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2009年1月 アーカイブ

2009年1月 1日

コラム セラピー日記移行のお知らせ

2007年5月から2008年12月までの「天海有輝のセラピー日記」は、2009年より、インテグレーター名の改名にともない「宣照真理のセラピー日記」として、こちらに移行しました。

これまでの「天海有輝のセラピー日記」に引き続き、ラカン精神科学研究所の出張、各講座・教室の日程や、コラム分析家の独り言等を掲載していきます。


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天海有輝のセラピー日記

2009年1月 2日

新サイト『ラカン精神科学研究所 福岡支所』開設のお知らせ

新年明けましておめでとうございます。

インテグレーター名天海有輝改め、宣照真理として2009年よりここでまた分析家の独り言等を書いていきます。

読んでいただく方々の参考になり、精神分析を理解する一助となればと思います。

2009年のスタートに、新サイト『ラカン精神科学研究所 福岡支所』を作りました。

縁あって九州福岡に出張するようになって2年以上がたち、今後福岡をはじめ、九州の地に精神分析が知られ、ひろまっていけばと願います。


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2009年1月 4日

分析家の独り言 181 (年頭にあたり思う)

昨年末から久しぶりに風邪をひき、寝込むまでにはならなかったが、のどの痛みや咳に悩まされた。

クライアントは真剣に自分に向き合う覚悟で分析に来るのだから、仕事に穴は空けられない。

私の代わりをする人もいない。

この仕事を始めてからは特に、自分の体には気を使い、風邪などひかぬよう気をつけてきたのだが。

何を身体化したのかと考えた。

思い当たることがある。

それは、これからもう少し自分のなかで咀嚼し、しっかり意識化し行動化していく。

我が師は、分析家も生身の人間、全く身体化しないのもおかしいという。

確かに、身体化という身体の反応によって、また自分を振り返り考える機会となる。

それもまた良し。 

自分との戦いになりそうだ。

それによって、また一つ階段を上がることになるだろう。

そんなことを考えながら2009年の正月を迎えた。


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2009年1月 6日

福岡の講座・教室開催のお知らせ(平成21年1月)

1月福岡出張中(20,21,22日)に、インテグレーター養成講座と子育て相談室を下記のように開きます。

-インテグレーター養成講座- 
  日   時:1月21日(水) 13:00-16:00
  場   所:福岡市中央区天神界隈
  講座内容:自己愛論Ⅲ 自己愛の構造
  参 加 費 :10000円

 -子育て相談室-
  日   時:1月20日(火) 19:00-21:00
  場   所:福岡市中央区天神界隈
  参 加 費 :1000円
 
詳しいことは電話、メールにてお問い合わせください。

℡ 077-558-8766 または 050-3767-6283

携帯℡ 090-7357-4540

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp  ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)


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分析家の独り言 182 (私の生きる意味)

昨年末より、自分のなかで問いかけていたことがある。

自分の生きる意味である。

なんのために自分は生まれてきて、なんのために生きるのか。

自分の人生は生きるに値するのか。

この答えは、どこにもない、自分で意味づけるのみである。

私はこう意味づけた、「本当のこと、真理を知るために生まれ、生きていく」と。

そこに自分の存在意味を見出した。

分析家仲間の「分析をするために生まれてきた」という言葉を聞いて、自分のなかでくすぶっていたものが回り出した、「じゃあ、自分は何のために・・・?」

親は大人は、子どもである私に、ああだ、こうだといろんなことを語った。

親は自分が正しいと思うことを、子どもである私に押し付け、言うこと聞かなければ見捨てるぞと言った。

子どもながらに、それは違うだろうと思うことがあっても、親の言うことを聞かなければ、あの家には居られなった。

そうして嫌でも聞くしかなったことが、未だに私に影響を及ぼしていることがある。

そのことの一つ一つを検証しなおして、そのことの真否を、答えを出していく。

人は完璧ではない、間違うこともある。

代々受け継がれた間違いを、私の代で見直し訂正していき、本当のことは何か、真理は何かを求め続ける。

その基本となるものが分析理論、フロイトやラカンの説いた精神の構造であろう。

分析は生きることそのものだから。

自分で物事を考え、しかし人の意見も聞いて、最終的には自分で物事の善し悪しを判断できる、行動できる心の構造を私より後の子どもたちに残していきたい。

分析を続けてこられたのは、悪しき伝統は私の代で清算し、少しでも良いものを子どもたちに残したい、自分のような人間はもうつくりたくないという想いであった。

そのために、分析を通して自分を見つめ続け、自分を否定し殺し、生まれ変わる作業を積み重ねてきた。

それが今、私の生きる意味として結論づけられた。


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2009年1月 8日

今週のメッセージ(平成20年12月分)

