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2009年5月 アーカイブ

2009年5月 1日

分析家の独り言 217 (虐待の連鎖を止める)

ここのところ、虐待による子どもの死亡事件が続く。

冷蔵庫に男児遺体「縛って箱に入れたら死んだ」http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090429-00000538-yom-sociという事件。

その少し前には、大阪西淀川小4女児遺棄事件http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090429/crm0904292249023-n1.htm

無力な子どもは自分のおかれている環境が劣悪であっても、自らの力で変えることも、逃げることさえ難しい。

泣き声がうるさいからと紐で縛られ、衣装ケースに入れられ死亡した男児。

子どもは泣くことでしか訴えようがなかったのだろう。

4歳であれば言葉が話せただろうが、言葉を発することと、それを正確に受け取って理解されることとは違う。

紐で縛られ、狭い衣装ケースに入れられたときの男児の気持ちは、どんなに心細かっただろうか。

大阪西淀川の事件では、ベランダに放置されたり叩かれることがあったという。

どちらのケースでも子どもは、もうこの親の元では自分は生きていけないと、自ら生きることをやめたのかもしれない。

クライアントの養育史を聞く中でも、家を閉め出され、外に放り出されたというのが多々ある。

親は一定の時間放りだ出し、またすぐに家に入れてやるのだからと軽い気持ちでいるかもしれないが、自分の力で生きていけない子どもにとっては、例えそれが短時間であっても、死の恐怖である。

親自身が子ども時代に、そのまた親から同じようjに虐待(叩かれる、家から閉め出される、縛られる、ご飯をたべさせてもらえない等々)を受け、それは辛いことのはずなのに、同じことを我が子に繰り返してしまう。

虐待、見捨て言葉や行為は子どもの心に大きな傷を残す。

それが癒されないまま親になった人は、その傷をまた次の世代である子どもに引き継がせてしまっている。

こうして不幸な連鎖は繰り返され、事件という形、子どもの死を持ってしか終結しないのか。

それではあまりにも人間は愚かな存在としかいいようがない。

自分を振り返り、自分を知っていくと、傷ついた悲しい自分が出てくるが、それをしっかり意識し自覚すれば、無意識にマイナスの言動を垂れ流すことを止められる。

この無意識を書き換え、負の連鎖を事件が起こる前にくい止めたいと願う。


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2009年5月 2日

福岡出張のお知らせ(平成21年5月)

毎月1回、福岡出張セラピーを行っています。

平成21年5月の出張は以下の予定です。

日 時 : 5月19日(火)、20日(水)、21(木)

場 所 : 地下鉄天神駅周辺(詳しいことは電話等にてお問い合わせください)

分析料 : 10000円 (プラス交通費2000円)

福岡近郊で分析を希望される方、おられましたらご連絡ください。

ひきこもり等により、外出が困難な場合は、お宅への出張セラピーを行います。

遠方への出張であるため、福岡でのクライアントの方には分析料プラス2000円の交通費の負担をお願いしています。


同時に、子育て相談室インテグレター養成講座も開いています。

興味・関心のある方、参加希望の方は下記へお問い合わせください。

℡ 077-558-8766 または 050-3767-6283

携帯℡ 090-7357-4540

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策


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2009年5月 5日

今週のメッセージ(平成21年4月分)

オールOK!子育て法に掲載した、「今週のメッセージ」4月の過去ログです。

嘘をつく(平成21年04月25日)

親や大人は、子どもが嘘をつくと怒る。
しかし子どもは、嘘をつくことで自分を守るしかない。
どんな自分も受け入れられるなら、子どもは嘘をつく必要はない。
なかには、「本当のことを言えば怒らないから」と言って、子どもが本当のことを言うと「ほら、やっぱり嘘をついた」と怒る親がいる。
子どもを責め立てるのではなく、子どもの嘘にだまされてやることも必要なときがある。

子どものペースにあわせる(平成21年04月15日)

親は日常のなかで、忙しく過ごす。
まして母親は仕事をもっていればなおさらである。
その中で、親のペースに子どもをあわさせていく。
しかし本来は子どものペースに母親があわせることである。
それによって、子どもは自分を出し、言いたいことを言い、受け入れられていくことで自信や自己肯定、母との信頼を築き、自我を育てていける。
そういうことが今の時代では難しくなってきている。

安心を与える(平成21年04月08日)

