築くという考えがない。

ただ産みたいだけ、ということは彼女らの家庭が崩壊しているということだと思った。

案の定、記事を読みすすめていくと、漁業がすたれており、学校関係者は「家庭が崩壊し、多くの若者が方向性もなく育っている」とあった。

また、「(子供が生まれれば)自分を無条件に愛してくれる相手ができると興奮していた」という。

いかに愛情に飢えているかがうかがえる。

本来は母親が生まれた子どもを無条件に愛するのだが、彼女たちは子どもを産めば、その子どもが自分を愛してくれると思っているのだろう。

無力な子どもは母親である自分を必要としてくれる、そこに価値を、意味を見出している。

愛の別名「必要とされること」。

本当は、愛し愛されるという相補性があることだが、彼女たちに、自分も子どもを真に愛するということがあるだろうか。

私たちはいう、結婚しても3~5年は子どもをつくらないでおきましょうと。

それは、その間にお互いの辞書を統一していくため。

生まれ育った環境が違う者同士、同じ日本語を使っているから言葉が通じていると思っているが非常にあやしい。

言葉の意味が人それぞれ違うのだ。

例えば、「愛」という言葉の意味、ある人の辞書には「継続」とある、またある人のは「信頼」、また違う人のには「束縛」、というように。

こうして意味が違う言葉で二人が会話して、思いが通じたり、理解が生まれるだろうか。

何万、何十万とある言葉の意味を統一していくのに3~5年はゆうにかかる。

そして、その間に本当にこの人との間に子どもをもうけて、家庭を築いていっていいのか、互いが判断することが大事である。

米東部マサチューセッツ州でおきた今回の事象、残念ながら協定通り一緒に妊娠し、子育てをすることがうまくいき、彼女たちやその子どもたちが幸せになるとは思えない。

親になるということはそんなに簡単なことではない。

自分のことをを振り返っても、クライアントをみていても痛切に感じる。


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2008年6月19日

分析家の独り言 114 (オールOK! 子どもは親のコピー)

例えば、子どもが非行で走り回っているときには、頭が噴火し続けていて、誰の言うことも入らないという(元非行少年の表現)。

その状態でも、親は「あれしたらだめ」「これしないとだめ」と言う。

そんなことを言って聞くわけもなく、なんの役にも立たない。

そ頭の噴火は、怒りか、不満か、虚しさか。

そこで噴火している頭を少しでもさまさせるために「オールOK」する。

「オールOK」によって怒りを和らげ、不満・虚しさを埋める、すると、噴火が少しずつ治まりだし、話が出来るようになる。

そして非行は終わる。

しかしあるクライアントが言った、「それだけで終わっていたら根本的な解決にまでは行かなかっただろう」と。

非行が治まった今も「オールOK」し、子どもの言葉を受け取り続けている。

なぜそうなったのか、親が分析理論を学びながら、発達論等を頭に入れつつ、また子どもと日々話をしている。

そうすることによって、子どももいやでも自分と向き合うしかなくなり、そこで、自分が見えてくると。

今子どもはどう生きていくかを模索しているようで、やっと安心して見ていられるのだそうだ。

子どもを縛りつけ、拒否し続けた、それに反発して子どもは外の世界に飛んでいった。

子ども自身が、なぜ飛んで行ったかの地点に立って、自分を見つめている。

その母であるクライアントも、子どもの頃から親にいろんな言葉で縛られ、それが嫌で社会適応してはいたが、飛び回った人だった。

現象はちがっても、結局親子で同じ事をしている。

ああ、やはり子は親のコピーというが、その通りだなと思う。

クライアントは、自分を縛っているものが何なのか、それを見ていく覚悟をした。

この縛りのために行き辛かったこと、他人と関わることを避けてきたことに気付き始めた。

子どもに何か問題が起きたとき、子どもを責めたりしかったりするが、実は親自身の問題を映し出しているのではないか。


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2008年6月15日

分析家の独り言 113 (食事のときはテレビを消して)

家庭において、食事のときはテレビを消しましょう、という。

それは、家族団欒を大事にして欲しいからである。

家族ほど一緒にご飯を食べる人の集まりはない。

どんなに親しくても、一緒に住まない限り毎日食事を共にすることはまずないだろう。

だからこそ、家族としての食事の時間をどう過ごすかは大事。

子どもたちは、今日一日あったことを、我先にと話す。

「私が先」「いや僕が先」と。

そこでああでもない、こうでもないと家族が楽しく会話しながら食事をする。

そこにテレビは邪魔である。

子どもたちだけでなく、お父さんやお母さんも、仕事で、家庭・地域などであったことを話す。

あるクライアントの家庭でテレビを消したという。

クライアントは、子どものことをよく知ろうと思ったと。

ところがクライアント自身、家族団欒を経験していないため、何を話していいのかわからない。

しゃべることがないから考えたのが、質問すること(クライアントは子どもを質問攻めしたという)

そうしたら、子どもが機嫌よく答え、嬉しそうな顔をする。

子どもは質問をされること=自分への関心を向けられたことと感じたのだろう。

そろそろ質問するネタがつきてきたというが、これまで見ても見なくてもついていたテレビが食事時消えたという。

素晴らしい。よくやられた、お見事!


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2008年6月14日

京都 6月母親教室にて

6月12日京都駅近くで母親教室を開いた。

その中での話、不登校の子どもさんが、「することがない」と言って泣くという。

お母さんは、思いつくことを並べ、「本を読めば」、「ゲームは?」「計算ドリルしたいっていってたのは?・・・」と言う。

しかし、子どもはどれも「あきた」と言う。

「それは、お母さんと一緒に何かしたいということでしょう」と私は言った。

本を読んでも、ゲームをしても何をしても、一人ではつまらない。

誰か(お母さん)と一緒にするから楽しいし、あきない。

また、不登校とは0歳~1.5歳の何をするにも母親と一緒であるべき時期にもどったのだから、24時間体制で寝るも、食べるも、遊ぶも、お風呂も全部母と共にすること。

これが育てなおしである。

大事なのは共生、共感、共有。

母と共に生き、感じ、同じ時・事を共有すること。

「何でも声かけて、子どもさんと一緒にしてください」と言った。

「それが出来ないんです」と言われる。

自分の子ども時代、そういう経験がなく、母にかまってもらった体験がないと、子どもにかかわることが苦痛となり、どう関わっていいかわからない。

それでも何とか努力し、子どものためと少しずつでもしていくと、だんだん出来るようになる。

そして、母親である自分と一緒に遊んだりしながら、楽しそうに嬉しそうにしている我が子の顔を見て、それを我が喜びとできたとき、自分を理想的に育てなおしたことになる。

2008年6月12日

分析家の独り言 112 (秋葉原通り魔事件)

また凄惨な事件が起きた。

加藤容疑者についていろいろな情報が出てきた。

私が最初にこの報道を聞いて思ったのは、会社にいって作業着であるつなぎがなかった、それをみて加藤容疑者は、「やめろってか」と思いキレたとのこと。

よほど加藤容疑者は、これまで排除されてきた人なのだろう。

例えば同じように、作業服であるつなぎがなかったとする。

しかし100人が100人、加藤容疑者と同じことを思わない。

そこにその人独特の意味の付け方が在る。

ラカンは、人は意味の病に陥っているという。

「やめろってか」という意味の付け方、誰もそんなことはいっていない。

たまたま誰かが移動させたのかもしれない、事情はわからないが。

「やめろってか」と思うということは、彼がこれまで生きてく間に、そう思う、そう意味つける心の構造を作ってきたということ。

冷静に対応するなら、会社の人に自分のつなぎがないが知らないか、聞けばいい事。

ここにその人のコンプレックスがあらわれる。

自分を否定されず、排除されず、人と良好な関係を築いてきた人なら、彼のような意味の付け方はしないだろう。

人や自分への信頼をもてるかどうか、それがキレる程度にも影響するだろう。

キレて無差別に人を殺傷するのか、家庭内で暴れるのか、物にあたるか、友人に愚痴るか、スポーツなどで発散するのか・・・などなど。

残念ながら彼には愚痴れる友人や彼女もいなかったようで、孤立感をもっていたのだろう。

加藤容疑者は事件を実際に起こしてしまったが、その手前にいる人達もいるだろう。

どうか思いとどまって、行動化しないで欲しい。

攻撃性をこういう形で出しても、本当の解決にはならない。


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2008年6月 8日

分析家の独り言 111 (無意識のメッセージを読み書き換える)

私たちの無意識には、様々な言語が書き込まれている。

あるクライアントは、「人の中に入っていかないのはだめ」というメッセージを子どもの頃から言われた。

ところが人が苦手で、人と関わりにくい。

それでも、「人の中に入っていかないのはだめ」というメッセージが無意識に回るため、会合や飲み会、食事会などで人の輪に入っていない自分を責めていた。

人に合えば、何か言わなければ・・・と焦るが、うまく話せずまた自分を責める。

人の中に入っていかなければいけないが入っていけない、話さなければいけないが話せない、そのことに葛藤し落ち込む。

分析で養育史を語り、そのメッセージを再認識し、その言葉を再び検討してみる。

その言葉自体が正しいのか。

それを言った親自身が人の中に入りにくく、それをクライアントに求めた。

親が出来ていないにも関わらずである。

今は、話かけられれば話すが、無理に話しかけなければいけないと思わなくなったという。

以前のように自分を責め、ダメ出ししなくなったので楽になったと。

この先分析の中で、いろいろなメッセージを思い出し、同じように現実吟味していく。

そしてクライアントが気づかなかった心の傷を癒しつつ、もう一度人との交流や信頼、愛着といったものを学習し、自己愛を育てていくなどしていくと、自然人が苦手でなくなる。

気がつけば、○○でなければならないという考えがなくなり、自分も他者も否定せず、自然に人と交流できている自分になっている。

このクライアントの場合は他者はOKだが、自分はNOな存在であった。

4パターンあり、自分も他者もNO(な存在である)
          自分はOK,他者はNO
          自分はNO,他者はOK
          自分も他者もOK

さあ、あなたはどれだろうか。

もちろん分析は、最終的に自分も他者もOKな存在をめざす。


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2008年6月 5日

分析家の独り言 110 (非行も甘え)

非行をしていたときには、部屋の電気、エアコン、音楽、テレビなどは自分がいてもいなくてもつけっ放し。

シャワーやお風呂も、朝といわず昼といわず夜といわず、入りたいときに入り、好き放題していた。

それが、親がオールOKして、すっかり非行から抜け出し、家庭を持つまでになった。

真面目に仕事もし、家族を養っている。

ゆくゆくは家を買いたいと、貯金もしているという。

現実に足をつけて暮らし、金銭感覚も普通以上にシビア。

お風呂の残り湯を取っておいて、トイレを流す水に使うなどの節約生活。

親から多額のお金をむしりとっていっていた子が・・・ 変わればかわるものである。

今では外出するとき、電気は消したか、ガスは大丈夫か、鍵は閉めたかと神経質なくらい確認するという。

もし火事でも出したら、親にも迷惑をかけ、えらいこになると思うと心配だと。

その母親が、「あんた、非行してたとき、部屋の電気も、エアコンもつけっ放しだったやん」というと、

「それは甘えや」と息子さんが言ったという。

ほぉ~、なるほど。

どんなにいきがっていても、甘えていたと。

親への文句が言えず、言っても通じず、行動で反抗し訴えるしかなかったが、それでも親に甘えていた。

やはり子どもを理解し、受け入れること、甘えも全て、そうあらためて思う元非行少年の言葉だった。


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2008年6月 3日

分析家の独り言 109 (分析理論講座から)

一昨日日曜日、分析理論講座を開いた。

ホームページを見て連絡をしてきた、教育学部の学生さん。

大学でラカンを学び、将来は非行少年に関わりたいという。

ラカンは難しい、ラカンはわからんとよく聞く。

日本では精神分析自体がまだよく知られていない上に、ラカンは哲学として読まれることが多いとも聞いた。

学生さんはラカンについて基礎知識はもっておられるものの、精神分析をまだよく知らないということで、まず分析の理論を学んでもらうことにした。

テキストにそって解説を加えながら、実際に私がこれまで関わってきた非行問題の症例等を入れつつ、「オールOK!子育て法」にも触れた。

熱心に興味をもって聴いて、質問もされた。

これから教師の道に進み、非行問題に関わるにしても、将来結婚し自分の子どもを育てる上でも知っておいて欲しいことがたくさんある。

それらを念頭に置きながら、2時間半話した。

とりあえずどういうものかと思い、来てみたということだったが、また続けて学びたいということだった。

彼が言った、「何か事が起こってから対応するのではなく、起こらないために何かをすることはできないのか」と。

私も同感である。

予防医学があるように、精神の病に陥らないように予防すること、、子どもの問題行動がおこらないような子育て、関わり方(オールOK)が世間一般に広まることを望む。

パソコンで検索し当研究所に連絡して、実際に来られることになったが、できればこういう若い方にもっと興味をもってもらいたいと思う。

昨今様々な悲惨な事件が起こる中、非行や子ども、また自分のために学ぶことは大事。

学校だけでは学べないことが、この世にはたくさんある。


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2008年6月 1日

分析家の独り言 108 (船場吉兆に見る精神の未発達)

食の安全が揺らぐ中、今回の船場吉兆廃業。

後から、後からいろんなことが出てくる。

例えば・・・

以下(MSN産経ニュースより引用)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080528/crm0805282218046-n1.htm

暮れも押し迫った12月29日深夜、船場吉兆本店の大座敷は、異様な雰囲気に包まれていた。
大音量の有線放送が夜気を震わせる。
パチンコ店でおなじみの「軍艦マーチ」だ。
調理用の白衣を着た従業員が一心不乱に盛り付けにあたる。
「さっさとやれ」「間に合わんぞ」。
社長の湯木正徳(74)が怒鳴り声を上げる。
毎年、大みそかまで行われる社員総出のおせち作りの風景だ。
売り上げの多くを占める物販部門の中でもおせちは主力中の主力。
船場は限界を超える注文を受け、ぶっ通しの徹夜作業で帳尻を合わせていたという。
人よりカネとモノが最優先-。
それが船場吉兆の経営方針だったと、元調理人が打ち明ける。

湯木正徳前社長(74)が料理を捨てようとした調理人に、「何を捨ててるんや。
もったいない、それは置いとけ」と声を荒げる場面を見たことも。

女将と弁護士が並び、女将が「今日で廃業になりました。
再開後頑張ってくれたけど力及ばず申し訳ありません」と謝罪。
女将の説明は約10分
弁護士が退職時の手続きを書いた紙を配った。
退職金などの説明もなく、再就職について女将から話は一切なかった。 

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などなど・・・

どこまでも人間らしいあたたかみが感じられない。

これは精神の発達からいえば、生後数ヶ月頃の状態。

まだ対象(子どもにとっては母親)が部分対象でしかなく、全体対象に至らない状態。

乳児にとっては「母」は「乳房」でしかない時代のこと。

女将はじめ船場吉兆の経営陣たちは、生後数ヶ月の精神状態で止まっている。

人を全体的に見ることが出来れば、料理の残り物を使いまわしされたらどんな気がするだろうか、と思うだろう。

軍艦マーチをかけられ、怒鳴り声のなか、限界を超える注文をぶっ通しの徹夜作業で従業員に働かせることがあるだろうか。

いきなり廃業を告げられた従業員の今後を心配する気持ちもない。

人間を部分対象としか見られないために、他者を部分的に利用する。

自分がもし相手の立場であったなら・・・という立場にたてない赤ちゃん。

そんな人達が経営した会社は、つぶれるしかなかった。

心が成長していないということが、いかに悲しく、恐ろしいことかを痛感させられる。


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2008年5月28日

分析家の独り言 107 (非行の子どもにどこまでオールOKするか)

子どもの非行に悩んだあるクライアントFさん、母親教室に通い、分析を受けた。

当時子どもの非行が大変で、出口の見えない迷路に入ったようで、どうにもならなくてFさんは死さえも考えていた。

あるときの分析の帰り、玄関まで送ったときFさんに、私がかけた言葉あった。

「オールOKは、子どもが満足してこんな自分に親はここまでしてくれた、申し訳ない。ここまでしてもらったらもういいと子どもが言うまでです。」と。

Fさんは、「その言葉が天から降ってきた」という。

これまでは、どこまでやったらいいのか、終わりが見えなかった。

しかし、子どもから「もういい、ありがとう」と、向こうが幕をおろすまでオールOKすればいいと思ったという。

そのときが迎えられたら、そこで死んでも意味がある、生きる意味もある、その日まで生き抜こうと思ったと。

それまでは、死にたいだった、それが生きように変わった。

確かにそのことを言った覚えはあるが、それがFさんにそこまで響いたとは思わなかった。

どのタイミングで、どういう言葉をかけるか、緻密に計算したわけでもない。

しかし、私が発したこの言葉が、Fさんに覚悟を決めてオールOKすると決めさせたようだ。


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2008年5月26日

分析家の独り言 106 (2006.10 ひきこもりの青年父親を撲殺)

少し前の事件ではあるが、2006年10月5日以下のような事件があった。

【勝手に部屋開けられ立腹、引きこもりが父親撲殺-大阪】

5日午後1時35分ごろ、大阪市西淀川区柏里の無職栄正雄さん(56)方で、
正雄さんがトイレで頭から血を流して倒れているのを長女が見つけ、119番した。

大阪府警西淀川署員が駆け付けたところ、二男の無職幸次郎容疑者(20)が
父親を殴ったと認めたため、殺人未遂容疑で逮捕した。
正雄さんは搬送先の病院で死亡。同署は容疑を殺人に切り替え、調べている。

同容疑者は約6年間、自分の部屋に引きこもっていたといい、
「勝手に部屋に入られ、見ていたテレビを邪魔されて腹が立った」と供述している。

セラピー日記、分析家の独り言 105 (子どもの自我を育むために)を裏付ける記事である。

ひきこもる、ひきこもらないに関わらず、子どもの了解を得ずに部屋に入ってはいけない。

息子と父親は特に刀と刀がぶつかるがごとく殺し合いとなる(エディプス理論)。

おそらく中学から不登校になり、そのままひきこもっていったのだろうが、その6年間を、また不登校になるまでの14年間をどう過ごしたのだろう。

親の対応や本人の気付きで、自我を育み、社会の中で自分を発揮できるようにもなれるのに、こういう事件を聞くたびに残念に思う。

クライアントの中にも、不登校したかったがそれを許す親ではなかったので出来なったという人達がいる。

自己愛の欠損、自信・自己肯定感のなさが目立つ。

健康な自己愛を持ち、ほどほどの自信と、自己肯定感を持てるために「オールOK」するのである。

本来は子ども時代に親の対応によってそれらを獲得するのだが、それがなかったために、大人になってから分析の中でそれらをつくっていく。

子どもの場合は、親が「オールOK」することで、遅ればせながらも獲得していける。

その対応法を親御さんに伝えるのも分析の仕事となる。


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2008年5月25日

分析家の独り言 105 (子どもの自我を育むために)

家の構造上、子どもの部屋を通らないと物干し(ベランダ)に出られないというのをクライアントからよく聞く。

これでは、子どもがその部屋にいてもいなくても親が勝手に部屋に入ることになる。

こういう場合、洗濯物を干す場所を変えてもらうとか、外階段をつけて子どもの部屋を通らなくてもいいようにしてもらう。

また、両親の部屋と、物干しに出るために通らなければならない子ども部屋とを交換してもらった例もある。

「そこまでしなければいけないのか?!」とクライアントにきかれるが、臨床経験上、不登校、ひきこもり、非行、神経症など後に何らかの問題を呈する子どもたちに、子ども部屋を通らないと物干しに出られないということが多々あったからいうのである。

それはやはり、思春期になって閉鎖された自室を持つことの重要性を物語る。

いつもいうように、部屋はその人の精神内界である。

そこに何人たりとも、勝手に入ってはいけない。

ひどい例では、勝手に子どもの部屋に入り、机の引き出しなどを開け、日記や手紙を盗み読みしたりする。

年頃の男の子はいわゆるエロ本を隠し持っていたりする。

それもその年代には、普通の成長段階でおこることである。

それを勝手に部屋に入って見られたとか、捨てられたということも聞く。

もっての他である。

これでは自我が育たない。

子どもをあたたかく見守るまなざしは必要だが、監視の目は弊害を生む。

それが後に、いつも誰かに見られている気がするとか、人の目が気になるという訴えになることもある。

子どもの部屋に入るときには、子どもが居るときに、ノックをして了解を得てから入ること。

それが子どもを尊重することであるし、自我境界をしっかりつくる一助となる。


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2008年5月24日

分析家の独り言 104 (子どもの非行にもオールOK!子育て法で)

「オールOK!子育て法」を見た方から、質問があった。

「オールOKということだが、どこまでOKか?」と言われた。

「オールですから全てです」とお答えた。

夜、友達と出歩くと危険なこともある、それが心配といわれるが、だからといって首に縄をつけて家から出られないようにするわけにもいかない。

外には危険なことがあること、心配していることは子どもには伝える。

しかし、それで行く行かないは子どもが決めること。

それよりも、まず根本を考えること。

夜、家出て友達と出歩くということは、その子にとって家の居心地が悪いということ。

ならば、オールOKして、子どもを受け入れ、家が子どもにとって快適な場所にすることである。

そうすれば、友達が誘う、誘わないは関係ない。

そばに悪い友達が居るから子どもが夜出歩くので、県外に引っ越そうかとも思ったといわれる。

それも、これまでいくつも聞いてきたが、隣の県ぐらいではいくらでも友達は来る。

また、いくら遠くに引っ越しても、親が変わらなければ、似たような友達はどこにでもいて、また引っ越した先でそういった子とつるむ。

いたちごっこである。

全ては子どもに主体性を持たせること。

親の価値観、考えを子どもに押し付けないこと。

それに真正面から、理路整然と反論できる子どもはまずいないだろう。

言えないから、行動で反抗するのだ。

それが非行という形で表現される。

ならば、普段から言いたいことが言葉で言える親子関係をつくっておくこと。

それには、どうせこの親には何を言っても無駄だと思わせないように、子どもの言うことよく聞くこと(=オールOKすること)である。


以前母親教室で、「オールOK」の話を聞いた方から最近電話をもらった。

何とか頑張って子どもに「オールOK」をした。

結果、子どもが外に行かず、家に居るようになったという。

当然の結果である。


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分析家の独り言 103 (辛さ、悩み、苦しみを乗り越えて)

私が分析を受けはじめた頃どうだったか,
とクライアントに聞かれた。

もう14年も前のことだが、それでも鮮明に覚えている。

早く自分を変えたくて、焦りまくっていた。

私のスーパーバイザーは埼玉県在住で、月に1回京都に来られていた。

そのため、分析を受けられるのは月に1回。

分析と分析の間が待ちきれず、早く早くと、次の分析を指折り数えて待った。

分析を受けだすと、心の中が騒ぎ出す。

これまでには考えなかったことが、頭に浮かぶ。

あるクライアントはそれを「頭のレコードが回り出した」と表現した。

分析と分析の間、ひたすらいろんなことを考えた。

小さい頃のこと、両親のこと、自分のこと・・・

1ヶ月考え、想い、洞察したことを持って、分析に望む。

そこで語りながら、自分を整理し、気付きがあり、少しずつ自分でもわからないうちに変容していった。

ときには劇的に心に響いたり、あるときは寝込むこともあった。

私に最初の質問をしたクライアント、「私も1ヶ月ずっと考えていました」という。

いろんなことが思い出されたと、メモをとっていた。

すると今までの語りと内容が変わってきた。

涙とともに語り、辛いだろうが分析的には進む。

フロイトは「情動なき語りは意味がない」といっている。

本気で分析に取り組み、自分と向き合う覚悟をされたんだなぁと思う。

自分を知れば、子どもへの対応も変わる。

「ネバー・ギブアップ」、私も何度この言葉をスーパーバイザーから言われただろう。

継続は力なり。

やはり幸せへの扉は自分で開けるしかない。




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2008年5月16日

分析家の独り言 102 (分析家として至福のとき)

分析中で、あるクライアントがこう言った。

「子どもの問題が落ち着いたら、あれもしよう、これもしよう、この問題のために諦めてきたことがいっぱいあった」

「これからやりたいこともあるけど、でも、今もし死んでも悔いがない」

「なぜなら、正直に自分のことが言える相手が居たから」

「どういう想いで生きてきたか、自分の生き様を知っている人が居るから」

「自分の生きた証として、何かを物を作品を残そうと思ったこともあった、しかし物はいずれ滅びる」

「生きた人に、自分の本心を知ってもらっている」

「全て自分をさらけ出せないと、生きた実感がもてない」

「自分を受け止めてくれる人と出会え、心残りはない、それは喜びである」と。

分析家(インテグレーター)をしていてよかったと思う至福のときである。

私は想う、この世に一人でも自分の言うことに耳を傾け、理解してくれる人がいたら、人は生きていけると。

そして、分析家(インテグレーター)は、これから社会的に要請される人・仕事になるだろう。


交通費負担で、主張セラピー・各理論講座・母親教室(子育てに関するQ&A)をしています。

うつ、各種神経症、恐怖症、依存症等一人で悩まずご相談ください。




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2008年5月13日

分析家の独り言 101 (そもそもの自分、子育てから学んだもの)

「そもそもの自分をたどりたい」といったクライアント。

オールOKを見事にやり、その意味と効力を実感した後の言葉だった。

それを聞いて私が思い出したのは、新宮一成氏が書いた「ラカンの精神分析」の著書の最初に書かれていている「そもそもの始めより」という文章だった。

このクライアントは、こう表現した。

例えば自分は椅子だとする。

この椅子は木でできているが、この椅子に加工される前には、もともとどこにどんなふうに生えていた木だったのか。

どんな山の、どんな景色をみて育ったのか、それを知りたいと。

もう忘れてしまって、わからなくなったが、それらを必ず見ていたはず。

なんと分析的な言葉なんだろうと私は感動した。

そう、精神分析は心のしんどさ、悩み、病理を治していくために使われるが、本来は自分を知る方法論の一つである。

その過程で、副次的にしんどさや悩み・迷い、病が癒えていくものと私は認識している。

分析とは、自分とは何者か? その自分探しの旅である。

それを誰も教えないのに、クライアントは知ってしまい、言語化している。

ここまでくる途中、「何で私を目覚めさせたんですか」と言われたことがあった。

私が目覚めさせたのではない、自分でその道を選んだのだ、幸せへの道を。

彼女もまた、行った者にしかわからない享楽をこれから味わうことになるだろう。


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2008年5月10日

分析家の独り言 100 (オールOK!子育て法を実践して得たもの)