オールOK!子育て法に掲載した、「今週のメッセージ」12月の過去ログです。

来年に向けて(平成20年12月31日)

今年4月にオールOK!子育て法のサイトをつくり、HPやブログ(天海有輝のセラピー日記)でも、子どもへの対応法オールOKを提唱してきた。
しかしまだまだ世間一般的には知られておらす、理解されることも難しいが、オールOK!子育て法をひろめ、子育ての常識となることを願い、語り続けていく所存です。

主体はどこに(平成20年12月24日)

親に本当のことが言えない、家族に心を開けない。
大事なことは親から直接聞かず、何かをするにも説明も、納得もない。
例えば、気が付けばピアノを習わされていた、習うことになっていた、というように。
嫌もおもなく、選択の余地がない。
これで人は自分の人生を歩いたといえるだろうか。
子どもの主体は誰にあるのか、と聞きたくなる。

不幸から幸せに(平成20年12月16日)

あるクライアントが言った。
「子ども時代が不幸であることは、その人の人生が不幸になる」
「自分の力でどうにもできない子ども時代が不幸であることが問題」
「幸せになりたかったら、自分の不幸と向き合い、自分を知ること」だと。

子どもを主に考える(平成20年12月11日)

オールOKを実践しているクライアントが言った。
「親の言うことは正しいが、それが子どもにとって必要なことかどうかはわからない」と。
正当性を主張することより、子どものために今何が必要か、何を言わんとしているのか、まずよく聴く事からはじめましょう。
(12月京都子育て相談室より)

母の恒常性(平成20年12月03日)

子どもにけなされても、文句を言われても、無視されても、母は子どもを思い、関心を向け続けること。
こちら側には訳がわからなくても、一時的に子どもの言動が悪くなったとみえても、ひたすら世話し続け、子どもに言われる通り動く。
母親は、自分が女中か、奴隷にでもなったかのような屈辱的な思いになることもある。
それでもまなざしを向け、声をかけ続けるこの母の恒常性が子どもとの間に基本的信頼を築く。
優しい良い母のイメージを、子どもの心の中に焼き付ける(内在化という)ことができる。
そうして、子どもは安定し、人と関わっていくことができる。

天海有輝(宣照真理)


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分析家の独り言 183 (松戸の3児死亡火災、母親は出火当時「実はパチンコ中」より)

以下ネットの記事を抜粋したものです
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1月7日22時35分配信 読売新聞 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090107-00000071-yom-soci

千葉県松戸市の常盤平団地4階で田之口舞さん(23)方が全焼し乳幼児3人が死亡した火災で、舞さんが出火当時の6日夕、パチンコ店に行っていたことが、松戸東署の調べでわかった。

 同署幹部によると、舞さんは当初、「午後3時半に家を出て、松戸市内の病院に行っていた」などと説明していたが、自宅近くのパチンコ店の防犯カメラに舞さんが映っていたことが判明。同署で改めて尋ねたところ、「6日は午前10時からパチンコに行き、午後2時40分に戻った。午後3時10分からまたパチンコに行ったが、言いたくなかった」と話した。家を出る際は、鍵を掛けていた。

 遺体で見つかった3人のうち、長男の翼(たすく)ちゃん(4)と長女の海美(うみ)ちゃん(6か月)の身元は確認された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

テレビのニュースでこの事件を見たとき、病院に行くにも生後6ヶ月の乳児を置いて行くのか、と疑問を持った。

4歳なら置いていっても良いかといえば、そうではない。

しかも病院ではなく、パチンコに行っていたという。

朝10時から午後2時40分までの約4時間半余りを、子ども三人だけにいておいたのかと驚いた。

午後2時40分に戻って、子どもたちにご飯を食べさせ、また3時10分からパチンコに出かけたということだが、子どもはご飯を食べさせておけば良いというものではない。

ご飯を食べさせれば、身体は何とか育つが、母親がそばいて愛着を持って世話をしないと、子どもの心は育たない。

クライアントの声にも、「分析を知るまでは、子どもは食べて、寝て、着させて、学校に行かせていれば育つものと思っていたが、そうではなかったんですね」というのを聞く。

私自身も、分析を知るまでは人間の心の発達に、親特に最初は母親がここまで大きな影響を及ぼすものとは思わなかった。

だからこそ、分析理論でいう発達論や心の構造を、せめてこれから親になる可能性のある人や、今親である人達に知ってもらいたいと切に思う。

無知であることの悲劇が多い。


ある症例を紹介する。

ハイハイから、やっと伝い立ちができるようになった生後1歳未満の乳児の母親は、夏の暑い日に子どもが寝ている間に買い物に出かけた。

すぐ帰るからと、クーラーをつけて、部屋を締め切り、玄関に続くドアも閉めた。

買い物を終えて急いで帰ってきたが、玄関で子どもの泣き声がする。

子どもは母が出かけた間に目が覚め、母を探したのだろう。

そしてまだ歩けないのに、必死でドアノブに手をかけ、小さな手でドアを開け玄関までたどり着き、母を求めて泣いていた。

母親は「ごめんね」と声をかけ、子どもを抱きしめたが、その後の半年間、子どもは家にいても、出かけるときも玄関に続くドアを閉めようとすると泣いて訴え、閉めさせなかったという。