あるクライアントが言う。
以前は善悪で物事を進めていた。
親は自分の物差しにあわないと不安だったり、否定したくなるのはわかる。
しかしオールOKするうち、それをしなくなった。
子どもは何を思って、このことを言っているのかを聞き取るようにした。
どんな自分も受け入れてくれる人(母)がいる。
これで子どもは安心して生きられる。
人(子ども)の想いを受け取り、理解する事が生きていく中で一番難しいことかもしれない。

成長(平成21年04月03日)

子どもにオールOKしていくと、子どもは変化し成長していく。
人間はいくつになっても、精神は成長し続けられる。
親が成長し続ければ、子どももその親をみて、関わっていくうち成長できる。
反対に、分析などで自分を知ることなしに、子どもが親を越えることはできない。
一般的には、親の自我を越える自我を子どもが持つことはできない。
本当の親孝行とは、親を越えて成長することである。


天海有輝(宣照真理)

過去の今週のメッセージは、宣照真理のセラピー日記
天海有輝のセラピー日記 分析家の独り言に掲載しています。

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2009年5月 6日

分析家の独り言 218 (母を超え、更に進む私の人生)

数年前になるだろうか。

娘が投げた鍵が、書院作りの床の間のすりガラスに当たり割れた。

確か寒い時期だったの、すぐにもガラスを入れないと、それでなくても隙間風の入る日本家屋であるため寒かった。

当時娘は社会人だった。

娘が投げた鍵が当たり割れたので、ガラス代は払ってくれるのかなと思っていた。

しかし、いっこうに払ってくれる様子がない。

こちらから請求しようかとも思ったが、娘が言い出さない限り、こちらからは何も言うまいと決めた。

そのことを、実家の母に何気なく話した。

母は、「何でガラスを割った本人に払わせないのか」と言った。

私は、「払う気があれば自分から言ってくる。言わないということは払う意思がないということだから、私が払っておけばいい。それだけのこと」と答えた。

そのとき母から出た言葉に私は驚いた。

「優しいお母さんやな。私の母もそんな母だったらよかったのに」と。

母の口から、母の母(私からいう祖母)は恐い人だったと聞いていた。

この母の言葉を聴いた瞬間、私は母を確かに超えたと思った。

と同時に、母もまた傷ついて育ったことが様々あったのだと。

子どもころはいろんな意味で、母親は大きな存在であった。

普通女児は自分の母のような女性に、母親になりたいと思い、母に同一化し、真似ていくのだが、残念ながら私は、母のような母にはなりたくないと思って育った。

その母を確かに超えたと思えたとき、これでマイナスの世代連鎖を一つ切れたと感じた。

母を超えるだけではまだまだ、真の母性を持った人間になること。

まだ私の無意識のなかに、母の亡霊が巣を作っている部分があるだろう。

そこに徹底的に光を当て、母の呪縛から解き放たれることが、私が私を生きることになる。

インテグレーター養成講座のテキストの一説に、「人は言語により親の信念や行動を引き継いでいく。それに対して何の疑問のなく行動する限りにおいて、それは催眠にかかったか暗示に基づいた行動になってしまう。すなわち暗示は、信念や行動に対する申し出を完全な自己決定が不在のまま受け入れることである。」とある。

この言葉が身にしみる。

私は私の意志と主体性で、私の人生を生き抜こう。


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月刊精神分析2009年01月号運命は名前で決まる

2009年5月 8日

京都 子育て相談室(旧 母親教室)日程のお知らせ(平成21年6月)

日 時 : 6月3日(水) 10:30-12:30

場 所 : 京都府京都市 JR京都駅周辺  

参加費 : 1,000円(1回:2時間 完全予約制)

子どもさんの年齢に関係なく、子育てに関しQ&A方式で相談会を開催しています。

日常の些細な事から、不登校、ひきこもり、非行、神経症など何らかの悩み、問題に答えます。

興味関心のある方、参加希望の方は下記へご連絡ください。

電話:077-558-8766 または 050-3767-6283

携帯:090-7357-4540

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)。


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2009年5月11日

分析家の独り言 219 (心を育てる)

