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子育てと子供の非行のQ&A集(ALL OK) アーカイブ

2008年02月15日

分析家の独り言 74 (京都母親教室にて)

昨日、母親教室に参加されたお母さんから報告のあった、子どもさん(幼稚園)とのほほ笑ましい会話を紹介したい。

子ども : 「お母さんは、大きくなったら何になりたかったの」

母   : 「お母さんはお花屋さんになりたかったの、なれなかったけど」

子ども : 「大丈夫だよ。これからでもなれるから」

母   : 「そうね、でもね。2番目に優しいお母さんになりたかったの」

子ども : 「そうか、じゃあお母さんは今修行中なんだね」

       「ときどき恐いこともあるけど、今日は大丈夫だったよ」 と。

子どもは良く見ている。

母親がすぐに完璧には出来ないながらも、努力していることを。

「修行中なんだね」の言葉におもわず微笑んでしまう。

お母さん方は、頭では優しくしよう、怒らないで、不機嫌にならないで、言われたことをすぐにしようと思う。

そうすることが子どもの自我を育てる。

それを端的にいえば、子どもへの対応法、『ALL OK』

そんなことはもう教室に通って、耳にたこができるくらい聞いたしわかっている。

しかし、いざ子どもと向き合うとできないと言われる。

それもわかる。

それでも、昨日よりは今日、今日よりは明日、少しでも出来るようになろうと努力する気持ち、それが尊いと私はいつも言う。




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2008年02月12日

子供の非行の症例

Q.母親教室に通われている方には、どの様な体験をお持ちの方がおられますか?

A.<息子さんの非行に悩まれたお母さんの手記>を紹介します。

私が三十代後半の頃、尊敬するヨガの先生に尋ねられたことがありました。

「人が生きて行くのにこれさえうまくいけば幸せなのに・・・と思う、これって何だと思いますか」私の頭の中に浮かんだ言葉は、お金?家?・・・違うなぁ・・・。

言葉に出せず考えている私に先生は「人間関係。」と言われたのです。

その頃の私は、その意味の深さを考えることなく、何年か後いやでも考えざるを得ない苦しい日々が始まったのです。

それは四十代の中頃、息子の非行に振り回される日々、子どもの考えていることが分からない。

しかし、間違いなく私が生み育てた子ども、何がいけなかったのか、何を思い返しても答えが見つからない年月。

その中で四年後分析家に出会い、問題は私自身の中にあることに気付きました。

今まで私は自分が間違っているとか、生き方に問題があるなどと考えたこともなく、頑張っている、努力している、家族のため、自分の夢のためと思い走って来た自分に問題がある。

その事実を自分が受け止めなければ、子どもの問題を解決することは出来ないという大きな不安に向き合うようになりました。 

そして三年嵐のような日々の中、私は子どもの現実を受け止め向き合いながら、自分自身とも向き合い続けるという年月でした。

いつ果てるとも分からない暗いトンネルの中を歩く私に、分析家は向き合い影のように心のどこかに寄り添って歩いて下さったように思います。

トンネルを抜け出てみると今まで見えていたようで観えてなかった子どもの心や、聞いていたようで聴いていなかった心の声、

人と向き合うことの本当の姿とはどのようなものなのか、少しずつではありますが分かりかけてくると、人と向き合うとは自分自身と向き合うということ。

しかし、自分と向き合うといっても頭の中を同じ言葉が行き交い、ときに怒りや悲しみが向き合うことを越えてしまう。

分析家という鏡をとおして自分自身を見つめ、自分でも意識していない。

深い部分からびっくりするような言葉や思いにハッとさせられる。

自分の知らない自分に出会うということは、自分が知っている子どもとは、自分が思い込んでいた子どもであって、子ども自身が本当の自分を私に見せていたのか・・・。

見せていい、安心して見せてもいい母親であったかと、また自分自身の問題が胸の中に起こってくる。

人が生まれて安心して自分である心地好さ、自分を全て預けられる相手とは、母親なのに、私は本当の意味での母親だっただろうかという疑問、

もう一度子育てのやり直しをしようと思った。

人間関係の意味の深さに今さらながら気付きはじめています。

今も人を知り自分を知るために母親教室に通っています。

以前の私を思うと、人生をもう一度生き直している実感があり、自分の中に愛情という情感を豊かに感じながら、日々を生きているように思う。

何よりの幸せは、息子との会話で共に本音で話し合いながら、互いの違いを笑いあって暮らせる日々をもてたことです。

身を捨ててこそ浮かぶ世もあれということわざではありませんが、たくさんのことを諦めて生きてきたような何年かではありますが、それに比べようもないほどの大きな幸せに出会えました。