たった1回でも、子どもの心に目覚めたときいるはずの母親がいなかったときの寂しさ、心細さの傷が残ったことの証であろう。

その後子どもを一人置いて買い物に行かないことと、子どもをできるだけ抱くようにしてもらったが、その心の傷を癒すのに、半年かかったということである。


この事件で亡くなった子ども達が、日常的に子ども達だけにされる時間があったのか、それともこのときたまたまだったのかそれはわからないが、どれほどの心の痛みを抱えていたかと思う。

こういう痛ましい事件が起こらないように、親は子育ての大切さと、子どもはどのようにして発達していくのか、そしてそのためにどう対応し世話することがいいのかを知って欲しい。

亡くなられた子どもさんのご冥福をお祈りします。


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2009年1月10日

分析家の独り言 184 (我慢も抑制も子ども自らが学ぶ)

母親は自分の理想を子どもに投影する。

子どもは母のまなざしの中に映った、母が想い描いたイメージを自分の像として受け取る。

本来自己像は、自分でつくるものである。

こういう自分になりたいと自分の象徴界(言語)をもってつくった自己像であるべきである。

3歳は3歳なりに言語をもっており、これが欲しいという自己像がある。

ところが、あれもこれもそれも欲しいと言うと、母は「どれか一つにしなさい」と言う。

すると、子どもは1個を選ぶ自分が、親が自分に求めた自己像であると覚り、不本意ながらそれを自己像にしなければいけない。

こうして、本当なら三つとも欲しいが、1個に限定する自己像としなければならなくなる。

そうでなければ自分を受け入れてもらえないため、3個を選ぶ自分は排除される。

本来は、「3個欲しい」と言って、母が「いいよ」と言ったときに、子どもの欲望と母の承認により一致し、「私は3個欲していいんだ」となる。

こうして、その欲求はOKですよと親に承認されることにより、子どもの健康な自己愛、自己肯定感をつくる。

これも親のオールOKによる。

ところが多く親は、子どもが欲求を断念し、我慢したことに「我慢して良い子ね」と褒め、要求を断念することで報酬が得られるメカニズムが子どもの中にできる。

それどころか、わがままだ、贅沢だと否定されたり、怒られることさえある。

そうして我慢強い子になっていく。

しかしこの我慢の行き先は、抑圧されて欲求・欲望を表現できず、出せなくなる。

全ての欲望は断念させられる。

このときこの子は「良い子ね」と言われるが、それは「あなたは死にました」ということと同じ意味である。

子どもが全ての欲望を断念したときから、親は子どもに「あれ買って」「これして」と言われなくなり、安心していられるため、喜ぶ。

それを分析のように、「欲望を断念することはよくないから、もっと欲望を出しなさい」というと、世間からは非難される。

子どもが欲望を断念することに賞賛を与えて、不健康な自己愛を子どものなかにつくる。

親が承認したもの=善、親が不承認したもの=悪であり、善悪のメカニズムが組織化されていく。

それら親の対応によってつくられる。

では、断念した欲望はどこにいくのか?

我々は多くの欲望を断念してきた。断念した分だけ「良い子だ」と言われ、欲望を出した分だけ「わがままだ」と言われた。

断念した欲望は、意識上、記憶としてはなくても、情動と共にいつまでも心の中、無意識下に残り、しまわれる。

そして断念した欲望の墓標とともに墓が立てられる。

これが(夢分析において)夢で、嬰児の死体、バラバラの物・身体、肉片、腐った野菜として出てくる。

欲望を断念することは=自分を殺すこと。自分を生かすことは=欲望を出すこと=わがままな人間になること。

このわがまま(世間ではこういわれる)な、自分を生かせる子どもにするためにオールOKをする。

これを知らないで皆、子どもを殺している。

理性も抑制も我慢することも子どもが自分で学習することである。

親から押し付けられたり、教えられるものではなく、抑制する精神を子どもが自分で学ぶのである。

与え続けられた人間は、「こんな私でも、親はここまでしてくれた、申し訳ない」という気持ちが発生する。

この「申し訳ない」、「悪いな」と思う心が抑制する心をつくる。

すると欲求がどんどん減ってくる。

親はそこまで子どもがいけるように、財産をはたいてでも与え続け、子どもの欲求に答え続ける。

それくらいの気概でやらないと、子ども自らが我慢や抑制を学習することはできない。


上記の文章はオールOK!子育て法のページ(終わりに)にも掲載しています

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2009年1月14日

分析家の独り言 185 (オールOKは子どもの好奇心を育てる)