奈良美智
奈良美智という画家をご存知だろうか。

あるクライアントが奈良氏が描いた女の子の顔の絵を見て、「自分は昔この目をしていた」という。

意志が強く、挑戦的な目、孤独だけれど人の助けなどいらないと言っていそうな口元。

そして思い出したという、5、6歳の頃の私は幸せだったと。

天真爛漫でやりたい放題。

保育園を脱走して、自然の中で時間を忘れて、夢中で遊んだ。

親に怒られる恐さより、遊ぶ楽しさの方が勝っていた、と。

子どもさんのことが落ち着き、もう心配なくなり、自分でもこのことはもう区切りがついたという、私もそう思う。

そうしたとき、自分が幸せだった頃があったことを思い出した彼女。

これまで、「戻りたい時代があるか?」と聞かれたら、「戻りたくない」と答えたが、今なら「5、6歳の頃に戻りたい」と言える。

戻りたいと思える時代があることは幸せなことである。

一区切りついたところで、そういうことを思い出すというのも象徴的である。

親にあれこれ言われ続け、いがめられ、強制され、鋳型にはめられたが、そもそも自分とはどういう人間だったのか。

本当の自分とは何がやりたかったのか、そのもともとの自分をたどってみたくなったという。

子どもをどう育てるのが正しいかを知り実行して自信を取り戻した。

そして、人は間違う、そのことが肯定できるようになったとも。

子どもの問題に悩み、オールOKしたが、オールOKは子どもに限らす、それをした自分にそれ以上のものを教えてくれたと言う。

彼女のこの言葉は素晴らしい。


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2008年5月 9日

分析家の独り言 99 (おばあちゃんとして)

ある女性クライアント(Cさん)に、つかまり立ちができるようになった1歳のお孫さん(Dちゃん)がいる。

息子夫婦がDちゃんを連れて家に来て、みんなでご飯を食べた。

Dちゃんが、キーという奇声を上げることが多く、それが気になったという。

母親がスプーンで離乳食を口に運ぶ。

Dちゃんは、食べ物を手で触りたいが、お母さんは、「食べ物をおもちゃにしたらだめ」と怒る。

そして、「私もこう言われて育ちました」という。

Dちゃんが食べ物を触ったその手で首などを触るため、赤くなり痒くなり薬をぬる。

それがDちゃんはまた嫌で、「キー」と叫ぶ。

Cさんは、Dちゃんの前に離乳食を置き、好きに食べていいと言った。

案の定、お汁の中に手を入れ、にんじんをテーブルに並べたり、自分も食べ、Cさんの口にも運ぶ。

それを「おいしいね」と言って、Cさんは食べる。

Dちゃんはニターと笑う。

ご飯やおかずも手でくちゃくちゃして、同じように並べたり、食べたり、Cさんの口に運んだり・・・

それを見ているお母さんは気が気ではない様子。

それをしている間、やっとつかまり立ちできるようになったDちゃんはずっと机にもたれながら立ち続けていた。

普段なら、5分立っているのがやっとなのに、子どもが夢中になっているとこんなに長くたっていられるのかと思ったと。

おそらくDちゃんに、お母さんはこれしちゃだめ、あれしちゃだめと言っているのだろう、それが「キー、キー」いう原因ではないかとCさんは思ったという。

スプーンで離乳食を食べさせられている様子はペットのように思えたとも。

やりたいことを禁止せずにやらせてあげる(=オールOK)ことの大切さを感じたそうだ。

こんなに小さくても、自分というものをもっている。

しかしそれを発揮できない、やりたいことがやらせてもらえないストレスが溜まっていく、それもきっとこれから先何年も。

それを思うと恐ろしい。

それが思春期に、爆発しないわけがない、非行や不登校や心の病として。

Cさんは言う、分析を知らなければ、ただ「キー、キー」いうかんの強い子くらいで終わっていた。

そして、これは父である息子がこれからこの家族をどうするかだと。

何かに気付いて、父として我が子にどう接し、子どもの母親であり自分の妻にどう働きかけるか、それを見守り、息子から何か話があるまで待つという。

待つことも母性として大切なこと。

Cさんはよくここまで来られたなぁと嬉しく思う。


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2008年5月 4日

分析家の独り言 97 (後悔、でも前へ)

3月の末、引越しをした。

それにともない、引越し先に新たに電話をひかなければならなかった。

さかのぼる事去年の末、ソフトバンクテレコムの代理店(株)インフィニティ(京都市中京区 ℡075-222-7654)から電話があり、「基本料金が安くなります」などという電話があった。

それまでにも、いろんなところが同じようなことを言ってきていたが、断り続けていた。

それは、その時点ではまだいつとは決まっていなかったが、引越しをする予定があったからだ。

NTTタウンページに広告を載せているため、引越しにともないNTTの電話番号は変わっても、yahoo!のIP電話ならどこへ引越しても番号が変わらず、IP電話の番号を広告文のなかに掲載しているため、他の会社の光などには変えられなかった。

ソフトバンクテレコムの代理店(株)インフィニティから電話があったときもそのことをいの一番に話した。

「大丈夫です」というので変えたが、今考えると、NTTのままでよかったのに、なぜ変えてしまったのか、後悔。

そのとき何度も確認した、「yahoo!のIP電話は使えますね、番号が変わると困るんです」と。

説明に来た<井上こころ>というセールスマンは、おとくラインをすすめ、「大丈夫、引越しの祭もここに電話してもらえば、しっかりサポートします」といって、名刺を置いていった。

私はここまでいうのだから、大丈夫だろうと思った。

ところがいざ引越しが決まり、(株)インフィニティに電話をしたら、「どこどこへ電話をしてそのようにしてください」といわれるだけ。

あげくの果てに、電話が通じるのも引越しから4日後、インタネット接続には1ヶ月後となり、yahoo!との契約は一端解約しなければならず、当然IP電話も解約。

しかもソフトバンクテレコムおとくラインでは、yahoo!のBBフォンは使えないことが後になってわかった。

このため来年6月まで、使われなくなった電話番号が載った無駄なNTTタウンページの広告料を払わなければならない。

納得がいなかない。

当然、(株)インフィニティにクレームの電話を入れた。

上司の<くまさわゆきこ>という人が対応に出た。

最初は全額は無理でも広告料を負担することを考えるという。

聞いている私の方が、そんなことを自分の判断で言ってしまっていいの?と思った。

案の定、次の電話では、広告料の負担は会社ではできないの一点張り。

おそらく上の者からいわれたのだろう。

その後は言い訳ばかり。

直接謝りに行くと言われたが、実行されることはなかった、もちろん井上さんからの謝罪も一切ない。

さらに「一言当社にお電話いただければ、打つ手はあったのですが」といわれた。

「ハァ?」じゃあ、私のせい? 私が悪いの?

言ってることが全然ちがうじゃない。

BBフォンをそのまま使えるか、そこを何度も確認したのに、BBフォン自体が使えないって、それを向こうは最初からわかっていたはず。

聞いていないことが後からいっぱい出てきてこれでいいのか、(株)インフィニティ。

最後には、うちにも不手際はありましたが、yahoo!にもクレームは言ったかと聞いてくる始末。

もうこの会社はだめだと思った。

話している時間がもったいない。

残念ながら誠意の一つも感じられなかった。

私と同じような目にあってほしくないので、あえて会社名、電話番号、個人の実名を挙げて書くことにした。

「このことはブログに書きますから」とくまさわさんに私は言った。(それについて「No」とは言われなかった。)

私の攻撃性である。

面倒くさいことが苦手で、しかも時間がないとエイッとよく考えないでやってしまう自分が見えた。

普段は慎重な方なのに、時間的に切羽詰まると慌てるところ。

以後気をつけるため、高い授業料を払って勉強したと思うことにした。

ただでさえ引越しは大変、そんな中で面倒な手続きが多々ある。

そういう相手の立場、状況を思いやる気持ち、心づかいが企業としても大切だろうと思う。

また、そういう企業でないと生き残れないのではないか。

まぁいつまでもこだわっていてもしょうがない。

もうこれでサラッと流し、次へ進む。




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2008年5月 3日

分析家の独り言 96 (症例 人生を再構成・再統合し新しい人生を)

『家庭内暴力のY子』(24歳)
 
 Y子は、17歳のときに母に暴力をふるい始めた。

 そのため母親は家にいられない時期があった。

 それは、子ども時代の虐待された事の報復だった。
 
 両親揃って、山に捨て放置、閉めだし、叩くなどの厳しい躾をしてしまった。
 
 セラピィーは、Y子と母に施し、両者の和解をコミュニケーションを通して、1年、2年と根気よく行った。

 3年後には共に住めるようになった。

『出社拒否の公務員H氏』(36歳)
 
 H氏は、有名大学を卒業し市役所に入るまで挫折を知らなかったが、仕事で行き詰まり、初めて無力感を味わいうつになる。

 「気力が出ない」と言い続けた。
 
 彼は無力感を認知セラピィーによって、自らに限界を受け容れさせ、新しい価値観に生まれ変わり職場復帰を成し遂げた。

 それは2年3ヶ月のセラピィーの後だった。

『定年退職後にうつ病になったA氏』(63歳)
 
 A氏は、定年退職後生きる意味を失い、うつ病になり精神科を受診していた。

 薬物療法だけで改善がみられず来訪した。

 セラピィーは「生きる意味」の再発見だった。

 うつ病は必ず治る。

 それは幸せだったころに戻ることがセラピィーだからである。

 心の在り方こそ、生きる意味の再構成により寛解する。

 そうしてそれを発見したA氏は、毎日晴れ々と生活している。

多くのクライエントは、精神科により○○病と診断されて、希望を失い治らないと思い込んでいる。

それは誤解である。

すべての心の病とはセラピィーによって、対話によって自己を取り戻すことで、人生を再構成・再統合すれば、また新しい人生が始まるのです。

もうだめだと諦めている方は、ぜひお電話ください。

電話 077-500-0479  携帯電話090-7357-4540
メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)。 

この症例はラカン精神研究所の精神分析概要に記述してあります。




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2008年4月30日

分析家の独り言 95 (部屋はその人の精神内界)

思春期の子どもさんがおられるお母さんと話す中で、お母さんが子どもの部屋に勝手に入るというのをよく耳にする。

部屋が汚いとか、片付かかないのを見かねて、お母さんが子どもの了解を得ずに部屋に入り掃除いていることもある。

家は親のものでも、子どもに部屋を与えたら、その部屋は子どものものである。

例え親であろうとも、子どもの許可無く入ってはいけない。

ましてや掃除と称して、子どものものを勝手に触らないこと。

いつもクライアントに話すことだが、部屋はその人の精神内界と同じであるから、勝手に入るということは、土足で人の心に踏み入るのと同じ。

それをされて不快な想いをしないわけがない。

特に思春期の子どもは、自室にこもり、いろんなことを考える。

自分はこれからどういう方向に行くのか、行きたいのか、自分とは何かなど・・・

それを部屋が汚いとか、「ああせえ」、「こうせえ」とうるさくいわれたのでは、落ち着いて考えることもできない。

部屋が片付かないということは、その子の心の中の整理がつかないということである。

ならばそっとしておいてやること。

心の整理がついてくると、自然と部屋も整理されてくる。

あるうつ病者の部屋は足の踏み場もなかった。

分析を受けるうち、部屋の端っこにあったベットが真ん中に置かれ、そこに続く1本の道ができた。

開くことのなったカーテンが開けられるようにもなった。




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2008年4月28日

分析家の独り言 94 (子どもに言葉をかけ確認する)

子どもが身の回りのものを片付けない、脱いだ服をその場に置きっぱなしにする。

お母さんは、掃除するにも邪魔になり子どもに「片付けなさい」というが、子どもはいっこうに言うことを聞かず片付けない。

お母さんは仕方なく、勝手に片付けてしまう。

子どもが脱いだその服を着ようとしたとき、自分が脱いだところには無いため、お母さんに「どこへやった」と文句を言う。

お母さんはお母さんで、「あんたがいくら言っても片付けないから、お母さんが片付けたよ」と言う。

そこでお互いの言い分を主張し、言い合いとなる。

皆さんのご家庭で、こんなことはないだろうか。

こんなとき、基本的にはお母さんは邪魔だからと勝手に片付けないこと。

家の中でも、子どものものは子どものもの、勝手に移動させてはいけない。

片付けるのなら、子どもに声をかけ、「この服がここにあっては掃除ができないし、家族の共同生活するのに困るから、どこどこへ(例えば子どもの部屋に)置いてもいいか」と声をかけ、子どもの確認をとること。

こう聞いて、子どもが「いいよ」と言って始めて移動させていい。

もし「だめ」と言えば、してはいけない。

まず、子どもの「どこへやった」というお母さんへの文句が、お母さんには納得がいかないだろうが、この言葉をクライアントから聞いたとき、子どもの立場に立てば、その言葉も当然と思えた。

ようは、子どもに声をかけ、これこれしてもいいかと確認を取り、その物がどこにあるかを母親だけが知っているのではなく、子どもも把握しているという状態をつくること。

そうすれば、「どこへやった」という言葉は出てこない。

それは、子どもへの適度な関心と、子どものの意向を聞くということであり、結果子どもの意志を尊重し、親子のコミュニケーションがはかられ、良好な関係が築けることになる。

日常の些細なことでも、良いものを重ねたか、マイナスを重ねたかが問題となり、それが何年後かに結果として現象化する。

ならば日々できるだけプラスを積み重ねることだろう。

原因結果の法則である。

もし間違いに気付いたなら、そこから一刻も早く修正すること。

その気付きと、修正の方向を指し示すのが分析である。


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2008年4月26日

分析家の独り言 93 (新たな自己規定=名前)

インテグレーター(精神分析家)は、インテグレーター名というのをもっている。

それはラカン精神科学研究所ホームページインテグレーター天海有輝のプロフィール の中で説明している。

今年はじめ頃から、新たなインテグレーター名を考え始めた。

自らを規定する名前、これまでは『天海有輝』だったが、新たにめざすものが見え始めた。

この国は、このままでは危ない。

各地で起こる事件、報道されるニュースが、ますますこの国の病みを浮き彫りにしている。

もし少しでも、分析理論を知っていてくれたら、分析に触れていてくれたら、防げたことがあったのにと、いつも残念に思う。

分析の理論を分析そのものを、やる・やらないはもちろん個人の自由であるが、こういうものがあることを知っておいて欲しいという想いがつのった。

この分析というものを広め、説き、より多くの人に伝えたい。

そんな想いを名前にするとどうなるかと考えていた。

そして引越しと同時に、新しいインテグレーター名を決めた。

『宣照真理(せんしょう まり)』 真理を広め伝え、この世を照らす人となる。

この名前で名刺をつくり、この名前を使うことに決めた。

ただし、ホームページ、日記(ブログ)上では、天海有輝の名前を書き換えることは大変なので、このまま天海有輝の名前を使うことにした。

「思考は物質化する」という通り、この名前を考え出した頃から、分析理論を学びたいという人の依頼が増えた。

しっかりとした意志を持ち、意識化すればそれは現象化することが証明された。

また違う欲望、目標が見えたとき、またインテグレーター名を変える。

とどまることはなく、常に自我理想を追い求め、さらなる発展と成長を目指して生きていける、それは幸せなことだと思う。




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2008年4月24日

分析家の独り言 92 (娘と二人の成人式 その3)

1回目の振袖写真撮りが、着物レンタル先の写真館のミスで、美容院に連絡がいっておらず、急遽呼ばれた美容師に大急ぎでヘアメイクと着付けをされた。

どうしても納得のいかない娘は、自分で電話をし、もう一度同じ着物を貸してもらえるよう交渉し、写真撮りのやり直しをしたいと言った。

今度は、ヘアメイク、着付けを打ち合わせして、こうして欲しいとしっかり伝えられるところを娘は自分で探し、電話連絡し、実際に足を運んで、今度こそ失敗の無いように、納得のいくように運んだ。

結果、4月2日に着物や小物を美容院に持っていき、前日の打ち合わせをするため、二人で出かけた。

翌4月3日、自分のして欲しいメイクと髪型、帯の結びをしてもらい、満足した様子。

娘いわく「1回目とは全然違う」「して欲しいようにしてもらえて満足」と言った。

確かにメイクもしっかりしてもらい、髪型も綺麗に仕上がった。

(ちなみに美容院は、京阪「島ノ関駅」下車、信号を渡ってすぐの、マシュマロさん。

娘の満足いくように丁寧にしていただき、ありがとうございました)

大急ぎの中、弟子を不機嫌にしかりながら着付けた人の仕事とは全然違っていた。

その足で、これまた娘が探し予約した写真屋さんへ行き、写真を撮ってもらった。

そこから少し歩いて、琵琶湖ホテルへ行き、お茶を飲んで、二人でプリクラを撮り、デジカメで写真をいっぱい撮った。

娘は言った、「これでもう思い残すことは無い。これで前に進める」と。

満足すれば子どもはそこから離れ、心を残すことなく次の段階に進めると精神発達論は言う。

そしてクライアント達にそう話してきた、そのままのことを娘の口から聞いた。

1回目の写真撮りをしたところから、どの写真を引き伸ばすかサンプルの写真が届いたが、娘は「そんな写真はいらないと写真館に言って」と言うので、その通りに電話をして伝えた。

それでも、何日かして撮った写真が少し引き伸ばされて、送られてきた。

娘はそのままその写真を、写真館に送り返した。

引越し前後の忙しい中、2度の写真撮りをし、倒れそうになりながらも娘の要求に付き合えてよかった。

電話が苦手で、何かあると私に頼み、自分ではしなかった娘が、自分で全て動いた。

娘の成長が目に見えてわかった。

これが私たち親子の娘と二人の成人式となった。


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2008年4月23日

分析家の独り言 91 (ご無沙汰しておりました)

1ヶ月ぶりに戻ってきました。

引越しにともない、ネットを一端切ることになり、再度つなぐまでに思いのほか時間がかかり、事情をある程度知っている友人でさえ、ブログが更新されないため、私が倒れているのではないかと心配してくれていたそうです。

ブログを読んでいただいていた読者の皆様方、クライアントの方々、ご迷惑、ご心配をおかけしました。

元気でおりましたが、電話会社代理店(株式会社 インフィニティ)の不手際等あり、予定を大幅に越えやっと帰ってくることができました。

このことについてはまた、ここブログで書きたいと思っております。

最低限の記事は友人に原稿を送り、投稿してもらうなどしておりました。

そんななかでも、ホームページやブログを視ていただいた方から、問い合わせや分析依頼をいただきました。

また、皆さんの何らかの役に立てるような、気付きや考えるきっかけとなるようなものを書いていきますので、またよろしくお願いします。


この1ヶ月の間にも、いろいろな事件が起こりました。

親が子どもを殺したり、傷つけたり、逆に子どもが親を殺したり傷つける。

または、「誰でもいいから殺したかった」などということが聞かれます。

こういう事件が起こるたびに、そこまで煮詰まる前に、何か打つ手は無かったのかと残念に思う。

クライアントの言葉の中にも、「世間で起きている事件が、いつ自分の家で起きてもおかしくない」という声がいくつか聞かれます。

どうか、事件にならないうちに、今一度自分やまわりを見回し、これは危ないのでは・・・と思うことがあれば放っておかず、相談なり、治療なり行かれることをおすすめします。

理解し、努力し、少しご自身が変わると、子どもや家族の反応が違います。

当研究所でもメールや電話、直接面談等により相談、分析、教室をしております。ご連絡ください。

℡ 077-500-0479    携帯℡ 090-7357-4540

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2008年3月20日

分析家の独り言 90 (娘と二人の成人式 その2)

昨日、振袖着て娘の成人を祝った。

昨日はいろいろトラブルがありながら、それなりに嬉しそうにしていたが、今朝、やっぱり納得がいかないと言う。

朝起きてきて、膝の上に乗り、「少し話を聞いて」と言う。

ところが話の途中で、クライアントが来て私は最後まで聞ききれなかった。

夕方、「もう一度同じ振袖を借りて、写真を取り直したい」と言い出した。

正直「また~」という思いと、それほどにこだわる、娘には大事なことだったのかと思った。

「自分でもう一度同じ着物を借りられるか聞いてみるから、そばにいて」と言う。

娘が気に入らないのは、写真館が本当なら、美容院に連絡を入れるはずだったのにに、それが出来ていなくて、あわただしい中ヘアとメイク、着付けがされて、自分が思うようなメイクでなかったこと。

だから、もう一度自分の納得のいくように自分で美容院、写真館を手配し、写真を取り直したいと。

二十歳の記念、娘にはそれほど大事なことだったのか。

まさしく、自分を持って、自分を主張し、自分のしたいことを言動として表している、それが大人。

これでいいんだなぁと思った。

着物を貸した側も、自分たちの不手際を認め、着物を無償でもう一度貸してくれることになった。

泣き寝入りせず、自己主張して、娘は自信がついたという。

私の育て方が悪かったために、娘はこれまで、自分を持てず、自信を持てず、人に文句も言えずに来た。

その娘が、今こうして自分で電話をし、言うべきことは言い、自分を主張した。

ああ、成長したなぁと思った。

それと同時に、自分の成人式のときを思い出す。

母が勝手に買ってきた着物を着て、美容院を予約したものの、どんな髪型がいいとも言わず、美容院に任せ、それが気に入ったかというとそうでもなかった。

まあこんなものかと、成人式に出席し、二十歳、成人の自覚もなくただ漫然と生きていた私より、娘はしっかりしているなと思った。


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分析家の独り言 89 (娘と二人の成人式)

今日下の娘が振袖を着て、母親である私と二人で成人式をした。

姉のときは、着物を買ったが、下の子は「お姉ちゃんみたいに1回着ただけでは、もったいない」と言い、レンタルにした。

その代わりにと、シャネルのネックレスと、ティファニーの指輪が欲しいというので買った。

レンタルの着物を指定された写真やさんに行き、そこに美容師さんが来て、ヘア メイクと着付けをしてもらい、写真を撮った。

ところが、写真やさんが忘れたのか、美容院と連絡がついておらず、あとで美容師さんに聞くと、急きょ呼ばれ慌てて来たという。

なんだか随分急いでいるようで、ヘアと着付けをしてくれた先生は、お弟子さんをしかりつけ、「何度言っても覚えないなら仕方ない、もう手伝わなくていい」と怒っていた。

日本の昔ながらの師匠と弟子ってこういうのだったんだろうか思いながら、聞いてても決していい気分はしなかった。

どうしてもっと優しく教えることが出来ないんだろう。

あれでは、覚えたくても恐くて覚えられないと思う。

後で話して、娘は「人を育てるって大変やなぁ」と言った。

そういう状態の中で、娘はこうして欲しい、ああして欲しいということがあったが、あまり言えなかったと凹んでいた。

しかもあいにくの雨。

私は娘にとって晴れの日だから、精一杯祝ってやりたくて、大津のプリンスホテルで、ケーキとお茶でも飲まないかと提案した。

琵琶湖のほとりにあるゆったりとしたロービーと喫茶があるのでいいだろうと思った。

ここで写真もいっぱい撮れた。

その後、西武百貨店にいき、あれこれみて、浜大津にあるあたか飯店で食事をした。

着慣れない着物のせいで、いつもほどは食べられなかったようだが、ふかひれスープが気に入ったようだった。

夜8時半頃家に戻り、今度は上の娘のバイト先に向かった。

今日も一日よく動き回った。

ただ引越しの準備がまだほとんどできていない(苦笑)




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2008年3月18日

分析家の独り言 88 (生きたお金)

子どもへの対応「ALL OK 」をする中で、お金や物を要求されることが多々ある。

非行に走った子どもが、一度に80万円を要求することもあったというAさん。

そのAさんは、そのお金を子どもに渡すときに、このお金があったら何日食べられるだろうと思ったという。

借金をしてまで子どもにお金を出すのだから、それも当然といえば当然。

私も子どもにお金を要求されたり、何かを買って欲しいといわれたとき、「いいよ」と言いながら、心の中では「またか」とか、「高いなぁ」と思うことがあった。

しかし、あるとき自分で決めた。

どうせお金をだすのなら、気持ちよく出そうと。

口では「いいよ」とr言いながら、気持ちが伴わなければ、そのお金は生きないのではないかと思った。

同じことをAさんも言う。

渋りながら、嫌々出したお金は生きないと。

また分析では、こうと決めることが大事であるという。

私の場合、子どもの要求されて出すお金は、気持ちよく出すと決めてからは、一瞬「嫌だな」という思いがよぎるが、すぐにそれを打ち消すように、「気持ちよく、喜んで出すと決めたんでしょ」と、もう一人の自分がささやく。

そうすると、ウジウジと思わなくてすむようになった。

金は天下のまわりものというように、気持ちよく出さないと、気持ちよく入っても来ないのではないかと思った。

それは、自分を納得させるためのものだったかもしれないが、結果的には良かった。

私としてはそれほど何でも買ってやれたとは思っていなかったが、娘が「欲しいものは何でもお母さんに買ってもらえる」「だけど、今度は自分で働いたお金で、自分の欲しいものを買いたい」と言い出した。

アルバイトをしたことのない娘が、アルバイトを始めようと思っているようだ。




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2008年3月16日

分析家の独り言 87 (子育て)

子どもさんを連れて分析に来られるお母さんもいる。

分析中、子どもは置いてある積み木で遊んだり、絵を描いたりしながらお母さんを待つ。

ただおとなしく待っていてくれるとは限らない。

分析の話が中断することもしばしば。

「おかあちゃん、一緒に作って」と子どもが呼ぶ。

ALL OK の話を聞いているので、お母さんは分析中も、子どもの要求に応える。

お母さん自身、子ども時代にこんなふうには応えてもらってはいない。

してもらっていないことを、子どもにするのは大変なこと。

それでも、子どもが小さければ小さいほどしっかり対応すれば、後に大きな問題にぶち当たらずにすむ。

不登校やひきこもり、非行の子どもに悩む親御さんをいくつも見てきた、相談にのった、分析も母親教室でも話してきた。

それぞれに大変で、子どもも親もヘトヘトになる。

ここまで来る前に親が気がついていれば、と思うことが多々ある。

子どもが勝手に不登校や非行になったのではない。

そうなるにはそうなる原因があってのこと。

少しのくいちがい、間違いが、日々重なるうちに大きなずれとなり子どもと親の間に生じる。

それを子どもが小さいうちに気付き、修正できるにこしたことはない。

今一度子どもさんへの毎日の声のかけ方、関心の向け方、対応を振りかえってみてほしい。

私もギリギリのところで修正でき、娘たちをつぶさずにすんだ。

だからこそ母親教室などで子育て相談をし、少しでも親と子が絆をつくり、良い関係を築けるようにと思う。


子育て(日常の接し方・不登校・ひきこもり・非行など)の悩み、疑問等ご相談ください。


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2008年3月15日

分析家の独り言 86 (分析理論・養成講座)

福岡で、20代の女性クライアントが、インテグレーター養成講座を受けはじめた。

分析家になりたいという明確な意思を持って。

第1回の講座内容は、自我論のⅠ 胎児の世界、新生児の世界、乳幼児の自我と対象関係の発達

私もそうだったが、胎児や新生児の世界は私たちが想像していた世界とは違い、そのことに驚き興味を持ったれたようだった。

胎児や新生児を理解し、それを知った上で子育てするだけでも、随分違ったものになると思う。

私もクライアントのように、せめて子どもを産む前に知っておきたかった。

理論を学ぶ人たちやクライアントは、口をそろえて同じこのセリフをはく。

私は前々から言っている。

この理論をこれから子どもを持つ可能性のある若い人たちに是非学んで欲しいと。

できることなら、高校や大学で、分析のせめて発達論を教えて欲しい。

英語や数学もいいが、それ以上に生きていく上で大変役に立つ。

ホームページ、ブログを見たとメールや問い合わせをいただく。

理論講座を受けたいといわれる方や、分析を受けてみたいう方、母親教室の依頼などなど。

少しでも興味を持ってもらるように、もうどうにもならないと諦めている人たちに、取り組めば道は開くと願いつつ、ブログを書いている。


母親教室、分析理論講座、インテグレーター養成講座の詳しい内容はこちらをごらんくさい。

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2008年3月11日

分析家の独り言 85 (分析家)

分析を受けると、自分を振り返り、自分の子育てを反省させられる。

分析の中で、分析の専門用語が出てきて、理論的に説明されることもあり、それもまた興味深かった。

私は分析を受けながら、受けるだけではなく、自分が分析家になりたいと思うようになった。

自分なりに、分析の本を読んだりしたが、専門書は読みにくくわからないことが多かった。

分析家になるにはどうしたらいいのか、その方法がわからなかった。

分析を受けて2年が過ぎた頃、私のスーパーバイザー大沢氏が自宅でインテグレーター養成講座を開くというのを聞いた。

大沢氏の自宅は埼玉県、京都からはあまりに遠い。

いくらなんでも無理でしょうと言った私に、「新幹線を使えば来られますよ」と、サラッと先生は言った。

新幹線で月2回、京都から埼玉へ通う? そんなことできるの?

