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2009年8月 アーカイブ

2009年8月 1日

京都 子育て相談室(旧 母親教室)8月追加日程のお知らせ

8月の京都 子育て相談室は予定通り、8月11日(火)に加え、8月27日(木)にも開催します。

日 時 : 8月11日(火) 8月27日(木) 両日とも 10:30-12:30

場 所 : ひと・まち交流館京都(JR京都駅から徒歩15分)  

参加費 : 1,000円(1回:2時間 完全予約制 電話等にて連絡してください)

子どもさんの年齢に関係なく、子育てに関しQ&A方式で相談会を開催しています。

日常の些細な事から、不登校、ひきこもり、非行、神経症など様々な悩み、問題に答えます。

興味関心のある方、参加希望の方は下記へご連絡ください。

電話:077-558-8766 または 050-3767-6283

携帯:090-7357-4540

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)。


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2009年8月 2日

分析家の独り言 253 (会話、理解が人をつなぐ)

荒れる息子、常識から外れすぎていて、問題をおこし、この息子と向きあわぜるをえなくなたクライアント。

親子でありながら言葉が通じない。

当然、気持ちも通じない。

この息子にオールOKしていった。

人が本当のことをいうのは、簡単なことではない。

人は本当のことが言えなくて病んでいく。

クライアント達は言う、言っても受け取られず、理解されずどうせ言っても無駄と思い言わなくなったと。

息子が本当のことを言えるようになったとき終わる。

ただいつ終わるかはわからないが、少しでも早く終わらせると言って、オールOKに取組んだクライアント。

その過程で、息子の変化をまじかにみた。

そして人の見方が変わった。

これまで自分と合わない人とは出来るだけ関わらないように、避けてきたが、人って案外面白いものだと教えられた。

人は自分が思ってきたようなものとちがっていた、一体何を見てきたのか。

何も知らなかったのではないか、見ようともしなったのではないか。

これでは人生の半分以上を損したようなもの。

人と関わり、人から刺激をもらい、自分の中に変化が起こる。

自分が正しいと思ってきた考え方や価値をもう一度吟味しなおし、他の考えの方が良いと思えば入れ替える。

例えば、私は我慢することがいいことだと教えられ、そうして生きてきた。

出来るだけ自分を出さずに、人に合わせいい人を演じてきた。

ところが分析に出会い、自分を出すことが大事と知った。

我慢することが必ずしも良いことではなかった。

逆に自分を出して、人と良好な関係を持つことができる。

時と場所、相手等を考えて、出す事と控える事を適切に判断していくこと。

それにはしっかりとした自我構造がなければできない。

それが無いから、とにかく全て出さないのが安全と、我慢していただけだった。

あるときから私は良い人をやめた。

言うべきことは言い、相手の意見も聞く。

互いが話合いによって、合意点を持ち、納得すること。

本当は、そういう話し方、関係を親との間で学習し、さらにそれを周りの人たちと経験していくものだった。

会話が人と人をつなぐ。

その会話の仕方がわからないというクライアント達の話を聴き、会話を重ね、分析において信頼関係を築くことからつながっていく。

荒れる息子にオールOKしたクライアントは、息子を理解しようと努めてくなかで、人とつながることの面白さを知った。

オールOKは、それをされた子どもと、した親の両者を育てていった。


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2009年8月 3日

分析家の独り言 254 (見捨てられ不安)

無力なゆえに、甘えと依存を充分経験するはずの子ども時代に、我々は親の言うことを聞かなければ親に見捨てられてしまう、見捨てられる不安に脅かされる。

その脅しを親は子どもに使い、子どもを支配する。

自分で自分の身の回りのことさえまだおぼつかず、親の世話が必要である子ども時代。

街でも見かけるが、子どもがぐずると平気で「勝手にしなさい」と子どもを置いてさっさと歩いて行ってしまう1親がいる。

子どもは、置き去りにされたら生きてはいけないため泣きながら親の後を追う。

また親や家庭の事情で、保育園や祖父母・親戚に預けられるなどする。

その年齢が低いほど、心の負担も大きい。

見捨てられるかもしれない不安、恐怖、さみしさ、怒り様々な感情に押しつぶされそうになることもあるだろう。

人間の存在としては同等のはずが、養育する側とされる側に上下関係が生じる。

そんなに子どもに言うことをきかせたいのか。

子どもの上に立ちたいのか。

私も以前は子どもの上に立ちたかった。

子どもを自分の思う通りに動かしたかった。

そうならないと怒っていた。

なぜなら、自分もそうして育ったから、そうするものと思っていた、それ以外の方法を知らなかった。

ましてオールOなど・・・

親に反論すること、逆らうこと、言いたいことを言うことができない。

自分の感覚、考えを自分のものとして持つことさえも許されないことがある。

そんな中で子どもはどうやって自分を保つことができるだろう。

親である我々自身も傷付いているはずなのに、また同じように子どもを傷つけていく。

この連鎖に気付いて修正しなければ、不幸は連鎖し続け、最後に自己または他者を破壊するだろう。

そうして、悲惨な事件はこれからも多発する。

これをくい止めるのは、一人一人が自分を知り、無意識に気付いていくことである。


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2009年8月 5日

新サイト『子どもの非行・家庭内暴力に悩む方々へ』開設のお知らせ

『オールOK!子育て法』、『不登校・ひきこもりに悩む方々へ』に続き、
『子どもの非行・家庭内暴力に悩む方々へ』のサイトを新しく開設しました。

今回は、実際に息子さんの非行に悩み、死ぬことさえ考えた緒方さん(仮名)の協力をいただき、荒れる息子さんにオールOKし、非行が止まり、親子の関係が築かれていった過程を紹介しています。

インテグレーター(分析者)として関わった、私の視点も加えました。

個人的内容でありながら、今同じように子どもの非行や、家庭内暴力に悩む方々の参考、何かの助けになればと緒方さんに言っていただき出来たサイトです。

親がしっかり子どもに向き合い対応すれば、子どもは立ち直り立派に自立していくことを示してくれた症例と自負しています。

荒れる息子さんに私は一度もお会いしたことはありませんが、その母親である緒方さんの努力と、苦悩、変容を間近で接しみられたことは私自身の勉強になりました。

オールOK!子育て法の力をあらためて認識しました。

『子どもの非行・家庭内暴力に悩む方々へ』


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2009年8月10日

分析家の独り言 255 (酒井法子覚せい剤取締法違反容疑で逮捕)

酒井法子容疑者は夫高相祐一容疑者の勧めで昨年の夏ごろ、一緒にあぶりをやったと供述しているという。

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覚醒剤(かくせいざい)とは、狭義には覚せい剤取締法で規制されている薬物であり、規制対象としての覚醒剤は「覚せい剤」と記載される。
広義には脳内を刺激させる中枢神経刺激薬である。
中枢神経刺激薬は、脳神経系に作用して心身の働きを一時的に活性化する働きを持つ広義の向精神薬の一種で、ドーパミン作動性に作用するため、中毒症状は統合失調症に酷似しており、嗜癖・依存に誘発された精神病は、重篤になりやすい。