クライアントAさんが、歯医者に行ったときのこと。

診察を待つ間に、そばにいた母親と、4歳くらいの女子がいた。

女の子は、待合室にある絵本を母親のところに持ってきて、「読んで」という。

その母親は、大人が聞いていてもわからないくらの早口で、絵本を読み上げた。

女の子は、次々絵本を持ってくるが、母親は同じように早口で読み上げ、そばで聞いていても何を言っているかわからない。

Aさんは「それ、日本語ちがうで」と思った。

母親は、週刊誌が読みたかったらしく、早口で絵本を読み上げては、週刊誌を読んだ。

このとき、Aさんは「あんた、そんなことしてたら私みたいになるで」

「この子が思春期になったとき、きっと暴れだすか、ひきこもるか・・・」と思ったという。

Aさんも、分析を知るまでは、子どもは食べさせて、着させて、寝させて、学校に行かせてたら育つと思っていた。

私は真面目に一生懸命仕事も、家事も、子育てもしたのに、何で子どもが荒れるのかと思った。

多くのクライアントが同じことを言う。

子どもに食べさせて、着させて、寝させて・・・は親が子どもにする最低限、基本的なこと。

この母親には、子どもの顔をみながら、子どもにもわかる速さと口調で、子どもの反応を見ながら、共にというのが無い。

子どもにせがまれるから、仕方なく読んだというだけ。

これでは、子どもの心、情緒が育たない。

Aさんも今になってそのことがわかるという。

粗雑に、いい加減に扱われた子は、自分も人も粗雑に扱い、大事にしない。

大切に、丁寧に扱われれば、自分も人も大切にする、当然のことである。

成長する過程で、どう接しられ、どう扱われ、何を経験したかで人は心の中に良いものと悪しきものを蓄積する。

ならば当然、良いものを子どもの心に積み上げていくことである。

しっかり反応され、聴きいれられ、適切な関心と世話をされ、大切に、愛され・・・それらを一言でいったのが、子どもへの『オールOK』である。


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2009年5月12日

5月京都 分析理論講座より(報告と追加のお知らせ)

昨日5月11日(月)京都にて、分析理論講座を開いた。

親自身または、子どもさんが分析を受けている方、理論を学びたいと来られる方、様々であるが、分析理論を解説しながらオールOKなどの対応法を話す。

ただ一口に「オールOKしてください」といっても、なかなか真意が伝わらない。

ましてや世間一般に訴えても、「オールOK」の言葉だけが一人歩きしてしまい、拒否され否定されるのがおちであろう。

理論からなぜ「オールOK」することが子どもの健康な自我をつくることになるのか、その結果不登校・ひきこもり、非行、わわゆる精神疾患等が治っていくのかを納得してもらって、実践してもらいたい。

理論講座に参加された親御さんたちからも、「オールOK,難しいですね」「もっと簡単に考えていたけど、奥が深い」等といわれる。

しかし、実行してもらうと子どもの様子が少しずつ変わってくるのを感じてもらえる。

また、子どもさんの様子や言動を聞くと、お母さんが迷いながらも、失敗しながらも努力してなんとかオールOKしていることがわかる。

「今朝も失敗してしまいまいた」といって、子どもさんとのやりとりを報告される。

質問に答えながら、子どもの言動と意味を理解してもらい、できるだけ失敗しないで常にオールOK対応してもらえるようにアドバイスする。

理論・理屈から、納得してもらうこともまた大事なことと思う。

理論講座参加のクライアントさんたちの要望に応え、5月はもう一度分析理論講座を開くことにした。

私も、学びたい知りたいという方には出来るだけ応えたい。


5月京都分析理論講座追加日程のお知らせ

平成21年5月は下記の日程で分析理論講座を追加しひらきます。

日時 : 5月27日(水) 10:00-12:00
場所 : JR京都駅周辺
費用 : 3,000円 (テキスト別途 1冊1,000円)
 
講座内容 : 『心の発達』 -口唇期の心の発達- 世界内存在としての人間
 「日とはこの世に生み出せれたその瞬間から人になるのではない。長い長い他者の世話と教育によって、世界と関わり方を身につけてく、・・・」(テキストから一部抜粋)
 
講座内容途中から一人でも参加いただけます。

独自のテキストをもとに症例などを入れながら、精神分析の理論をわかりやすく解説します。

子育てする上で、また人間を理解するために役立つ理論です。

子育て中の方、結婚前の方、男女を問わず知っておいて欲しいことがたくさんあります。

興味・関心のある方、参加希望の方は下記へご連絡ください。

電話:077-558-8766

携帯:090-7357-4540

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2009年5月13日

新サイト 『月刊精神分析』 2009年4月号発刊のお知らせ

- 特集  なぜ分析で病が治るのか -

今回は、読者の方から寄せられた質問「なぜ、精神分析(対話療法)で心の病が治るのか?」をもとに構成しました。

無意識について、編集者Aさんと私(宣照真理)の具体例を挙げ解説しています。

甘えを抑圧して、甘えなど無いことにしていた私が、分析によって甘えを言語化・意識化していき、現実生活での変化をもたらした(無意識の意識化)というようにです。

月刊精神分析2009年4月号 (こちらをご覧ください)