あるクライアントの話。

お正月に息子たちがそれぞれ奥さんと子どもを連れて来た。

1歳過ぎの孫は、しばらくすると外に出たいと言った。

母親は外はすこし時雨れていて寒い、風邪をひくから、お家の中にいるように子どもに言う。

子どもは外に出たくて泣き出した。

クライアントは子どもが出たいと言うのだから、出てやればいいのにと思いながらも黙っていた。

ぐずりだした子どもに手を焼いて、それならもうそろそろ帰ろうということになった。

タクシーを呼んだが、正月のため、すぐには来ない。

クライアントは孫に「おばあちゃんと外で、タクシーが来るのを待とうか」と言って、孫の手を引いて外に出た。

途端に、孫の顔が変った。

家の前の砂利道を踏みしめて歩く孫。

これがしたかったのかとクライアントは思った。

そのうちに石を握って投げ、水溜りをわざと踏む。

なんと活き活きとした孫の顔。

子どもの言う通りにしたら、何でもないこととクライアントは言う。

その通りである。

風邪をひくから外に出てはいけませんと言った母親、実は母親が寒いのに子どもに付き合って外に出るのが嫌。

風邪をひかれて手がかかるのがまたもっと嫌ということではないか。

子どもの興味・関心をこういう形で無視していないか。

日常の何げないことだが、ありがちなこと。

私も我が娘が小さいころ、同じようなことをしていただろうと思うと、反省。

こうしてオールOKすると、子どもの好奇心や能動性を育てることになる。


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2009年1月15日

分析家の独り言 186 (荒れる子どもにオールOKをして)

思春期から非行に走り、荒れた息子にオールOKで対応したあるクライアントがいる、そのクライアントの話である。

その息子が20歳代後半になり、家庭を持っている。

家業を手伝い、父と一緒に仕事の現場をまわることも多い。

その仕事先で、仕事仲間に「どうしたらそんないい息子に育つのか」と、父は聞かれる。

父親は、息子が荒れて大変だったときのことを知らないその仕事仲間に「昔は大変やったんやで」と言う。

そう言われても、真面目に仕事をする今の息子しか知らない人には、想像も付かないのだろう。

父親に聞いても、「どうしたら、そんなにいい息子に育つのか」の答えが得られなかったその人は、今度息子に聞いてきたと言う。

「どうしたら、あんたみたいにいい息子に育つのか」と。

息子は「自分も昔はやんちゃして、親に迷惑もかけました」と答えた。

そのことを、家でクライアントに父親も息子も話した。

息子は母であるクライアントに、「お前がどう育てたか、聞いて欲しいやろ」と言った。

クライアントは「いい息子に育てたかったら、分析を受けて。と言っといて」と息子に言った。


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2009年1月16日

分析家の独り言 187 ( 1月京都子育て相談室より)

個人の分析を受けつつ、子どもへのオールOKを頑張っているクライアントの方々が参加された。

いつも言われるのだが、子育て相談室に来て、質問をし、話を聞くと「ああ、そうだ、またオールOKを頑張ろう」と思うが、家に帰って子どもを目の前にすると、できなかったり、迷いが出たりすると。

オールOKされていない私たち母親が、頭でオールOKを理解し、それをすることが子どもにとっていいことだとわかっていても、それがすぐ実践できるかというと、これが非常に難しい。

皆さんに『オールOK!子育て法』をお話ている私自身も、長年分析を受けても、理論を聞いてもなかなかできずに、悩んだものだった。

参加されたお母さんも、オールOK、しかも敏速かつ的確にだが、ついすぐに対応できなくて、家事や用事の手が止められないと言う。

どうせ対応するのなら、子どもが「やってもらってよかった、お母さんありがとう」と思えるように、言われたらすぐに反応することが大事。

時間を置いて対応すると、子どもにはしてもらったときの喜びや満足度が違う。

どうせやるなら、子どもが満足を感じられるように、効果のある対応をして欲しいと話す。

「わかっているんですが、それがなかなかできなくて」と言われる。
 
それもわかる、しかし心がけて、少しでもできるように努力してもらいたい。

その努力がいつか実を結び、自然に体が動き対応できるときが来る。

ローマは一日にして成らず。

オールOK(子育て)も一日にして成らずである。

日々子どもに接する中での疑問や、迷いを聞いて、またお母さん方に頑張っていただきたいと思い、子育て相談室を開いている。


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京都 子育て相談室(旧 母親教室)日程のお知らせ(平成21年2月)