 以上が息子の非行に悩んだお母さんの手記です。


 以下は私(インテグレーター 天海有輝)のコメントです。

お母さん方に「ALL OK してください」と言っても、そう簡単にできるものではない。

私自身、それを聞いてから何年かかっただろう。

ゆうに10年はかかっただろうか。

このお母さんはしっり ALL OK をされ、見事3年を越えた頃から、息子さんは劇的に変わっていった。

逆に私が ALL OK の意義と効果を知らされた思いだった。

それでも、息子さんの荒れ方は半端ではなく、私が話を聞いている限りもう立派に仕事をし安心だと思っても、お母さんはまた元に戻ってしまうのではないかと不安を抱えていた。

そういえば最初の頃、息子さんが階段を下りてくる足音に怯えていたと言われた。

対応する親の側にも大きな心の傷が残っていた。

途中、息子さんに投げ飛ばされ腰を痛め、「もうあの子が何を考えているかわからない」と言い、一時母親教室から足が遠のいた時期があった。

私は大丈夫かと心配になり、雨の降る夜にいきなりお宅を訪ねたことがあった。

玄関のガラス戸は割られ、新聞紙が張ってあった。

家の中にあげてもらったが、壁と言わず、家具といわずボコボコだった。

もう直しても、また壊されるから、そのままにしてますということだった。

お母さんとお父さんと話をして、その夜、向こうの家を出たのは夜中1時半を過ぎていた。

この中で私の想像のつかない様々な言葉や、暴力が行きかったのだろう。

よくあの地獄から抜け出し、親子が会話し、冗談を言い合えるまでになっられたと思う。

もう息子さんのことは心配ないところまできても、母親教室には通われた。

そして今、このお母さんはインテグレーター養成講座で分析理論を学んでいる。

クライアントは、最初子どものことで悩んで分析に入ってくる。

ところが子どものことが落ち着くと、こんどは自分自身のことに目がいく。

このお母さんも、荒れた息子がまともにさえなれば、あれもしよう、これもしようと思っていた。

ところが、そうなったとき、これから自分がどう生きていくのか、何のために生きるのかとの問いかけが始まる。

そして自分の無知に気付く。


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2008年02月08日

子育てQ&A(夫婦間の教育方針の相違)

以下、私のホームページを見て、メールで質問された方とのやり取りです。

子どもの問題に取り組むとき、夫婦で意見がちがうことがあり、その例の一つです。

なおメール送信者の方には了解を得て、内容を一部変更して掲載しています。

<質問メール>
最近 ホームページやブログを読ませていただいています。

中学生の非行少年の母です。(学校には行かず遊んでいます)

「ALL OK」についてお聞きしたいことがあり、メールいたしました。

私自身は「ALL OK」についてなんとなく理解でき、やってみたいと思うのですが

主人はそれを認めるような考えは全く持っていません。

だめなものはだめとつっぱねて、自分で気づかせなくてはだめだという考えです。

そんな環境でも、たとえ私だけでも「ALL OK」を実行していけるものでしょうか?

中途半端な「ALL OK」では効果がないのでしょうか?

突然のメールで申し訳ありませんが、アドバイスいただけますでしょうか?

よろしくお願いいたします

<私の回答メール>
ご質問の件、出来ればご両親そろって、「ALL OK 」を理解し、子どもさんに対応していただければ一番良いのですが、ご主人は反対というとですね。

そんななかで、お母さんは余計に大変だろうと思いますが、お母さんだけでも対応されれば、違ってくると思います。

残念ながら、、「ALL OK 」をしても、最初から完璧にはできません。

中途半端にしかできないと思います。

それでも、やり続けるうちに、やる方のお母さんも慣れてきて、できるようになります。

とにかくお母さんは優しく、です。

そういう意味では、父親は社会と直接つながり、本来ルールや掟を子どもに教えるべき人なので、威嚇や暴力を使わないで、規範を教えるのはOKです。

しかし、いずれにしても子どもには、愛情を持って接してもらわなければなりません。

あとご夫婦の問題です。

話し合いで合意点が見出せる関係であるかどうか。

夫婦仲、夫婦の関係がどうであるか、子どもはしっかり見ています。

家庭がその子にとって居心地がいい場所であれば、外に出て非行をしません。

家族が本来の家族でないと感じると、外で友達と擬似家族をつくり、自分を理解してくれる人とつるんで、帰ってきません。

家を居心地よくする努力をしてください。

それが、「ALL OK 」です。

大変なときだと思います。

お母さん自身が心穏やかに過ごせず、心配や不安でいっぱいだろうと。

それでも、子どもを思う気持ちがあれば、その気持ちで接すれば、子どもに届くと思います。

頑張ってください。



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2008年02月05日

分析家の独り言 70 ( 育て直し ALL OK )