<目次>

1、ご挨拶
2、無意識とコンプレックス
3、無視識の形成
4、無意識の意識化
5、無意識の書き換え
6、養育史
7、統合・構成・・インテグレーと
8、終わりに
9、分析家ネットワーク


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月刊精神分析2008年11月号 私と精神分析 もご覧ください

月刊精神分析2008年12月号 心の栄養学講

月刊精神分析2009年01月号 運命は名前で決まる

月刊精神分析2009年02月号私と精神分析 2

月刊精神分析2009年03月号随筆 精神分析

月刊精神分析2009年4月号 なぜ分析で病が治るのか

2009年5月16日

分析家の独り言 220 (オールOKの末に見えたもの:その2「人間とは何か」)

(以下の文章は、クライアントの了解を得て掲載しています)

分析を知ると、それまで何も知らなかった自分を知る。

人間として、親として、母として、父として、男として、女として。

本来知らなければいけなかったことがどれだけあるのか?

無知であった自分と向き合えるのか?


以前は、一般の人は自分より恵まれていて、幸せそうに見えた。

それでも仕方がない、問題は目の前の荒れる息子。

この息子を変えるためにやるしかないと思ったから、オールOKできたのだろう。

荒れる息子にオールOKを始めた頃は、自分が死ぬまでに息子がまともになってくれたらいいと思った。

思っていたより短い期間でそれができて、自分の歪み足りなさを知り、今度はそれと向き合わざるをえなくなった。

起こるべくして起こった子どもの問題であり、自分のなかに想像もしなかったことがあった。

それでも、何でこんな人生を生きなければいけなかったのかがわかって良かったと言うクライアント。

ここまできて自分をみたとき、不幸でもなんでもない。
 
これだけの期間で人(息子を含めて)を理解できるようになったのはすごいこと。

自分が今生まれた人みたいで、こんな感覚になったことがない。

慣れてないと同時に、以前の自分が思い出せない、「私って、前はこういうときどう思ったんやろう・・・?」と思うことがよくある。

迷路をでたら、あんなに苦しい生き方をしなくてよくなっていた。

あれが本当に人の生き方か? いや、親が自分に求め言い続けた生き方だった。

それを跳ね除けて生きてきたつもりが、結局親に捕まって、からめとられた人生を生きた。

今見ている景色が以前とは違う、なんと自由。

前と比べると幸せだが、人としてここで止まっていいのか。

本当の人間とは何か、を目指さないといけないのではないか。

必要に迫られてやったこと(=オールOK)とは言え、まさかこんなところに出て来るとは思わなかったと言う。

分析は、人間とは何か?生きるとは?男とは?女とは?と問いかけ、それに自分なりの答えを出していくこと。

この問いかけを自らする人が健康な人であり、この問いかけが本人の意思ではなく、突然外からやってくるのが病理(分裂病)である。

クライアントは、息子が多額のお金を要求し、暴言を吐き、暴れるというあの悲惨な状況のなか、誰も血を流すことなく終われたことが奇跡だったと言った。

一般には奇跡と思われることが、理論的に説明できるところがまた分析のすごさだと私は感じる。


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月刊精神分析2009年4月号 なぜ分析で病が治るのか

2009年5月24日

分析家の独り言 221 (甘えと依存:子どものやる気を育てる)

子ども時代とは依存と甘えの時代であり、これをいかにして脱し自立した大人になっていくかが人間の大きなテーマの一つであろう。

いつも言うが、精神の年齢と肉体の年齢は一致しないため、成人である二十歳をはるかに超えた年齢であっても、心は赤ちゃんというのはいくらでもいる。

いわゆるアダルトチルドレン、いやアダルトベイビーである。

子どもに充分甘えさせ依存させてやる=オールOKすることで、子どもは満足し、自我をつくっていく。

そうするといかに子どもとはいえ、いつまでも「お母さんあれして、これして」とは言わなくなる。

心身の発達と共に、自分で出来ることは自分でやってみたい。

そしてうまくい出来たことが自分の自信や、自尊心になる。

うまくいかなかったなら、どうすればいいかを考え、努力や工夫をする。

この思考錯誤を繰り返しつつ、子どもは成長していく。

その最初が、2~3歳のころの第一反抗期とよばれるもの。

それまで着替えや身の回りのことは母がしてくれ、母の手を借りていたが、この頃になると「ぼく(わたし)自分でやる」と言い出し、おぼつかない小さな手で、服のボタンを留めたり外したりする。