一般に、数度の使用によって強い嗜好性が生じ、習慣性の依存状態となりやすい。日本では他の麻薬と区別され、所持、製造、摂取が厳しく規制されている。  (ウィキぺディアより)
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彼女にも覚せい剤を使用することがいい事か、悪いことかの判断は付くはず。

悪いこと、してはいけない事と知りながら、それを自分で止められず、やってしまうところにその人のコンプレックスがある。

リスクを背負ってまで覚せい剤を使用することで、彼女は得るものがあったということだ。

ネットの情報では、「初めてのシャブを静脈注射したときの快感。そりゃぁ日本中が中毒者だらけになるのが解る気がします」というのがあり、相当心地良いことなのだろう。

本来なら、心地良さは覚せい剤などの薬を頼らずに自分の努力で得るものだが、リスクを背負っても手軽にしかも即得たい。

そこに達成感だとか、自負心、自己への尊厳というものが伴うとは思えない。

それどころか、マイナス面が多く、現実にはありえないような妄想を抱くようになり、人や自分を傷つけることもあるという。

身体も精神も壊れていくことを覚悟で使うのか、そこまで考えず短絡的に手を出してしまうのか。

違う方向から言えば、それくらい日常の中に楽しみや、心地良さを見出し感じられないという事ではないか。

彼女もそうだったのか。

社会的にはそれなりに成功し経済的にも恵まれ、結婚し子どもを産み、幸せそうに見えていたが、彼女の心の中は満たされない何かがあったのではないか。

薬に「頼る」=依存、だから薬物依存といわれる。

依存は口唇期(生後0~1.5歳)の欠損による。

赤ちゃんは、母に抱かれ安心と安全の中で守られていることが心地良いことである。

しかし、3歳で両親が離婚となると、それまでの両親の夫婦仲や養育状況は良好で合った可能性は低い。

そうすると赤ちゃん以前の母の胎内に帰りたい(胎内回帰願望)と人は願う。

それは母と自分が全く未分化で母と一体で居られた時代である。

アルコールによる酩酊状態も、自分がわからなくなるくらい世界(母)と一体化することである。

こうして薬物依存、アルコール依存になっていく。

それら心の欠損から始まる。

人はお金や物、地位・名声があっても、心が満たされなければ本当の幸せを感じることはできない。

心を育てることを真に問い直し考えることが大事である。

依存症は人が言葉を持つ以前の欠損であるため、治療には時間も労力もかかるが、そこから脱したいという強い意志があれば可能である。

自分を知り、止まっている心の時計を動かし、何かに頼らないで自分で安心と安全・心地良さを作り出せる人間に、大人になることである。

今回の事件で彼女の人生が全てNGで、終わったわけではない。

むしろ、これからどう生きるかが大事。

酒井法子さんに、犯した罪は罪として反省し償い、今後の自分の人生をしっかり歩んで欲しい。

子どもさんのためにも、ご自身のためにも。


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2009年8月12日

分析家の独り言 256 (8月京都子育て相談室より:私のオールOK失敗談)

昨日8月11日京都で子育て相談室を開いた。

いつものように参加のお母さん方の質問に答えながら進めていき、その中で私の失敗談をお話した。


去年(2008年)3月末に、京都から滋賀県大津市に引越し、琵琶湖の夏の風物詩である花火を人混みを避けて下の娘と二人楽しんだ。

その時、「また来年も一緒に花火見に行こうな」と娘は言った。

私は「うん」と答えた。

今年の8月7日琵琶湖の花火を娘は去年の約束通り、私と二人で見ることを楽しみにしていた。

ところが私は、そのことを忘れたわけではなかったが、自分の仕事を優先し福岡出張の仕事を入れた。

予定をくみ、交通手段の手配も済ませたところで、娘の方から「今年の花火行ける?」と聞かれ、私は「ごめん。どうしても花火とぶつかる日に予定をくむしかなくて、今年は行けない」と言った。

娘は私の予想以上に、烈火のごとく怒った。

「私のことを軽く見ている」

「一年前から約束いていたのに、それじゃあ何のための約束か」

「だからあんたは信用できないんや」

私は言い訳をし謝ったが通じない。

私の判断が甘かった。

仕事ならば仕方ないと許してくれると思っていたが、そうではなかった。

責められ続け、私も最初は悪かったなと思ったが、どこかで私が仕事をしなければ生活できないでしょ、それをあんたはわかっているの?と言いたくもなった。

しかしギリギリその言葉だけは飲み込んだ。

毎日責められた。

私はネットで、他に行けそうな花火大会はないかと探した。

ちょうど8月10日に宇治川の花火がある、この日なら私も行ける。

娘に話してみた。

しぶしぶながら、仕方なしに「それでもいい」となった。

私はこれでホッとした。

ところが、台風の影響で当日雨かもしれない、しかも娘もネットで宇治川の花火の情報をみたところ、雨が降った場合傘をさすと他の人の迷惑になるためレインコート等で観覧してくださいということが書いてあったという。

