分析家の独り言 164 (幸せとは何か)
自分の生きにくさは何か?それはどこから来るのか?を見ることから逃げなかったクライアントが言う。
人の精神は、相反するものを抱えてたり、何かわからないが恐れるものを持っている。
恋愛をして、結婚し、妊娠・出産を経て子どもをもうけた。
働きながら子育てをして、子どもの問題に取り込み『オールOK』で対応し、子どもは自立し孫もできた。
こうして人として、一通りのことを経験してきて、自分の人生を振り返った。
自分はいつも、何かわからないが劣っていて、大きな欠損を抱えていたために、何をやっても人と比べては、自分は劣っていると思ってきた。
その自分に欠けているものを人に覚られたくなくて、人並み以上に頑張り続けた。
その途中で、自分がしたいことをするために、義務のようにいろんなことを片付けてきた。
子育てもしかり、仕事をするために早く子どもの世話をして終わらせる、そういう子育てだった。
そうして自分はやりましたと思っていたが、それはこなしただけ。
味わうということがなく、バタバタ、アタフタした人生で、なんと抜けていることの多いこと。
こんなことでは途中で切れると思っていたが、今1枚の大きなベールが取れ、人も自分も見えるようになった。
すると、動揺することがなくなり、自分のなかに安定感がある。
「人に自分の欠損を知られたくない」がなくなり、落ち着いた。
それまでは、自分以外の人がすごく優秀であったり、えらく見えた。
自分で自分への評価が正常になり、劣っているところも、頑張ったところ・良いところも両方がわかる。
今ここに立てたことがうれしい。
すると、以前に思っていた幸せと、今思う幸せが全然ちがった。
以前は、物金による安定と安心感が保証されていることが幸せだった。
そのために家も買ったが、幸せにはなれなかった。
ねばならないの世界に生きてきて、いつも何かに追われ、結果子どももまともに育てられない自分って何?と思い、オールOKを知り、実践した。
そして、自立はしたが二人の子どもの成長をこの先も楽しみに見ていけることを幸せと思う。
「他人から見た自分がどうであるかではなく、大事なのは自分がいつも心地よくいられること」とクライアントは言う。
「よく頑張られました。ようやく自分の中心に自分が入りましたね」と私は言った。
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