それを親は見守り、出来たことを褒める。

それがまた子どもの好奇心とやる気を生み、新しいことに挑戦していく。

それを「ほらみてごらん、お母さんがやってあげるっていったのに、自分でするって言ってもできないでしょ」などと言って、子どものやる気をつぶしてしまってはいないだろうか。


年齢的には大人になっても、私も甘えたい、依存したい人だった。

振り返れば36歳、二児の母で分析を受け始めた頃もである。

私が自分で、甘えと依存を抜けたと思えたときがあった。

親は何を思ったか、突然「車を買ってやろう」と言い出した。

車に乗れる経済的余裕がないことを不憫に思う、親心のつもりだったのか。

「ガソリン代もお父さんに持ってもらってあげるから」と母が言った。

即座に私は断った、「今、車はいらない」と。

以前の私なら、ラッキーと思いそれならと親に車を買ってもらっただろう。

しかしこのとき、自分の力で買えるようになったとき車が必要なら自分の甲斐性で買おうと思った。

今親に買ってもらっても嬉しくとも何ともない、と。

かえって親に車を買ってもらうことが、自分には恥と感じた。

私には私の理想自我(なりたい自分)がある。

それは親に車を買ってもらう私ではなく、車が必要かどうか自分で判断し、必要であれば自分で買うことのできる経済力を持った私になることである。

こう思ったときが、遅ればせながら、ああ私もやっと大人になったなあと思った瞬間であった。

子どもも同じで、与え続け自我が育てば、与えられることより自分で出来ることの喜びを知り、自分で何かを得るためにはどうすればいいかを考え、自ら動き出す。

親はそういう子どもに育てること。

そうすれば、安心して子離れ出来る。

それまでに、人間のこどもは長い長い甘えと依存の時期を送る。

この子ども時代を適切に対応していく親の賢さが必要である。


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2009年5月26日

分析家の独り言 222 (子どもに残す心の財産)

あるクライアントが言う。

自分は正しい、真面目に一生懸命生きてきた。

ところが、息子が荒れた。なんで?

いろんなところへ足を運んだが、これというものに出会えず行き着いたのがオールOKだった。

オールOKするということは、ある意味子どもの無理をきくことである。

その要求が正しいとか正しくないとか言っていたのではオールOKはできない。

クライアントは、暴れて多額のお金を要求する息子を正しいとは言えない。

しかし、それを要求されたら応えるしかないと思い、お金を出した。

それまで、物事を判断する基準は正しいか正しくないかだった。

正しくないと思ったことには、とことん異議を唱えた。

そのクライアントがオールOKをするには、まずこの正誤の基準を外さなければならなかった。

そうしてオールOKし気が付けば、自分を殺して(自分の考えや価値を否定して)でも人(子ども)を生かし続けることが大事だと気が付いた。

オールOKは子どもをわがままにするなどというレベルの話しではなく、オールOKする親の自分との戦いである。

親自身が自分と親との関係、養育状況にまで溯り、自分を見つめなおすことになる。

そこには惨めな自分、汚い自分、悲しい自分、かわいそうな自分、怒りを抱えた自分など、見たくない自分が浮かび上がる。

オールOKは、それから逃げないで向き合える人のみが越えられる壁のように思う。

この先には、子どものとの良好な関係と、親子共々の成長がある。

親として子どもとの信頼・絆・親密さを築けることは、この上ない幸せであろう。

こうして育った子どもは、人と信頼・絆・親密さを築いていける。

親は子どもに、お金では得られない心の財産を伝えたことになる。


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2009年5月27日

福岡出張のお知らせ(平成21年6月)

毎月1回、福岡出張セラピーを行っています。

平成21年6月の出張は以下の予定です。

日 時 : 6月25日(木)、26日(金)、27(土)

場 所 : 地下鉄天神駅周辺(詳しいことは電話等にてお問い合わせください)

分析料 : 10000円 (プラス交通費2000円)

福岡近郊で分析を希望される方、おられましたらご連絡ください。

ひきこもり等により、外出が困難な場合は、お宅への出張セラピーを行います。

遠方への出張であるため、福岡でのクライアントの方には分析料プラス2000円の交通費の負担をお願いしています。


同時に、子育て相談室、インテグレター養成講座も開いています。

興味・関心のある方、参加希望の方は下記へお問い合わせください。

℡ 077-558-8766 または 050-3767-6283

携帯℡ 090-7357-4540

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金谷氏今月のメッセージ (平成21年5月)