それを見て、面倒くさい、雨に濡れてまで見るのも嫌だとなり、娘は「行かない」と言い出した。

「私は琵琶湖の花火に行きたかったのに」と。

私もいい加減責められ続け嫌気が差してきていた。

その私の態度に、「あんたは本気で悪いと思っていない、それが伝わって来ない」

「何かで埋め合わせるとか、来年は必ず行くからとも言わないのか・・・」 また延々文句を言われた。

半分私ももう良いかと思い出した。

しかし、最後まであきらめないで誠意は示そうと思いなおした。

当日曇り空だが、雨は上がった。

YAFOO!の天気予報のピンポイントで宇治を見ると、弱い雨、降水量は0か1(mm/h)、これなら行けると私は思った。

晩ご飯を早めつくりだし、夕方からいつでも行けるようにしておいて、娘に「これは行ってみないとわからない賭けだけど、とりあえず行ってみようよ」と声をかけ続けた。

一度は「行かない」と言った娘だが、「行くだけ行って、ダメだったら帰ってくればいいやん」と言った言葉から誘いに乗ってきた。

「どうせ行くなら、早めに行った方がいいとネットに書いてあった」と娘が言うので、それもそうだと思い花火開始の1時間以上前に着くように出かけた。

雨は何とかもちそう、人出はそこそこある。

人の流れに乗って、花火が見えそうな場所に歩いていった。

民家の並ぶ道路沿いだが、たくさんの人がシートを広げていた。

この辺でも良いだろうと、私は持ってきた携帯用のいすを二つ並べ、娘と座った。

予想以上に近くで、頭の真上に近いところで迫力ある花火が見られ、花火の火の粉か、かすのようなものが落ちてくるくらいだった。

「来てよかった」「予想以上によく見えて楽しかった」と娘は言い、私もこれで何とか埋め合わせられたと思った。

子どもの喜ぶ満足した顔を見られることが、親としての喜び・幸せと思った。

そもそも、娘との約束をないがしろにし、仕事を優先した私がやはり間違っていた。

小さい頃からおとなしい子で、あまり言いたいことを言わないことを良いことに娘のことを私は良い加減に流してきたことが多かっただろう。

それと同時に、自分もそうやって親に対応されて来て、娘のように親に文句を言って食い下がったことはなかったと自分を振り返った。

本当は子どもはこれで良いのだろう。

子どもの文句でも何でも聞いて受け取るのが、本来親の仕事、役目だったと教えられた。

私もまだまだだなぁと反省した。


子育て相談室に参加のお母さん方からも、「それだけ(娘が私に)言えることが良いですね」という感想があった。

「そこまで親に文句を言って、子どもは悪いなと思っていないのだろうか」という質問もあった。

それぞれが自分のことと見比べたりしながら、また自分のお子さん達への対応を考えて欲しと、あえて失敗談を披露し、質問を受けながら話し合った。

おそらく世間一般では、ここまで子どもの言うことを聞くのかと驚かれるとこもあるだろう。

オールOKと言っただけで、そんなわがままにしていいのかと言われる。

私も今回失敗したが、子どもの側に立ち続け寄り添うことの大事さと親としてそれをすることの大変さを痛感した。


オールOKについては、オールOK!子育て法 のページを参照してください。

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京都 子育て相談室(旧 母親教室)日程のお知らせ(平成21年9月)

日 時 : 9月17日(木) 10:30-12:30

場 所 : ひと・まち交流館京都(JR京都駅から徒歩15分)  

参加費 : 1,000円(1回:2時間 完全予約制 電話等にて連絡してください)

子どもさんの年齢に関係なく、子育てに関しQ&A方式で相談会を開催しています。

日常の些細な事から、不登校、ひきこもり、非行、神経症など様々な悩み、問題に答えます。


子どもを理解し、親の考え方・態度が変わると、子どもは変化します。

諦めないで取り組めば、打開できます。

そうやって頑張っておられる親御さんたちが熱心に学んでいます。

興味関心のある方、参加希望の方は下記へご連絡ください。


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2009年8月13日

分析家の独り言 257 (自己分析による気付き)

分析家の独り言 256 (8月京都子育て相談室より:私のオールOK失敗談)を書き、気付いたことがあった。

なぜ私は娘にオールOKしきれなかったのか、なぜ自分の都合で仕事を優先してしまったのかを考えた。

娘に責められたとき浮かんだ「私が仕事をしなければ生活できないでしょ、それをあんたはわかっているの?」という想い。

私は娘を食べさせてやっている、養ってやっていると思っている。

意識上では、親が子どもを世話し、食べさせるのは当たり前と思いつつ、恩着せがましい気持ちがあるのではないか。

そしてハッとした。

それってもしかしたら、私が育ってくる間に嫌だ嫌だと思って来た私の親の意識と同じじゃないか。

もう忘れかけていたが、私の両親は事あるごとに、食べさせてやっている、学校へ行かせてやっていると恩きせがましい態度だった。

そして、親の言うことを聞かなければこの家には居られないと子ども心に思っていた。

そのために、無理やり親の信じる宗教をやらされた苦悩の日々。

自分でご飯を食べられない限り嫌でも親の言うことを聞くしかなかった。

それは脅しであり、それを否定した私が結局同じことを娘に思っていた、していた。

まだそこが払拭しきれてなかったかと愕然とした。

親の影響は大きく、恐い。

親が自分にした嫌なこと、間違いを、私は自分の子どもにはしまいと思いつつやってしまった、これが無意識であり、私のコンプレックスである。

それはクライアントを分析して、何度も出会い知っていたはずなのに、自分の事となると盲目になり、自分が見えなかった。

もう捨てよう。

恩着せがましい気持ち、食べさせてやっている、世話してやっている、あんた達のために働いているという想いは。

私がしたくて選んだ精神分析、そしてそれを仕事にしたのだから、誰かのためにやっているのではない。

安心と安全=安らぎの中で何かの時には守ってもらえるという安全感もなく暮らした時間が長かったために、私は精神のバランスを崩していった。

そのために心に傷を負い、それらを癒すのに時間がかかった。

しかし今の私は、自分で安心と安全もつくれる。

子ども時代に得られなかったものを、大人となった今の自分として置き換えたもので埋め合わせていける。

これが大人である。

これでいい。

苦労も辛さも自分の糧となり、自分の生きてきた道を肯定できる。

全て私の成長のために必要なことだった。

これでよかったんだ、よく頑張った。


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福岡出張のお知らせ(平成21年9月)

毎月1回、福岡出張セラピーを行っています。

平成21年9月の出張は以下の予定です。

日 時 : 9月10日(木)、11日(金)
   なお9月9日(水)は熊本出張

場 所 : 地下鉄天神駅周辺(詳しいことは電話等にてお問い合わせください)

分析料 : 10000円 (プラス交通費2000円)

9月は福岡近郊もしくは熊本で分析を希望される方、おられましたらご連絡ください。

ひきこもり等により、外出が困難な場合は、お宅への出張セラピーを行います。

遠方への出張であるため、福岡でのクライアントの方には分析料プラス2000円の交通費の負担をお願いしています。


子育て相談室インテグレター養成講座も開きます。

興味・関心のある方、参加希望の方は下記へお問い合わせください。

℡ 077-558-8766 または 050-3767-6283

携帯℡ 090-7357-4540

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2009年8月14日

今週のメッセージ(平成21年7月分)

オールOK!子育て法に掲載した、「今週のメッセージ」7月の過去ログです。

人(子ども)を活かす(平成21年07月31日)

人(子ども)は無限の可能性を持っている。
その可能性を活かし、引き出せるのは親である。
子どもを不幸にしようとか、つぶしてやろうと思う親はまずいない。
にもかかわらず、結果として不登校やひきこもり、非行という現象が多く起きている。
人の能力を殺すことのほうが簡単なのか・・・と言いたくなる。
かつて私もつぶされた側で、その私がまた子どもをつぶしてしまうところだった。
まずこの無意識の連鎖に気付くことである。

世間体を気にする(平成21年07月21日)

親や大人は、社会や世間にあわせ、よい評価を得られるであろう方向を子どもに強いていく。
つまり、親が世間体を気にして生き、それを子どもにも強いるのである。
そこに主体性が欠如する。
世間にあわせ、世間からよく見れたい。
その裏には、嫌われることの恐れや、仲間外れにされる恐怖が隠れている。
人に嫌われたくなくて人に合わせるうちに、自分をなくしていく。
自分とはどういう人間で、何が好きで、何をしたいのか、それらがわからなくなる。
そして動けなくなったのがひきこもりといわれる人たちではないか。