子どもの問題で悩まれて、母親教室に通い、分析を受けたあるクライアントAさん。

今はこれから自分が生きていくために必要だからと、インテグレーター養成講座で学んでいる。

初めて出会ったのは7~8年前。

その頃は悩みぬいて「もう死ぬ」と言っていた。

それでも、教室で 『ALL OK』の話を聞き、実践したAさん。

見事 『ALL OK』 してまる3年を過ぎるころから、子どもは変わっていった。

それまでは会話もなく、怒りまくっていたのが、ある日突然「一緒に買い物に行こう」と子どもが言い出した。

「お前は遅いから自転車で行け、おれは歩く」「寒いから、ジャンパー着ていけよ」と言った。

一緒にスーパーへ行って、あれこれ見ながら食材を買ったという。

Aさんが、「まさかこんな日が来るとは、思ってもいなかった」と言ったときの、満面の笑顔を思い出す。


昨日母親教室に初参加されたお母さんたち。

同じようなこどもの問題で悩んでいる。

当然 『ALL OK』 の話をして、なぜそうすることがいいことなのかを納得してもらい、実践できるように話をした。

まずは口にチャック。

子どもがどうであれ、いらないことは言わないで、子どもが何を言っているかしっかり聞くこと。

そして子どもに言われたこと(要求)には応える、言われないことはしない、わからないことは聞く。

「そんなわがままにしていいんですか」と言われる方もいるが、このお母さん方は言わなかった。

「自分のためではない、子どもの幸せのためならします」と言われた。

素晴らしい。

その気持ちがあれば大丈夫。

子どもはこれまで欠けていた愛情を受け、自分らしさをいかせる様になる。

今は会話がなくても、Aさんのように必ず親子の会話が楽しめるようになる。

今はどうしていいかわからず、先の見えない心配や不安で顔も曇り勝ちでも、必ず心から笑えるときが来る。



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2008年02月01日

インテグレーター養成講座(自己愛論Ⅱ)によせられたコメントに答えて その2

私のブログ、「インテグレーター養成講座(自己愛論Ⅱ 自己愛の構造)より 」に以下のようなコメントがよせられました。

<コメント>
3歳の子供の欲求に深い意味はないように思いますが、その要求をそのまま受け入れるのでなく、親の考えも伝え、話し合いによりどうするかの結論を出してもいいように思うのですが如何でしょうか?
最低半分の要求を受け入れた事になるし、妥協、相手の言い分の受容などの形成になると思うのですが、、、。
子供の意思をそのまま無条件で受け入れるのは、我侭な性格を作ってしまう事にならないでしょうか。

おそらく多く方が持たれる疑問、意見と思われますので、ここブログで答えたいと思います。

<解答>
まず、3歳の子どもの欲求には深い意味があます。

三つ子の魂百までと言うように、大変大事な時期です。

0歳から4歳までに人間の基礎となる精神ができあがります。(発達論を学べばわかりますが、ここではそこまで詳しく解説仕切れませんので悪しからず)