悩んだ末、結局私は通うことにした。

どうしても、大沢氏の説く分析理論が知りたかった。

3年日間計70回あまりの講座を受け、自分をインテグレーター(分析家)と規定して、今に至る。

クライアントから、臨床心理士か何かの資格をもっているかとか、どこの大学で勉強したかなど聞かれることが良くある。

私は、「社会的な資格は一切ありません」「大学も今の仕事とは全く関係ないところでした」という。

私たちインテグレーターは、自分で自分をインテグレーターと規定する、それは自分が自分に与えた資格。

これほど厳しい資格はないと自負している。

私は自分を含め人への関心を向けられないようになったら、インテグレーターの看板は下ろさなければならないと決めている。

分析に取り入り組んで14年、節目の年である。

決断をせまられ、自分を試されることがある。



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2008年3月 6日

分析家の独り言 84 (人と人の交流の基礎は母)

今日、大阪にある専門学校で服飾を学んでいる娘が「ミニ・パッサージュ、見に来て」というので、行ってきた。

ミニ・パッサージュとは1年生の締めくくりに、自分でデザインし、パターンをひき、縫いつくった服を、自分か友達にモデルとなって着てもらう小さなファッション・ショーのこと。

ああでもない、こうでもないと四苦八苦していたのを見てきた。

そして今日、自分のつくった服と、友人に頼まれてモデルとなり、娘は3回の出演だった。

娘はこの専門学校に入る前、4年間京都の会社に勤めていた。

その会社の人、二人がわざわざ有休を取って見に来てくれた。

娘から二人が来てくれることを聞いていたので、終わってから挨拶と御礼を言いに行った。

一人は娘の直属の上司であった30代の男性、もう一人は部は違ったが、私と年齢の近い女性。

「わざわざ、有休をとって、娘のためにきていただいてすみません」と言った私に、

「実際にみられるというので、連絡をもらって、絶対行くと言いました」と女性。

娘をデジカメで撮っていた男性は、「今日デジカメを買ってきました」と。

えっ、それって、娘を撮るためにわざわざ今日買ってこられたということ? それはそれは申し訳ない。

その人は「幼稚園の行事をカメラにおさめる父兄の気分です」と言われた。

ありがたくて、その言葉が心にしみた。

会社を辞めてからも付き合いがあり、こうしてわざわざ来てくれる人たちがいる。

あの無茶苦茶な娘は、ちゃんと人との関係を結んできてたんだと思った。

無茶苦茶というのは、例えば、前の日、私が寝ているところにいきなり入ってきて、「なぁ、まあちゃん(私のこと)、緑のアイシャドウ貸して」といって持っていった。

しばらくして、もうすっかり寝ていた私に、「下に干してあった、ベージュのブラジャー、明日貸して」という。

私は眠気半分に、「それなら今付けてる」というと、「取って」「貸して」と。

え~、今 !? と思いながら、いわれるままに外して渡した。

「わ~、あったかいなぁ」と娘。

「当たり前やん、今まで付けてたんやから」と私。

今日、友人のモデルとなってきた服が真っ白のブラウスで、ブラジャーがうつらないようにベージュの物が必要だったということがわかった。

人が寝ていようが、どうしていようがお構いなし、勘弁してよと思うが、娘に言われると私もつい動いてしまう。

自分の娘時代を振り返る。

こんなことを私は母に言っただろうか、しただろうか、いやしていない。

講座のなかでの大沢氏(スーパーバイザー)の言葉が思い出される。

子どもが何かを要求したり頼んでくると、邪魔くさいとかまたかと思うが、それは子どもが親である自分を信頼して言ってきていると取れない、と。

子育ての場面で、その親自身の養育状況が再現される。

自分を受け入れられ、その母親との間に信頼関係を結べた人は、子どもが要求をだしたときに、自分を信頼して頼ってきてくれたと取れる。

しかしそうではなく、拒否され否定されることが多く、自己否定感が強い人は、子どもの要求を面倒くさい、嫌だなと感じる。

そして、人は人の中にいて、関心や思いやりを掛け合うことで、人たる。

その関係はまず、母親と子どもの間で行われ、培われていく。

母との関係でつまずいたなら、その先の他者へ関係を広げていくことは難しい。

だからこそ、お母さん方頑張りましょう、と私は言う。




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2008年3月 5日

分析家の独り言 83 (不登校、母親教室より)

あるクライアントの小学生の子どもさんが、不登校している。

私は24時間体制に入ったのだから、しっかり世話しましょうという。

24時間体制とは、0歳児に戻った状態。

だから、寝るも、食べるも、お風呂に入る、遊ぶ、全て母親と一緒にして、母親が世話をする。

肉体の年齢に関係なく、精神的な成長が未発達であるため、欠けたところからやり直し、埋めてく。

これを『育て直し』という。

母親の庇護のもと、何を言っても、何をしても受けいられ、母親との間に基本的信頼を築いていく。

これはフロイトがいった、口唇期の発達課題である。

呼べばすぐ母がきてくれ、不快であったものを快に変えてくれる。

ほぼ良い母による適切な世話と愛情をうけ、子どもは生き返る。


その中で、学校の問題とぶち当たることがある。

学校にいないで、家でゆっくりしている子どもは当然この時期勉強をしない。

それももちろんOKで、「勉強しなさい」などとは言わない。(0歳の赤ちゃんに勉強しなさいといわないのと同じ)

ところが、学校は放っておいてくれないことがある。

授業の時間をわざわざ使い、休んでいる子どもに手紙を書かせたりする。

子どもたちは、学校に来られない子どもを心配し、「早く学校に来てください」などと書く。

その手紙を読むことは、不登校している子どもにとってはプレッシャーになる。

私の娘が不登校しているときそういう手紙を担任が家に持ってきたが、娘は一切見ようとせず「捨てて」といった。

善意も時には人を子どもを追い詰めることがある。

そこは母親が盾となり、子どもを守ってやらなければならないことが多々ある。

学校へ行かなくてもいくらでも生きていける、学校が全てではないことを親が理解し、子どもに接することがまた難しい。

あるクライアントが言った。

「自分は学校に行きたくないとは親に言えず、無理をして学校に行き続けた」

「しかし、わが子は学校に行っていない。」

「この子はもう一人の私、学校に行かない自分」

「学校に行かないのも有りでよかったんだ」

「学校に行かないとどうなるかは、この子が見させてくれる」といった。

クライアントは覚悟を決めた、わが子の不登校を認めこれでいいんだと。

そして、分析は不登校の子どもを学校に返すことを目的とはしない。

その子がいきいきと生きられるようにする、それが学校へ行くことかもしれないし、別の場所かもしれない。

それはその子が決めることである。

いえることは、適切に世話をすれば、自ら主体性をもって動く子になる。

その対応法を、精神分析の発達論など、理論の裏付けを持ってアドバイスするのが、分析であったり母親教室である。


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2008年3月 3日

分析家の独り言 82 (個性を生かす)

服飾関係の専門学校に通う娘と、学校でのことや友達の話をしていた。

そのなかで、娘が「個性って何やと思う」と聞いてきた。

私は「その人その人の好きなことのちがい」と答えた。

娘は「そうやんな」という。

友達が「自分には個性がない、個性って何かわからない」と言ったそうだ。

でも、娘から見るとそう言った友達は個性的に見えるという。

人は自分で自分が見えない、わからない、だから他人という鏡がいる。


娘は高校を出て、会社に就職した。

そこで4年勤めた。

1年目は慣れないOLの仕事に「辞めたい」「辞めたい」といっていた。

その話しに付き合ううち、勤めて4年目のある日、「私、好きなことが見つかった」「デザイナーになる」と言い出した。

もともと服には興味があり、自分で稼ぎ出すと、その給料は服代に使われることが多かった。

自分の稼いだお金で、自分の好きな服を買い、身にまとい、満足そうに見えた。

東京にまで服を買いにいくこともあった。

ただ、会社では制服はないものの、総務で受付の仕事もあり、あまり派手なものや、ジーパンはだめだと言われた。

娘は自分の好きな服を着ていけないことが辛かった様子。

その鬱憤を晴らすように、専門学校に行くと決めたとき、娘はこれまでは自分の個性を殺してきたが、これからは自分の個性を生かせると喜んだ。

より個性的であることが評価され、自由に自分を表現できることがうれしそうだった。

そして専門学校での1年が過ぎようとしている。

課題に追われ、ヒーヒー言いながら、娘なりに頑張った。

ボタン一つ付けたことのなかった子が、パターンをひいて服を縫っていることが信じられないくらいだ。

『好きこそものの上手なれ』という諺があるが、好きなことを見つけること、それがアイデンティティとなる。

自分の特性を知り、好きなことを見つけ、それにまいしんできることは幸せである。

だから、家庭や学校において、個性を生かす子育て、教育がなされることをせつに願う。

2008年3月 2日

分析家の独り言 81 (人との関わり)

私事だが、学生時代の友人5人が集まり、神戸で1泊してきた。

12月に亡くなった友人を偲ぶため。

卒業して早27年、抜ける年もあったが、1年に1度集まってきた。

「(亡くなった)えっちゃんがこうして私たちをまた集まらせてくれた」という友人。

本当なら6人・・・

友達など面倒くさいと思っていた私に、友達のよさを大切さを教えてくれた友人たち。

人は一人では生きていけない、寂しい。

そんな寂しさを抑圧いていたことに、気付かされた。

中学・高校・大学・社会人とバスケットボールをしてきた。

そのなかでそれなりに友達がいると思っていたが、それはただ一緒に居ただけだった。

とかく女の子はトイレに行くにも、友達を誘って一緒にいたりするが、そういうのが学生時代、特に私は嫌いだった。

そんなの一人で行けばいいのに、なんでわざわざ一緒に行くのかと思っていた。

引っかかること、きらいだ、いやだと思うこと、それは自分といつもいう。

本当はトイレに行くにも友達と一緒に行きたい自分がいた。

本当はそれくらい人とくっつきたかった。

友達は母の置き換えであり、母親との関係をまわりの人間関係に再現する。

小さい頃、母にくっつきたかったが、くっつけなかった私。

それをいつしか諦め、抑圧し、自分にはそんなものはないとして切り離すしかなかった。

抑圧し、切り離した(甘えたい、くっつきたい)自分を自覚し、もう一度自分のなかに組み込む。

すると、人との関係が関わりが変わってくる。

やっと、人らしく、人と付き合えるようになってきたと思う。




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2008年2月29日

分析家の独り言 80 (分析は知ること)

クライアントは分析が進み、自分を知ると、あたらためて自分の欠損の大きさに驚く。

ここまで世話されず、放って置かれたとは思ってもいなかったなどと。

一つには本来人間の心が育つ養育法とはどういうものかを、分析を通して、また理論的に知っていくことによる。

それと照らし合わせたら、自分がいかにそこからかけ離れているかを知る。

クライアントは「こんなことなら知らなければ良かった」、「ここまで自分がひどいとは思わなかった」、「何で私を目覚めさせたんですか」と言う。

でも、知らないよりはやっぱり知って良かった、という結論にいたる。

知らないまま、生きにくさを感じ、わけのわからないまま生きているよりは、辛くても見て知って良かったと言われる。

そして、まだまだ解決していかなければいけないことがたくさんあることに気付き、先が長いと嘆く。

それでも分析を受けるまでは、その先が長いことさえわからなかった自分がいたのだ。

私も分析を自分が受けて、無知であることの恐ろしさを痛感した。

分析には知ることの喜びがある(知的享楽)。

それを喜びと感じられる人が、長い分析に耐えて幸せを勝ち取っていくと私は思う。


うつ、各種神経症、恐怖症、依存症等ご相談ください。

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2008年2月23日

分析家の独り言 78 (自己決定能力)

母親教室に参加された方が、私の「ブログやホームページを読んでます」といわれた。

「今日も、ここに来る前に、分析家の独り言の1~76まで全部読んできました」とか、

「毎日3回は読んでます」という。

それはそれは、熱心に読んでもらっているんだと、びっくりするやら、感心するやら。

これは心して書かなければいけないと思った。

「自己決定能力をつけるとはどういうことか?」質問された。

自分で自分のことを決める、判断する、これは当然のこと、簡単なことのようだが、案外できないで人は悩む。

例えば離婚問題に悩み、分析を受けにこられる。

語りながら、心に整理をつけ、クライアント自身が離婚を決めて、実行していく。

一人で考えていても、思考が堂々巡りし、決まらない。

しかし、分析において語っていくと、自分の欲望は見えてくる。

どうしたいのか、そのことをどう意味付けるのか。

そして自分の人生は自分で決め、自分の足で歩くようになる。

それまでは、他者の価値観や考えで生きてきたこと、世間体を気にしていたことに気付く。

それは他者が主で、自分がないことでもある。

私たち分析家はクライアントに離婚しなさいとか、してはいけませんとはいわない。

分析家に言われて離婚したのでは、これまで親のいうように生きてきたことと変わらない。

そうではなく、自分のことを自分で決めらるようになることが大事である。

そこに主体が明らかになる。

ほとんどの人が、子ども時代から親の言うことをきかされ、自分の主体性を大事にされてきてはいない。

二十歳になったからといって、急に今日から大人だから、主体性を持って自分のことは自分で決まられるようになるものでもない。

また自分で決めたことは、自分で責任がとれ、人のせいにしない。

それを真に大人と言うのではないか。


交通費負担で、出張セラピー・各理論講座・母親教室(子育てに関するQ&A)をしています。

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2008年2月22日

分析家の独り言 77 (メール交換)

<20歳代女性 漠然とした不安>

 個人が特定されるような詳しい情報は載せられないため、わかりにくい部分があるかと思いますが、あるクライアントとのメールでのやり取りを、クライアントの了解を得た上で掲載しています。

<クライアントからのメール>
先日、母から「ここを受けなさい」と強く言われていた、とある会社の就職試験について「私はその会社には行きたくないから、受けない」と母に正直な自分の気持ちを告げてみました。意外なことに、母はあっさりと納得してくれました。
それだけのことなんですが、ずいぶん気持ちが軽くなりました。
それも天海さんのおかげだと思います。ありがとうございます。8月にまたお会いできるのを楽しみにしています。

<クライアントからのメール>
こんにちは。昨日、両親に、今までずっと死にたかったこと、その理由など含めて、全部話しました。母は、「あんたが死んだらお母さんも死ぬ」と言ってくれ、弟たちより自由にさせてやれなかったことを私に謝って、抱きしめてくれました。
他にもいろいろな話をししました。就職に関しても、好きなようにしていい、待ってくれると言い、ただ、学校にはきちんと行き修士論文を書いて卒業すること、二度と死にたいなどと思わないこと、二つのことを約束しました。ずっと埋まらなかった心の隙間が、やっと満たされたように思いました。
天海さんが、力をかしてくださったおかげだと思います。ありがとうございました。

<私が送ったメール>
良かったですね。よく話しをされましたね。まず その一歩がなかなか出ないのですが。素晴らしい。やはり 勇気をもって自分の意思を伝えることですね。
言うことの大切さを、あなたのお蔭であらためて教えられ、確認できました。 天海

<クライアントからのメール>
ありがとうございます。本当に言ってみて良かったです。母に思いを伝えることができたのは、きっと、分析を受けるなかで、その必要性に気付くことができたからです。
分析を受けなかったら、ただ漠然と死にたいと思い続けているだけだったかもしれません。母に思いを伝えることが、解決への第一歩だなんて、きっと思い至らなかったと思います。
今、私は「やっと生まれることができた」という気分です。それは生物的な意味での生ではなく、私のために私らしく生きる人生のスタートラインに立った、という感じです。
その位置に立てたことが本当に嬉しくてたまりません。天海さんに心から感謝しています。と同時に、分析を受けようと決めた自分、分析を受けていろんなことを考えた自分、母に気持ちを伝えた自分のことも褒めてあげたいです。
ともあれ本当にありがとうございました。

<私が送ったメール>
全ては あなたが考えて行動した結果です。ご自分を誉めてあげてください。私も誉めます。勇気をもって言ったあなたは素晴らしい。
あなたの今から未来は無限に開かれています。真っ白なキャンパスに あなたの好きな絵を描きましょう。 天海


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2008年2月17日

分析家の独り言 76 (愛と憎しみ、関心)

フロイトは 「関心の高さにおいて、愛と憎しみは同等である」 という。

憎しみは、対象に対する固着、対象に強くとらわれること。

愛もまた対象にこだわること。

対象への最も失礼な態度は、どうでもいいという態度。

それは対象の無価であり、対象として認めていないということである。

人は、子どもは、どうでもいいと思われるよりは、憎まれている方がまだましだと思う。

少なくとも憎しみという関心が、自分にむけられているのだから。

愛と憎しみは関心の度合いにおいて、同一線上にある表と裏。

これを「可愛さあまって憎さ百倍」という。

憎みあっているのに別れられないのは、その裏側に愛があるため。

対象から離脱するとは、対象への関心を失うこと。

子どもにとって、自分に関心を持たれないことほど恐ろしいことはない。

それは自分があたかも存在しないかのように思い、死体と同じと感じる。

子どもは親から関心を持たれることが、最大の愛情と感じる。

子どもが何をやっても気付かず、反応しない状態が子どもにとっては最悪である。

放任主義の親は、子どもに自由を与えていると言うかもしれないが、それは無関心なだけ。

だから子育てにおいて、子どもに適切な関心を向けましょうという。

それにはまなざしと声をかけること、そしてスキンシップをすること。

監視の目ではなく、あたたかく見守るというまなざし。

声をかけるには、このまなざしを向けていなければできない。

反対に関心が強すぎると、過干渉になってしまう。

根掘り葉掘り聞かれたのでは、うるさいだけになる。

ほどより関心を向けられるのが最も心地よい。




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分析家の独り言 75 (主体性を持つ)

分析の目的の一つは、クライアントが自己決定能力を身につけることである。

分析で軸に置くテーマは主体性。

いかに人は主体性を持って生きられるか。

振り返れば私も主体性を根こそぎ奪われ、自分を持たない人間だった。

それでも私は自分の意思と考えで生きてきたと思っていた。

しかし夢は教えてくれた、そうではないと。

繰り返し何度も、親が引いたレールの上を歩いてきただけじゃないかと。

自分の意思を持つことを許されず、親の言うままに生きてきた、そんな無力で悲しい自分だとはなかなか認められなかった。

しかし、あるときそれがやっとすっぽり自分の中に入った。

その日の分析から帰る途中、本屋に寄った。

ところが本の背表紙が読めない。

おかしい、どうなってしまったのかなんかおかしい、あきらめてまっすぐ帰ることにした。

しかし、京都駅からどうやって家に帰ったのかわからなかった。

それくらい気が動転していた。

そこから、自分を持たないことを知った私は、これは大変だと、自分を持とうと思いはじめたのだろう。

そして気がつけば、人の相談にのり、いろんなことの意見を求められ答える立場に立っていた。

本当の自分を知れば人は変われる。

クライアントの中に、過去の自分を見る。

ああ、自分も過去そうだった、自分で物事の判断ができず、悩み迷った。

自分を待たないことの恐さをあらためて認識させられる。

そしてクライアントに言う、「揺るぎない自分を自分のなかに打ちたてましょう」と。



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2008年2月15日

分析家の独り言 74 (京都母親教室にて)

昨日、母親教室に参加されたお母さんから報告のあった、子どもさん(幼稚園)とのほほ笑ましい会話を紹介したい。

子ども : 「お母さんは、大きくなったら何になりたかったの」

母   : 「お母さんはお花屋さんになりたかったの、なれなかったけど」

子ども : 「大丈夫だよ。これからでもなれるから」

母   : 「そうね、でもね。2番目に優しいお母さんになりたかったの」

子ども : 「そうか、じゃあお母さんは今修行中なんだね」

       「ときどき恐いこともあるけど、今日は大丈夫だったよ」 と。

子どもは良く見ている。

母親がすぐに完璧には出来ないながらも、努力していることを。

「修行中なんだね」の言葉におもわず微笑んでしまう。

お母さん方は、頭では優しくしよう、怒らないで、不機嫌にならないで、言われたことをすぐにしようと思う。

そうすることが子どもの自我を育てる。

それを端的にいえば、子どもへの対応法、『ALL OK』

そんなことはもう教室に通って、耳にたこができるくらい聞いたしわかっている。

しかし、いざ子どもと向き合うとできないと言われる。

それもわかる。

それでも、昨日よりは今日、今日よりは明日、少しでも出来るようになろうと努力する気持ち、それが尊いと私はいつも言う。




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2008年2月11日

分析家の独り言 73 (ひきこもりについて思うこと)

昨日2月10日、京都府(青少年課)主催、『社会的ひきこもり・不登校を共に学ぶシンポジュウム』が、奈良にある文化パルク城陽で午後12時30分~4時30分まで開催された。

私はギリギリまで仕事が入っており、会場に駆けつけたのは民間支援団体の紹介(民間支援団体合同説明会)が始まる4時だった。

ひきこもり・不登校の子どもに悩む親御さんたちで会場はほぼ満席。

壇上で一団体ずつ、簡単な自己紹介をし、準備した紹介パンフレットを会場に来られた方がもって帰られた。

ひきこもりの子どもを持つ親御さんの悩みは深い。

私のところにも、ひきこもりの方が来れている。

外に出られないためお家に私が行く方や、最初は行っていたが、車に乗れるようになったので自分で運転して来られ方、本人は来られないがそのお母さんが分析を受け、自分をふりかえりつつ子どもへの対応を学ばれる方など様々。

抱えているものもそれそれ様々で、それを丁寧に聞きながら解き明かしていく。

分析の中では転移というのがおき、特に異性のクライアントの場合、転移性恋愛を向けられることもある。

親子ほど年齢の違うクライアントから、分析者は母の置き換えである恋人とみなされる。

そんなときは、母親から私に転移したのだから、また私からあなたの年齢にふさわしい女性をパートナーにできるようになりましょうという。

そして、母の代理として彼らを受け入れつつ、分析の中で育てなおす。

母が彼らを受け入れ、彼らを母に返せればいいのだが、それはたいがいの場合「母はいやだ」と拒否される。

具体的に言えば、実際に母親に抱っこされるなど。

それは子ども時代の取り返しになり、まるまるの受容感を獲られる。

子ども時代に母が子どもをしっかり抱きしめることがいかに大事かをあらためて知らさせる。

「毎日同じことの繰り返しで死にたい」とか、分析の間にメールで「もうあかん、死ぬ」と言われることもある。

人は生きる意味を自分でつくれないことが苦しい、虚しい。

分析によって生きる意味を彼ら自身がつくっていく。

自分見つめ自分の特性を知り、好きなことを見つけ、いつか彼らがいきいきと社会に出て行く姿を見送りたい。



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2008年2月 9日

分析家の独り言 72 (刺激により脳は活性化する)

インテグレーター養成講座、新生児の世界より。

新生児の眠りは我々大人の睡眠とは違い、眠っているように見えるが、感覚の遮断がなく、覚醒と睡眠のはっきりした違いはない。

大脳皮質の働きがまだ未熟なために、起きているときでも大人ほどの意識はなく、反対に眠っているときも、ほとんど目・鼻・耳・口などの感覚器官の回路はつながっている。

そのため赤ちゃんは、眠っているときでも外からの刺激が入ってきて学習している。

だから、赤ちゃんが寝ているからと、あまり静かにしているのも良くない。

お母さんと同じ部屋で気配が感じられ、寝ているようにみえても音の刺激は入ってくるので、「ねんねしてるの」「かわいいね」など、声をかけることも大事である。

そんなこととは知らず、私は下の娘を2階に一人寝かせてしまった。

ちょうど家業の店舗を改装したところで、寝てくれるのをいいことに放っておいてしまった。

もう当時の記憶も定かではないが、昼過ぎまで寝ているものと思い込み、顔を見に行くこともなかった。

今から思うと、なんてことをしたんだろう、申し訳ない。

薄暗い部屋で一人で目覚め、泣くこともなかったのか。

それとも2階であるため、泣いても聞こえなかったのか。

これでは低刺激であるため、脳が活性化されず当然発達が遅れる。

新生児の睡眠がどういうものであるか知っていたら、忙しいとはいえ、放ってはおかなかっただろう。

もともと母性に欠ける私だが、無知であることの恐ろしさを痛感する。

私のような失敗をしてほしくないという思いから、母親教室をしている。

ホームページを見た方からメールをもらい、2月18日(月)神戸で母親教室を開くことになった。

一緒に考え、学びましょう。



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2008年2月 6日

分析家の独り言 71 (WPB「にわか心療内科に気をつけろ!」について)

2月4日発売の週刊プレイボーイ(7号)(集英社)の表紙に、「にわか心療内科に気をつけろ!」という題の記事がある。

サブタイトルは、

お手軽診断でメンヘル患者を大量生産、デタラメ処方でボロ儲けの例も…

にわか診療所が乱立! 「心療内科」

バブルのゾッとする話・・・・

記事の内容に目を通すと、

内科や外科などと、精神科の医者の資格には何も違いがなく、精神科以外の医師が、にわかに心療内科を開き、5分と患者の話も聞かず、顔も見ずに薬を出しているケースが増えているという。

そのために薬に依存しすぎる結果を生んでいる事も有り得る。

また、内科や外科などは、医療機器が高額であるが、診療内科などは机と椅子があればすぐにでも始められる為に診療所が乱立しているのだと記事に書いてあった。

それでは、医師には、治療者としての良心はないのか?