自分を知る(平成21年07月11日)

人を理解するには、まず自分を理解すること。
自分を理解した分だけ、他人を理解できる。
子どもを理解するには、自分を振り返り知ること。
そうでなければ、本当の意味で子どもの言うことがわからないだろう。
例えば、子どもが何でも母親と一緒にと望む。
母親はなんでそれくらい独りでしないのと思う、突き放す。
その無意識下には、母親自身がその母と一緒にいたかったのに、それが叶えられなかった悲しく、辛い子ども時代が抑圧されている。

宣照真理(天海有輝)

過去の今週のメッセージは、宣照真理のセラピー日記天海有輝のセラピー日記 分析家の独り言に掲載しています。

2009年8月15日

分析家の独り言 258 ( 『月刊精神分析』 2009年6月号より)

クライアントの分析をいしいて、いつも行きつくテーマがある。

それは月刊精神分析2009年6月号 女性と仕事・結婚・出産にも書いたが、結婚動機である。

臨床上最も多く出会うのは、『家出結婚』。

生家(実家)での居心地が悪いく家を出て行きたいが、厳格な親であるため結婚という二文字以外に家を出る方法がなく結婚したとか、結婚以外に家を出て生活する方法がなかったなど。

人間の基本となる生家での人間関係(親子関係)が良好でないのに、その他の人間関係が上手くいくことはまずない。

何よりも口唇期における母親との基本的信頼を基礎に人は人とつながり、関係を築いてく。

残念ながらこの基本的信頼さえ学習してない人たちがほとんどである。

そういう私もその一人であった。

基本的信頼を学習していない母親が子どもを産み育てても、子どもとの間に基本的信頼を築くことは難しい。

人は幼少期どのように育てられたか、それによってその後の人生は決まってしまう。

だから分析において養育史を重視し、それをクライアントに聴く。

子どもであった自分たちには何の罪も落ち度もない。

ただ基本的信頼さえも知らない親であったために、または愛着や、本来の人間の精神の成長を知らないために、自己流の歪んだ子育てしたできない親だった。

しかしまた親も、その親に同じような育て方しかされていないために、そういった歪んだ育て方しか出来なかった。

気がついたものが修正するしかない。

自分と同じ子どこにはしたくない、悪しき連鎖は子どもに伝えたくないとクライアントたちは言う。

その通りである。

私も振り返れば、余りにも安易に結婚・出産をした。

みんながするから、親がうるさいから、そんなことで自分のまた子どもの大事な人生を進んでいいのか。

もっとそれらに関わることをよく知って、考えて行動すべきであった。

しかし、当時の私は余りにも無知であった。

気がついた時には、すでに子どもは小学生になっていた。

それでも気がついたときから修正していくこと。

出来れば早いほど良いが。

これから結婚・出産を経験する人達に月刊精神分析2009年6月号 女性と仕事・結婚・出産を読んでもらいたい。

昨今は婚活という言葉が流行っているようだが、幸せな結婚生活を送るためにしなければいけないことはパートナー選びだけではない。

結婚の意味、出産(親になること)の意味をしっかり考え、知って欲しいと願う。


月刊精神分析2008年11月号 私と精神分析 もご覧ください

月刊精神分析2008年12月号 心の栄養学講

月刊精神分析2009年01月号 運命は名前で決まる

月刊精神分析2009年02月号私と精神分析 2

月刊精神分析2009年03月号随筆 精神分析

月刊精神分析2009年4月号 なぜ分析で病が治るのか

月刊精神分析2009年5月号 精神分析家をえらびますか?

月刊精神分析2009年6月号 女性と仕事・結婚・出産

2009年8月16日

分析家の独り言 259 (電話セラピー)

精神分析は直接面談によって行うのが普通であるが、遠方であったり、何らかの事情で直接面談が難しい場合のは電話によるセラピー(分析)を行う。

ラカン精神科学研究所ホームページの予定表(Googleカレンダー)を見るとわかるように、最近電話セラピーが増えてきた。

一番最初は、元の吉川精神科学研究所のホームページ(http://www.geocities.co.jp/Beautycare/6953/)をみた関東方面の神経症に悩むクライアントからメールが来て、分析で治るだろうか、治るなら分析を受けたいということだった。

遠方であるためクライアントが京都へ来ることも、私が関東へ行くこともままならず電話でのセラピーとなった。

1年に1回は那須で行われる分析サミットに参加するため東京を経由して那須へ行くため、そのときはクライアントと時間を調整し直接面談による分析をしている。

今年も7月、このクライアントに会って分析をした。

こういう形で、滋賀や京都へは来られないクライアントからホームページを見たとメールや電話が入り、分析希望のクライアントが増えてきたのである。

中には、月1回福岡に出張するが毎週分析を希望されるので、もちろん福岡に行ったときは直接面談による分析をし、後を電話セラピーで埋めるという形をとるクライアントもいる。

直接面談による分析は顔を見て行うため、ダイレクトにクライアントやインテグレーター(分析者)である私の反応が行き交いする。

そこでしか感じとれない雰囲気もあり、直接面談がより良いとは言えるが、物理的に困難な場合には電話セラピーも有効な手段と考えている。

クライアントの近くに仲間のインテグレーターがいて、希望されるなら紹介している。

分析によって無意識を知り人生が変わり、活き活きと生きることを味わって欲しいと願う。

暗いトンネルから抜けると、昔の悩んでいた自分が思い出せないくらい変わっている。

もう過去にはいない、心も身体も開放され今の自分が楽しめる。

分析は万能ではないが、自分の人生を諦めずに取り組んだ人たちがこれからの人生を行きなおしていることも事実である。


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2009年8月17日

分析家の独り言 260 (感情を取り戻し人間として生き返る)