日 時 : 2月6日(金) 10:30-12:30

場 所 : 京都府京都市 JR京都駅周辺  

参加費 : 1,000円(1回:2時間 完全予約制)

子どもさんの年齢に関係なく、子育てに関しQ&A方式で相談会を開催しています。

日常の些細な事から、不登校、ひきこもり、非行、神経症など何らかの悩み、問題に答えます。

興味関心のある方、参加希望の方は下記へご連絡ください。

電話:077-558-8766 または 050-3767-6283

携帯:090-7357-4540

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2009年1月18日

分析家の独り言 188 (オールOK失敗談)

年末から今年のお正月にかけて、久しぶりに風邪をひいてしまい、下の娘とお正月の三が日の間に三宮へ買い物にいくという約束が守れなかった。

早く風邪を治し、平日でも時間のとれる日をつくるからということで、1月9日に娘と出かけた。

神戸三宮は学生時代を過ごした懐かしいところだが、あれからもう30年近くが過ぎ、街の様子も変った。

娘が行きたいと言うところを回り、ランチを食べ、ハーバーランドへも足を伸ばした。

夕方6時過ぎ京都に戻り、娘にはお弁当を買って渡し、私はここから丸太町にある京都教育センターへいき、大文字(非行の親)の会に向かった。

大文字の会が終わったのが9時頃、それから大津の自宅に戻ったのが10時過ぎだった。

ご飯を食べる時間も無く、三宮へ買いものに行った続きで会合に出て、それなりに疲れて帰ってきた。

まずお風呂に入ろうと、お風呂のスイッチを入れて、お弁当を食べ終わった娘のそばに座った。

ここ1ヶ月前から、お風呂上りに娘の足に薬をぬって、さするということをしている。

両足に、蚊にさされたような赤い腫れができ、それがかゆくてかくと、皮膚が剥がれてかさぶたになる。

それが治っていくときに、色素沈着するのか茶色になって、それが多数あるため、足全体が茶色の斑点だらけとなる。

娘も私と同じ分析家に分析を受けているので、この足のことを話したところ、「優しく触れられたことがないんだね」と言われたと。

確かに、赤ちゃんのときには寝っぱなしの子で、それをいいことに放っておいた。

「可愛いね」といいながら、足をさすってやったことはなかっただろう。

そこで、薬を塗るとともに、優しくさすりましょうということをここ1ヶ月余り続けてきた。

ひどいのは足だが、手や腕、背中も少しかゆいと言うので、そこも薬を塗りつつさする。

それをすると20~30分ほどかかる。

娘に薬を塗らなければと思いながら、「今日ばかりは短めでいいやろ」と言った私の言葉が、娘には気に入らなかった。

私は、朝から仕事の都合をつけ娘に付き合い三宮まで出かけ、夜は仕事関係の会合に出た。

晩ご飯さえまだ食べていない。

こんな日くらいは、薬をぬってさすることも、少し短めでものいいだろうと思った、それで当たり前というか、普通。

ところが娘は全く違う思いでいた。

私の思いを主張すると、娘は「だから、あんたはだめなんや」

「薬をぬればいいとおもってるやろ」

「ただ薬をぬるだけなら、あんたになんか頼まない」

「この足を本気で治したい、それにはあんたがさすること。それが何にもわかってない」と、泣いて怒って訴えられた。

そうか、こんなにも人の思いは違うのかと思い知らされた。

私にとっては当たり前のことが、娘には全く通じない。

人は持っている辞書が違う=意味が違うため、同じ日本語を話しているから通じていると思っているが、それはどうも怪しい、そんなことをクライアントにも話してきていたが。

ラカンは人は誤解から始まると言うが、あらためてその通りだと思った。

自分の考えを訂正して、娘にあわすことか・・・辛いなと思いながらも、「悪かった」と謝って、「いつものように薬を塗ってさするから」と言った。

育ってくる過程で、主体性を奪われ精神的に殺され続けてきた私は、母親としてまだ自分を殺すことに、娘の立場に立って寄り添うことに抵抗があるようだ。

私もまだまだだなと思いつつ、こうして娘に鍛えられて、教えられるのかと苦笑。

自分を否定し、殺す(=自分の考えを改め、娘に寄り添う)ことによって、新しく生まれ変わり自分がまた成長していく。

自分を殺すこと=成長、と意味づけられると、自分が死ぬことが苦痛でなくなる。

自分を殺す辛さを、自分が成長する喜びに変えられるかどうかが勝負となる。


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2009年1月22日

分析家の独り言 189 (症状・生きにくさを薬に頼らない)