人としての誇りを持ち、仕事へのやりがい、生きがいを持てるのか?

お金さえ儲かればいいのか?

私は分析家の端くれとして、日々クライアントの治療にあたる者として、怒りと情けなさを感じる。

分析は万能ではない。

治療開始間もなく、分析を止めてしまうクライアントもいる。

しかし、我々インテグレーター(分析家)は1時間の分析時間、一生懸命クライアントの話に耳を傾け、理解と共感、受容的態度で接し、心の構造と無意識を探る。

理論を基に、頭の中はフル回転し、見えたことをクライアントにフィードバックしていく。

それによりクライアントは気付きに、変容していく。

結果、生きやすくなり、楽になり、症状が緩和され、心の病は完治する。

週刊プレイボーイ誌に掲載された記事の内容が、必ずしも「心療内科」の総てではないと思うが、もし、記事の内容にあたるような不誠実な治療者がいるのならば、心の病を抱えた人たちも治療者を選ばなければならないと思う。

例えばうつ病などは、セロトニンが不足するため、それをコントロールするため抗うつ剤がきくが、それは対処療法である。

精神分析による治療は、うつの原因を探り、心の傷つきを癒すことなどにより、根本的に治療する。

人によって傷ついた心は、人によって癒される。

そのため、インテグレーター(分析家)は、何よりまずクライアントとの信頼関係を築き、大切する。

詳しくは、こちらのホームページをご覧下さい。

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精神分析の他に、子育ての悩み、疑問に答える「母親教室」
母親教室の詳しい開催日程・内容はこちらです

精神分析の理論をわかりやすく解説する「分析理論講座」
分析理論講座の詳しい開催日程・内容はこちらです

インテグレーターを目指す方、精神分析の理論を本格的に学びたい方のための「インテグレーター養成講座」をひらいています。
インテグレータ養成講座の詳しい開催日程・内容はこちらです

なお、月に1回福岡と神戸で出張セラピーや母親教室をしています。

   ラカン精神科学研究所 天海有輝

2008年2月 5日

分析家の独り言 70 ( 育て直し ALL OK )

子どもの問題で悩まれて、母親教室に通い、分析を受けたあるクライアントAさん。

今はこれから自分が生きていくために必要だからと、インテグレーター養成講座で学んでいる。

初めて出会ったのは7~8年前。

その頃は悩みぬいて「もう死ぬ」と言っていた。

それでも、教室で 『ALL OK』の話を聞き、実践したAさん。

見事 『ALL OK』 してまる3年を過ぎるころから、子どもは変わっていった。

それまでは会話もなく、怒りまくっていたのが、ある日突然「一緒に買い物に行こう」と子どもが言い出した。

「お前は遅いから自転車で行け、おれは歩く」「寒いから、ジャンパー着ていけよ」と言った。

一緒にスーパーへ行って、あれこれ見ながら食材を買ったという。

Aさんが、「まさかこんな日が来るとは、思ってもいなかった」と言ったときの、満面の笑顔を思い出す。


昨日母親教室に初参加されたお母さんたち。

同じようなこどもの問題で悩んでいる。

当然 『ALL OK』 の話をして、なぜそうすることがいいことなのかを納得してもらい、実践できるように話をした。

まずは口にチャック。

子どもがどうであれ、いらないことは言わないで、子どもが何を言っているかしっかり聞くこと。

そして子どもに言われたこと(要求)には応える、言われないことはしない、わからないことは聞く。

「そんなわがままにしていいんですか」と言われる方もいるが、このお母さん方は言わなかった。

「自分のためではない、子どもの幸せのためならします」と言われた。

素晴らしい。

その気持ちがあれば大丈夫。

子どもはこれまで欠けていた愛情を受け、自分らしさをいかせる様になる。

今は会話がなくても、Aさんのように必ず親子の会話が楽しめるようになる。

今はどうしていいかわからず、先の見えない心配や不安で顔も曇り勝ちでも、必ず心から笑えるときが来る。



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2008年2月 3日

分析家の独り言 69 ( 甘えの抑圧)

娘が母である私に、寸分のくるいもなく、鏡のように同じであることを要求したことがあった。

子どもの発達上、鏡のようにうち従う時代というのが必要ではあるが、私自身、育ってくる過程で母親との間で体験したことがなかったので、なぜそんなにも同じであることを求めるのかがわからなかった。

もちろんそれを求められることは苦痛で、少しでもずれると怒りをぶつけられる。

「なぜ?そんなに・・・ そこまで・・・」と、腑に落ちなかった。


嫌だと思うこと、引っかかること、それら全て自分という。

自分のコンプレックスを他者に投影して、いやだ、きらいだといっている。

例えば、甘えを抑圧している人は、子どもが甘えてくると腹が立つ。

母に甘えたいと思っているのはその人自身である。

しかし、その甘えを受け入れられず、あきらめるしかなかった。

結果甘えられないのに、甘えたい欲望を抱えているのは辛いからと、自分には甘えたい気持ちなどないとして抑圧した。

あきらめ抑圧したことを、相手がしてくると腹が立つ。

甘えを抑圧している母親は、子どもの甘えを受け入れられず、「今忙しいから」「あっちへ行ってなさい」「後で」などといい、まとわりついてくる子どもを排除してしまう。

この甘えられずに育った子どもが、また母親となったとき、同じように子どもの甘えを受け入れない。

こうして甘えたいが甘えられない構造が世代連鎖していく。

この連鎖を断ち切るには、母親自身が甘えを抑圧していることこに気付くことである。

私も、なぜこんなにも娘が自分と同じ考えをしないと怒るのか、それが私には理解できず、不快なのかを考えた。

母が私と同じであることを最も望んでいたのは、いや今も子どもの自我のまま望んでいるのは私自身だった。

そのことに真に気付いてからは、娘のそれを理解し受け止めることができた。



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2008年2月 2日

分析家の独り言 68 (自己の再生)

人は弱い自分を認めることが難しい。

弱い自分を隠すために、強がる、えらそうにする、理論武装する。

どうせ自分など大した者ではないと、ありのままの自分を受け入れればいいのだがそれができない。

等身大の、現実の自分を見ずに、理想的に描いた自分を自分だと思い込んでいるためプライドが高い。

プライドが高い分だけ、落ち込みも激しい。

この理想的自己イメージのみにとらわれている人をナルシシスト、自己愛者という。

あるクライアント、弱い自分は認められないといって、苦しんでいる。

生きている意味が見出せないから、短絡的に「死ぬ、死ぬ」という。

そういうわりには、古い自分を殺せない。

それはいまだに子ども時代の主体が生きているからである。

そこに固着と未練がある。

弱い自分を殺して、強い自我に生まれ変わればいいが、弱い自分を殺すとは=自分を否定すること。

これまで育ってくる過程で、散々主体性を殺されてきたため、自分を殺し、否定することに抵抗がある。

だから分析おいて、クライアントに承認と賞賛を与えつつ、否定しないで、受容的態度で理解し共感する。

それによって、信頼と支えをつくり、立ち向かう強い自我をつくる。


人間は、自分は何でも知っていると言いたい。

しかし何も知らないことを受け入れるところから全ては始まる。

知らないと思うから、知りたいと思う。

知っていると思うから学ぼうとしない。

何でも知っていると思っている自分を否定する=殺すこと。

そこから人は再生する。



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2008年1月29日

分析家の独り言 67 (三田佳子さん二男に懲役1年6ヶ月実刑判決)

芸能人の大麻・覚せい剤の事件が度々報道される。
高橋裕也被告は三度目の逮捕。
そのたびに女優で母親の三田佳子さんは謝罪してきたが、その謝罪の言葉がどうも対外的なもので心に響かないのは私だけだろうか。
世間を騒がせたことへの謝罪なのか。
「検察側は約1年半前から覚せい剤の使用を再開したと指摘し、自宅での薬物使用を見過ごしており、両親の監督下での更生は期待できないと実刑を求めた。」と記事にあった。
確かに、両親のもとでの更正は難しいだろう。
かといって、実刑に処し、一般社会から隔絶し、覚せい剤に触れないようにすれば更正できるかといえばそうではない。
鬱などの精神的病理も見られるようで、それを精神科の薬を処方する治療法によって治るとも思えない。
育ってくる過程で、薬物依存や鬱などの病理の種をつくってしまたのだから、養育者(普通は母)が育て治すのが一番良い。
本気で母親である三田さんが、息子である裕也さんを育てなおす気があればできるが、それには大変な労力、気力・体力がいる。
女優の職を辞してでも、この子を何とか人として自立できるようにしたいという強い思いがあればできる。
そこまでの覚悟があるだろうか。
また、覚悟があったとしてもその方法を知らないだろう。
三田さんに限らず、世間一般に精神発達論や精神分析、育てなおしの理論と方法などが知られておらず、いつも残念に思う。
全ては、子どもへの関心、愛着、思いやり、配慮、それらが子どもの心を開き、回復させる。
そういうものをかけられた子は、また人に与えることができるようになる。
親が対応できなければ、本人が覚悟を決めて、自力でやるしかない。
精神分析のめざすところは人間解放(心と身体の解放)と、最後に愛を解くという。

2008年1月28日

分析家の独り言 66 (振袖)

私事だが、今日下の娘と振袖を見に行った。
上の娘は3年前に成人式で、振袖を買って欲しいと言ったので一緒に買いに行った。
下の娘は今年成人式だったが、式には出ない、でも振袖を着て20歳の記念に写真だけ撮りたいと言った。
その着物もレンタルでいいという。
当たり前だが、姉妹でもそれぞれ考え方、したいことが違う。
兄弟姉妹を平等に扱うことが大事。
しかし、その平等とは、同じものを与え、同じことをすることではない。
その子の要求通りに応えること。
例えば、2歳、5歳、8歳の兄弟がいたとする。
平等にすることがいいことだからと、それぞれにイチゴを1パックずつ与えることが、平等にすることだと思っている人も多いのではないか。
8歳の子はイチゴ1パックを食べられても、2歳の子には食べられない。
それ以前に、2歳の子はイチゴではなくバナナが欲しかったかもしれない。
その子が欲しい物を欲しい分だけ欲しいときに与えること。
クライアントのなかに、兄がテレビが欲しいといい、弟である自分は別に欲しくはなかったが、親が勝手に自分に聞きもしないで、ある日突然テレビが自分の部屋に来たという。
特別欲しくもなかったが、まぁくれるというのならもらっておこうかと思った。
そういうことが多々あったという。
親はそれで、「あれもしてやった」「これもしてやった」と言う。
ところが、子どもの側からすれば、自分が欲しいと言っていないものを勝手に与えられても、してもらったとは思わない。
こういう行き違い、親の思い込みは結構ある。
だからいつも言うが、ALL OK。言われないことはしないこと。わからないことは子どもに聞くこと。
子どもが言わないことまでして、過保護・過干渉することは、支配であり、攻撃となる。

下の娘が自分の好みの振袖を選んでいるのを見て、自分のときのことを思い出した。
私のときは、どの着物にすると聞かれたこともない。
母が気に入ったという帯が来て、次にこの「着物でいいね」と言われた。
しかも、母が本振袖ではなく、中振袖にして(振袖の長さが中振袖は短い)、それを一人でいつまでも悔やんでいた。
その振袖は、成人式と大学の卒業式の2回着た。
よほど中振袖にしたことが悔やまれたのだろうか、ある日また違う振袖と帯が来た。
もちろん、私の好みとは関係なく。
私は私の意志を聞かれることはなかった。
自分の好み、意見を言うことも、私の辞書の中になかったのか。
親に言われるまま、自分を待たず呑み込まれていた。
そんな私が、娘二人のそれぞれの要求に応えられたことがうれしかった。
そして、親への憎しみももう出てっこなかった。
客観的事実として冷静にみている自分がいる。

2008年1月26日

分析家の独り言 65 (鬱と言語化)

分析は無意識に気づくこと。
無意識であるから、本人にはそれがあることさえわからない。
フロイトがいうように、夢分析等によって、無意識を意識化する。

私は、子どもの頃から友達なんか面倒くさい、一人のほうが気が楽と思ってきた。
ところが、分析を受けるうち、本当は人を求めていた自分、いつも一人でさみしかった自分がいたことを知った。
分析の過程で、なんともいえないさみしさと、何ものを持っても埋められない虚しさを感じ、鬱寸前までいった。
甘えを抑圧してもいた。
甘えは関心をむけられること、世話されることを目指す。
それには病気になること。
これを疾病利得という。
病気になることによって、「大丈夫?」と声をかけられ心配され、甘えられる。
重病であればあるほど、人の世話が必要となる。
病気になることによって、普段はできないが、その人に甘えられるという利益が発生する。
私は分析を積みかなせていたおかげで、疾病利得を使わず、病気という身体化にも至らなかった。

クライアントに二通りあり、分析対象者と、教育対象者がいる。
純粋に分析ができる人は少なく、ほとんどが教育対象者。
教育対象者とは、言語以前の欠損が大きいため、意識化を目指すというより、まず支持することが主となる。
クライアントに共感し、信頼関係を作り、クライアントがなんでも話せるようになること。
そういう意味では、鬱は語れば語るほど落ち込んでしまうため、鬱には精神分析はむかないと言われることがあるが、支持するという方向で行うことは有効である。

私の場合でいえば、何ものでも埋められないさびしさ、虚しさの中、もがき苦しんだが、そんな中でも何とか浮上できる方法を一生懸命考えていた。
それは言語化の道を模索したことであり、結果それによって抜け出すことができた。
抜け出してしまえば、あれはなんだったんだろうと思うくらいなのだが、その最中はどうあがいても抜け出せないのではないかと思うくらい苦しいのである。
それまで積み重ねた分析が、言語化への道を開いてくれた。
言語化することによって、行動化、身体化に至ることはなかった。

2008年1月21日

分析家の独り言 64 (心と体、ぜんそく)

ぜんそくは母への叫びである。
それを裏付けるような記事があった。
「子供の幼少期に母親のストレスがたまっているとその子供がぜんそくになる可能性が高まる-。カナダのマニトバ大学のコジルスキー准教授らの研究チームは『米呼吸器・救命医療ジャーナル』誌の最新号でこんな研究結果を発表した。・・・母親の抑うつ状態が長期間続いた場合、それがなかった母親に比べ、子供が7歳時にぜんそくになっている確率が1.6倍にも上昇したという。」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080117-00000115-jij-int (Yahoo!ニュースより)
「おかあさん、こっち向いて」 「おかあさん、抱っこして」 「おかあさん、甘えたいよ」
子どもは、おかあさんに言いたいことがたくさんある。
けれどもそれが言葉にして母親に言えないと、言葉にならない言葉が咳となる。
この記事にあるように、母親ストレスを抱えていたり、抑うつ状態などのであれば、当然子どものことに関心を向けることができなくなり、結果子どもは母親に見捨てられたと思うだろう。
イライラしている母親、元気のなさそうな、ふさぎ込んでいる母親、それらを子どもはみていて、今母親に何かを言えそうにない、頼めそうにない、甘えられそうにないと思い、我慢し黙ってしまう。
それが度々または、長期にわたれば、身体化されぜんそくになる。
大人でも、ある中年のクライアントが、突然ぜんそくとなった。
肺癌をうたがい、病院へ行き検査をしたが、器質的に問題はなかった。
そこで、「田舎に帰ってお母さんと過ごしてきてください」と分析者は言った。
クライアントは母と一緒に布団を並べて寝たという。
そしてぜんそくはとまった。

2008年1月15日

分析家の独り言 63 (自分の足で歩く)

子どもは、けな気である。
母に嫌われないように、気に入られるように母の顔色を見る。
小さければ小さいほど、こどもは大人の、母の庇護なしには生きられない存在である。
だからこそ、適切な世話と配慮、愛情が必要となる。
それには、母がいつも子どもに適切な関心を向け、あたたかいまなざしと、声をかけ、スキンシップをすること。
母性を翻訳し、クライアントに伝えるのは、子どもへの対応法『 ALL OK』。
母親が子どものいうことをきき、振り回されて動くこと。
思春期などには、母親は家政婦のようにこき使われることを覚悟すること。
ところがクライアントはじめ多くの人は、母に嫌われないように、母にあわせ、いい子を演じる。
こう言えば、こう振舞えば母は自分をいい子だと言ってくれるだろう、愛してくれるだろうと、幼心に腐心する。
こういう人は人の評価が気になる。
本来自分のしたいことからずれて、人の評価を得ることが目標になってしまう。
そして、大人たちは、世間一般には、手のかからない、大人の言うことを聞き、反抗しない、おとなしい子と「いい子」と言う。
分析のいう発達論から言えば、最悪の子である。
なぜなら、自分の主体性を殺し、母に気に入られる自我をつくったからだ。
それで自分の人生をずっと歩めるはずがない。
どこかで問い直さなければならないときがくる。
本当に自分はこのまま母の、父の、大人のいう通りに生きていっていいのか?
自分とは何ものか? どう生きたいのか? と。
その問いかけが、まず思春期に来る。
子どもの世界から、大人の世界への移行期がはじまる思春期。
不登校や非行などとして、表面に行動として現れるのはこの時期が多い。
この時期を何も表現せずやり過ごしたとしても、今度は社会に出る時期に問われる。
問題を持ち越し、先送りにすればするほど、回復に時間がかかる。
同時にお金もかかることとなる。
愛情の取りかえしは、年を重ねるほど物やお金に置き換えられる。
子どもが小さいころなら、言うこと聞いて動いて、抱っこして、欲しいものも百円代ですんだものが、思春期ころには金額が上がり、0(ゼロ)の数が2~3個は増えることになる。
親も年をとり、子どもに対応する体力、経済力が低下していく。
ならば、早いうちに気がつき、方向転換し、子どもへの対応を変えることである。
なぜ子どもが引きこもるのか、荒れるのか、精神を病むのか、悪しき結果の基には必ず原因がある。
その原因を見ること、知ることから逃げないで立ち向かうなら、必ず道は開ける。
残念ながら、親が気がつかないまま子どもが大人になり、親の変容も気づきも望めない場合ももちろんある。
その場合には、大人となった本人が親に頼らず自力でやるしかない。
自分と向き合い、自分を成長させていくことができる。
アダルトベイビーのまま一生を終えたなら、それは夢遊病者と同じ。
真に目覚めて、せめて自分の足で歩みを進めよう。
いけるところまで。
自分の意思と意味を持って。

2008年1月14日

分析家の独り言 62 (アダルトチルドレン)

アダルトチルドレン(AC)という言葉をちまたでもよく聞くようになった。

もともとの定義は「Adult Children of Alcoholics(アルコール依存症の親のもとで育ち、成人した人々)」という意味であった。この言葉は、1970年代、アメリカの社会福祉援助などケースワークの現場の人たちが、自分たちの経験から得た知識により命名したものであり、学術的な言葉ではない
その後、単にアルコール依存症の親のもとで育った子供だけでなく、機能不全家庭で育つ子供が特徴的な行動や考えを持つと指摘された。この考えは、「Adult Children of Dysfunctional Family(子供の成育に悪影響を与える親のもとで育ち、成長してもなお精神的影響を受けつづける人々)」という考えであり、現在広く支持されているアダルトチルドレンの定義となっている。
また近年では、「幼少時代から親から正当な愛情を受けられず、身体的・精神・心理的虐待を受け続けて成人し、社会生活に対する違和感があったり子供時代の心的ダメージに悩み、苦しみをもつ人々」を総称して、メンタルケア(心理療法)が必要な人をアダルトチルドレンと呼ぶこともある。(ウィキペディア フリー百科事典より)

こういう意味ではほとんどの人がACである。
なぜなら、残念ながら日本の家庭の大半がなんらかの機能不全に陥っている。
いや、ACならまだいい、わたしはアダルトベイビ(AB)ーと呼びたい。
時間の流れによって肉体はそれなりの成長をし、年齢は重ねるが、精神は赤ちゃんのままとどまる。
適切な世話、愛情をかけられず、精神の発達が止まり、固着してしまう。
身体的虐待に限らず、精神的・心理的虐待を受けて育った人がいかに多いかをまざまざと知らされる。
それは毎日起こる事件や、クライアントの叫びによって。
赤ちゃん時代でいえば、母親が子どものそばにいて、いつも配慮し、抱っこしないことが精神発達論からいえば虐待と言わざるを得ない。
いつも私は言う、人間には二つの時があると。
一つは肉体的年齢の時と、もう一つは精神の時。
20歳でも、40歳でも、60歳でも、精神的年齢が0歳ということはありうる。
一般的に早く自立するように子どもに手をかけず、なんでも自分でさせるという誤った考えのもと、子育てをすることがある。
子どもが「抱っこして」「これして」といっても、「だめ」「自分でやりなさい」と母親はいう。
突き放すことで、子どもは依存することをあきらめ、自分でやらざるを得なくなり、自然自立心がつくなど、とんでもない。
単なる手抜きと、母親自身のコンプレックスのあらわれである。
十分に依存し甘え、満足することで子どもは依存や甘えから脱却し、自分でできることの喜びや楽しさを知っていく。
依存と甘えを味わえず、得られず、それを大人になっても子どものいや、赤ちゃんの精神のまま求める心が、依存症となる。
それがないといられない、それなしには生きられない。
欲しい欲しいと与えられることを求め、人に与えることを知らない。
その姿は、母のおっぱいを、世話を、愛情を欲しかる赤ちゃんそのものではないか。
とまった精神の時を、その時点まで遡ってもう一度動かすことが、分析の仕事となる。

2008年1月11日

分析家の独り言 61 (心の発達 外在化から内在化へ)

内在化とは外にある対象を心の中にイメージとして定着させることである。
最初、対象は外にある(外在化されている)。
人のものを盗んではいけない、万引きはしてはいけないと教わる。
例えば、父がいるときには父の言いつけを守るが、父がいなければ守らない。
監視員やお店の人が見ているとところでは盗らないが、見ていなければ盗ってしまう。
これが外在化の段階。
百万円の札束が置いてあるの見つけて、周りに誰も見ている人がいないと、黙って持って行ってしまう。
しかし、それでも我々が盗らないのは、それは犯罪であり、してはいけないことだという法律や良心が自分の心の中に内在化されているからである。
誰が見ている、いないではなく、自分が自分を見ている。
この内在化には長い時間と体験、訓練が必要となる。

これを親子関係に置き換えると、憎らしい父または母が内在化されてしまったなら、現実の父・母が死んでしまっても憎しみ続ける。
憎らしい母がいたが、その母が死んでせいせいした。これは外在化のレベル。
内在化されたものは、現実の母が死んでも殺しても、心の中にいき続け、消えない。
分析はこの内在化された悪しきイメージをいかに消去するかである。
その前にそもそも何がどのようにイメージされて内在化されているかが問題となる。
対象関係でいうと、憎しみの母(悪い母)に対する自分とは、母を憎む悪い自分。
この母を憎んでいる自分を抱えていることは、非常に不快。
この不快感に耐えらなくて、現実の憎しみの母を殺せば、自分は憎しみから解放されて楽になると思っているから、殺人にいたる。
これはとんでもない錯覚である。
この錯覚に陥ったのが殺人者であり、精神の発達レベルでいえば、外在化のレベルでとまっていて、内在化の能力が未発達なのである。
我々が人を憎んでいても、それは内在化されたイメージであり、実際の人を殺しても憎しみは消えない、殺人は無意味であると知っているから殺さない。
これが殺人者と正常者を分ける境界である。
この内在化の能力は人間にとって大切である。
我々が最初に内在化を学んだことを証明するのは、母の不在を補う移行対象物であった。
完全ではないが、母を移行対象物に置き換え、これを通して次第に内在化と確立して行く。
この移行期にしっかり学習して完全に内在化までの精神の発達を成し遂げていないと、犯罪者になってしまう。
その時期がわずか二歳。
そんなことも知らず、平気で保育園に預けてしまったのでは、子どもの心は育たない。

※移行対象物:母の特質、例えば柔らかい肌触りの縫いぐるみや、毛布、シーツ、タオルなどを、母の代わりとして子どもが肌身離さず持つ時期かある。これによって子どもは母の不在の寂しさを埋め合わせている。

2008年1月 9日

分析家の独り言 60 (知ること)

五十代の女性A子さんの症例。
母のお腹に入っているときから、よその家にもらわれて行くことが決まっていたA子さん。
A子さんは三人兄弟の三番目。
家が貧しく、母はA子さんに三度のご飯を食べさせられないと思った。
ならば、農家で子どもが欲しいという家の養女になったほうが、A子さんのためにもいいだろうと考えた。
この母も、身ごもりながら、いろいろ考えたのだろう。
「A子にご飯が食べさせられるか・・・ それでも手元において自分が育てようか・・・」と。
産まれて、おっぱいをあげるうち、母親はA子さんを手放せなくなり、A子さんを預けて三食、食べさせるか、A子さんのそばにいて二食でしのぐかと考えた。
結局母は、保育園に預けて、A子さんに三食、食べさせる方をとった。
生後1年未満から保育園に預けられたA子さん。
A子さんは朝は早くから、夜はもうみんなが帰り、園長夫妻が晩御飯を食べる横で、母の迎えを待っていたという。
A子さんは言う、産まれた後、ご飯が食べられなくてひもじい思いをした記憶はない。
買って欲しいものもそれなりに買ってもらった。なぜなら、母が一生懸命働いたから。
それなのにA子さんには自分でも不思議と思うある行動があった。
結婚して所帯を持った後も、冷蔵庫が食べ物でいっぱいになっていないと気がすまない。
野菜を見ると家にまだあるのに、買いたくなって買う。
結果、過剰にストックされた野菜は腐って、捨てることになる。
それでもまた見たら買ってしまう。
一般の女性のように、宝石やアクセサリーを見るより、A子さんは野菜やお米を見るときが最高にうれしいという。
A子さんは分析や母親教室、理論講座等で学ぶうち、頭の中のレコードが回りだしたと表現した。