健康な精神のためには、怒りたいときに怒り、泣きたいときに泣き、悲しいときに悲しむというように感情を出すことである。

これを子ども時代から経験し、最初は母親とその感情を共有する=共感する。

ところが多くのクライアントは言う、「泣いてはいけない気がした」「感情をだすことに抵抗がある」「自分の感情に自身がない」「自分に感情がない気がする」などと。

これでは、自分の感じた怒り・悲しみ・憎しみ・喜びなどの感情を自分のものとして肯定し、感情豊かに過ごすことはできない。

自分は冷たい人間かと思う。

感情を出すには、その感情を受け取ってくれる人がいるから出せる。

例えばつまづいて膝を擦りむいたときに、子どもは痛くて泣く。

そのときに「ああ痛かったのね」「大丈夫?」よしよしとされれば、痛くて泣いている自分の感じ方はOKとなる。

しかし、「痛くない、痛くない」「それくらい大したことじゃない」と言われてしまうと、私が今感じている痛みは痛みじゃないの、と?(ハテナ)がつく。

だんだん自分の感じ方の自信がなくなっていく、自分自身にも自信がなくなる。

言葉で自分の思うこと、考えを伝えることが出来ず、溜めに溜めて最後に泣くしかなくなる。

しかし、この精一杯の表現も「泣くな」のひと言で切られることがある。

こうなったらもう泣くことも出来ず、感情のないロボットのように生きていくしかないだろう。


私の子ども時代を思い出した。

母は教師で、私が目を覚ますとすでに母は仕事に出かけていなかった。

母のいない昼間は、一緒に住んでいた祖母と過ごした。

幼稚園に行く前頃だったろうか、母を思い出し寂しくなって母が着ていた服を抱きしめて、母の残り香を嗅ぎながら一人で泣いた。

そのとき私は泣いている自分を見られてはいけないと思った。

それは記憶にはないが、多分まだ小さかった私は、母を思い出して泣くことがあったのだろう。

それを見た祖母か、祖父か、それともそれを聞いた母かが、「泣くな」と言ったのだろう。

泣くなと言われても寂しい気持ちは抑えられず、見られないように一人こっそり泣いていたのだろう。

寂しい、母にずっとそばに居て欲しい、これが小さい私の願いだった。

しかし、忙しく働く母にそのことを言った覚えは無い。

寂しい気持ちも、母と一緒にいたい気持ちも小さな胸にしまい、封印していった。

そして私も感情のない冷たい人間になっていた。

私にとって分析は、感情のないロボットから血の通った感情をもった人間になることが治療目標の一つであった。

今クライアントたちの叫びが私に昔の私を思い出させ、「ああ、それは私だと」いえる。

分析は、情動とともに過去を語り、感情を再現し、もう一度人間として生き返る場である。


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2009年8月18日

分析家の独り言 261 (自分への智を得、知的享楽へ)

分析で問題になるのは、クライアントと親の関係である。

最初クライアントにとって、母親は優しい良い母であることが多い。

ところが、養育史を聞き母親について語りだすと、様々な母親が出てくる。

最初の語りとは違ってくる。

中には、母親の悪い面に触れようとすると抵抗し、明らかに不機嫌になったり、とても触れられそうにないこともある。

クライアントの反応を見ながら、それぞれのクライアントに合わせて進めていく。

良い母の下(無意識)には、悪い母がいる。

反対に、最初から「母は嫌いです」というクライアントもいる。

こういうクラアントの無意識には母への愛着が隠れている。

母を好きか嫌いかどちらか、一方だけを意識している。

そうしなければ、優しい好きな母と表現した場合、嫌いな悪い母が出てくると困るからだ。

反対に嫌いな悪い母を意識している人にとって母を求め母に愛着を持った自分が出てくると、母を憎みきれないのでこれも困る。

母も人間であるから、100%良い人でも悪い人でもない。

良いところもあれば悪いところもある、そのどちらも意識すること。

偏らず、真実を見て知ること。

対象関係論でいう、良い母にはそれに対応して良い自我が、悪い母に対して悪い自我が形成される。(詳しくは、分析理論講座またはインテグレーター養成講座で解説しています)

そうして自分を知っていくこと。

それが辛いことであるため、撤退していく人もいる。

私は自分の思い込みや、思い違いを分析によって知り訂正していけることが楽しかった、面白かった。

そうだったのかと納得できると、辛いことも受け入れられた。

私という人間は、結構理屈っぽい人間だったんだと思った。

自分への智を得ていくことから始まり、さらに真理・本質を求めるようになった。

まだ知らないこと、わからないことがたくさんある。

命が終わる瞬間まで、それらを追い求め、智を得て、知的享楽に浸りたい。


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2009年8月20日

分析家の独り言 262 (酒井法子容疑者:、「3人の母と家の秘密」 より)

覚せい剤取締法違反(所持)容疑で逮捕された女優の酒井法子容疑者(38)の毛髪から、覚醒(かくせい)剤成分が検出された。

ネットで、「3人の母と家の秘密」 と題した酒井容疑者の生い立ちを書いた記事を見た。
(http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20090817-00000002-aera-soci)

以下、記事より抜粋
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「1人目の母」つまり実母とは、両親が離婚したため2歳で離別している。
酒井容疑者はインタビューで「実の母の顔、全然覚えてないんです」と話している。

小学校時代には、埼玉県狭山市の親戚の家に里子に出された。
これが「2人目の母」である。

狭山での暮らしも突然、幕を引く。小学校卒業間際の6年生の3学期に、父が再婚したことで呼び戻された。その相手が、のりピーから見れば先の「3人目の母」にあたる。

中3の冬、友人に誘われてコンテストに出場。入賞を逃しかけたが、所属事務所サンミュージックが特別賞を受賞させ、芸能界入りが決まった。
3学期の卒業間際に東京に転校した。

小学校も中学校も、卒業式直前に「大人の都合」で転校させられる運命は、幸せを掴みかけるのに、あと一歩届かないのりピーの人生を暗示しているようでもある。

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2歳で両親が離婚し、実母の顔も知らない彼女。

分析上、これだけでも心の負担は大きく、それ以後の人生に大きな影を落とす。

子どもには親の都合はわからない。

ある日突然母親がいなくなる。

2歳といえば、まだフロイトのいう肛門期にあたり、トイレット・トレーニングの時期である。

マーラーの分離固体化の過程でいえば、第四期の個体化の強化と情緒的恒常性の出現の時期。

母の映像・イメージを内在化するが、普通に育っても、母とのいきなりの分離は不安を呼び起こす。

そのため母を何か物に置き換えて、この母との分離の不安と寂しさを子どもは一時的にしのぎ、和らげている。

この母の代理物が移行対象物といわれるもので、それには柔らかいもの、母の香りのするもの、例えば毛布・シーツ・タオル・ぬいぐるみなどである。

ところがこれは母が一日のうちの短い時間不在である場合のことで、彼女の場合は両親の離婚が決まったときから母と全くの分離状態に置かれた。

それはもう、移行対象物により母の代理物を持つだけで到底埋め合わせられることではない。

母にくっつきたくて母を呼んでも探しても、自分の前には現れない母を諦めるためにどれほどの心の負担を強いられただろう。

当然それ以後、精神の発達はその時点で停滞し、欠損を抱えながら生きていく。

またいつ、自分の大事な人が突然去って行くかもしれないという想いをどこかに抱えながら生きていくかもしれないし、何かにしがみつきたい、甘えたいと思いながらも、それをまた失うかもしれない不安や恐怖から、人を求めない生き方をするかもしれない。

さらに、小学校時代には里子に出され、また環境や母と呼ぶ人さえ変わる。

そしてまた、中学3年では彼女がどこまで自分の意思で動いたのかはわからないが、芸能界入りするために東京に転校した。

記事に「幸せを掴みかけるのに、あと一歩届かないのりピーの人生を暗示しているようでもある」とあるが、今回の覚せい剤取締法違反(所持)容疑もそうだが、一見幸せそうに見える彼女の心の闇、苦悩は深いのではないか。

覚せい剤を使用していたことは確かなようだし、それが何年前からだったのかははっきりしないが、彼女が覚せい剤にはまっていったにはそれだけの養育史があった。

原因なくして結果はありえない。

彼女は実の母に甘えたかっただろう、頼りたかっただろう、抱きついてしがみついて安心したかっただろう。

彼女の置かれた状況がそれを許さず、何年も後に子どもの頃から欠けたもの、欲望は、覚せい剤に依存するという形をとった。

38歳という年齢の彼女は、育ってきた環境がどうであれ、社会的責任を負い、罪は償わなければならない。

まして子どもさんはまだ10歳。

これから彼女がしなければいけないことはたくさんある。

まず、覚せい剤から距離を置き、抜けることだけでも大変なことだろうから、なんとか頑張って欲しい。

それには彼女を援護し、支える人、ことが必要であろう。

人は人によって支えられ癒される。


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月刊精神分析2009年4月号 なぜ分析で病が治るのか

月刊精神分析2009年5月号 精神分析家をえらびますか?