携帯サイトを見たと、福岡出張前に電話をもらった。

精神科を探しているということだったが、精神分析という治療法を簡単に説明した。

丁度、何日か後に福岡に出張することを伝えた。

出張の前の日にまた電話が入り、時間が合えば福岡で分析を受けたいという依頼だった。

時間・場所・料金を告げ、了解され、福岡で実際にお会いした。

ある症状と共に、人間関係等生きにくさを感じ、これを何とかしたいということだった。

同じような症状の知人がいて、精神科の薬を飲んでいるが、薬には頼りたくないと言われた。

私も多くの心の病が薬で治るとは思わない。

生きにくさや、神経症やうつなど、様々な心の病・悩みは、心の構造を明らかにして、無意識にせまり、根本的にみていくこと。

このクライアントは、自己分析し、おそらくこのあたりに原因があるのだろうと考え、手順よく養育史を語ってくれた。

これだけの養育史があれば、この症状や生き辛さは当然と思い、よくこの程度でいられ、現在社会適応していると感心した。

人に自分の過去を話したこともあるが、一般の人には受けいれらなかったと言う。

それは無理もない。

過ぎ去った昔のことを話したところで、「それがどうしたの」と言われるのがおちであろう。

その過去の話に耳を傾け、そのことに意味を見出し、それを語ることが大事などと言うのは、分析家以外にはない。

まだ日本の社会では、精神分析というものの認知度が低く、このクライアントのように悩みや、心の病を抱えながら、それをどこで、どうすれば治せるのかを知らないわかない人が多い。

クライアントの話を聞き、クライアントが生きやすくなるために、分析家(インテグレーター)はこれから社会的に要請されると考える。

今回のクライアントも、このままではいたくない、何とか症状も生き辛さも無くしたいと言い、分析に取り組むと言った。

生き辛さを解消し、クライアントの笑顔と幸せをともに味わいたい。


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2009年1月24日

福岡出張のお知らせ(平成21年2月)

毎月1回、福岡出張セラピーを行っています。

平成21年2月の福岡出張は以下の予定です。

日 時 : 2月17日(火)、18日(水)、19日(木)

場 所 : 地下鉄天神駅周辺(詳しいことは電話等にてお問い合わせください)

分析料 : 10000円 (プラス交通費2000円)

福岡近郊で分析を希望される方、おられましたらご連絡ください。

ひきこもり等により、外出が困難な場合は、お宅への出張セラピーを行います。

遠方への出張であるため、福岡でのクライアントの方には分析料プラス2000円の交通費の負担をお願いしています。


同時に、子育て相談室(旧名称 母親教室)・インテグレター養成講座も開いています。

興味・関心のある方、参加希望の方は下記へお問い合わせください。

℡ 077-558-8766 または 050-3767-6283

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月刊精神分析2009年01月号運命は名前で決まるもご覧ください

新刊『月刊精神分析』 発刊のお知らせ

若者に人気の「Webマガジン 月刊精神分析」の新刊が発売された。

2009年01月号では、惟能創理氏の「運命は名前で決まる 精神分析的観点による姓名判断」発行所:LAKAN精神分析研究所を徹底特集!

心理学・精神分析学の基礎知識。無意識やライフサイクル論を展開しながら、日本人の名前にまつわる抑圧された欲望=無意識を分析。

サイトではイラク拉致殺害された香田証生の名前を分析。

ぜひご覧下さいませ。

WebのURLはこちら。月刊精神分析2009年01月号運命は名前で決まる


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分析理論講座日程のお知らせ(平成21年2月)

平成21年2月は下記の日程で分析理論講座をひらきます。

京都府京都市 2月13日(金) JR京都駅周辺  1400-16:00    
 講座内容 : -無意識- 日常での無意識の表れ方  -心の誕生- 母子一体の赤ん坊
 「意識の背後にあるもう一つの意識が抑圧を打ち破って、行為化されたものと考えられる」テキストから一部抜粋)
 「心はどのように生まれ、成長していくのか。そもそも成長とか発達というものが存在しているのか。」(テキストから一部抜粋)


京都府京都市 2月16日(月) JR京都駅周辺  10:00-12:00
  講座内容 : -学童期と青年期の心の発達- 境界例の人格障害、発達課題
 「自我の脆弱性は感情と思考の未分化を招き、幼稚な感情を突出させたり、超自我の不全から正常な善悪の区別がつかず矛盾した行動を招く。」(テキストから一部抜粋)
 
費用:3,000円 (テキスト別途 1冊1,000円)