一例をあげるなら、分離・固体化の過程において、生後わずか6ヶ月で、自分と他者は違うと認識する基礎がつくられるのです。

それは適切に世話した場合の話です。

そうでない場合は、分離・固体化がなされず、自分の思っていることは他人も同じように思っているはずと思いこんでしまいます。

こういう人は大人でも結構います。

親の考えも伝え、話し合いにより結論を出すには、子どもの年齢が高く、かつ精神的発達がなされていないと、結局親の意見を通すことにもなりかねないと思います。

半分の要求を受け入れるのではなく、ALL OK つまり、すべて受け入れることが大事です。

妥協、相手の言い分の受容などができるようになるために、まず制限を与えるのではなく、全てを受け入れてから。

制限や我慢は親や人から教えられるものではなく、抑制する精神を自分で学びとることです。

与え続けられた人間は、「こんな私にでもここまでしてもらった、申し訳ない」という思いが出てきます。

この「申し訳ない、悪いな」と思う心が抑制する精神をつくります。

そうすると、どんどん要求が減ってきます。

親は財産をはたいてでも与え続け、子どもの要求に応え続ける、それくらいの気概でやらなければ、子どもが自ら我慢を学習することはでません。

これは、臨床上病んだ多くの子どもたちと、その子どもたちに対応した親御さんが実証してくれました。

『ALL OK 』による養育法は、全ての精神病理、異常行動等を正す養育法です。

しかし、これをいうと多くの方が、「そんな我がままな子にしていいんですか」と言われる。

私から言えば、子どもが自分の言いたいこと、要求を言えないことが問題で、ALL OK によって、積極的に世間でいう我がままにするのです。

これが、精神的に死んでた子どもを生き返らせることになります。

ですから「だまされたと思って、ALL OK を3年やってください」と言います。

これをやらないお母さん方からは散々文句を言われますが、実践してもらった方から文句を言われたことはありません。

私も正直娘たちに、ALL OK やりたくなかったです、というかできないと思いました。

自分自身が、主体性を抹殺され、欲望を我慢することがいいことと思い込まされ、我がままをいう自分を抑圧してきたために、欲望を出すことが怖かったのです。

適切な水路を持ち、そのつど欲望を放出していたならいいのですが、あまりに塞き止めてきたために、その欲望に自分が飲み込まれて、止まらなくなくなるのでないかと、どこかでわかっていたのでしょう。




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2007年07月08日

分析家の独り言 7 (認めて、誉めて、正しい関心を向けて)

クライアントの分析をしていてつくづく思う。本当の自分の意思を言えなくて、出せなくて、最後には動けなくなる。その典型がいわゆる「ひきこもり」の人達。
ひきこもるという現象にいたらなくても、自分に自信が持てなくて、意欲がなく能動的になれない。
本来その人が持っている可能性や、能力が発揮できず、もったいないなといつも思う。
好きでそうなったのではない。言ってしまえば、本人の意思や存在を認められず、いや無視され、尊重されなかったために、そうならざるを得なかった。
ならば、本当はどうしたかったのか、どう思ったのか、どう言いたかったのか、過去に遡って情動とともに語ること。
クライアントたちは心の中で叫んでいる。自分を認めて、受けいれて、愛してと。その心の叫びに共感し、理解し、寄り添っていく。分析者は鏡となって彼らの姿を映し出す。そうして本当の自分に気付いていくと、クライアントは自分で変容していく。
それには長い時間がかかる。不安や恐れや傷付きを抱えているクライアントとのラ・ポール(信頼)を築くのに多くの時間を費やすことになる。
いずれにせよ、承認と賞賛、まなざしと声とスキンシップが健康な精神を育てていくことは確かである。

2007年06月19日

分析家の独り言 3 (母親として娘に)

 日曜日、娘と買い物に出かけた。浴衣を見たいというのでみていたが、その途中娘が、「もうすぐ二十歳になる、そのお祝いに何か一生大事にするから、アクセサリーが欲しい」と。
 それも、ブランドもので、見た人がそれと判るような物がいいと。
 とにかく見に行こうと、デパートの中のブランドのお店をひやかしに。その中の一つ、シャネルのネックレスが気に入ったよう。店員さんの「着けてみられますか」の言葉に従って、着けてもらった娘。
 気に入ったようで、「これにする」と。その日財布の中に、へそくりといつもより少し多めに入れたお金があって、なんとか買うことが出来た。
 娘の嬉しそうな顔と、「ありがとう、大事にする」の言葉。
 自分のかばんに入れて帰るが、これは二十歳の誕生日まで預かっていてと言う。高価なものが簡単に手に入ると思いたくないからとか言って。
 私は「あんたがもっていればいいやん」と言った。
 結局、家に帰るとやっぱり自分で持っていると言い、何度もながめては着けてみたりしていた様子。
 娘の嬉しそうな顔を見て、私も喜べた。少し無理をしても買ってやってよかった。
 そしてふと思い出した。私がそろそろ結婚してくれと両親に言われ、いくつかお見合いをさせられていた二十歳代半ば頃。父が何を思ったのか、真珠のネックレスを買ってくれた。なぜ買ってくれたのかよくわからなかった。私が欲しいといったわけでもない。
 そろそろ嫁ぐ可能性が出てきた私に、これくらいのものはいるだろうとでも思ったのだろうか。
 確かに買ってもらって嬉しかったが、この日の娘のような喜び方ではなかった。それは子ども(私)の側から出た要求でないため。
 子どもの要求に応えた対応、それが ALL OK です。決して子どもをわがままにするものではありません。子どもが主体性を取り戻し、自己肯定感や好奇心を持ち、その子らしく生きていく道筋をつくる対応法です。

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