2009年8月21日

分析家の独り言263(トラックバックに気をつけて)

「分析家の独り言」と題してブログをあげいて、それにトラックバックが来ることがある。

今回、酒井法子容疑者の事件について書いたブログにも幾つかのトラックバックが届いた。

どういうものかと、トラっクバック先のサイトの見に行った。

酒井法子容疑者について書かれていて、同じように興味・関心を持つ人のブログのように思えた。

その中に酒井容疑者の動画が貼り付けてあり、私は安易にそれを見ようと思ってしまった。

結局それは、いわゆるワンクリック詐欺というもののようで、この動画を見たことにより料金が発生するという画面が出た。

実際には動画は何も見てもいない。

クリックして出てきたのは、動画ではなくお金の請求の画面だからだ。

こういう手口があるのかと、驚くとともに、ある意味感心した。

こういう頭の回転・機転をもっと人や社会の役に立つ方向に使えないものか、といつも思う。

私のブログを見た人が、私と同じような嫌な想いをしないように、当然トラックバックは削除した。

皆さんも気をつけて欲しい。

いろんな手を使って、不正にお金を得ようとする一部の人たちがいる。

俺々詐欺しかり、振込み詐欺等、私達の周りのいろんな所に落とし穴があるようだ。

分析的にいうなら、超自我(良心)が機能していない。

お金が得ることが目的で、お金を人をだまして不正に得てもかまわないということ。

そこに自分への自負・尊厳などなく、他人への配慮・思いやりもない。

自分さえ良ければいい、人が泣こうが困ろうが知ったことではない、それより何よりお金が大事、得たい。

本当にそれで幸せを感じ、充実した人生を生きられるのか、人にとって真の幸せとは何かと考えさせられる。

こういう人間が増え、それが犯罪につながることも多い。

一方で、心を病む人も増えている。

この先この国はどこへ向かうのか。

それら全て、一人一人の心のあり方が問われるのではないか。

肉体はそれなりに成長し、やがて老いていく。

心の成長、あり方は肉体とは全く違う経路・過程をたどり、命のある限り成長し続けることが出来る。

なぜそれを目指さないのか、しようとしないのか。


また、ブログにコメント・メッセージが届くこともあるが、その中にも真面目なものから、いわゆるHな内容、卑猥な表現のものもある。

出会い系の迷惑メールも一日に山のように届く。

人は様々。

ネットの便利さの裏に、こういった危険があることを忘れてはいけない。


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2009年8月22日

分析家の独り言 264 (分析によって全てを肯定する生き方へ)

あるクライアントとその息子の会話。

息子の住まいは別だが、家業をともに営むため毎朝クライアントの家に来て、仕事場に出かけていく。

あるとき息子は、子どもの世話に追われる自分の妻を見ていて、夫である自分は子どものためならと我慢していることもあり、つい愚痴が出て、「嫁さんは子どものためにいるようなものや」「自分は辛抱と我慢ばっかりせなあかん」と言った。

母親であるクライアントは「そやから、あんたが家に来たときは、あれが食べたいて言うたら用意して、あんたの言う通りしてあげてるやん」と言った。

それをそばで聞いていた息子のお嫁さんが、「その通り」とひと言。

自分が生きている間は、いくつになっても息子が望むなら自分に出来ることはしてやるとクライアントは言う。

やる限りは邪魔くさいと思わないで、息子のいうことを大事に思ってしてやる。

子どもの側から言えば、誰かに自分の要求をきいてもらえ配慮される幸せ。

それを母親としてきいてやる、それが今は喜びとなった。

仕事から母親であるクライアントの家に戻ってきて、そのまま息子は自分の家に帰るときもあるが、わざわざ2階にいるクライアントの部屋まできて、「わっ、クーラーのきいた部屋で、お前はいいねぇ」などと、皮肉めいた冗談を言いながら、5分ほどしゃべって帰っていく息子。

そんなたわいの無い会話ができるようになり、それをが心地よい。

分析を受ける前も自分の人生、分析を知り分析を通して自分を知っていったその後は二度目の人生。

そのどちらをも冷静に、客観的に見ていられる。

いっぱい苦しんで耐えて、それでも生ききってきた。

女として生まれたが、歪められ生き難さを感じてきた。

前は、今度生まれて来る時は男として生まれ僧侶になりたいと思っていた。

今は、、もう一度生まれ変われるならやっぱり女が良いとクライアントは言う。

生命を生み出すことの素晴らしさを知ったから。

本当に大事なのは、生み出した後いかに育てるかであるとわかった。

生命力のある存在として子どもを育てるには、生命力を持った親にしかできない。

そのための知恵・知識を知らないと、共に生き、真の人間を育てることは出来ない。

人が人を理解しないと、人同士は生きられない。

そのためにも、生み出し育てるには全てのことをケチったらあかんとクライアントは言った。

全ては自分に必要で起こったこと、良い事も悪いことも全てを受け入れ肯定できるクライアントになった。

よくここまで来てくれたと私は思う。

人としてインテグレーター(分析者)として、クライアントから教えられるこもまた多い。


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2009年8月25日

分析家の独り言 265 (9月京都分析理論講座より)

昨日京都で、いつものようにテキストを解説し、参加されたお母さん・お父さん方の質問に答えながら分析理論講座を進めた。

ひきこもりや不登校、非行などの子どもへの理解と対応を学ぼうという熱心なクライアントたちなので、質問されることが多い。

今回は、生後6~8ヶ月の乳児の発達について解説したが、この時期は「8ヶ月不安」と言われる時期で、乳児が適切に世話され、母を識別し内在化し始める時期である。

大事なのは、適切に世話されることであり、手を出しすぎても、抜きすぎてもいけない。

このころの子どもを育てるとき、先回りして手を出しすぎたという。

そうすると、乳児は自分で内部感覚(お腹が空いたなどの不快感)を感じ取り、それを泣くという形で表出する必要がない。

お腹が減る前に、オムツが濡れて気持ち悪いと感じる前に、おっぱいや乾いたオムツが勝手に来るからである。

放ったらかしもいけないが、過干渉・過保護も子どもにとっては適切な世話とは言えない。

次回の分析理論講座で分離・固体化の過程を解説するが、これは自分の感覚を自分のものとして感じ、母とは違う存在である自分に気付き、その母から距離をとって切り離し、それでも自分を維持できる自我境界をつくる過程である。