講座内容途中から一人でも参加いただけます。

独自のテキストをもとに症例などを入れながら、精神分析の理論をわかりやすく解説します。

子育てする上で、また人間を理解するために役立つ理論です。

子育て中の方、結婚前の方、男女を問わず知っておいて欲しいことがたくさんあります。

興味・関心のある方、参加希望の方は下記へご連絡ください。

電話:077-558-8766

携帯:090-7357-4540

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)。

子育て(日常の接し方・不登校・ひきこもり・非行など)の悩み、疑問等ご相談ください。

交通費負担で、出張セラピー・各理論講座・子育て相談室(子育てに関するQ&A)をしています。

開催場所:ラカン精神科学研究所(駐車場あり、滋賀県大津市唐崎、JR京都駅から20分)。

依頼があればクライアントの御自宅や最寄の駅周辺の施設(ホテルのロビー、ファミレス)等へ出張が可能です(交通費別途)。

現在、京阪神(京都市、大阪市、神戸市)福岡県福岡市(月1回3日間)等へ出張しております


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月刊精神分析2009年01月号運命は名前で決まるもご覧ください

京都府 青少年すこやかフォーラム 「脱ひきこもり その勇気、皆で支えよう」開催のお知らせ

下記のように、ひきこもりに関するフォーラムが開催されます。
ラカン精神科学研究所も京都府青少年の社会的ひきこもり支援ネットワークに参加しており、この日特設コーナーにて行われる「知って帰って!ひきこもり民間支援団体合同説明会・相談会」に参加します。

近年、ひきこもりやニートといった青少年が増加しているが、その要因は複合的で、その状態も一人ひとり様々である。最近では、不登校や発達障害との関連や、当事者の高年齢化等も指摘されており、行政機関や民間支援団体、家庭や地域が、個々単独の働きで解決に導くのは大変困難な社会問題である。
 そこで、一人ひとりの状況に応じて、社会全体で包括的に支援できるネットワークの充実に向けて、様々な立場の方々に、ひきこもりに対する理解と支援の情報提供、そして、連携による支援の重要性を訴えるため、本フォーラムを開催する。

日時 : 1月31日(土) 13:00-18:00
場所 : ウィングス京都

プログラム
 フォーラム 2階 イベントホール
 12:00 開場・受付
 13:00 開会あいさつ
 13:10 ひきこもり経験者による演劇 
 13:45 基調講演「ひきこもり~一歩の勇気」 山根 寛氏
 15:00 休憩
 15:10 パネルディスカッション「脱ひきこもり、その勇気皆で支えよう」
 16:30 きひこもり経験者によるギターライブ
 17:00 閉会

 特設コーナー 3階 京都市中京青少年活動センター大会議室
 17:00~18:00 知って帰って!ひきこもり民間支援団体合同説明会・相談会

申し込み・問い合わせ先
 FAX:075-414-4303  TEL:075-414-4301
 京都府府民生活部青少年課


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2009年1月26日

金谷氏今月のメッセージ (平成21年1月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

〔テーマ 言葉の力〕

人間は言葉を持っていない。理解できない状態で産み出される。
出産直後、自分の周りでは言葉が飛び交っている。「わーかわいいね」「お母さんに似てるかな」「いや、目元なんかお父さんそっくり!」等と勝手にしゃべっている。
しかし、語られている中心は赤ちゃんである自分なのに、そこには当の自分は参加していない。いや出来ない。人間は自分の事は他人が語り自分では語れないと言う証左である。
本人には、周りで語る言葉はただの「音」で、物と物がぶつかる音と同じなのである。
音と言葉が区別できなかったのが、ある時期が来ると雑音と言葉が違う事が分かってくる。繰り返し語りがかけてくる母の口から発せられるものが、規則を帯びた音である事に気付き、その規則性を模倣し、自らも発する。自分が聞こえたように「まーま」と発する。

それを聞いた母は「ママ」と言ったように聞こえしゃべったと思う。それが嬉しくて感喜の表現をする。赤ちゃんはその母の表現が何か分からないが、何か興味を示し、その表現がまた見たくて繰り返し発する。
その相互性により「言葉」を覚えていく。人間は母の模倣から認識能力の発達へ、母からだけはでなく、それ以外のものからも言葉を学ぶようになる。
そして喋れる様になれば、自らの中から湧き上がって来る思いを言葉にし始める。
しかし、そこには養育者や周りの人間に取って都合の悪い言葉だと、自分が良いと思っても却下されてしまう。その却下された意味が分からず、言葉を恐れ語る事をやめてしまう。
言葉は、他者から学ぶ事が身に付いてしまっている為、他者の語り方によってそれを学んでしまう。
例えば、両親が無口で語らなければ子供は静かで語らない子供になり、乱暴な言葉遣いをすれば、子供の言葉は汚くなる。また、間違った言葉を教えれば間違った言葉遣いになり、いい加減な言葉遣いをされれば、はっきりと明確な言葉遣いが出来なくなる。

