荒れる息子にオールOKをし対応したあるクライアントの話。
その息子が最近家を建て、その引越しの最中に母であるクライアントに電話をかけてきた。
息子は、「変なこと聞くけど、おまえ(=クライアントのこと)何か怒ってることない?」と言った。
クライアントは「ない」と答えたが、息子は「いや、あるわ」と言う。
クライアントはそう言われ、一生懸命考えた。
あるといえば、家の電話やパソコンを置いている棚を買って、物を整理し納めたいとここずっと思っていたこと。
サイズを測り、これならいいと思う棚を通販で見つけ、夫に話したが反応がない。
今までなら夫にやいやい言って、なんらかの行動を起こしていたが、反応しない、動かない夫がどう動くのかみようと思った。
しかし、いっこうに夫は動く気配がなく、そのことにイライラはしていた。
このことを息子に話すと、「思うようにしたらええ」「そのことなら、知り合いの大工さんにもう話してあるし、おまえが気に入るようなのを作ってもらったらいいわ」と息子は言った。
クライアントは「そうか」と言って電話を切って、なんでまた息子は一番忙しいはずの引越しの最中に、私が怒っていることがないかなどと聞いてきたのだろうと思った。
いつもなら家の仕事を夫と一緒にしているので、1日に2~3度は家に寄り、顔をあわせていた息子。
ここしばらくは、息子は自分の家にかかりきりで、顔をみることもなかった。
その息子がいきなり、「変なこと聞くけど、おまえ何か怒ってることない?」と聞いてきた。
しかも棚を巡って夫とは話をしたが、息子にその事に付いて詳しく話したことはない。
クライアントは、自分のイライラや腹立ちを息子はわかっていたのか、見透かされていると思った。
そのとき、まるで息子がまだ自分のお腹の中にいるような感覚になった。
人の意識とはすごいもの、親子とはこうも以心伝心するものなのかと思ったと言う。
息子が非行で荒れ狂い、仕方なしに始めたオールOK。
次々と問題を起こす息子のことがわかない、理解できない。
その息子を理解したいと思うようになって、以前は話をしても、言って通じなった息子が、言わなくても母親のことがわかる息子になった。
子どもが親に反抗したり、荒れたりするのは、自分のことを理解してくれないことへの怒りの表現。
その子どもの裏には、自分を理解してほしい、受け入れてほしいがある。
それをわかろうとし、受け取り続けたとき、今度は子どもが親を受け取り始めるのかと思った。
親と子は、互いを写しあう鏡のよう。
親が「あんた、何考えてんの!」と子どもを非難すれば、子どもからは「ボケ、死ね」と返ってくる。
反対に親が「あんたは何が気に入らんの?何がしたいの?」と語りかければ、子どもから「おまえ何か怒ってることない?」と思いやりの言葉が返ってきた。
息子を見ていて、子どもが独立し家を出て行っても、人は永遠に自分を理解されたいと願うものなのだと思う。
その想いに応え、利害を持ち込まず、子どもをしっかり受け止められるのは母であり、その役割の大きさに驚く。
それがしっかりできたときから、子どもは母親に意識を向けるのか(気になるとは=そこに意識がいくこと)。
母親に受け取り続けられると子どもは成長していき、母親を理解しようとする気持ちが芽生えてくるのか。
オールOKすると、母親は与え続けるだけ、子どもに取られるばかりで損をすると思うかもしれないが、与えきったときにはこういう事になるのかと思った。
クライアントとその母との間にはできなかった親子の関係が、クライアントとその息子との間ではできた。
人は自分が満たされないと、人の欠点ばかりをみる。
自分が満たされると、人への思いやりがでてくる。
これを分析者は、無条件に与えられた人間は、今度は人に与えられる人間になると言ってきた。
クライアントは、「息子が私を思いやるのは、私が亡くなってからだと思っていたが、生きている間に私に意識を飛ばし、私を思いやるようになるとは思っていなかった」
「息子にオールOKするうちに、訳のわからない宇宙人のような、一時は死んでほしいとまで思った息子を好きになっていった。これほど人好きになったことはなかった」と言う。
子育ての中で、親が子どもに惚れ込むこと。
私はこの語りを聞いて、ただただ感動した。
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