これだけのことを乳幼児期になすのである。

大人でさえ、この精神の発達をしている人は少ない。

自分と他人は別個の違う存在であると認識するだけでも、精神の発達から見れば大変なことである。

この認識がなければ、自分の思っていることは他人も思っているはず。

他人は自分の思う通りに動くはず、という思い込みからの言動となるため、当然軋轢や、誤解などが起きる。

また、子どもを育てる母親自身がその母と分離できずにいるため、子どもを取り込んでおり、子どもが自分から距離をとり離れていこうとすると、分離不安からそれを妨害してしまう。

母親の言動は無意識的なので、子どもの成長や自分からの分離を阻んでいることにも気付かない。

こうして精神の発達は阻止され、いつまでも赤ちゃんのまま留まる。

それでも体は、それなりに成長していくため、肉体の年齢と精神の年齢の差はどんどん開いていく。

その結果、学校に通う途中や、進路を決めるとき、社会に出る頃になって、精神が赤ちゃんでは学校という社会でまわりと対等に話すことも、関係を築くことも難しく、自分の進む道を自ら決定することもできず、撤退しひきこもることになる。

子どもがひきこもるにはひきこもる原因がありそれを理解し、対応法を知って育てなおしていけばよい。

こうして分析理論を知って、理屈から人間を理解していくことも意味のあることと思う。

分析理論講座に興味・関心のある方、連絡ください。


電話:077-558-8766 または 050-3767-6283

携帯:090-7357-4540

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)。

詳しくはラカン精神科学研究所のホームページをご覧ください

京都分析理論講座日程のお知らせ(平成21年9月)

平成21年9月は下記の日程で分析理論講座をひらきます。

日時 : 9月24日(木) 10:00-12:00
場所 : ひと・まち交流館京都(JR京都駅より徒歩15分)
費用 : 3,000円 (テキスト別途 1冊1,000円)
 
講座内容 : 『心の発達』 -口唇期の心の発達- 分離・固体化の過程 (1)正常な自閉期 から

「新たな子宮外環境の中で、母に世話されていることにも気付かず、栄養を供給してくれる乳房も自分の一部として知覚している・・・」(テキストから一部抜粋)

一人でも参加いただけます。

独自のテキストをもとに症例などを入れながら、精神分析の理論をわかりやすく解説します。

子育てする上で、また人間を理解するために役立つ理論です。

子育て中の方、結婚前の方、男女を問わず知っておいて欲しいことがたくさんあります。

興味・関心のある方、参加希望の方は下記へご連絡ください。

電話:077-558-8766 または 050-3767-6283

携帯:090-7357-4540

メアド:lacan_msl☆yahoo.co.jp ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパムメール対策)。


子育て(日常の接し方・不登校・ひきこもり・非行など)の悩み、疑問等ご相談ください。

交通費負担で、出張セラピー・各理論講座・子育て相談室(子育てに関するQ&A)をしています。

開催場所:ラカン精神科学研究所(駐車場あり、滋賀県大津市唐崎、JR京都駅から20分)。

依頼があればクライアントの御自宅や最寄の駅周辺の施設(ホテルのロビー、ファミレス)等へ出張が可能です(交通費別途)。


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2009年8月26日

金谷氏今月のメッセージ (平成21年8月) 

(以下は分析家仲間の真理攫取(金谷)氏のHPにある今月のメッセージを私のブログで紹介しているものです。)

              テーマ『父=男とは?』

 何度となく父親とは?男とは?と・・・書いたことがあるが、最近頓に情け無い男が増えて
いる。以前にも述べたが、私自身も2歳のとき父が病死し、何も記憶の無い時に分かれている。その為に父親像・男性像がまったくと言っていいほど無かった。
幼少期から父がいないから母を守らなければならないと、周りの人達が会うたびに毎に絶対と言っても過言ではないくらい言われてきた。


しかし、守るとはどういう事か・男が何か分からない。

 ただ幼心にプレッシャーだけが圧し掛かる。親の思いや自分の考えとは別に、男性性が身について行かなかった。疑問に思っても教えてくれる人がいない。やろうと思ってもやり方が分からない。

 出来ない事が悔しくて、ただ自尊心を傷つけない為に「出来る」と言って上手く逃げたり、
うそをついてでも自分を守ってきた。

悪いのは人でよい事は自分。だんだん遊ぶ友がいなくなり、誰も相手にしてくれなくなった。
悩みながら成長していた頃、小学六年生の時だったが、男性の担任教師に出会った。

先生は、野球が好きでジャイアンツファン、そして男子生徒には男とは何か?と常に語っていた。まさに「男性とは」を求めていた私には先生の語る内容に興味津々であった。

その先生の信条は「陰でこそこそするな! うそをつくな! 悪いと分かれば正直に認め、 謝罪しろ! 説明はしても言い訳はするな! 喧嘩は道具を持つな! 喧嘩する時は必ず
1対1でしろ・集団でするな! 弱いものいじめは絶対にするな!」

そして先生の尊敬する人物は、故・連合艦隊司令長官の山本五十六という冷静沈着で思慮深く、決断力・判断力に優れ、部下に対しても厳しくもあり又優しさにも溢れた人だった。

先生は、「男の中の男」と何時も長官を絶賛していた。
その影響もあり、自分で山本長官の事を書いている本を全て読み、上映された映画も全部見て自分の目標とする男性像に作り上げた。しかし、これで男を知り男性像を作る事は思うほど簡単ではなかった。

自分を守る為や自尊心を保つ為に、責任転嫁したり平気でうそをついたり都合が悪くなると逃げ出してしまう。

全然自分の目標と違う状態だと言うことに気が付き、どうすれば・・・・・・・と思ってる時に

精神分析を知った。大沢先生との奇跡的出会いである。

自分が男として求めてたものが・漠然としてたものがこの出会いで一気に解消出来た。

大沢氏は頭脳明晰・語る言葉は的確に要領よく短く分かりやすい。

これだけだと冷たく味気ないが、その上に人間の心を良く知り思いやりのある暖かさも感じる。これだと思った。

男とは論理的思考性に置いて物事の真理を的確に捕らえ、正しく分析し自分の言葉で相手とコミュニケーションを取る。毅然とした態度で、明確な言葉で説得する。

私は疑問に思っていた事を全部ぶつけたが、それを見事にすべて臆す事無く答えられる揺ぎ無いその姿に「男」を見た。

 幼少期から悩み続けた「男」とは?自分なりには腕力があり喧嘩が強い・威嚇したり・強いと言う態度を示す事が男だとそう思い込んでいた。

いや、一般的にはこう考えている男性が多いだろう。

相手を強引にねじ伏せる、歯向かう者はすべて屈服させる。それが出来なければ我関せずとばかり無関心を決め込むか、他責的になり、逃げ回るかしか出来ない父親が増えている。