『自我論』のなかで 『胎児の世界』という題で理論を話すが、その中で、胎児は母親のお腹のなかで、じょじょに記憶することができるようになり、母親から様々な感情、メッセージを受け取っている。
だからこそ、胎児だから何もわからないだろうではなく、お腹の子に対する思いやりや、愛しむ気持ちが大事。
どういう気持ちで、どういう環境(穏やかで心安らかに母が過ごしたか、家族内・夫婦の間にトラブルがあるなどにより、不安や怒りの中)で、母親が妊娠中を過ごしたかで、その後の子どもの人生が決まるといっても過言ではない。
妊娠出産するつもりもなく妊娠してしまい、夫が産んでくれというので、仕方なしに嫌々産んでしまった赤ちゃんが、出世後、母のおっぱいを拒否し飲まないことさえある。
それは、母親がお腹の中でまず子どもを拒否したからだ。
もっとひどい時には、赤ちゃんの方が、妊娠を維持するホルモンを止めてしまい、自然流産してしまうことさえある。

A子さんは以上のような理論を聞いて、自分の行動の理由がわかったという。
おそらく母のお腹の中で、母の食べ物に対する不安、願望を読み取り、受け取ったのだろう。
食べ物がないことの不安、だからこの不安を払拭するかのように、食べ物を自分の周りにあふれるほど置いておきたい。
その不安の防衛といて、腐らし捨てるにもかかわらず野菜を買わなければいられなかった。
A子さんの中でそれが自覚されてから、買い物に行って野菜を買いたくなると、内なる声(内的言語という)が聞こえるようになった。
「あんた、ほんとにそれ今いるの」
「まだ家にあるやん。2~3日して、なくなってから買えば、新鮮なまま食べられるやろ」と。
そうして、今はあふれるほど、腐らして捨てるほどの食料を買わずにすむようになったという。

無意識とはこういうもの。その無意識をあつかうのが精神分析。
自分を知らず、理論も知らずにいたら、A子さんは今も無意識に操られ、自分でも説明がつかない行動を繰り返していただろう。
人の行動には必ずそれを支える動機・意味、そして過去がある。
それは我々の記憶がない胎児にまで遡ることさえある。
知るということの意義、知的享楽が精神分析にはある。

こういうことに触れたとき、私の心は感動で打ち震える。
そしてこれは世に知らせたいと。

2008年1月 8日

分析家の独り言 59 (10代、増える精神科通院 より)

1月7日19時39分配信 産経新聞に「10代、増える精神科通院」http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080107-00000944-san-soci という記事があった。

 東京都品川区の戸越銀座商店街で5人が刃物で切り付けられた事件で、殺人未遂の現行犯で逮捕された同区の私立高校2年の少年(16)は数年前から精神科に通院していたという。10代の若者が精神科に掛かる数は増えている。「精神科の敷居が低くなってきている」と愛知淑徳大の古井景(ひかり)教授(精神医学)は説明する。
 多くの子供たちが鬱(うつ)状態にあるというデータもある。北大の研究チームが昨年、小4~中1の738人を診断したところ、軽症も含め鬱病と診断されたのは全体の3・1%。“有病率”は中学1年では実に10・7%に達した。
 古井教授は、家族や友人関係が希薄になりつつあることが背景にあると指摘する。「ストレスを吸収するサポート態勢がなくなり、精神科に丸投げされるようになった。(何らかの精神的な問題を抱えると)『ストレスで鬱だから』と精神科に掛かることがトレンドともいえる状況だ」
 古井教授は「本来、精神科は脳の問題で薬を使うことが中心。鬱病の薬を出しておしまいということもありうる」と、悩みの“抜本解決”につながらない可能性も指摘している

私がいつも危惧するのはまさにこのこと。
精神的に辛くなり、しんどくなると、精神科や心療内科に行かれるのがほとんどだろう。
しかし、症状を聞いて、薬絵を処方され、それを飲むことで心の病、悩みの根本的解決、治療になるのだろうか。
記事で古井教授が指摘するように、薬は脳内ホルモンを促進したり、抑制したりと調整するだけで、悩みそのものには作用しない。
欝などは、対象喪失がきっかけとなることがあり、なんとも言えない、孤独感や、孤立感、寂しさ、怒りなどに覆われ、やる気が出なくなる。
脳内ホルモンを調整するよりも、その原因となる事象をみ、そのときの気持ちを語ったり、そのことが過去の何かとリンクしてないかなど、心の傷つき、構造を見ていくことが大事だと思う。
クライアントのなかには、抗不安剤や睡眠薬を飲んでいる方もいる。
飲んだほうが本人が楽なら飲んでもらう。
しかし、必ず飲まなければならないとも限らないので、自分で調子を見ながら調節してもらう。
品川の事件の青年も、数年前から精神科に通院していたという。
ということは10歳過ぎから精神科に通っていたことになる。
それでも事件は起こった。
事件の前に母親とトラブルがあった、いじめがあったとも。
それらいろいろあっても、彼の身近な人、つまり母親や父親が、彼を理解し、対応法を知っていたなら、ちがっていたはず。
人の精神はどのように発達するのかなど、精神分析的知識を是非知っておいてほしい。
またここにも、無知であるがゆえの悲劇が起こってしまった。
残念でならない。

2008年1月 6日

分析家の独り言 58 (不登校)

昨年度、不登校になる小中学生の割合が五年ぶりに増加していたことが、文部科学省のまとめで分かった。
不登校は、病気や経済的理由以外による年間30日以上の欠席、と規定される。
不登校の実数は約12万7千人で、年々児童・生徒数が減る中でも、ここ十数年間で五番目に多い数字だ。全体の八割近くを中学生が占める。
中学生の不登校率は2・9%と、過去最高を記録した。三35人に1人となり、ほぼクラスに一人いる計算だ。
 以上神戸新聞 「不登校/再増加にもっと危機感を 」 WEB NEWS より抜粋 http://www.kobe-np.co.jp/shasetsu/0000554954.shtml

不登校、ひきこもりは大きな社会問題となっているが、それへの国や社会の対処法、対策がいつもずれていると感じる。
フリースクールもいいだろう、いじめ対策を考えるのもいい。
しかし根本がわかっていないのではないですかといいたくなる。
少年によるナイフを使った傷害事件が起きると、まるでナイフが悪いかのように言われる。
ナイフは使い方によっては、便利な道具である。
ところがナイフを隠し、少年の目に触れないような方に向かう。なんともお粗末。
そうではなく、ナイフを正しく使う心を育てることである。
不登校児がそうなるにはそうなった理由があり、個々様々ではありながら、その肉体の年齢に沿った心の成長がなされているのかが問題。
だからこそ、人の精神とはどの様に成長・発達するのかを知り、それに沿った育て方をすること。
この精神分析理論(せめて発達論)が日本の世の中に普通のこととして受け入れらる日がくることを願う。
全ては無知であるための悲劇。
子どもたちは叫んでいる、自分を受け入れて、適切に世話して欲しいと。
そうすれば自分らしく、自分の良さを伸ばし、生きていける。
私も知らなかったために、自分も苦しんだし、娘たちをも苦しめた。
これから子どもを持つかもしれない若い人たちに、知ってもらたいことがいっぱいある。
もちろん、子育て真っ最中のお母さん,お父さん方にも。
日本の学校教育も、家庭においても、子どもの主体性を奪い、大人や教師の言いなりに動く子どもをつくろうとしていませんか。
もっと根本から、大人が子どもたちの未来を、人間のあり方を考えなければこの国は衰退し、滅びると思う。

2008年1月 4日

分析家の独り言 57 (死にたいから自我の統合へ)

「死にたい」
「もう終わりにしたい」というクライアント。
それでも分析に通ってくる。
「僕、大丈夫ですかね」という。
「もちろん大丈夫」と私は言う。
逃げないこと、立ち向かう勇気。
クライアントの意識上では、母親は自分の言うことを聞いてくれた、よい母とイメージされている。
しかし、語りを聞くと、とてもそうとは思えない。
対象関係論でいえば、良い母に対して良い自我ができる。
本当に良い母なら、クライアントが死にたいとか、孤立感を感じることは無いはず。
この記憶違いこそがコンプレックス。
本当はどうだったのかを分析を通してみていく。
それはある意味残酷なことかもしれない。
しかし、思い違いのままではいけない。
いやもう行きづまってっている。
愛情の裏には憎しみが隠れている。
「母を尊敬しています、愛されました」という人の裏には、母への憎しみがある。
なぜなら、憎しみ・恨みを持っていることを認めるのは辛いから、愛された自分と思いたい。
ならば、「母が嫌いです」という人には、母への愛着が隠されている。
母へ愛着を認めれば、母を憎みきれなくなるから。
優しいだけの母ならいいが、母にはいろんな面がある。
自分を受け入れ愛してくれた母。
自分を認めず怒った母。
どちらも母という一人の人物である。
様々な面を見せた母を同一人物であると認め、その人の中で統合すること。
と同時に、バラバラにされ、自分ではないと排除されたり、抑圧した自我も統合すること。
防衛の破綻が症状となる。

2008年1月 3日

分析家の独り言 56 (ある家族の光景)

娘と買い物に出かけた先の、デパートのなかにある眼鏡屋さんでのこと。
ねじのゆるみを直してもらうという娘につきあって、店内のいすに座り待っていた。
ある家族ずれがそばにいて、会話や行動がいやでも入ってくる。
両親と男の子二人(小学校4~5年くらいと、1~2年くらいだろうか)
両親はそこで眼鏡を新しく作ったようだった。
それを待つ間、子どもたちは展示してある眼鏡をかけてみたり、兄弟でふざけあったりと、まぁよくみられる光景があった。
それに腹を立てた様子の母親が兄をしかる。
「何で怒られてるかわかる?」きつい口調で言われ、兄は不服そうながらも「暴れてごめんなさい」という。
眼鏡を作るには時間がかかる、おそらく1時間近くはかかったのではないだろうか。
その間まだ小学生の二人におとなしく待っていろというほうが無理だと思う。
自分の物を買うためならまだしも、両親の眼鏡購入に付き合わされるのはさぞ退屈だったろう。
詳しくはわからないが、また母親が怒り出した。
途切れ、途切れの言葉に冷やりとした。
「許さないからね」
「家に帰ったら覚えてなさい」
「ここにきて謝りなさい」
「眼鏡くらい買ってよってなに!」
「あんたは眼鏡が要るほど目が悪いの」
「おしゃれでかけたいなら、大人になって働いてから自分で買いなさい」
「許さない、謝りなさい」
子どもは、困った、まずいという顔で「ごめんなさい」という。
その言い方が気に入らなかったようで、母親は「こっちにきなさい」と呼び寄せた。
子どもは「ごめんなさい」という。
母親は「目をみて言いなさい」とさらに責める。
それを見ている父親は、何も言わず子どもの頭を触っていた。
父親なら、二人の間に入って、母親の感情的な怒り方をたしなめ、子どもを守り、諭すことができないのか。
もしかしたら、この父親も母であるこの妻に、同じような口調で責められ、何もいえないのかと思ってしまう。
母親が日常的にこのような接し方を子どもにしていたなら、子どもは自分のよさを発見できず、言いたいことを言えず、主体性も持てずに育っていくだろう。
そういう子が、あるとき積み重ねた怒りや、不満を爆発させる。
または、精神を病む。
散弾銃を乱射するかもしれない。
この母親もおそらく優しく育てられなかったのだろう。
人はされたことしかできない。
この悲しく、間違った連鎖は、どこかでとめなければいけない。

2008年1月 2日

分析家の独り言 55 (母への恨み)

ある症例。
母への恨みは子宮摘出にいたる。
そう勉強会で聞いたあるクライアントが、想うところがあって、子宮癌の検査に行った。
残念ながら子宮癌という検査結果が出た。
さいわい、第三期であったため、手術すれば大丈夫といわれた。
医者は「何で自分で気がついたのか」と聞いた。
クライアントは、分析で勉強して、母への恨みは子宮摘出になると聞いて、自分は危ないのではないかと思ったとは言えなくて、「勘です」といったという。
女性特有の臓器である子宮、乳房。
母への恨み、女性性の否定は、それら女性象徴する臓器の排除にいたる。
子宮癌はもちろん、卵巣摘出、子宮筋腫、乳癌など。
女性は子どもを産むことによって、自分が母になることとなり、それは葛藤の種となる。
そこに母への葛藤が再現される。
子どもを持ちたい願望と、母になったときの葛藤を無意識に知っているため、それを回避するには子宮を排除してしまうことになる。
それを阻止するには、無意識下に抑圧した母への憎しみ、恨みを言葉で語りつくす、放出すること。
そうすれば、身体化は免れる。
これから女性特有の臓器の病は増えるだろう。

2007年12月30日

分析家の独り言 54 (言葉と信頼)

クライアントの中には、頭で思ったことを言語に置き換えて人に伝えるのが苦手な人がいる。
あるクライアントは、思うことはあるが、それが言葉に変換しにくく、言葉が出にくい。
そういう場合は分析家が、「例えばこういうことではないですか」と考えられる可能性のある答えなり、考えをいくつか用意して尋ねることになる。
ぴったりとまでいかなくても、近いところで大まかにつかみ、さらにつめていき、クライアントが言わんとするところを一緒に探し明らかにしていく。
大変根気のいる作業ではあるが、それによってクライアントをよりよく理解していく努力をする。
言葉を出しにくいその裏には、やはり丸々の受容がなかった養育史がある。
何かを言う前から、拒否されたとき自分が傷つかないような予防線を張った言い方を考えてから言う。
そこではきっと、すごく頭を働かせているはず。
しかもそれは非常に疲れるだろう。
ストレートに感情や言葉が出せないで、苦労している姿がうかがえる。
だからせめて、分析者には何の気遣いも、心配もなく思ったことがそのまま言えるようになってもらうこと。
分析場面でその練習をしてもらい、出すことはいいこと、心地よいことを体験してもらう。
それにはクライアントとの信頼関係が何より大事になる。
分析初期、この信頼関係を築くことに時間が費やされるといっても過言ではない。
心を許し、何でもいえる関係を作ること、それは本来子ども時代に親特に最初は母親と学習することである。
フロイトがいう口唇期における基本的信頼を学ぶこと。
それがないところからスタートするため、クライアントは分析対象者というよりは教育対象者であり、母に成り代わって育てていく過程が必要となる。
分析を重ねていくと、最初は「はい」と「いいえ」さえも聞こえないくらいの小さい声と、言葉しかでなかったのが、長文で答えてくれるようになり、それはまるで、子どもが言葉を覚えていく過程のようにも思える。

2007年12月28日

分析家の独り言 53 (引越し)

本人が思っている以上に引越しは、心の負担になっていることがある。
めでたく嬉しいことである結婚でさえ、個人差はあるもののストレスとなる出来事となる。
引越しうつ病というのもあるくらいで、それは、それまでその土地で築いてきた友人関係、地域とのつながりそれら全て断ち切って新しい土地に行くため、対象喪失体験となる。
愛着を持ったものと離れることは慎重でなければならない。
親の仕事の都合で何度も転校を余儀なくされる子どもの心の負担は、大人が考えているより、いや本人が思っているより大きい。
木を植え替えるときでさえ、できるだけ根っことその周りの土を切り離さないで一緒に移し替えるのだから、人間であればなおさらであろう。
特に子どもであれば、親の配慮が必要。
断ち切ってきたものへの愛着をあきらめていくことと、新しい環境や人との関係を結んでいくことには、相当なエネルギーが要るだろう。
思春期に引越しを経験し、分析によってそのことを振り返ったとき、当時自分は平気と思っていたが、ストレスを感じていたのだろうと言う。
クライアントなりに親にサインを出していたが、それを読み取られず、言葉もかけられなかった。
いろいろなことが思い起こされる。
それを一緒にみて感じ(共感)、言葉にして吐き出す。
「あなたのその言葉は、このように私には感じられますがどうでしょう」というと、「ああ、多分そうだと思います」とか、「いえ、そういうことより、これこれこういうことだと思います」と言われたりする。
そのように会話しながら、クライアントの心の世界に入っていく。

2007年12月23日

分析家の独り言 52 (ひきこもり・主体性の奪還)

それなりに仕事もして社会のなかで生きていても、自分はひきこもりと同じと表現するクライアント。
人の前で緊張する。
何を話せばいいのかわからない。
人の目が気になり、自分がどう思われているか見られているかに腐心する。
自分に自信がない。
多くのクライアントに共通する訴えである。
怒られること、だめだめが多かった、ということもよく聞く。
養育史を聞くと、育って来る過程で親に受け入れられていない。
それどころか、「口ごたえをするな」と言われたり、失敗をせ責められたり、兄弟間で比べられたり・・・とマイナスを重ねてきた。
人が話をしたいと思えるのは、自分の言うことを、相手が聞いてくれるから。
それを、何か言えば、「間違っている」とか、「今忙しいから後にして」、「愚痴なら聞かない」、「それはわがままだ」などなど、否定的言語が返ってきたら、言うことを躊躇していまうのは当然。
次第に、言葉を発することが恐くなる。
言いたいことが言えず、無口にもなるだろう。
失敗を責められると、何か行動するにも、一歩が出にくい。
そうして積極性や能動性が身につかず、消極的に受身的に生きるようになる。
言葉を発し、行動を起こせば、非難され、否定されるなら、何もしないでおけば失敗することもないし、否定的なことを言われることもない。
人を避けたくなり、家に閉じこもり、ひきこもりになるしかないだろう。
実際にひきこもっている人も多いが、社会の中にいながら、気持ちとしてひきこもりを感じている人も結構いるのではないかと思う。
そういう意味で、「自分はひきこもりと同じ」と言ったクライアントは的確に自分を表現している。
生きにくさを感じ、疲れ果ててしまう。
自分の言いたいこと、やりたいことがストレートに出せず、その周辺のことにエネルギーを浪費しなければならないのだから。

そういう自分を語りながら、時に涙し、悲しみや怒りや虚しさ、悔しさなど感情とともに放出する。
それを受け取るのがインテグレーター(分析家)の仕事。
分析場面はトイレと化し、インテグレーターはそういった死者の声を聞く人。
そこからクライアントは生き返っていく、奪われた主体性を取り戻して。

2007年12月21日

分析家の独り言 51 (追い続ける力)

振り返るとここまで来るには、長い道のりだった。
長い間、抑うつ状態のなかにいたこともあった。
抑うつを抜けたときに、そこにいたことがわかった。
もう何年も前、ご飯を作ることが辛くて、それでも子どもたちにはしっかり食べさせなければと思っていた。
夕飯を作るのに、2時間近くかかり、立っていられずいすに座りながら作ったこともあった。
一番母親になってはいけない人間が、母親になってしまったんだなと思った。
分析しても分析しても、子どもにALL OK ができなくて、自己嫌悪の毎日。
頭でわかっていることが、実際にできなくて泣きたくなる。
相変わらず不安が漂い、どこか違和感を感じつつ、楽しめきれない自分がいる。
それでもなりたい自分をあきらめずに進んで来られたのは幸いだった。
自我理想を追い続けられた。
小さいころ、仕事に出かけた母を思い泣いた日々。
母にくっつきたくて、甘えたくてまとわりつきにいっても、忙しい母に受け入れらず・・・
それでも母にくっつきたかった。
そのねばりが、拒否されても拒否されても母を追い求めた力が、自我理想を追い続ける力へと転移した。
あきらめてはいけない。
どんなにしんどくても辛くても、未来に明るい光を希望をえがき続けらるかどうか。
仕事に助けられることもある。
クライアントに教えられることも。
生きてきてよかった。
まだ知らないことがたくさんあって、それをこの命が尽きるときまで追い続け、いけるところまでいきたいと思う。

2007年12月18日

分析家の独り言 50 (母の愛)

お友達が男の子と女の子の双子を出産し、赤ちゃんの顔を見せてもらいに行った。
2時間ほどおじゃましていた間、ほとんど静かに寝ていた。
帰りがけに赤ちゃんを抱っこさせてもらった。
なんともいえない赤ちゃんのかわいらしさ。
わが子のことを思い出す、と同時に私にもこんなときがあったはず・・・と。
一日の大半を寝ているように見えても、赤ちゃんは大人のような睡眠ではなく、感覚器官を完全には遮断できず学習している。
自我も形成されていく。
何もわからないだろうなどと思っていたらとんでもない。
寝ているからといって、放っておいてはいけない。
同じ空間にいて、声をかける、まなざしを向ける。抱っこする。
初めは赤ちゃんの微笑みも、私たちが思うような笑いではなく、入ってくる刺激を自分の中で処理しきれず、顔の筋肉の痙攣となる。
それが我々には微笑みに見えるだけ。
赤ちゃんにユーモアや愛想笑いが理解されているはずはない。
最初は微笑ではない赤ちゃんの笑顔を、世話する母親が、自分の育児に対する報酬であると錯覚できることが大切である。
母が子どもに愛着を感じそれを世話することで伝えるから、それに応えるように子どもは母に愛着する。
この子どもからの愛着をひきだすような、母の愛着がなければ、子どもはそれを学習できない。
わが子を愛おしいと思い、抱き続ける母の愛。
それがあれば、人は幸福に生きられる。
それが欠けるため、それを補おうと人は後に苦しむ。

分析家の独り言 49 (子どもの甘え)

数年以上にわたる分析の中で、母を語り続けてきたクライアント。
母親教室に参加し、インテグレーター養成講座で理論も学んでいる。
分析を受け、母親との関係に気付きがあり、自分を知ると、子どもへの対応も変わる。
クライアントが、「子どもを受け入れられるようになった」という。
その小学生の子どもが、最近学校を休んでいる。
私は「あなたは本当に対応できるようになってきたんですね」 「子どもさんは、このお母さんなら、甘えられると思って、甘えているんです」と言った。
クライアントは、「そういえば、学校を休んで一緒にいると、とにかくベタベタくっついて来ます」と。
「しっかり甘えさせてあげてください。お母さんを独占することが大事です」といった。
すると、「そういえばアンケートの応募の中に、あなたの欲しいものは何ですかという質問があって、そのとき子どもが、お母さんと二入きりの時間がほしいんだけど、といいました」という。
「ほら、子どもさんはちゃんと言ってるじゃないですか」と私。
こうして、母の変化と子どもの言動が一致してくる。
まるでジグソーパズルのピースが一つ一つはまっていくように。
おそらく世間一般には、子どもが学校を休むと困ったことと、とらえるだろう。
ところが、分析的立場からみると、必ずしも困ったこと、悪いこととはとらえない。
やっと、子どもが母を信頼し、甘えられるようになった。これはとても良いこと。
母がちゃんと対応していることをあらわす。
それはクライアントの語りと、現象を照らし合わせてみてわかることである。
また子どもが「やりたい授業もある、学校に行った方がいいか、どうしたらいい?と、母であるクライアントに聞いてくる。
「そんなときはどうしたら良いんでしょう」という。
私は「子どもは、答えを求めているのではなく、ちゃんと自分に向き合って、関わり、話を聞いて欲しいのではないですか」と答えた。
「そういう母親との関係、時間を持ちたいということ、それこそあなたがあなたのお母さんにして欲しかったことではないんですか」ともいった。
「そうなんです、これまでそれができなかったんです。子どもの話が聞けなったんです」という。
それが、2時間その話をして聞けたという。
しっかり甘えて満足すれば、子どもの方から離れていく。
どうせこの母では受け入れないだろうと、あきらめて離れていくのと、満足して離れていくのでは、同じ離れるでも意味が違う。

2007年12月16日

分析家の独り言 48 (理論))

子どもの問題が落ち着くと、今度は自分のことに関心がむく。そして、夫や自分の周りの人たちへ。
子どもさんが落ちつく、それでももちろん ALL OK で接する。
母親教室にも通い、そのあと理論講座に来られていたあるクライアント。
今度はインテグレーター養成講座で、より専門的な理論を学びたいと言われた。
インテグレーター(分析家)になりたいのではない。
これまで自分は、人が嫌いで避けてきた、関係を切ってきたと。
ところが子どもさんに対応するうち、自分が変わってきて、今まで関心を向けなかった「人」に対して、今一番関心があるという。
変われば変わるものだなぁと、私も思った。
世間で起きる事件や、自分の周りの人たちに対しての見方が変わった。
今までなら、なんて馬鹿なことをとしか思わなかったが、どうしてそんなことをしたんだろう、何がそうさせたのかなどと考えるようになったと。
人を理解するために勉強したいと言われる。
人を理解することは、自分を理解することにもなる。

私もこの理論を勉強して、人って本来そうやって成長するものだったの?!と、人間の精神の構造、働きなどを知るのがとても面白かった。
同時に自分の育ち方の異常さにも気付かされた。
これではしょうがないなぁ、自分が不安を感じてきたのも。
生きにくさを感じてきたのは、こういうことだったのかと謎がとけていくような気がした。
そんなことに何の興味も関心もない人にとっては、価値も意味もないことだろうが。
分析に出会い、関心を向け、取り組み続けることができて心から良かったと私は思っている。

2007年12月15日

分析家の独り言 47 (生と死)

私事だが、昨夜は学生時代の友人のお通夜にいった。
癌の宣告を受けて1年8ヶ月の戦いだった。
去年の夏には、急遽彼女が元気なうちにと、神戸で仲間6人が集まり食事会をした。
そのときはまだ、一緒に食事ができたのに。
その後、今年の春倒れて入院。
病室へお見舞いに行くごとに容態が変わっていくのが辛かった。

そして彼女は頑張ったが、病気には勝てず亡くなった。
下の娘さんはまだ中学1年。
その姿が痛々しかった。

なぜ彼女がこんなに早く逝ってしまわなければならなかったのか。
身近な人の死に出会ったとき、自分の生が浮かび上がる。

私は残りの人生をどういきるのか。
何を目指すのか。
何のために生きるのか、何のために生まれてきたのか。
これらの問いに自分なりの答えを出さなければいけない。

2007年12月13日

分析家の独り言 46 (父よ、母よ)