(以下は分析家仲間の金谷氏のHPにある金谷氏の今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)
  テーマ「一輪車」   
 当研究所は「育てなおし」の理論で子育てを修正して頂いています。
育てなおしは、子供を育てなおす事はもちろんの事、「母親の育てなおし」が、本当の主旨です。
 理論どおり育てれば、”どうなるだろうか?”と思っていたが、ある姉妹を持つお母さんと出会えた。
その三女・Kちゃんが、胎教から理論どおり育ててくれました。紆余曲折ありましたが、概ね理論どおりに育ちました。
今回お母さんから、Kちゃんが小学校2年生になった、その春休みに「一輪車」に挑戦した事を、自らの心境と共にまとめた手記をみせて頂きました。
 Kちゃんは、今年の書初めに『新しいことに、いっぱいチャレンジするよ』と書きました。
その言葉通り『一輪車』にチャレンジしたのです。
 Kちゃんは「春休み中に一輪車に乗れる様になるぞ!」と宣言
まず、一輪車の椅子に乗る事から初めなければならない。
お母さんは、「手すりにつかまってやれば」とアドバイス。
全面支援で、椅子に座れた。が、その瞬間クルンっと一輪車は吹っ飛んでしまう。(+o+)
それも補助をしているお母さんの足に当たる。〔内心痛くてガマンするが、腹が立っている<`ヘ´>〕
お母さんは、「昔の私ならもうこの時点で付き合っていなかった」と・・・・・・・・・・
とにかく、前に進む事よりもバランスよく座る事に集中した。
お母さんは、Kちゃん一人で無理なので、タイヤを足で止めてKちゃんを引っ張りあげるようにした。
・・・・心中は、日焼けは困るし疲れるぅー・・・・と思っていた。
ふと、真ん中のお姉ちゃんのTちゃんの事を思い出した。年中の時にスイスイ乗っていたなあ。
Tちゃんの事を告げたが、まったく反応せず、関係ないとばかり一輪車に集中!
Kちゃんは、人は人・自分には関係ないと分ける事が出来る、その強さに感動する。