 当研究所に訪れるクライアントは女性が圧倒的に多い。子どもの心配、自分の将来等真剣に悩んでいるのに比べ、一方男性は訳の分からない何の根拠も無いポリシーなるもの一つで生きていて悩み苦しみは酒や仕事に逃げる。

逃げ切れないと思うと病気に逃げ込む。お母さん〔妻〕が真剣に悩んだうえ、探り当てた精神分析なのに、父親〔主人〕はまったく理解を示さず恐くなり「騙されている」と止めさせようと邪魔をする。

そんな中にも、勇気と知性を持った大人のご主人が、堂々と説明を求めに来られ、理解が
出来て、自分自身も分析を受ける必要性に気付き始められたご主人もおられる。

間違った男気を発揮し「そんな所に行くもんか、分析を受ける必要もない、聞く意味もない」と頑固に意地を張って取り付く島もない。

お母さん〔妻〕はどんどん勉強して男とは・父親とはが分かってくれば来るほど主人に嫌気がさしてくる。主人は見捨てられるのではないか、と不安を感じ余計に邪魔をしてくる。

最後には自分の無能さを棚に上げ、妻が変ってしまい夫婦の中が悪くなったのは、分析の所為だと矛先を向けてくる。

 真の男性は、間違った事には勇気を持って立ち向かう。自分の力が及ばないと分かれば、潔くそれを認め、相手のすばらしさを称え速やかに素直に相手に従う。そして学び取る。
自分が最高だと思ってしまえばそれ以上発展することはない。

 先日のゴルフ・サン・クロレラクラシックで、今期2勝目を挙げた石川遼君、彼の快挙もさることながら、大接戦を繰り広げた2位のブレンダン・ジョーンズは自分より年下で後輩の遼くんに真剣に、手を抜く事無く力いっぱい戦い抜き、自分が負けたと分かれば遼君を称える紳士的な態度に男らしいさを感じた。

 今は僅かなお金を奪うために簡単に人を殺す、家庭内暴力で本来守らなければならない
妻や子ども達に暴力を振るうとは、情け無いと嘆いてばかりいられない。

現実にこういう男を育てた両親がいる。真実の男性を学ぶ為には、真の男性性を持った父親がいなければならない。その真の男性性を持った配偶者を選ぶには、真の女性でなければならない。

その為には、産み育てていかなければならない母親が学習するのがベストである。
配偶者の選択のし方と真の男性を育てていく子育てを学習しなければならない。

                   所長  真理攫取

金谷精神療法研究所


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2009年8月28日

分析家に独り言 266 (8月京都子育て相談室より)

昨日京都で8月2回目の子育て相談室を開いた。

クライアントたちはそれぞれに子どもにオールOKする中で、その失敗やしんどさを語りつつも、オールOKすることによって子どもの変化や気付きがあった。

それらを話し合った。

夏休み、しんどいながらも子どもの要求に応え対応するうち、自分のことを自然と振り返り、自分はこんな風に世話されただろうか、大事にされただろうか、いや多分こんなことは無かった。

そう思ってから少し子どものことが、大事に思えたという。

自分の欠如を知れば、こうして子どもを思いやることもできる。

またあるクライアントは、子どもに問題があると思っていたが、子どもにオールOKで対応するうち、自分に問題があったと気付いた。

それから子どもへの対応が変わったという。

こうした気付きが大事である。(分析は洞察的気付き療法である)

最初大半のクライアントは、自分は愛されて育ったと思っている。

しかし子どもに対応し、自分を振り返れば自分も適切に世話されていないことに気付き、理想的自己イメージは崩れていく。

そうして足りたところと、足りないところを自覚して、本当の自分を知っていく。


子どもの問題に悩み、そのお母さんが分析を受ける。

当然分析でもオールOKの対応法を話す。

頭では何とか理解できても実践しようと思うとできなかったり、疑問や不信感が出てくる。

初期は特にオールOKしたくないが、それをするしかないのだろうとやり出す。

すると、子どもに少し変化が見えてくる。

やっぱりオールOKすることが良いことなんだと思う。

あるクライアントは言った。

「それでも毎週分析か子育て相談室・理論などでオールOKの話に触れていないと戻る(オールOKできなくなる)」と。

常に理論・理屈でオールOKの対応法にふれながら、確認し、疑問点を質問して解決していかないと、根気強く継続してやり続けることは難しい。

なぜなら母自身に世話されず、大事にされず、愛されなかった子ども時代の悲しい自分が無意識下にいるからである。

クライアントたちは、自分だけでなく同じようにオールOKする人たちの話を聴くことで、共感しあったり、意見を言ったりしながら刺激しあうことになる。

自分のことは見えないが、人の話を聴くと子どもにこうしたらいいのにと思ったり、他の人ができているところを認めたりもできる。

いつもの自分とは違う角度からまた自分や子どもとの関係を見つめることができる。

その中に、私の失敗談や経験したこと(娘の反抗や不登校)、症例などを交えながら話をしている。

一人で悩みながら迷いながらオールOKし頑張っているクライアントたちの役に立てればと願いながら、この子育て相談室を開いている。

そうして未来ある子どもや青年たちが自分を活かし、活き活きと自分の人生を歩んでいってくれることを目指していく。


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2009年8月31日

分析家の独り言 267 (ひきこもりとドライアイ:その心の構造)

あるひきこもりのクライアントが語った。

小さい頃から悲しかったり、悔しかったり、辛かったりして泣いた。

しかし、誰も自分の話を聴いてくれなかった。

なぐさめたり、共感されることがなかった。

泣いても何も変わらない、何もならない。

そうして泣くことが嫌いになった。

さらに感情を出すことを抑え、言いたいことが言えくなっていった。

後にそれがドライアイという症状に至った。

日常的に常に目が乾くため、目薬が手放せない。

泣きたいときに泣かない=涙を出すことを止めた⇒ドライアイという症状

心が全て身体のに影響する。

初めに心在りき。

泣きたいときに泣いて感情を表出し、言いたいことを言えるようになれば、ドライアイは治る。

クライアントの話しに耳を傾け、受け入れ、共感していけば、感情や言葉が表出できるようになる。

それを分析場面やクライアントの周りの人(特に母親)がしていくこと。

心が癒えれば、身体も癒され症状は消失し、言えるようにもなる。

しかし、分析がなければ自分が感情や涙を出さずにきたことなど気付きようもない。

否定されたり非難されることなくクライアントは自分の話を聴き続けられる安心感のなかで、心を開き語り出す。

精神分析がおしゃべり療法といわれる所以である。

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