「父よ!言いたいことあったらはっきり言え。
母よ!言いたいことをそのまま言うなよ」

「父よ!イビキがやかましい。
母よ!口がやかましい」
    講談社文庫 -一行詩「家族」- (父よ、母よ、息子よ、娘よ)より

思わずうなずいたり、苦笑したりしてしまう。
父は父らしく、威厳を持って家族の旗頭として、言うべきことは、はっきり言い渡さねばならない。
母は情緒豊かに、子どもを愛しみ、口はひかえて、子どもの言う言葉を正確に聞き取り対応する。

不登校・ひきこもり、非行など問題のある家庭では、父親役と母親役が逆転していることが多い。
「父親が頼りなくて、言うべきことを言ってくれないから、私がいうしかなんです」といわれることがある。
相談にこられたお母さんにはまず「口にチャックをしてください」という。
いくら父親が頼りなくても、父性がなくても、母親は母親。父の代役をしてはいけない。
母親はあくまでも優しく子どもに接するようお願いする。
父とは掟、ルールである。
それを教えるのはもちろん父親。
例え父親がいなくても、社会が周りがしてくれる。
それよりも子どもにとってマイナスなのは、母が恐かったり、優しかったりすること。
これをランダムにされると、子どもは混乱する。
母親は優しい人なのか、恐い人なのかわからなくなり、愛と憎しみによって引き裂かれる。
口を閉じて、子どもの言葉に耳を傾けましょう。
聞いているようで、案外ちゃんと聞けていないことが多いのでは。

2007年12月12日

分析家の独り言 45 (ピアスと身体感覚)

あるクライアントが、ピアスをつけた。
以前からピアスの穴をあけたいと聞いていた。
実際にピアスをつけてみて、うれしい、楽しいという。
「どうしてですか?」とたずねた。
「これで親からもらった体じゃなく、やっと自分の体だという気がする」という。
なるほど。
自分が感じている痛みは自分のものだから、痛みを感じることで自分の体になった。
私の身体感覚・イメージを私が作った=主体が少しあらわれた、ということ。
ピアス一つをするにも、その人なりの意味があるんだなと、今更ながら思った。

ちなみに若い人たちが、耳に限らず体のあちこちにピアスをつける。
ピアスの意味とは、身体感覚の意識化、自己自身感覚の強調。
よく夢から覚めて、夢か現実かわからなくてつねってみる。
「痛い。じゃあやっぱり夢ではないんだ」という、これと同じ。
それくらい身体感覚がないといえる。
自己感覚を作るために痛みは使われる。
痛みは全身に広がって、自他の境界を露わにする。
そのため身体のきわにする。
鼻は体の中心であるため、ピアスをつける人がいる。
両耳・鼻の3点がつながり、立体的になる。
ボディーにも身体感覚が必要な人は、おへそや乳首にピアスをつけることもある。
足は歩くことで地面の圧力を感じられるため、手はものをつかんだり触れたりするため、わざわざピアスをつけなくてもよいのだろう。
ピアスによって、身体を縁取っている。
24時間ピアスをつけていると、そこに意識が行き、自分を自覚できる。
そうすることで、からだがバラバラにならずにすむ(ラカンがいう身体のバラバライメージ)。
こうしてバラバラな身体イメージをつなぎ、統合するために痛みが使われる。
本来はそれをスキンシップによってする。
マッサージやエステは同じ意味がある。
スキンシップされ気持ちよくなって寝てしまうことも多い。

分析家の独り言 44 (不登校・ひきこもり)

子どもが学校へ行かなくなると、親は冷静ではいられない。
学校へ行くように促す。
担任の先生が、家庭訪問に来たりする。
それでも子どもは、学校に行く様子がない。
そんなとき、親御さんはどうされるでしょう。
体のしんどさ、病気は、親も学校も受け入れやすいが、心のしんどさは他者からはかわりずらい。
怠けていると思うこともある。
その子がどんなしんどさを抱えているかを知ろうとすること、理解する努力は、難しい・・・
子ども自身にも、何がどうしんどいのか、嫌なのか、明確にわからないこともあるだろう。
「漠然とした不安を抱えて生きてきた」、と表現するクライアントたち。
安心と安全、守られているという実感をもてなかった・・・
人は、日常の些細な言動の積み重ねによって、喜んだり、傷ついたりしながら、無意識を形成していく。
ならば、何をどう積み重ねたかが問題となる。
そこには親の無意識が関わる。
親もまたその親に育てられ、そのなかで認められたり、傷ついたことがあり、それが子どもを育てる中で再生される。
受け入れられ、認められ、適切に世話されたことはそれとして。
拒否され、否定され、怒られ、無視されたことはそれとして。
虐待を受けたある女性は、子どもは産まないと言った。
子どもを責めるのではなく、親自身が自分を責めるのでもなく、出た結果がマイナスであるなら、どういうことがあったのかを知ること。
子どもを変えようではなく、まず親が変わること。
学んでください。

2007年12月10日

分析家の独り言 43 ( 自分を知る)

人は育ってくる中で、人との関わりの中で共感され理解され、情緒性が育つ。
人として、人を思いやる気持ち、人の痛みがわかるなど・・・
分析していくと、どうも自分にはそういうものが欠けているのではないかと気づきだす。
最初は何が自分に欠けているのかがわからない。
ただ、何か変だ、自分は人と違うのではないかと違和感を持ちつつ生きている。
辛いが語りながら、自分を知っていく。
共感され、理解されなかったことがわかってくると、これは大変だと思う。
人は無いとわかれば、それを得たくなる。
だから、無いものをつくることはできるのかと聞かれる。
遅ればせながらも、無いことに気づき、それを求めるなら得られる。
分析場面で、分析者に共感・理解される体験をつみ重ね、それがだんだん、日常生活の中へ広がっていく。
それには、まず自分に何が欠けているかを知ること。
私もずいぶん長い間、人間という枠の外にいた。
ようやく人間らしくなってきたかと思う。

2007年12月 8日

分析家の独り言 42 (はじめに心有りき)

一般的には、体の病気のために、ある症状を出すと考えるが、心が病気を作り出している。
例えば、緊張すれば心臓がドキドキする。心が落ち着けば心臓の動きも落ち着く。
緊張が血管を収縮させ、血圧を上げる。緊張を増加させるのは不安である。
最初に肉体に信号を送るのは精神であり、そういう精神の構造が体に負担を与えていく。
それが固定化したものが病気であろう。
固定化されるまでの前段階に心は作用しているが、固定化してしまうと、病気がどのように形成されたのか忘れてしまい、わからなくなる。
医者が診ているのは、体に出た症状という結果だけで、それが形成されるまでのプロセスは見ていない。
肉体は心の結果でしかない。
だから、逆に病気という結果から、その基ととなった心の状態を探ることも出来る。
大まかに言えば、死に至る病気は緩やかな自殺と言うことができ、攻撃性が自分に向いたものである。
心と体の関係は密接であり、はじめに心有りき、体は心のバロメーターである。
現代のストレス社会のなかで、心のバランスを崩している人たちが多いが、心の健康が、体の健康にもつながる。

2007年12月 3日

分析家の独り言 41 (不安・ストレス)

不安の基を心理的に表現すると、「心身に累積した興奮が適切にに処理されない状態をストレスと感じ、それが無意識下に蓄積されたある情動」といえるだろう。
人間は、外界の刺激に反応する。刺激によって興奮がおき、この状態が外に出ようとする。
例えば、他人から嫌なことを言われ、興奮し腹が立った。それをこぶしで爆発させれば殴ることになる。
それを言葉で爆発させれば、言葉でかみつくことになる。
我々は社会秩序に従って生きなさいとか、人によっては、「人と争うな」と親に言われて来たために行動化できないことが多い。
このため興奮を抑え、抑制する。
すると、興奮は行き場を失って自分の中に蓄積されてしまう。
蓄積されたものは、直接出す(殴る、かみつく)のではなく、別の経路で放出する必要がある。
例えば、バッティングセンターやボーリングなどのスポーツを通して発散するとか、カラオケで大声を出すというのもいいだろう。
この処理能力を持った人は爆発することなく、冷静に対処でき、興奮をためることなく上手く処理するため、からだのバランスもよい。
入ったものと、出たもののアンバランスがストレスとなるため、自分の中にたまった興奮やストレスの処理方法をしっかり持っておくことが、心を健康に保つこととなる。
大人ならそれはたやすいことであっても、こと子ども、いや赤ちゃんとなるとこれは難しい。
だからこそ、親ことに母親の配慮が必要となる。
人は小さい頃からの積み重ねによって、今がある。だから何をどう積み重ねたかが問題である。
今がもし生きにくいのなら、楽しめないなら、苦しいと感じるのなら、さみしいのなら、過去を振り返ってみることは意義があると思う。

2007年12月 2日

分析家の独り言 40 (ひきこもり)

ここでもお知らせした、文京大学での斉藤環氏の講演会とひきこもりの相談会に行った。
相談会の方には京都府青少年の社会的ひきこもり支援ネットワークに加入している民間支援団体の名前があった。
斉藤氏の講演自体を私は聞くことができなったが、この催しをコーディネイトしたというフリースクール・寺子屋 みらいの会の野田氏の話によると、斉藤氏を招いてもひきこもりに悩む親たちは集まらないという。
実際講演に集まったのは、ひきこもりの問題に関心のある若い人たちであったようだ。
その後の相談会にも、当事者である親の姿はあまりみられなかった。
去年も同じような会が催されたが、去年はまだ相談会の方にこられる親御さんも多かった。これはどういうことか。
ひきこもりは、日本の社会の中で大きな問題の一つととらえる。
国としても、放っておけない問題として国家予算をあてて各自治体に対策するよう指示しているのだろう。
一口にひきこもりといって、精神疾患を伴うものと伴わないもの、その状態は様々である。
支援する側にも、共同作業所であったり、フリースクールであったり、その中でも寝食を共にして共同生活を送るものもある。
私のような相談やカウンセリング等の機関、病院などなど。
いずれにしても、親が手におえず、ひきこもる本人をまる投げしてよくなることはない。
親の心労、さきの見えない不安や心配それはわかるが、親が関わり、最後まで子どもを見捨てないこと、あきらめないこと。
もう二十歳を越えただから、せめて自分ことは自分でとか、自立して欲しいと願う親の気持ちはあっても、そうしたくても出来なくてイライラしているのは本人も同じであろう。
ひきこもるという結果は、小さいときからの積み重ねた経験の結果である。
もっと言えば、親がその子にどう接したか、その中で当人が自分に自信を持って、健康な自己愛を育てられたかである。
結果が出てからあわてるのではなく、赤ちゃんのころ、いや胎児の頃からのどう子どもに接すればいいかを学んでもらいたいといつも思う。
予防医学があるように、予防子育て法を何らかの方法で教えていかなければ、この国はいずれ衰退していくと私は危惧している。

2007年11月30日

分析家の独り言 39 (日本的自己愛人間と日本的マゾヒズム)

西洋においては「個」が尊重され、自己主張すること、自己価値が重んじられる。
ところが東洋においては、仏教の教えにあるように、「我に執着する」自己愛は煩悩の最たるものである。
日本人は、「我執」「うぬぼれ」というように、自分に愛着したり執着することを、いいこととはみなさず、それを迷いとみなし、そこから開放されることが課題とする。
文化論的にいえば、西洋人の場合は自己の権利を主張したり、自己を愛したりすることは当然であり、自尊心(プライド)はいい意味で使われる。
しかし日本人の場合、自分自身を誇りにしたり、愛したりすることをいいこととは考えない。
常に他者からどう評価されるかという受身的な自己愛である。
相手本位の日本人の場合、自己確信的・自己主張的に自分を独善的に主張し発揮することは「わがまま」であり、脱却すなければならないという考えが方が強くある。と小此木啓吾氏は著書『自己愛人間』 で書いている。

自分の自己愛を引っ込めて、他者を尊重するという配他的(他者に配慮する)態度が日本人の思いやりである。
文化人類学的にみると、日本人は農耕民族であったために、その土地に住み続け、周りの人と助け合い、協力し合って暮らしてきた。
飢餓になったときには、お互い助け合う必要があり、人の援助を期待せざるを得ない。
そのためどうしても、他者に配慮的になる。
それは他ならない自分が気を配ってもらいたいからである。
自分が相手にしておけば、相手も自分にして返してくれるだろうという思いのもとにする。
ここに見返りを期待する、恩を着せるということがある。
遊牧民のように移動するならば、たとえ嫌なことがあってもそのときだけのことで終わる。
草がなくなればその場を立ち去るので、同じ人と再び合うことはまずなく、してあげたことの恩、見返りなど期待しないため、自然にボランティア精神が育つ。
日本人はまず自分のことを犠牲にしても、他者に配慮しなければならないという民族的無意識がある。

自己愛で大事なのは、エロス的交流。(自分の快と満足が、相手の快と満足になるような交流)
このエロス的交流を、人はまず最初の対象である母親と体験し、母に愛されるよい対象自我を自己の中にイメージできる。
ところが、多くは自分の欲求の抹殺が相手を喜ばせる。
いってしまえば、自己主張しないこと、欲求を出さないこと、自己愛の抹殺が母を喜ばせる。
欲しがらないこと、自分を出さないこと。
そうして、母の欲求を読み取り、母に気に入られるように母に合わせて生きる。
そこに自分というものはない。
結果自分は何が好きなのか、何をしたのかわからなくなる。
だからクライアントには、「好きなことをしましょう」という。
すると、「好きなことしていいんですか?」「そんなこと学校でも家庭でも教えられませんでした」とか、
「好きなことしたいが、何をしたいのかがわからない」と言う。
分析を通して、自分を見つめ、自分を知り、主体性を取り戻し、好きなことができる自分になる。
そして自分らしく、いきいきと生きて欲しいと願う。
              (11/29 インテグレーター養成講座内容の一部より)

2007年11月22日

分析家の独り言 38 (自分で自分を意味づける)

父に呼ばれ、実家に足を運んだ。
父との用事を済ませ、午後の時間を久しぶりに母と話した。
実家は解脱会という宗教の支部をしている。
子どものころは、無理やり会に参加させられたが、私は今は脱会している。
母との話の中、母の苦労が垣間見られた。
子どものころは、何もわからず、ただ生きにくさを感じ家が嫌いだった。
すぐ切れる父に脅えていた。
その父と今、対等に話している。
母は長男である父と結婚して、大家族の嫁となった。
小学校の教師をしつつ、私たち二人の子どもを産んだ。
当然私たちは、昼間は祖母の手で育てられた。
私と兄の上にもう一人身ごもったが、おろしているとは聞いていた。
その理由が、結婚して環境が変わり、忙しさの中は母ずいぶんやせたらしい。
そんな中で身ごもり、とてもまともには産めないだろうと母の母が心配し、おろすように言い、母はその言葉に従ったという。
思わず私は聞いた。「その時夫婦では話さなかったの」と。
母はどうだったか覚えていないと言う。
おろした後、父の父に、後摂りとなったかもしれない子をおろして、と怒られたとか。
そんな大事なことをまず夫婦で話さなかったのか・・・
父は男ばかり5人兄弟の長男、当然母が嫁いだときには、4人の弟達がいた。
その中で、ご飯も食べたいだけ食べられなったという。
ご飯をおかわりしたくても出来なかったと。
子どもである私にはあれこれ指示してきたが、この母も自分をしっかり持たなかった人だった。
そんな中で、母はきっと自分のことで精一杯だっただろう。
娘である私に、関心を向け、世話をし、愛情を向けることは難しいことだったろう。
ALL OK などできるはずもない。
その母の対応の悪さに、私は自分を歓迎されない子、受け入れられない子、母に嫌われた、邪魔な子と、どんどんマイナスの意味と価値を付けていった。
それも当然のこと。どこをどう見ても、そうとしか思いようがない。
そういう自分であることも甘んじて受けとめ、自分で生まれたきた意味をつけ、何のために生きていくのかも自分で決める。
これが分析でいう、自己規定。
親の対応により、歓迎されなかった子としか思いようがないが、それを知った上で、今度は自分で自分の生き方と、その意味と価値を決める。
昔分析を受ける途中で、親に「私の人生を返して」と文句を言ったことがあった。
そのときは、その親への抗議も必要だった。
今となれば、もういい、自分で取り返している。
自分を磨き、成長していくと決めたのだから。

2007年11月19日

分析家の独り言 36 (言葉と配慮)

子どもとは、母親との一体感を求める。
寸分の狂いもなく、鏡のように母親は自分に合わせるものと思っている。
娘達のその言動に今更ながら驚かされる。
そこまで求めるの!?と。
しかし、そういう時期がどやら子どもには必要らしい。
本来ならもっと小さい時代にだが。
それをその時代に私はしてやれなかったために、今取り返しているのだろうと思う。
不平・不満、文句を言い、親を批判してくる。
それを言える子は幸せ、健康。
ただし受け止める親は大変。
日々修行である。
でも頑張りましょうと、自分に言い聞かせる。
自分の言葉の足りなさ、思い込みの多さに気付く。
上の娘が、部屋の模様替えを手伝ってと言ってきた。
専門学校の課題に追われ、今週しか時間が取れないという。
そういうときに限って、私も忙しく時間が取れない。
来週なら少し余裕があるのに、娘は今週しかダメと言う。
「月曜はテストがあって早めに帰ってくるから月曜の午後は?」と言われ、「それならなんとかなる」と言った。
ところが、3限目がテストで、帰りは5時過ぎとか。午後と言うから、私はてっきり2時か3時ころと思いこんでいた。
「大阪から帰ってくるんやから、そんな早く帰れるわけないやん」という娘。
「それならそうと言ってよ」と私。
その後、娘の言い方ついカチンときて、いらないことまで言ってしまった。
言った後で、しまったと思ったが、一度吐いた言葉がなかったことにはならない。
娘は、今週は忙しくてダメと言った最初の言葉ですでに腹立たしさを感じていたらしい。
言葉は難しい。
柔らかい言い方、相手を気づかった言い方、配慮のなさ・・・あ~あ、足りなかった。
自分の忙しさ、仕事の片付かなさに焦りを感じていたなぁと反省。

2007年11月 9日

分析家の独り言 34 (非行)

子の「非行」に悩む親の会に参加した。
この会に参加して、かれこれ7~8年になるだろうか。その中で、子どもが非行に走り、親御さん特に母親の嘆きを聞いてきた。
よくあるパターンは、非行に走るまでは、塾にも行き、親のいうことをきくいい子だった。その子が、学校に行かなくなり荒れだす。
親は慌てる。まさかうちの子がと。
学校に行かず、昼間ごろごろしてバイトもせず、夜になると遊び歩く子どもの姿がどうしても受け入れられない。
その上にお金を要求される。
それでも、そんなわが子を受け入れられるかどうか。
どこまでも、親の思ういい子の枠にはめようとすれば、子どもはなお荒れる。
親が折れて、そんな子どもを理解しようと努め、親の考え・価値観を押し付けなくなると、子どもの態度も和らぐ。
ある非行に悩んだお母さんが言った。子どもは、親を打ち崩しに来る、と。世間体を気にし、常識や一般論をふりかざす親を。
子どもが望んでいることは、常識論ではない。どんな自分も受け入れて欲しい、認めて欲しいということ。
非行もひきこもりも根はお同じ。その子のパーソナリティーによって、出方、表現が違うだけである。

分析家の独り言 33 (福岡での教室にて)

福岡出張から昨夜戻り、母親教室(生き方教室)を福岡でも開催してきた。
参加されたのは、30歳代既婚、二児のお母さんと、20歳代独身女性、とそのお父さん。
互いに質問をしあったり、我が家でのエピソードを話されたり、こちらからそれについてコメントしたり、症例を紹介したり、エディプス期の子どもの状態を少し説明したり…。
2時間、あっという間に過ぎた。
今後、この教室の進め方は、参加された方の希望に応じて、いろんな話しができればいいと思っている。
分析は生きること全てに関わるので、どなたでも気軽に、こんなことを聞いてみたい、話してみたいということで、人と人の関わり、人の輪ををつくっていけたらと思っている。
もちろん、子育てに悩むお母さんも参加いただきたい。
日本をいずれ背負っていく子どもたちが、健やかに育たれることを切に願う。
その子どもたちを育てる大人であり、親たち、そしてこれから親になる可能性のある人たちに知っていて欲しいことも多々ある。
クライアントのほとんどが言われる。こういうことをなぜ学校で教えてくれなかったのかと。
学校も、社会も、親も教えてくれなった。
私も同感である。
私の例で言えば、悩み苦しみ、自分でなんとか探し当てたが、とき遅く、既に二児の母であった。
出来ることなら、親となる前に、いや、配偶者選択をする前に知っておきたかったというのが本当のところ。
それでも知れば、そこから考え、軌道修正できる。
今回の出張で、そんなことをあらためて考えさせられた。

2007年11月 5日

分析家の独り言 32 (抵抗と信頼)

分析を受けていくなかで、必ず抵抗というのがおきる。
ある意味、自分を知るために分析を受ける。しかしクライアントは知りたいが知りたくない。
それは意識すれば辛いから、無意識に押し込めたものを、もう一度意識にあげて見ましょうとするからである。
そうすると実際にいろんなことが起こる。
あるクライアントは、分析の日時を間違える。または分析時間に遅れる。
分析まで時間があるからとパチンコをして、それがまた大当たりして止められなくなり、分析に遅刻してきたという例もあった。
セラピールームに電車で来る人も少なくない。すると乗り慣れた電車なのに、違う方向へいってしまったり、乗り越してしまったりする。そうして結局は分析に遅れる。
どんな言い訳をしても、分析に来ない、遅れるという結果をみれば、無意識に来たくなったということ。
言葉はいくらでも嘘をついてごまかせるが、行動は正直である。
後からクライアントが、「そういえば、今日は分析に行きたくないなぁと思っていました」と言うことも多い。
自分のことを振り返っても、数日寝込んだことがあった。
高い熱が出て、風邪かと思い解熱剤をのんだ。すると熱は一気に平熱近くまで下がるが、相変わらず体のだるさがとれず、起き上がることが出来なかった。
結局、治りきらず分析に行くことができなかった。
後から思えば、本当の自分を見せられた分析に行くことに抵抗したのだ。
またこんなこともあった。自分で決めて学校も仕事も選んできたと思っていたが、夢分析からよくよく思い返せば、親の敷いたレールの上を歩かされいただけと気付いたときには、分析からの帰り道を、どう帰ってきたのか覚えてないくらい動揺していた。
『抵抗ありしところに分析有り』 その抵抗を排除するのが、インテグレーターとクライアントの信頼関係である。
辛いけれど、抵抗を示すそここそコンプレックスのありかであり、そこに立ち向かっていく強い自我を、長い付き合いのうちにつくっていく。

2007年11月 2日

分析家の独り言 31 (自己の尊厳に気付く)

我々は、育てってくるなかで様々な言葉のシャワーを浴びてきている。
プラスのことばもあれば、マイナスの言葉もある。
承認と賞賛が人を育てる、とここでもいってきた。
逆に、マイナスの言葉、例えば「あんたは何をやってもっ駄目ね」というような言葉をいわれてきたクライアントは多い。
自分ではそれほど駄目だとは思っていなくても、他者特に親からそういわれたなら、「ああそうか、自分は駄目なんだ」と子どもは思う。自我は他者のもとで構成される。
それを口癖のようにいわれたなら、その言葉は刻印される。もちろん一度言われた言葉が、強烈にその人に響くこともある。
親はその人の一面をみて、駄目というレッテルを貼り、その人はそのシナリオをもってその後の人生を歩むことになる。
いいところもいっぱいあるはずなのに、そこには目を向けられずに。
結果、自分は駄目だという自己規定をしてしまったために、それを証明するかのように、「自分は駄目」を現象化することになる。
本当にクライアントは駄目な人間なのか。いや違う。
多くは、親の価値観にあわなかったために、失敗を許されなかったために、駄目と見なされただけ。失敗は誰にでもある。親も全てが出来るわけではない。
すると当然、自分に自信がない、自分が好きになれない。生きにくさを感じる。
分析は、「自分は駄目」という言葉を消去し、書き換える。
そしてクライアントは、自己の尊厳に気付いていく。

2007年10月26日

分析家の独り言 30 (亀田家と父性)

前回の父史郎氏の謝罪は謝罪になっていないとの批判もあり、亀田家を代表して、長男の亀田興毅選手があらためて謝罪会見を行った。
なぜあの場に父史郎氏は顔を出さなかったのか。亀田家の代表は、父ではないのか。
協栄ジム金平会長に身を引きたいと申し出があったというが、父親らしくない、残念。
反則行為を指示したのなら、認めて自分の口から謝罪すべきであろう。それを自らマスコミの前で言うことに抵抗があったのか。
思い出すのは、ミートホープ社による牛ミンチ偽装事件。
社長である田中稔氏が、マスコミの前で偽装の支持を認めようとしなかったとき、同席していた取締役の長男に「本当のことを言ってください」と促され、認めた光景。
本来父とは社会の掟、ルールである。そしてそれを子どもに教える立場の人のことをいう。その父が子どもにかばわれたり、促されたり、父の機能はどこに行ったのか。
亀田三兄弟に関していえば、これまでの父の指導を離れ、社会に触れ、父性に触れことが望ましい。
そういう意味では、今回のことが彼らにプラスに働いていくことを願う。

2007年10月25日

分析家の独り言 29 (幸せになる)

我々インテグレーター(分析家)も、個人分析とクライアントの分析(スーパービジョン)を受ける。
分析場面においては、いつも中立の立場で、偏らずに自分を保っておかないと、クライアントを正確に観察者の目で見るとこが出来ず、結果神経症を接木してしまう可能性もある。
出来る限り自分のコンプレックスを解消し、無意識を意識化する、そういう意味ではクライアントと同じといえるだろう。
クライアントは千差万別、一人一人顔が違うように、養育者や養育状況が違い、何を抱えているかわからない。
だから、分析はオーダーメイドであるという。
それぞれ違う心の問題を、理論をもとに、解き明かしていく。たくさんあるジグソーパズルのピース一個一個をはめていくように。
愚痴を聞き続けてきたクライアントは、自分の中に毒素をためているために、とにかく吐き出したい。機関銃のようにしゃべりまくって、「ああ、すっきりした」と言って帰っていく。分析場面はトイレとなる。汚濁にまみれた言葉を吐き捨てていく。それを我々は受け取る。お陰さまで自分の中に浄化作用をもっているので、倒されることなくここまでやってこられた。
親から認められることがなかったために、我々に承認と賞賛を求めてくる人。ただひたすら受け入れられたい人。
第三者からみれば、明らかなことが、本人には抑圧・抵抗が働いて、そこを見ない様にし、気付かない人。
それでも根気よく分析に通い、何年かすると少しづつ、こちらの言葉が入り、気付きが出てきて、変容に至る。
分析の進むスピードもクライアントによって違う。
私も欠損が大きく、おそらく人の何倍か時間がかかったと思う。この欠損は何をもっても埋められないのではないかと、何年も、恐ろしく高い壁の前に立ち尽くし、越えられないだろうと思いつつながめていた時期があった。
自分は人として大事なものが、ごっそり欠け落ちている、そんなイメージを持っていた。
私も、私のクライアント同様、親に愛されたと感じれらず、歓迎されたとも思えず、嫌われていると思い、何とか見棄てられないよいうに、親の顔色を見て親に合わせて生きていた。
自分らしく、人生を楽しめるようになるには時間がかかった。
決してあきらめないこと、自分を信じること。幸せになると決めること。