精神分析を学び、インテグレーターになった事でよかったと思えることは、的確に、より短く人に伝える事が、出来るようになったことである。
「私は常識に捕われません」と言い切ったら
「それは貴方、いけないのではありませんか?」と必ず返ってくる。
「何故いけないのですか?」と問うと
「皆んなそうしているではありませんか」と返ってくる。
「皆んなとは、どなたの事ですか?どなたと同じ様にされているのですか?」と
問いかけた時点から「それは屁理屈でしょ」と怒る。
「へー、私が言っているのは屁理屈ですか?屁理屈とはおならの理屈と書くんですよね。」
相手は余計に意味が分からなくなり、
しかたなく「では常識とは何でしょうか?誰が作ったものですか?」と質問したら、
困惑し怒り出してその場から逃げ出してしまう。
私が言っているのが屁理屈ではなく、何処にどうしてあるのかわからない常識の方が屁のようではないのか。
我が恩師は、最初に私にこう言った。「言葉で説明出来ないものは何もありません。全て言葉で説明で来ます。」と。その通りで、20年間付き合っていますが私の質問に一度も答えてくれなかった事は無い。何時も明確な言語で納得いくように。
自らに問いかけて答えが出ないまま苦しんでいる人達が、その状態を「病」と錯覚して悩んでいる。私のクライアントとして來所される人達はこうした人達ばかりです。

言葉の持つ力で痛めつけられ、完膚なきまでに壊されてしまっている。
その言葉の持つ力を間違って使ったが故に、病んでしまっているならばその力を有効的に使えば良くなる。というのが、分析の考えである。
まさにその通りで、母親が正しい言語を使えば5歳にして的確な言語を使う。これがいつも感動する。大人が恥ずかしくなるほどである。
そこで言語表現のすばらしい例をあげてみたい。
一つは以前にここで述べたと思うが「石川遼君」である。過日スマップの番組に出演しメンバー5人の質問に17才の高校生とは思えないしっかりとしたコメントをし、スマップ全員が感心していた。
遼君の目標はタイガーウッズで、世界を相手にゴルフがしたいと言う夢をしっかり語っていた。中でも感心したのは彼は予選落ちをよくする。でもその事を聞かれた時、さぞがっかりして落ち込むのかと思いきやそうではなく、それが自分の実力だから当たりまえだと言う。

優勝は出来すぎで、それが当たり前だと思ってしまうと勘違いして傲慢になってしまうからと。すばらしい人間である。
もう一つは1月20日・アメリカの第44代大統領に就任したバラク・フセイン・オバマ氏である。黒人と言う人種の壁を乗り越えて、大統領にまで上り詰めた「アメリカンドリーム」を体現した。選挙運動では多くの名演説を繰り広げながら勝利した。その演説は故ケネディ大統領の再来かと言われたほどである。

彼は言う。「YES、We Can!」我々は出来る!
出来たらいいなあ・出来るかな?ではない。確定語「出来る」である。
言葉は人を殺してしまう事がある。しかし、言葉は人を生かし人を幸せにも出来るのである。

金谷精神療法研究所

所長  真理攫取


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2009年1月29日

分析家の独り言 190 (理論を知る、自分を知る)

あるクライアントが言う。

自分は仕事をし、税金も払い、立派に正しく生きていると思っていた。

しかし、子どもは問題を表した。

オールOKをし子どもがまともになって、分析理論を知りだすと、「自分はおかしかったのか」と思ったと言う。

自分は間違っていない、正しいと思っている限り、自分を振り返ったり、自己反省はない。

分析理論により、人間の発達とは本来どういう過程をたどるのか、心の構造はどのようになっているのかなどを知っていくと、自分のゆがみや、間違いを知ることになる。

「えっ、そうだったの」、「そんなの(例えば母による母性的世話)自分にはない」、「子どもにもしてきてないけど、自分もされてない」、「そしたら私は欠けてるってこと?」、などなど嫌でも考えさせられる。

「それを知ることは恐いが、それを知っていきたいとも思う」とクライアントは言う。

私もまず自分が分析を受け、分析理論を学んだ。

知らなかったことばかりで、これは生きていく上でも知らなければと思った。

クライアントのなかには、「理論を聞いて目からうろこが落ちた」と表現する人もいる。

まさにそんな感じがした。

だから、月2回インテグレーター養成講座を受けるために、新幹線で埼玉県の我が師のもとに3年間通えたのだろう。

そして今、同じようにインテグレーター(分析家)を目指す人や、分析理論を学びたいという人たちに、理論を伝えている。

いつも思う、この分析理論やオールOK!子育て法が、世間の常識当たり前のこととなって欲しい。

数学や英語もいいが、分析でいう発達論くらいは学校の授業に入れてもらいたいと切に願う。


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