 しかし、やってもやっても乗れない、いらだちをお母さんにぶつける「ママのやり方が悪いから」
「ママがこうしてくれないから」最後は「ママが全部悪い」と丸投げしてくる。
お母さんも腹が立って・・・勝手にしろ!と放り出したくなる気持ちをなんとか抑えて・・・・・・
・・・・・乗れなくて辛いんだ。悔しさをこういう形でしか表現出来ないんだ。・・・・・・と理解し受け止めてやろうと決める。
何とか手すりにつかまりながら前に進む事が出来るようになった。が、クルンっと一輪車が飛んでしまう。
タイヤがお母さんに当たってしまうと「あっごめん」とあやまるKちゃんに、最初にキレなかって良かった・・・・
お母さんはホッとする。
少しの時間でもあれば練習し、空中乗りが出来るようになったその姿を見た時”やる気”を感じた。
 Tお姉さんに色々なワザを見せてもらう。バックでスイスイ動くその姿を憧れ目線で見るKちゃん、Tちゃんの様になろうとKちゃんとお母さんは誓う。
その後手すりにつかまりながら前に進む事が出来る様になった。Tちゃんの何かを学んだのか、雨が降っても関係なく練習に励むKちゃん、お母さんも濡れながら付き合う。
 Tちゃんの時はこんなに付き合わなかった。何もしてあげてないのにあんなに上手に乗れている。
申し訳なさと反省で落ち込む。
手すりにつかまりながら、何とか行ける様になったがここからが大変だった。今度はお母さんを手すり代わりにするから手を貸してくれと言いだした。手すり代わりになると言う事は、手すりと同様にしなければならない。
 手すりはある程度の長さがあるが人間はいわば永遠なので、Kちゃんが動く限りずーっと一緒に歩かなければいけないのである。その上、上手く乗れるように補助もしなければならない。
案の定「ママはなんで人の前へ前へ行こうとするの」とキレまくる。
手すりはどこへやら。お母さんの手ばかり。母は支えてあげようと思っているのに上手く行かず、Kちゃんのバランスを崩させてしまう。そうしていると今度は、「何で後ろに後ろにいるの!」と怒られる。
Kちゃんは「こけそうになったら受け止められる位置にいろ!」・・・・・・・・・口では簡単に言うが、実際はとても難しい。
 ある時「一瞬だけ乗れたんだ!」と報告に来た。お母さんは、ひょっとしたら乗れるのではと言う予感がした。
ふっとKちゃんが言ってた言葉を思い出した。「春休み中に・・・・・・」と宣言してた事を。
Kちゃんの望みを・・・叶えてやろうと本気になった。
何度も自分が転びそうになったら、つかめる位置にいてくれと頼まれる。これが非常に難しい。
前に行き過ぎてもダメ、後ろにいても遅れてダメ、近づき過ぎるとぶつかり、離れすぎると倒れる。
お母さんは、子供と「一致」しなければ乗れないんだと悟った。
 その苦労の甲斐があって、ある日Kちゃんが「乗れた!」「ヤッタァー!」と。 大喜びで「見て、見て~!」の連発!一輪車が」楽しくて楽しくてしかたがない。がまだ終わらない。
「Kちゃんが乗るとこみてーなぁ~」と得意げに言う。乗れたと思い目を逸らしたら、「ママ見てなかったやろ!」
と怒られる。次にはKちゃんが乗ってる所を後ろから「見てるよ」といってくれと言う。
 お母さんはあまりにも嬉しくて「見てるよ」と共に「すごい上手、かっこいい、乗れてる乗れてる」と言うと・・・・・
「見てるよだけでいいのに、余計な事を言われるとうるさくてこけそうになる」と怒られた。
 又ある日、Kちゃんが帰って来て嬉しい言葉を言ってくれたおばあちゃんがいたと言う。
その老婆は「ここまで乗れる様になるにはすごく大変だったろうね。上手だね。頑張ったねエ」と言って通り過ぎたらしい。この言葉が自信になった様である。
一輪車でもっと遠くまで行こうと・・・・お母さんと二人で旅気分で行った。その余裕ぶりにさらに成長を感じた。
 この手記を読みながら、胎教から育てる事の大変さ、その日々迷いながら進んできた母の苦労が走馬灯に様に蘇ってきた。
この一輪車で学んだ事の一番は、子供が目的を言葉にする。
それが出来れば母はその言葉を信じ、共に目的に向かって全面支援をする。ただ言葉で頑張れと言うだけではダメである。どうすれば出来るようになるかを考える。子供がぶつけてくる言葉を全部受け止めてやる。焦らせない、あきらめない、母の思い通りにしない、程よい距離を保ちながら子供について行く。
子供が自信を持って何事も出来るように成るのは、母親の「全面支援」である事が立証された出来事である。
Kちゃんに「よく頑張りました」と同時に、お母さんのすばらしい子育てに「ご苦労様」と言いたい。

所長  真理攫取

金谷精神療法研究所

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2009年5月29日

分析家の独り言 223 (母の存在の大きさ)

子どもの不登校・ひきこもり・非行等の問題で当ラカン精神科学研究所に来られる。

その最初に来られるのは、親である場合が多い。

例えば非行で走り回っている子どもが、そんな自分をなんとかしたいと来ることはまずない。

親が来ているうちに、後から子どもが来ることはあるが。

それに比べてひきこもりの場合は、ホームページや各サイトを見たと、ひきこもり本人が来ることもある。

取り組み方は人それぞれで、子どもに対応(オールOK)する親が分析を受けるケース、子どもが受けるケース、親・子両方が受けるケース、あと各講座や相談室に通われて子どもへ理解や対応法を学ばれるなどである。

その中でも親が分析を受け、母親教室(今の名称は子育て相談室)に通い、非行の子どもに対応してもらったAさん。

セラピー日記やホームページの症例にも書いたが、多額のお金を要求し、家庭内暴力もあった。

「オールOKを黙って三年してください」と言って、見事三年過ぎたころから子どもは変わっていき、今は真面目に働き家庭を築き、最近家を買うまでになった息子。

この非行に走った息子と私は一度も会ったことが無い。

もちろん顔さえも知らない。

いつもどんな息子なんだろうと想像をめぐらすのが精々である。

直接問題の息子と話さなくても、顔も見なくても、そこまでの変化を起すことができる。

私は間接的に関わっただけである。

一重に母親であるAさんの努力である。

子どもへの対応法オールOKを話し教え、それをする母親を分析し、母親自身にも目を向けてもらいながら、よりオールOKをできるようにするが、実際に子どもに対応するのは他ならない母親である。