2007年10月23日

分析家の独り言 28 (自己愛について)

次回インテグレーター養成講座のテーマ「自己愛」についてまとめながら、クライアントの言葉が思い出される。
「・・・ナルシシストは・・・身体と自己が一致することがない。すなわち肉体における心的一致とは、感情と肉体の一致ということである。・・・」(テキストより一部抜粋)
自己愛がない。そのため当然「自分のことが嫌い」というクライアントたち。あるクライアントは、「自信がない」とか「感情と体がバラバラな感じがする」と言う。「生きている実感が薄い」とも言う。「真に人を好きになるということがわからない」と。全て自己愛の欠損の表現である。
自分を好きなように、他者を好きになる。自分を愛せないものは、他者を愛せない。 
自己否定的で、自己肯定感がない。
自分が自分に持つ自己イメージと、現実の自己が一致しないために、そのギャップに悩む。
ある自己愛者は、誇大自己をイメージし、過大な自己愛を持ち、またある自己愛者は、余りにも過小な自己愛しか持てずにいる。
ほどよい健康な自己愛を持つことが難しいようである。
それら、赤ちゃんのころから、親にどう扱われ、どういう言葉をかけられてそだったかでほとんど決まってしまう。
大切に、愛され、世話されたなら、健康な自己愛が育つが、過保護・過干渉、または逆に放ったらかしであったり、否定されたり、拒否する言葉がおおいければ、ほどよい自己愛は持てない。
分析は、クライアントがどの程度の自己愛を持っているかをみ、それが過大または過小であれば、それを修正していく。それには自己と向き合うことである。

2007年10月13日

分析家の独り言 27 (承認と賞賛)

クライアントたちは口をそろえたように、「自分に自信がない」「自分が嫌い」という。
出来ていることもあるのに自己評価が低かったり、周りがえらくみえて落ち込んだり・・・する。
承認と賞賛がないと、人は自信が持てない。人を育てるには承認と賞賛が必要。
だからお母さんであるクライアントには、子どもさんを誉めてくださいという。子どもをよく見て、監視の目ではなく、見守るという暖かいまなざしを向け、出来たことを適格に誉める。
口でいうのは簡単だが、実際に誉めようとすると難しいと言われる。自分たち自身が育ってくる中で、誉められた経験がほぼないため、誉め方がわからないと。
ああ、それもわかると思いながらも、努力してくださいとお願いする。
自分に自信がない上、自分が嫌いなので、人間関係も希薄になりがちとなる。
こんな自分では、人に受け入れられないだろうと思っている。自分がいることで、その場の雰囲気を悪くすると思っているクライアントたちもいる。
人の顔色が気になり、周りの人を気にする。
クライアントたちは、育ってくる過程で、自分の存在を受け入れられず、親からの叱責、それも感情的に一方的に怒られるか、放ったらかしのために、自分に価値を見だせなくなってしまった。
分析の中で、分析者がクライアントに承認と賞賛をしてくことも、大事なこととなる。

2007年10月 9日

分析家の独り言 26 (うつ病)

ヤフーのニュースに、『企業の「心の病」診断 広がる支援ビジネス』という見出しの記事があった。
慣れない海外駐在や慢性的な長時間労働など構造的な問題を分析し、顧客企業に合う改善方法を仕立てて提供するサービスも出てきた。昨春の労働安全衛生法改正で、メンタルヘルス対策に力を入れる企業が増加。専門家の助言を取り入れた鬱など心の病の早期発見への取り組みが本格化している、と

うつ病を心の風邪などと表現するほど、増えているもの確かであろう。
うつ病はまじめで、能力の高い人が罹患しやすい。うつ病の誘因としては、職務移動、自分や家族の病気、近親者の死、妊娠、出産、選挙の応援などが多い。
状況因では、戦時迫害(根こそぎうつ病)、引越し、負担完了(荷おろしうつ病)、新築、肉親の命日(記念日うつ病)等があげられる。
住居の変化、人間関係のもつれ、配偶者との口論、別居、新しい仕事、仕事の変化、病気、親族の死、家族の一員は家族を離れることなどの生活のストレスがうつ病の発病にに重要ともいわれる。
うつ病者をやたらと激励しないこと。決して本人は怠けているのではないので、「しっかりしろ」「気の持ちようだ」「頑張れ」と激励するのは、大きな負担となり、逆効果になる。
その当りを、家族など周りの人たちに理解してもらうのに苦労することが多々ある。
また、うつ状態の時には、環境を変えることによって改善する場合もあるが、多くの場合、人生における重大な決定は(例えば会社を辞める、引越しするなど)先延ばしにし、うつ病が良くなってからにした方がよい。
分析による治療の場合は、発達上の人格・精神障害に気付き、その再構築をする。基本的信頼の欠如が喪失を機に、抑うつ気分へと落ち込み、そこから脱出するエネルギーがないため、抜け出られなくなる。
人との信頼関係を形成しなおし、エスからエネルギーを供給するために自我の解放と超自我の調整をする。

2007年10月 8日

分析家の独り言 25 (対人恐怖・緊張)

対人関係において、なんらかの悩みをもっている人は多い。
クライアントの中でも、人と対峙したとき、緊張し、身構えてしまうと言われる。
それだけで、本人にはストレスで、頭が真っ白になってしまい、それが仕事上であれば、本来しなければならない業務に、何らかの支障が出ることもある。
また、親の顔色を見て、機嫌が良いか悪いかをうかがいながら、言葉を発したり、止めたりする。これは非常に疲れる。
その裏にあるのは、小さい頃から親に感情的に怒られてきた歴史がある。きつい言葉で怒鳴られ、言い分を聞いてもらえなかった。実際に手を挙げられ叩かれたことがあるなど。それが心の傷となって、その人の人生に大きな影響を及ぼす。人前で緊張する、人との良好な関係がつくりにくい、人が恐い、だから人前で話すのは極度の緊張を伴うというかたちで。
さらに対人恐怖に追い討ちをかけるのは、親が怒る法則が読めないこと。ランダムにいつキレ出すか、怒り出すかわからないため、緊張はさらに高まる。法則性がわかれば、それを回避することもできるのだが。また、同じことをしても怒られるときと、怒られないときがあるので、常にビクビクしなければならない。
そういう経験を重ねるうち、自分は受け入れられない存在であると思い、自分に自信がなくなる。
(甘えたいのに)拒否され、(自分の言うこと、要求は)否定され、(いきなりランダムに)怒られ、(親の気分で)叩かれたのでは、子どもはたまったものではない。
まず闘う自我をつくる。その辛い過去と勇気を持って向き合い、情動とともに語ることである。その出来事の時点で止まってしまった心の時計を、動かせること。語りながら、解釈を受け入れ、その事実がなかったことにはならないが、その人の日常に悪影響を及ぼさないように分析はできるのである。そういえば以前、人目で緊張していた自分がいたなぁ、というように。

2007年10月 6日

分析家の独り言 24 (名前)

精神分析的姓名判断というのがある。
私たちの名前とは、ほとんどが親の無意識によって付けられたものと言える。
わかりやすく言い換えれば、親の願いが込められている。
例えば、幸せになるようにと願い、「幸子」と名付ける。欠如したものが欲望となる。その親は幸せか不幸かが関心事であったのだろう。
争うことが多いと、「和」という字を使う。「和子」「和夫」など。
あるクライアントの分析で、名前を変えたいと言われた。彼女は「ひとみ」にしたいと言う。これまでの分析を考えれば、彼女の気持ちはよくわかる。「あなたはお母さんのまなざしが欲しかったんですね」と私は言った。「その通りです」という返事。
人は欠如したものを欲する。
さらにすすんで、自我理想を名前にする。かくありたい自分の理想像をしっかりと持ち、それを名前にし、そうなると自分で決めて、それに向けて努力する。
そうして付けたのが、私たちのインテグレーター名である。

2007年9月29日

分析家の独り言 23 (好きなことしましょ)

上の娘が話を聞いて欲しいと言ってきた。今年から服飾関係の専門学校に通い、デザインやパターン、縫製などを学んでいる。
課題に負われ毎日大変そう。同じクラスの子の中にも、学校に来なくなった子、やめてしまった子、精神科に通う子まで居るという。
そんな中で、自分のモチベーションを保つのが大変なんだと。自分では自信があった作品のスカートが、あまり評価されなかったと落ち込んでいる。
新しいデザインを考えて、先生に見せにいったが、何度もダメ出しをくらい、その上その先生の言うことに納得がいかず、迷ったり、不満があったり、自信がなくなったりしたと。
ファッションに関してほとんど知識のない私には、名前を聞いてもわからない有名なデザイナーのお店に、先生や友達と数人で行き、他の人たちは絶賛していたが、自分にはその良さがわからなかったと、また落ち込んでいる。
いろいろなマイナス要因が重なってしまったよう。
とにかく娘の言うことを聞いた。一通り話したところで、「どう思う」と聞かれたので、「世界中の誰もが、ひろ(娘のこと)のデザインした服はいやだといったとしても、自分はこれが好きだから作るっていうので今はいいんじゃないの」と私。「ひろが好きなデザインでつくる、それが個性でしょ」「人の評価も大事かもしれんけど、人から受けることだけに走ったらつまらなくなるんじゃないの」と私は言った。娘はポツリと「自分を見失いかけていた」と。
人が生きるのに価値あることは、自分の好きなことを見つけてそれをすること。まずその好きなことがわからなくて迷う。
悩みながらも、自信を失いながらも、それでも服をデザインし、作ることが楽しいという娘。
卒業後には、メジャーを首から下げて、仕事に忙しく走り回っている自分をいつもイメージしているという。そう、それでいい。こうなりたいというイメージをしっかり描いて、それに向かって努力すればきっと夢は叶う。頑張って!

2007年9月27日

分析家の独り言 22 (心とからだ)

からだは正直。心のありようがからだの症状として現れる。
例えば、あるクライアントは、子どもの話や要求を聞きたくない。自分は母に話を聞いてもらってないために、子どもの話を聞きたくない。また、聞けばそれにALL OK して応えなければならない。そうすると耳が痛くなる。何年か分析をしていると、クライアントも自己分析できるようになり、「耳が痛いんですが、これは子どもの言うことを聞きたくないということでしょうか」という。私は「その通りです。よくおわかりですね」という
また、見たくないと目がチカチカして、見にくくなるという。それは見たくないということ。例えば子どもへのまなざしを向けたくない。
分析中に解釈すると、「声が遠ざかっていき、聞こえなくなりました」ということがある。それは聞きたくないということ。解釈を受け入れたくない、言われたくない。
気付いて、受け入れれば一瞬のうちに症状は消える。
抑圧していることがあったり、怒りがたまっていたり、いろいろな理由で首、肩、背中が痛くなることもある。そうすると朝か前の日電話が入り、分析を入れて欲しいと言われる。話を聞き、クライアントが言葉で放出していくと、途中で「あれ、からだが楽になりました」と言われる。来たときは辛そうだったのが、帰りは軽快に自転車をこいで帰られる。その後姿を見送る。そういうことが何度かあると、「整骨院へ行くより、治りがいいので分析に来ました」と、クライアントが言う。
からだは心のバロメーター。心の重さはからだの重さ、だるさになる。

2007年9月25日

分析家の独り言 21 (人生を楽しむ)

私事だが、中学から学校のクラブ活動でバスケットボールをしてきた。高校、大学、社会人まで約12年間に及んだ。
振り返ると、練習はきつかった。特に高校時代。時々何のためにやっているのか、わからなくなることがあった。よく捻挫をし、一度はひびが入り、1ヶ月間松葉杖で過ごした。
分析を受けてわかったことは、家に居たくなかったから。クラブ活動をして、帰宅時間を少しでも遅らせようとしていた。土曜の午後、日曜、祭日も、クラブ活動という大義名分のもと、堂々と出かけられた。
家が私にとって安住の場であったなら、あれほど身体を酷使してバスケをすることはなかっただろう。
父が恐かったため、非行に走る勇気もなかった。自分なりのギリギリの選択の中で、かろうじて自分を保っていた。
分析を受け始めた頃、スーパーバイザーに言われた、「よく生きていましたね」と。「病理(発症)と正常の境目を45度に傾きながら、どちらにも振れずによく来た」と。
バスケに救われたことが多々あったのだろう。攻撃性を練習や試合にぶつけ、勝った、負けたと一喜一憂していた。
一つ違えば、ひきこもりにもなっていた。親から「お前はダメだ、ダメだ」といわれ、自分に自信がなく、それほど積極的でもなかった。
身体は心のバロメーターという。捻挫など足の怪我は、自律性の無さを現していた。(足の機能を考えると分かる。足はまさに立って歩くため)
私は苦しくても、しんどくてもバスケが好きだからしてきたと思っていたが、そうではなかった。
二年前の2005年から、またバスケを始めた。身体を動かしたい、何かスポーツをしたいと思うようになった。どうせするなら、昔とった杵柄、やはりバスケがしたくなった。そんな頃、中学の同窓会に出て、たまたま7つ上の先輩の同窓会と会場・時間が重なり、中学を卒業して以来会ったその先輩に、滋賀県のチームを紹介してもらった。
“思考は物質化する”という理論がある。だから偶然はない。全ては必然。いいことも悪いことも、自分の無意識が呼び起こしたこと。ならば、自分の中にプラスの思考を持つこと。病んでいた頃の私は、マイナス思考だった。
お蔭様で今は、家に居たくないからするのではなく、楽しんでバスケをしている。やめようと思えばいつでもやめられる。もう決して若くは無いため、身体はしんどいこともある。だから昔のように無理はしない。
楽しめる自分になれたのだなと思う。同じことをしていても嫌々するのか、仕方なしにするのか、喜んでするのか、楽しめるのか、意味が違ってくる。

2007年9月17日

分析家の独り言 20 (なおざりにされる授乳行為)

夕方見たニュースだった。看護士の手が足りないため、新生児のミルクを人の手で飲ませるのではなく、タオルなどで支え「ひとり飲み」させ、それによって事故が起きるケースがあると。10人近い新生児をひとりの看護士が見ることもあるとか。
40歳を過ぎてやっと生まれたわが子を、病院でうつ伏せに寝かされ、注意ミスで死亡に至った親御さんが、病院を相手に裁判をしているケースもあると聞いた。
まず根本的なことからずれている。
赤ちゃんにとって、ミルク・おっぱいは、我々でいう食事ということの意味の他に、人間の精神の基礎を作っていくために必要な大事な行為である。
本来なら、お母さんの暖かい胸に抱かれて、アイコンタクトを取りながら、微笑み合いながら、ゆったりと穏やかな中で授乳する。赤ちゃんはそのとき空いている手で、母の暖かく柔らかな乳房を触りながら、安心と満足の中に居る。メラニー・クラインは「・・・この乳房との最初の関係を充分に楽しむ能力は、後にさまざまの源泉から快感を体験するようになる、その基礎をなすものである」といっている。さらに「乳房での満足が体験され充分に受け入れられる機会が多ければ多いほど、楽しみや感謝、快感をふたたび手に入れたいという願望が感じられることも多くなる」という。つまりは、授乳行為による満足が、後にその子が人生を楽しめるかどうかを決めていく。こんなに大事なことだと知っていれば、ひとり飲みなどさせられないだろうと思う。手をかけ、側に居て見守り続ける。放っておいては育たない。それどころか抱かれない赤ちゃんは突然死してしまうことさえある。

2007年9月16日

分析家の独り言 19 (自分を活かす)

自分とは何者か、そして自分は何のために生まれてきて、何のために生きるのか。
男とは?女とは?の問いに、一生かかっても答えを出したい。
最近思うが、辛い子ども時代を過ごしてしまった自分。なんで私だけ・・・と嘆いてきた。
子どもの頃には、親から「子どもは親の言うことをきくものだ」と言われ、分析を知ってからは、「親は子どもの言うことをききましょう」と言われ、じゃあ一体私はいつ誰に自分の言うことをきいてもらえるのか。一番貧乏くじを引いたようで悔しかった。私のスーパーバイザーである大沢氏にそう泣き言をぶつけたこともあった。そのとき大沢氏は「それを受け入れるのもあなたのアイデンティです」と言った。そう、知ってしまった限りはやるしかない。親から受け継いでしまった悪しき性格構造は、自分の代で断ち切って、もう自分と同じ子どもは、人間はつくらない。それだけは譲れなかった。そうして分析による自己改革に乗り出してまる13年が過ぎた。
今になって、辛い過去があるお陰でクライアントの気持ちがわかり、どのクライアントの中にも過去の自分、または残りかすのような自分が見える。
私のスーパーバイザーである大沢氏は言った。「過去の経験が活きてくるときが来る。それを活かす生き方をすればいい」と。その意味がやっと身にしみてわかった。
自分を知れば、自分を活かす道を見つけられる。

2007年9月11日

分析家の独り言 18 (夜回り先生の講演を聴いて)

「ユース京都2007青少年育成大会・社団法人京都府青少年育成協会設立40周年記念大会」の記念講演で、夜回り先生こと水谷修氏の講演を聴いた。
テレビで夜回り先生のことは大体理解しているつもりだったが、やはりライブは違う。メディアを通してではなく、生に触れることだと実感した。水谷氏もいう、テレビは嘘つきだと。何百時間もカメラを回しても、放送されるのはそれをぶつ切りにしてつなげたものだから。
幾つかの例を挙げながら、今子ども達が置かれている現状の厳しさをあたらめて知った。私が分析を通して感じる世界と近い。
家庭での父母のあり方が大事。家庭に居場所のない子たちが、夜の世界へ流れる。そこは麻薬、暴力、金、性が氾濫する。
父親は会社でのストレスを家庭で妻である母親や、子どもに当たる。両親が不仲となり、母親は子どもに当たる。一番弱い立場の子どもが一番しんどい思いをすることになる。本来子どもは誉められて、自己肯定感を持てる。ところが「勉強しなさい」「ないやってんの」「だめね」と叱られることが多い。私たちも言う、承認と賞賛が人を育てると。いいところを見つけて、誉めること。美しく、優しい言葉で。反対に叱られた子ども達は、いじめ、非行、不登校・ひきこもり、こころの病へと向かう。そんな子ども達からの悲痛な叫びを毎日毎日水谷氏は聞き続け、対応している。そんな水谷氏も癌におかされ、転移が7つある。もう自分はながくないだろうが、このままでは死ねないという。
やり方は違うが、目指すところは共通する。この国を、子どもたちの将来を想う。

2007年9月10日

分析家の独り言 17 (自分を知る)

娘と映画「HERO」を観てきた。木村拓也演じる久利生公平のセリフのなかに「真実を知りたい」とあった。
証拠を集め、矛盾を突いていき、最後に真実に至る。分析の手法に似たところがある。
クライアントの養育史をl聴き、話に耳を傾け続ける。理論という網目を張り、それに引っかかったクライアントの言葉を質問していく。フロイトが言うように「夢は無意識に至る王道である」から、夢分析からクライアントの無意識に迫ることももちろんある。いろんな方向からクライアントの心の構造に迫る。そうして証拠集めをしながら、仮設をたてつつある意味、警察の取調べのようにある事実に至る。その過程でクライアントは抵抗を示す。見たくないと逃げたり、認めなかったり。
分析は自分探しの旅である。親に自分の生きる道のレールをひかれ、そのレール以外は歩むことを許されなかった人。あからさまな暴力による虐待を受けた人。彼・彼女らは、「自分は何のために生きているのかわからない」という。自分とは何者か、そして生きる意味を問い続け、その人なりの生きる意味を見つけること。分析は病んでいる、病んでいないに関わらず、自分を知りたい人が受けるものなのではないかと思う。

2007年9月 7日

分析家の独り言 16 (超自我について)

インテグレーター養成講座をするおかげで、理論を説明できるように勉強しなおすことになる。
今回は0~3歳までの「超自我の発達」について解説した。

超自我は、もともと生まれながらに人間に備わっているものでも、自然発生的に出てくるものでもない。最初は、外界の存在である母から取り入れて学んだもの。後に父を取り入れる。つまり親の価値観が超自我となり、親の禁止を普通超自我と言っている。
しかし超自我も発達していき、自我理想に向かう。この段階になると超自我は禁止や抑圧するだけではなく、自分の理想のために、今何をしなければならないか、そのためには何を我慢しなければならないかを考え、その辛さに打ち勝ちながら突き進んでいく。これは自我理想に向かう超自我の働きである。
全ての人が精神内界に超自我の機能が入ったなら、警察も裁判所も要らない。人間の内側にないから、外側に作った。みんながルールや規則を守れるなら必要なかったが、守れないので代理機能として外側に警察や裁判所を置かざるを得なかった。
それだけ人間は超自我を内在化していない。我々はまだエスに近いところにいる。社会はエスに色取られ、エスのままに動いている。そのために犯罪や汚職が横行する。
社保庁職員による年金横領、ずさんな年金記録。政治と金の問題による相次ぐ農水相の交代等もその一つ。自我理想に基づいた超自我など、どこにも見当たらない。
また、国民から預かった年金を個人が着服するということは、自他未分化以外の何者でもない。自分と他人の分化が成されず、自分のものと他人のものの区別がついていないということ。精神の発達から言えば、生後数ヶ月の自我状態である。なんともお粗末というか、未熟。
しっかりしましょうよと、つい言いたくなる。
肉体の年齢と精神の年齢は必ずしも一致しないことがよくわかる。

2007年9月 3日

分析家の独り言 15 (人は変容しうる)

そのときそのとき、クライアントの表情、反応、声の調子、着てくる服の色など全てがサインとなり、それを読み取る。
あるときは、うつむいたまま、消え入るような声でしか話さない。涙がこぼれることも多々ある。暗い表情が、抱えているものの重さを物語る。少し心を開きだすと、聞いたことに長文で答えてくれる。小さい声ながらも、明るさが感じられたりする。時には笑いあって、その笑顔がよかったなあと、分析後印象に残ることがある。
こちらが質問しなくても、自らよく話す人。そうかと思えば、質問しなければ「何もありません」という人。答えもほぼ「はい」と「いいえ」だけ。うまく言葉に出来ないクライアントは、こちらが、例えばこういうことですかと、いくつかの答えを用意しなければならない。そうしながら、クライアントに関心を向け、丁寧に聴いていくと思わぬところから本音がポロリと出る。
クライアントは自分を理解して欲しいが、その一方で暴かれたくないと、無意識に巧妙に本音を隠す。自分を変えたいが、それは今までの自分の死を意味することになり、それを恐れる。だから、「変えて変えないでくれ」と言われる。この難しい要請に応えていかなければならない。また、クラインとは全身全霊で治りたいと願っているとも限らない。
人間の精神は複雑である。それを理論を基に解き明かしていく。それはクライアントとの共同作業である。
クライアントからの何よりの報酬は、「おかげで、楽になりました。」「楽しめるようになりました」などの言葉。前向きな姿勢。人は変容しうる。

2007年8月29日

分析家の独り言 14 (心的外傷PTSD)

最近クライアントになった人の中に、PTSDの方が何人かおられる。あからさまに虐待を受けた人、とてもその年齢では耐えられなかっただろう出来事に遭遇してしまった人等など。いずれにしても心に受けた傷が癒されず、外傷はその人の人生に繰り返し侵入することによって、正常な発達経路を止めてしまう。これを外傷への固着といい、それは言葉を持たない凍りついた記憶である。まず第一には、安全性を確保すること。次に、辛いがそのことから逃げずに、立ち向かう自我を作ること。そのために何度もその事を語ること。こんなに辛い思いをしたのは自分だけであって、自分の辛さは誰にもわからないだろうと、「孤立無援」と「無力」感の中に居る。心を閉ざしてしまった人の心をもう一度開けるように、私たちは援助者となる。それには長い時間を要する。それでも諦めてはいけない。丁寧にクライアントの言葉を聴いていく。そうするうちに、失われた人への信頼感をもう一度持ち始める。
かつて私も、そうした孤立と、無力感の中にいた。

2007年8月17日

分析家の独り言 13 (振り返って想うこと)

私ごとだが、昨日身内のお墓参りには行かない私が、友人のお墓参りに行った。一人は中学3年の受験の時期、自殺だった。詳しいことはわからないが、当時ショックだった。「なぜ?」「どうして?」「何があったの?」
墓石には15歳と刻まれていた。もう34年もたつのかと・・・ 来年私たちは50歳。彼女の年齢だけが15のままとまっている。
そういえば、私も小さい頃から死にたいと思っていた。生きていてもおもしろくない、それどころかつまらない、苦しい。子ども心に死んでしまいたいと思っていた、確か。今私は、そんなことも忘れかけている。それは幸せなこと。
お蔭様で今が一番楽しい。したいこと、目標、理想とする自分を描くことができる。でもあの頃は無力感と不安と怒りとなんともいえない不快感に押しつぶされそうだった。
もう一人も中学のときの同級生。同じクラブのキャプテンだった。彼女は44歳で吐血し亡くなっていたと聞いた。彼女のお通夜の日は、私の誕生日だった。その年から私の誕生日は、彼女の死と自分の生を想う日になった。私も36歳のとき、分析を受けていなければ、ここまで生きてはいなかったろうと想う。娘二人をつぶし、自分もつぶれていたにちがいない。
自分の人生を振り返るときいつも思う。ギリギリのところで救われてきたと。あのときこの道をとらなかったら、今の自分はなかっただろう。苦しいなかでの選択が自分を今に導いた。何に触れ、何を感じ、何を選ぶか。自分というものをほぼ持たなかった私が、よくここまで来られた。全ては13年前、36歳の夏だった。
人と関わることが苦手だった私が、これほど深く人と関わる仕事をするとは思ってもいなかった。
クライアントを通して、過去の自分を振り返り、見ることになる。ああ、そういう自分もいたなぁと。クライアントが私の師となる。

2007年8月14日

分析家の独り言 12 (信頼関係をつくる)

分析に来られたクライアントが話し出すのを待つ。言いたいことが明確なクライアントは、こちらが何も言わなくても話し出す。
人それぞれで、最近起きた出来事をまず話す人。夢分析の夢を報告する人。もちろん何から話さなければいけないということはない。
1時間、ランダムに様々なことを話しているようでも、根底に流れるあるひとつのテーマがある。話を聴きながらそれを探す。
なかには、自分から話さない人がいる。「何でもどうぞ」と促すが、「特に何も」とか、「何もありません」などと言われる。
普通なら、「それじゃあ何で来たの」と突っ込みたくなるところだが、そうは言わない。それは「言いたいことがいっぱいあるが、どこから話していいかわからない」という意味。
クライアントにもよるが、クライアントの反応を見ながら、了解を得てこちらが質問をしていく。「私から質問してもいいですか」と聞いて、「はい」と答えられたら、前回の分析で気になったこと、ひっかかった言葉、クライアントの日常についてなどなど。
うつむいて、元気がない様子。答える声も小さかったりする。それでも、そうするうちに、少しづつ本音が語られる。涙がこぼれることも多い。
本当に語りたくなくて、理解されたくないのなら、わざわざ分析になど来ないはず。とにもかくにも来るということが、クライアントの意思を表す。
わかって欲しいが、暴かれたくはない。理解して欲しいが、どうせわからないだろうとも思っている。複雑な想いやアンビバレンツを抱えながら、心身ともに疲れ、悩み、心を閉ざしかけた人たちだったりする。だからこそまず信頼関係をつくることが大事。
私もそうして救われたクライアントの一人だったと、今更ながら想う。

2007年8月13日

分析家の独り言 11 (語ることで癒される)

たまたま見ていたテレビでした。外国で三人の人質をとり、立て籠もった犯人。その犯人のもとに所長さんといわれる人が来て、犯人の話を聞いた。そのうちに犯人は人質を解放した。さらに所長さんは話を聞いて、出て行った。ところがしばらくしてコーヒーを2杯、手に持って犯人のもとに戻ってきた。さらに1時間犯人の話に耳を傾け続けた。結果、犯人は自分の話をきいてもらったから気が済んだと、投降した。これをみてあらためて、人は語り、共感・理解されることによって気が済む、怒りが治まる、心に整理がつく。まさにこの手法が精神分析の治療法のひとつです。だから対話療法といわれる。
またクライアントは何度でも同じことを話すことによって、心に整理をつけ、葬り去ることが出来る。PTSDなどは、何度もそのことにクライアント自らが向き合い、語り、闘う自我を作る。逃げていては見たくない、忘れたいことが勝手に侵入してきてしまう。むしろこちらからそのことを思い出し、語りつくす。だから私たちインテグレーターは、クライアントが100回同じことを言っても、初めて聞いたかのように耳を傾けることが大事といわれている。語ればいいからと、壁に向かって独り言のように語っても意味がない。その話を受け取ってくれる人に話すのである。しかし一般社会のなかでそういう人はまず居ない。けっして楽しい話ではないし、まず聴きたがらない。それはもう過ぎ去った過去の話であり、主体性を抹殺された、ある意味死者の語らいである。その死者の語らいに共感と理解を示しつつ、聴くのがインテグレーター(分析家)の仕事である。

2007年8月 6日

分析家の独り言 10 (日本の病理と治療法)

日本という国は,ある一つの病理を病んでいる。それにはキーワードがある。
一つには、「食」を考えたときに、ここ最近の食肉偽装事件にみられるように、食の安全性が危ぶまれる。
二つ目、「自衛隊」においては、イージス艦の情報は簡単に漏れていた。これにより国の安全性はまた危ぶまれる。
三つ目は、「年金」問題に見られるように、老後の安心,これまたあやしい。
このように「安全性」と「安心」がない。このキーワードから言える病理は、『PTSD』 PTSDとはトラウマ。
日本のトラウマとは、原爆であり、敗戦。
韓国は北と南に分裂している。日本はトラウマを病んでいる。そのためにあらゆることの安心と安全が脅かされている。
ヨーロッパはEUと言って、ユーロでほぼ統合され、欧州連合は、ヨーロッパ各国において経済、政治、軍事など社会的なあらゆる分野での統合を目指している。つまり統合=インテグレートされ、彼らヨーロッパにおいては、インテグレートという言葉を具体化している。我々日本の国は、先を越された。
だからインテグレーターが世に出ない限り、日本は統合されない。我々日本人はトラウマの中にいる。そこにインテグレーターが生まれることによって、傷を癒し内部から統合していく。
インテグレーター一人一人がその使命を帯びている。精神分析は日本国民が求めている治療法であろう。

以上、7月29日(日) 第8回夏季那須分析サミットでの大沢秀行 氏 (インテグレーター名:真承智顕 氏)の講義内容です。


インテグレーターとは、人間の自我を統合していく人という意味で、大沢氏が名付けた。
昔、「分裂病」という病名であったものが、今は「統合失調症」と呼ばれるようになった。
しかし、多くの日本人が統合失調状態にある。
分析をしていって、クライアントは母に合わせ、母の延長物にされてきたことに気付く。母の機嫌をとるように顔色を見、いつの間にか自分というものを忘れて、どう自分が振舞えば母は自分を受け入れるだろうと、そう考えて生きてきたことに。
しかし、一方で全く自分を拒否したわけでもない。してもらったこともある。
つまり、良い母と悪い母がクライアントの中でつながらないのである。表と裏のように、良い母を見たときには、悪い母は見えず、逆に悪い母を見たときに、良い母は見えない、それがとても気持ちが悪いと表現する。
どちらも母であるが、クライアントの中で母が統合されてない。この切り離され、分裂している母イメージを一人の母に統合することが私たちインテグレーターの仕事である。
本来、こういう人を統合失調状態と呼ぶのではないかと思う。
また、大沢氏がいうように、インテグレーターというものが、日本民族が求めるものであるとしたら、そんな大変なところに足を突っ込んでしまったのか、という想いもある。
しかし、臨床場面でクライアントから学ぶこと、教えられることを含め、精神分析の理論の素晴らしさ、知ることの楽しさ・喜び、それら全て言葉に尽くしがたいものがある。
頭や魂で理解する世界と、体験し味わう世界がここにある。おごり高ぶることなく、クライアントとともに成長していきたいと思う。

2007年7月31日

第8回夏季那須分析サミット(報告) 

7月29日(日) 大沢秀行 氏 (インテグレーター名:真承智顕 氏)主催、那須にあるりんどう湖ロイヤルホテルにて昼食会のあと、分析サミットが開催された。
参加者は大沢氏の分析を受け、勉強会やインテグレーター養成講座、ラカン講座を学んだ人たちでこの日は17名の参加であった。
サミット風景

             プログラム
      
      テーマ『活き活きと生きる』
 
13:00   開会
13:00~ 症例報告Ⅰ 『成長した息子』
                 インテグレーター : 吉田 氏
        解説
13:40~ 症例報告Ⅱ 『初めてのセラピーとスーパービジョン』
                 インテグレーター : 竹沢 氏
        解説
14:30~ 休憩
14:50~ 『インテグレーターの位置づけ』
                 インテグレーター : 金谷 氏
        解説
15:30~  Q&A
15:40~ グループセッション
16:15~ まとめ
16:30   閉会

症例報告Ⅰ・Ⅱでは、親が分析を受け、失敗しつつも子どもへの対応 「ALL OK 」をするうち、子どもが成長していった。 「ALL OK 」による適切な対応をすれば良い結果が出ることを、またあらためて実感させられた。
人間は環境の影響を大きく受ける。まず思春期になれば、子どもは自分の部屋を欲しがる。住宅事情により、兄弟二人で一部屋というのもあろうが、一人の個室が必須。「個別」であることが自我を作る。世間一般には、子ども部屋を与えたら、部屋で何をしているかわからないとか、ろくなことがないといわれることがあるが、何をしてもいいのが自分の部屋であり、何をしてもいいではないか。個を育てるためにはどうしても必要なことである。

また、「思考は物質化する」というように、しっかりとしたイメージを持つこと、現象化しないのは具体的思考・イメージが弱い。思考とは=言葉であり、明確に決めること。それが名前に集約される。そのために我々インテグレーターは、インテグレーター名をつける。親の欲望である名前ではなく、自分がなりたい自分を漢字の意味に込めて、自分で名前を付ける。そしてそれに向かって努力する。つまり名前が自我理想となる。理想を掲げ、それに向かい、達成されればまた新たな理想を描きそれに向かう。このときまた新たな名前に書き換える。

親子の分離、それぞれの自立が大きなテーマとなる。出産によって肉体的には親と子は分離される。ところが精神的な分離。自立が非常に難しい。自分の感覚で感じ、物事を考え、行動する。そのようにしているつもりでも、案外それが親の価値観や考えや、世間一般の常識によることが多々ある。分離するjことが見棄てることであると思ったり、罪悪感を持ったりする。うまく親離れ、子離れしていくことが人に課せられた課題であるようだ。稲でも生長する過程で、株分けしなければ腐る。人も時期をみて分離すること、これが真理である。ただしこの時期が難しい。早すぎても遅すぎてもいけない。理想的にしかし発達論的には当たり前に 「ALL OK 」 して育てれば、子どもは18歳で家を出て行く。それは適切に世話をされて満足してのことである。ところが残念ながら、この親ではもう無理だと諦めて出て行くか、いつまでも親の元を離れないことが多い。また親自身がその親から自立・独立していなければ、無意識に子どもの自立を妨げてしまう。
そんなところを会話による分析によって自分を見つめ、振り返り、無意識に気付いていくと、まず自分自身が成長する。
「ALL OK 」による子育て、精神分析理論、それがこの国に認知され、当たり前のこととなったなら、この国は繁栄し、文字通り「美しい国」となると思う。

2007年7月22日

分析家の独り言 9 (承認と賞賛が人を成長させる)

自分の言いたいことを言わない、言えない。これはほとんどのクライアントに共通すること。
それはなぜか?言っても無駄だから。言ったところで、通じない。受けいれられない、それどころか非難されたり、拒否される、そういう体験を重ねてきた結果である。
だからあるクライアントは、「言ったところで、どうせあんたが悪いと言われる」。
またあるクライアントは、ほとんどしゃべらない。というかどうやら、子どものころからしゃべってこなかったようだ。母親への要求はあっても自分の口からは言わない。そこで分析者が代弁者にさせられる。それでも彼は言う、「言っても変らへんで」と。
言わなければ伝わらない。異議を唱えなければ、OKしたことになる。しっかり自分の意思は表明しましょうと私は言う。
言えない。出せない。動けない。の三段活用。結果ひきこもることになる。
これまたほとんどのクライアントが、「失敗してはいけない」と心に刻印されている。失敗しないためには、何もしないことだと結論付けた人たち、それがひきこもりという結果になる。何かをすれば、いいとか悪いとか評価され、失敗すれば責められる。それならいっそ何もしないこと、動かないことを選択した。
人間を成長させるのは、承認と賞賛。その子の存在を認め、できたことを的確に誉めること。失敗は誰にでもある。それを責めたところで劣等感を植え付けるのが関の山だろう。何より、しまったと後悔しているのは本人なのだから。
悪いところをあげつらうより、良いところを認めて誉めれば、人は伸びていける。そういう視点を持って子どもを見ていってはどうでしょう。

2007年7月16日

分析家の独り言 8 (中国新聞 社説より)

以下、ネットで見つけた中国新聞 7月9日(月)の社説です。

― 非行少年への視線 声掛けから始まること ―

 非行少年に対して厳しい処遇を求める風潮が、社会に強まっているように見える。少年法などの改正は象徴的だ。しかし本来、大人が努力すべきは、処罰よりも予防だろう。「社会を明るくする運動」強調月間に、非行を防ぐために何ができるかを考えてみたい。
 先の国会で、改正少年法や更生保護法が成立した。おおむね十二歳以上での少年院送致や、十四歳未満の「触法少年」への家宅捜索が可能になった。保護観察中に警告に従わない場合のペナルティーも設けられた。
 そこに見られるのは、厳罰化への傾きだ。長崎県での小六女児同級生殺人が論議のきっかけだったが、結果として、非行少年を抑え込み、管理する色彩の強い法律となった。やむを得ない面はあるとしてもこれだけでは冷たい。
 非行少年の多くは、精神的に親に見捨てられ、居場所がなく、つい自分を受け入れてくれる悪友の誘いに乗ったというケースだ。
 周りにいる大人の誰かがどこかで手を差し伸べ、気持ちをくんでやっていたら、非行は食い止められたかもしれない。大人はどうすればいいのだろうか。
 単純でありながら効果的なのは声掛けだ。えびす講での暴走族の騒ぎが全国に知られた広島市で、ボランティアがまず取り組んだのがこれだった。
 たむろする少年に、同じ目の高さで話しかける。はじめは「ルッせえ」と肩をいからせていても、見下さずに話を聞いてくれそうだと分かると、徐々に警戒を緩め、会話も成り立ってくる。
 次の段階では、少年の興味に応じてサッカークラブや料理・パソコン教室などをつくり、居場所を与える。さらに「やっぱり勉強したい」「仕事がしたい」などの意欲が見えてきたら、ここから本格的な立ち直り支援だ。
 広島市教委が一昨年から募集を始めた「自立支援ボランティア」はモデルになろう。
 基礎学力や音楽、スポーツの指導から就職の受け皿まで七十人、百二十社が登録する。例えば女性会社員(22)が勉強を教えているのは、援助交際と暴走をやめて保育士を目指そうとする少女だ。
 「非行少年はみんな、助けてほしいと思っている。一人でも誰かが応援すれば、その子は助かる」とボランティアの一人は言う。その心根をすくい取り、横道から引き戻せるかどうか、問われるのは大人の側の力量といえる。
                                                   以上(社説)


子どもが悪い、親が悪いというより、起こったことにどう対応するか、手を差し伸べられるかだと思います。
社会がこのように、非行の子ども達にサポートしたなら、どれだけの子どもたちが救われるでしょう。
非行に走る子どもたちは、残念ながら家に自分の居場所がないのです。部屋はあっても、居心地が悪い。
それは親の対応を変えていけばなんとでもなるのですが、それに取り組む覚悟がなかなか持てないようで、その間にも子どもたちは荒れていく。
また、家庭が崩壊していたり、親が親の昨日を果たせなくなっていることもあって、そういう場合には特に、こういった取り組みが必要だと思います。
さみしい。手を差し伸べて欲しい。自分のことをわかって欲しい。そのことが言えなくて、非行というかたちで表現・行動化している、そこを理解しておくこと。
この記事を書かれた記者の方が知っておられたかどうかはわかりませんが、タイトルにあるように、子どもの心を育てるのは、まなざし(少年への視線)と声(声掛け)、そしてスキンシップです。監視の目ではなく、あたたかく見守る目。いつも子どもに適切な(これがまた難しいのですが)関心を向け、声をかけること。
基本は親、家庭です。まず親が親の自覚を持つこと。
親とは、子を生すとは何か?家族・家庭とは何か?もう一度問い直してみていただきたいところです。
親は親として、子どもに対応しつつ、社会的支援・協力があればなおいいと思います。

2007年7月12日

あるうつ病クライアントの症例

30歳代男性。彼は「人前・仕事で緊張する。朝起きても起きた気がしない」と訴え、一日ボーっとして無気力になってしまったということで、分析に来られた。
仕事はなんとかこなすが、心が苦しい。彼は仕事が原因でうつ病になったと自分で決めていた。
分析では、うつ病の発病から半年前の間に生活上の変化・出来事はなかったかを聞く。その間に発病のきっかけとなった出来事があるはずである。
すると発病4ヶ月前に婚約をした。ということはこの婚約がうつ病の引き金になったと分析はみる。
彼には緊張、*書斜があり、この緊張は小学校の頃からあったという。
その内容は、からだをこわばらせる、身構える、振るえる、堅くなるというもの。これらのもとには恐怖がある。
人間が味わう恐怖とは体罰、痛み。彼は母親にベルトで叩かれ、お尻にろうそくを垂らされたいう。
そんな彼が婚約して母親に宣言したことは、「俺は絶対(子どもを)叩かないからな」ということ。
彼の奥さんになる人も父親に叩かれた人。そんな二人が言ったことが、「子どもができたら、叩くのはやめようね」
でも、実際には叩いてしまうのである。意識で叩かないでおこうと思っても、無意識は自分がされてきたことを繰り返してしまう。それが世代連鎖であり、虐待を受けた人は、それを憎み、それに苦しめられてきたのもかかわらず、意識では止められない。
彼の葛藤は、本人は気付いていないだろうが、発病から4ヶ月前の婚約のときに始まった。
結婚から発生する、子どもができた先の子どもの問題に、彼は今から悩んでいた。
結果、二人が出した結論は「子どもはつくらないでおこう」であった。叩かれて育った自分たちが子どもをもったなら、叩いてしまうことを、どこかでわかっていたのだろう。
また、その子どもを育てる過程で、親は自分の子どもの頃を振り返る、きっと自分もこうやって育てられたのだろうと。
それが楽しい・心地よいものならいいが、辛く苦しい思い出であったなら、見たくないと思うのは当然であろう。
結婚が決まって母親に、「俺は絶対(子どもを)叩かない」と宣言するということ=お前(母親)は散々俺を叩いただろうと言っているのと同じことである。
叩かれたにもかかわらず、虐待の痕跡を残さない人もいるが、虐待の痕跡を残した人、全てに虐待がある。虐待・体罰は何の意味もない。
虐待には、一.体罰 二.無視またはネグレクト(反応しない) 三.否定(ダメ) 四.分離の四つがある。
良いことも悪いこともそれとして世代連鎖される、だからこそ自分と向き合い、自分を見つめ、自分を知ること。完璧な人間はいないのだから、悪しき伝統、間違いは正し、自分の代で書き換え、子孫に伝えない。そして真理を知り、理想を掲げ、自分をよりよく変えていくこと。そのための一つの方法が精神分析であると私は思う。

*書傾・・・人前で字を書くとき、手が震えうまく書けないという症状。

2007年7月 8日

分析家の独り言 7 (認めて、誉めて、正しい関心を向けて)

クライアントの分析をしていてつくづく思う。本当の自分の意思を言えなくて、出せなくて、最後には動けなくなる。その典型がいわゆる「ひきこもり」の人達。
ひきこもるという現象にいたらなくても、自分に自信が持てなくて、意欲がなく能動的になれない。
本来その人が持っている可能性や、能力が発揮できず、もったいないなといつも思う。
好きでそうなったのではない。言ってしまえば、本人の意思や存在を認められず、いや無視され、尊重されなかったために、そうならざるを得なかった。
ならば、本当はどうしたかったのか、どう思ったのか、どう言いたかったのか、過去に遡って情動とともに語ること。
クライアントたちは心の中で叫んでいる。自分を認めて、受けいれて、愛してと。その心の叫びに共感し、理解し、寄り添っていく。分析者は鏡となって彼らの姿を映し出す。そうして本当の自分に気付いていくと、クライアントは自分で変容していく。
それには長い時間がかかる。不安や恐れや傷付きを抱えているクライアントとのラ・ポール(信頼)を築くのに多くの時間を費やすことになる。
いずれにせよ、承認と賞賛、まなざしと声とスキンシップが健康な精神を育てていくことは確かである。

2007年6月27日

分析家の独り言 6 (小野田正利氏の講演を聞いて)

学校に押し寄せる親からのイチャモン(無理難題要求)に学校側は困惑していると。
例えば子どもが石を投げて学校のガラスを割った。当然のことながら親を呼び出し、割れたガラスを意弁償してもらう。ところがそのとき親から発しられたのは「こんなところに石を置いておくのが悪い」という言葉。
ガラスを割った子どもは、親にしかられる。でもそこでちょっと考えてみましょうと。子どもが石を投げたには何か原因があるはず。それを子どもの側に寄り添って、一言「どうしたんだ?」と聞いてあげれば、子どもなりの理由があるはず。
子どもが心を開いて話したら、そこから親子の関係がもう一度結びなおせるかもしれないと小野田氏は言う。
結局は、人は話をして理解しあうことが大事なのではないかということ。
ラカンも言っています。人は誤解から始まると。それは一人一人持っている辞書がちがうから。
何かことが起きたときには、ピンチであると同時にチャンスでもあると思うのです。大変だけど、それをピンチにするもチャンスにするもその人の心次第。私はクライアントにいつもそう言います。

2007年6月25日

分析家の独り言 5 (自分を成長させるきっかけとなれば嬉しいです)

『ラカン精神科学研究所』のホームページ並びにブログが、以前よりGoogleの検索には載っていたのですが、Yahoo!の検索にも載りました。
まだ日本では、精神分析というものがあまり知られておらず、カウンセリングと混同されることがあります。
少なくとも私自身は分析により、自己と向き合い、止まっていた心の時計を動かすことが出来ました。そして自分や娘が救われました。
また今 自分とは何者か?真に生きるとは?、男とは?女とは何か?などを問いつつ 自己のさらなる成長・発展を目指しています。
押し付けるつもりはありませんが、精神分析というものがあることを知ってもらいたい。それ知った上でする・しないは、その方の自由です。
これからも ホームページやブログを通じて、情報を発信していきます。
より多くの方に見てもらい、興味を持っもらえるよう努力いたします。

2007年6月22日

分析家の独り言 4 (摂食障害について)

いろんなブログをみていたところ、摂食障害に悩まれている方のものがいくつかあって、今更ながら大変だろうな…と思いました。
ブログに思ったこと 感じたことを言葉にして 書いていかれることはいいのでしょう。
それを人と共有したり 共感したり。

心理学では 食=母 という公式があります。
それは 人間の誕生当時 赤ちゃんはお母さんのおっぱいを飲んで成長します。
もちろん人口栄養の方もおられますが。
まさにこの時期は、母=食です。
新生児は 自分と自分以外の認識がまだなく お母さんのおっぱいでさえ 自分の一部であると思っています。
食行動の異常は 残念ながら育ってくる中での母親との関係に何らかの問題があったと考えらます。
過食は 母を過剰に取り入れたい。拒食は母を拒む姿。
これを繰り返すとしたら、母を過剰に取り入れたい=母に甘え・依存したい気持ちと 母を過剰に拒否したい=母を排除したいという 相反する気持ちが無意識下にあるということになります。
優しく良い母を取り入れ、自分を否定したり、拒否する母は憎しみの対象となり拒む。
これは無意識ですから 本人には意識できないことが多いですが。
勇気をもって そこを見ていくと 気付くことがあると思います。
母への愛と憎しみを 語ること。
語りながら 整理をつけて そこから離れていくこと。
そうすれば 気が付けば摂食障害は治っている。
全ては 心から発しられたもの。

何かの 参考になればと思います。

2007年6月19日

分析家の独り言 3 (母親として娘に)

 日曜日、娘と買い物に出かけた。浴衣を見たいというのでみていたが、その途中娘が、「もうすぐ二十歳になる、そのお祝いに何か一生大事にするから、アクセサリーが欲しい」と。
 それも、ブランドもので、見た人がそれと判るような物がいいと。
 とにかく見に行こうと、デパートの中のブランドのお店をひやかしに。その中の一つ、シャネルのネックレスが気に入ったよう。店員さんの「着けてみられますか」の言葉に従って、着けてもらった娘。
 気に入ったようで、「これにする」と。その日財布の中に、へそくりといつもより少し多めに入れたお金があって、なんとか買うことが出来た。
 娘の嬉しそうな顔と、「ありがとう、大事にする」の言葉。
 自分のかばんに入れて帰るが、これは二十歳の誕生日まで預かっていてと言う。高価なものが簡単に手に入ると思いたくないからとか言って。
 私は「あんたがもっていればいいやん」と言った。
 結局、家に帰るとやっぱり自分で持っていると言い、何度もながめては着けてみたりしていた様子。
 娘の嬉しそうな顔を見て、私も喜べた。少し無理をしても買ってやってよかった。
 そしてふと思い出した。私がそろそろ結婚してくれと両親に言われ、いくつかお見合いをさせられていた二十歳代半ば頃。父が何を思ったのか、真珠のネックレスを買ってくれた。なぜ買ってくれたのかよくわからなかった。私が欲しいといったわけでもない。
 そろそろ嫁ぐ可能性が出てきた私に、これくらいのものはいるだろうとでも思ったのだろうか。
 確かに買ってもらって嬉しかったが、この日の娘のような喜び方ではなかった。それは子ども(私)の側から出た要求でないため。
 子どもの要求に応えた対応、それが ALL OK です。決して子どもをわがままにするものではありません。子どもが主体性を取り戻し、自己肯定感や好奇心を持ち、その子らしく生きていく道筋をつくる対応法です。

2007年6月 7日

分析家の独り言 2 (言語化すること)

 クライアントさんから 突然電話が入った。「身体症状が出て、たまりません。分析お願いします」「出来れば今日空いてませんか」と。かなり辛そうだった。
症状としては、咳が止まらないことと、のどの違和感、鼻づまり等。
 このクライアントは ある程度自己分析出来、ある出来事から後、症状がひどくなっていると言う。まずその出来事を語ってもらい、こちらが引っかかったことを質問しながら、そのときクライアントが感じたこと、思ったことを言語化してもらった。すると途中で、「のどが楽になりました」と。
 こういうことが分析場面では起こる。語れないからこそ 身体の症状として出る。それを言葉にして出すと、身体化された症状は消えていく。だから 分析をおしゃべり療法ともいう。
 つぶれないように揺るぎない自分を作りたいから、分析理論を学びたいと言い、彼女は今月から インテグレーター養成講座の理論を学ぶことにした。
 分析と理論を学び、一緒に頑張りましょう、幸せ目指して。と私は心の中でつぶやきながら、クライアントを見送った。このクライアントの中に何年か前の自分を垣間見た気がした。

分析家の独り言 1 (福島17歳青年母親殺害事件について)

いろんなクライアントさんがおられて、こちらが学ぶことも多い。
最近起きた 17歳の青年による母親殺害事件。いたましい事件です。
残念ながら 今後もこのような事件は起こると思います。
実際 私のところでも起こったかもしれない・・・
幸いにして 自分の異常さに気付いて 軌道修正できたので良かったと思います。
人間の精神とは どうように発達するのか、自分を常に振り返り、見つめる事。真理を知ること。
それらを知っていたなら、不幸な事件は避けられたと思うと残念です。
精神分析は万能ではありません。全ての人に受けいれられるものでもない。
しかし 精神分析というものがある、そしてそれは、単なる治療法というだけでなく、分析理論は生きる知恵となり真理であることを知っていただきたいと こういう事件が起こるたびに思うのです。

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