その途中では、悩み苦しみ、オールOKするのを止めたくもなる。

それを分析者が支え励ましはできるが、やり続けるかどうかはクライアントが決めること。

母親が変化し続けると、子どもも変わってくる。

母親という存在の大きさを思う。

人は皆、母親から生まれる。


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月刊精神分析2009年4月号 なぜ分析で病が治るのか

2009年5月30日

分析家の独り言 224 (非行を止める)

人は人と会話によってつながっていく。

しかし親は非行に荒れる息子が理解できない。

口を開けば「うるさいんじゃ」「放っとけや」「あっちいけ」「金」としか言わない息子。

この息子が自分のことを語りだし、母親である自分と会話ができるようになったとき非行は終わると思ったというクライアント。

しかし親は親で、子どもが迷惑をかけ、犯罪を起こし、警察や裁判所などに行って頭を下げなければならないことが起こる。

そこで「親が甘いから子どもが調子に乗ってこうなるんや」と言われる。

言うことは言ってきた、それでも子どもは変わらず荒れる。

これ以上厳しくしたら、もっと荒れる。

「そんなに言うなら、あんたうちの家に来て子どもに言ってみ」と言いたくなる。

親もまた、自分の苦しさしんどさを理解されず、どうしていいかわからない。

精神的に追い詰められて、子どもに「あんたが事件起こすから、私が頭下げんなんやんか。何考えてんの」「親の気持ちがわからへんの」と言ってしまう。

ますます親子の関係は悪くなる、子どもは荒れる、親は嘆く。

この悪循環が止まらない。

一番分かり合えればいい親子が、分かり合えない。

そんな中でオールOKを聞いたクライアント。

今までと全然違う対応法だった。

最初は迷いながら、本当にこんなので子どもがよくなるのか?と思ったこともあった。

しかし、せめて自分が産んだ子くらい幸せにしないといけないと頑張ったという。

自分が死んだ後、子どもがあの時母親はこうもしてくれた、ああもしてくれたと幸せを感じられ、温かい気持ちになれるような自分と子どもでいたい。

残念ながら、自分が思い出す母親との関係は、怒られ、なじられ、否定されたことしか出てこない。

そうなってはいけない、それでは自分も子もまた不幸。

親は死んでも子どもの心の中で生き続ける。

オールOKをしていった結果、息子は自分の想いや考えを母親に話すようになった。

同時に非行は止まっていた。

言葉が会話が人を癒していく。

それは自分の気持ちを受け取られ、理解されることで。

親が自分の私見を離れ、いかに子どもの寄り添えるか、子どもに側にも立てるか。

自分は正しいとだけ主張していたのでは難しい。

不登校・ひきこもりにも同じことが言える。


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2009年5月31日

分析家の独り言 225 (褒める、育てる)

クライアント達は、親に褒められたことがないと言う。

個として認められず、親に呑み込まれ、自分というものを持たない。

すると、自我境界がなく、自分と他者の区別がつきにくくなる。

自我境界とは他者と自分を区別する境であり、これがしっかりしていないと自分の思っていることは、他人も同じように思っているはずと思い込む。

自分の感覚や考え、価値を相手に押し付けたくなる。

これが家庭においては、親から子になされることが多い。

それをしてしまう親にもしっかりした自我境界はない。

自我境界があれば、自分と例え我が子であっても相手との違いを認識していて、個として尊重し、自分を押し付けたりはしない。

子どもの側は、簡単に他者に侵入され、自分を乗っ取られてしまう、傷つきやすい。

こういう子はまたいじめられやすい。

暑いか寒いか、空腹か満腹か、好きか嫌いかの感覚さえ、真に自分のものとして感じ、認められているか怪しい。

「自分と他者の区別がつかない」と表現するクライアント、「自分の価値が自分でわからないため、他者から認められ褒められないと自分の存在が危うい」というクライアントもいる。

当然自我も脆弱である。

脆く弱いために、何かあると落ち込む、気分の浮き沈みが激しい。

不登校・ひきこもりの人達はほとんどこうである。

自我境界をつくり、しっかりした自我をつくるには、本来育つ過程で親が子どもに承認と賞賛を与えることである。

承認とは、あなたの言うことは正しいことで、正常なことですと言うこと=オールOKすること。

賞賛とは、できたことを正確に褒めること。

承認と賞賛によって人は自我境界をつくり、成長していく。

今からでも遅くない、子どもを承認・賞賛することである。


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